第16話 蜂蜜とキール①
アイシャは、自宅の前に帰ってきた。
玄関を開けようとすると、
「アイシャーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!」
キールの大きな声がして、アイシャは振り返った。
見ると、隣の家――キールの家だ――の窓から、蔓を掴んでぴゅーんと飛んでくるキールが見えた。
その顔はなんだか――鬼気迫るものだ。
キールの家に巻き付いて生えている蔓は、彼の移動時間短縮に常用されていた。
すたっ、と綺麗に着地をしたキールは、なにやらそわそわしている。
「おはよー! キール! どうしたの?」
「もう昼だし! てかお前、昨日の夜、呼んでも全然出てこなかったじゃん! なにかあったのか!?」
「あーっと、昨日はね……」
アイシャは、頬をかいた。
(昨日は……トリス様と会って、……もうなにもかもそれどころじゃない! って感じになっちゃったんだよねー……)
昨日は、確かに窓の外でなにか聞こえたかも……しれなかったが、自室で
思い出し運命悶えをしていたら眠ってしまったのだ。
(……でも! トリス様のことは好きにはならない! ヤバイ女になりたくないもんね! ……と、いうことは……っ!?)
アイシャは、きりっとした顔をしながら――キールの肩をぽんと叩いて言った。
「ふふふふ……。そうなんだよ。なにがあったって、あったもあった、自分のやることを思い出したんだよ! 私、手紙を書かなきゃ!」
「…………は?」
「私、『運命の恋活動』を再開します!」
「いや再開も何も休止してないだろ!!」
「いや、昨日と今日は休止してたので」
「そんなもんノーカンだろ!!」
今までも2日くらい、確かに手紙をださない日はあった。
しかし今回はノーカンではない。……トリスがきたから休止していたのだから。
もちろんキールは、そんなことは知らない。
アイシャは、腕組みをした。
「もうっ! いいでしょ! やるったらやるんだから! キールってば、本当いっつも反対するんだから!」
「そんな活動やめろって!」
「なんでよ!」
キールがあんまり反対するので、アイシャはいつもと少し違うことを言い返した。
「私がこの村で一生を終えてもいいって言うんだ!?」
「そっ……」
「そうだよ!」
キールは、赤い顔をしてそう叫んだ。
「…………へ?」
「………………っ」
キールはまっすぐアイシャを見ていて――、
「それって……」
アイシャは、顔に手を当てる。
「『やっぱりお見合いしとけ』ってことー!?」
ずこーっと、キールがすっころんだ。
「なんでだよ!」
「違うの?」
「そ、それは……っ」
「あ! わかった!」
アイシャが声を上げたので、キールはドキリとした。
「私が結婚して外の街で暮らすのが寂しいってこと?! 大人になっても、いっしょに遊びたいんでしょ~?!」
「……………………」
キールは黙っていた。
ドリアード同士の婚姻は、男女どちらかの地元の村に暮らすことになっている。……が、アイシャの両親は「できれば婿を」と考えていた。アイシャが当初の予定通り、近隣の村のドリアード男と結婚した場合、この村に住み続けることになる確率は高いだろう。
アイシャは、
(むしろ、婿がきたら……私の旦那なら友達になれるだろうし、キールは男友達ができて嬉しいんじゃないの?)
などと思っていた。
そこで、アイシャは笑顔でキールの肩に手をかけた。
「うんうん。キールがさみしがりやなのは分かったよ。今、村には同い年は私しかいないもんね。幼馴染みだし。大人になっても、もし私が村にいたら、いっしょに遊ぼうね! 私たち親友だもんね!」
「うっ…………つらい……」
「あっ、もちろん私が外の街で結婚して暮らすことになっても、私たちはいつまでも親友だからねっ!」
「…………つらい………………」
それは追い打ちだった。
アイシャは、キールを慰めたつもりだったが、それが逆効果だったことには露程も気がつかないのだった。
「そんなことより、…………っ! …………これっ!」
キールが、背後から取り出したのは、瓶詰めだった。黄色い液体の入った瓶が、十本。蓋を閉めていてなお、それは甘い匂いを放っていた。
「こっ! ここここれは……っ!」
アイシャは、キラキラとした目でキールを見上げた。
「いやっ! 匂ってたよ!? 匂ってたけども!! こんなにあるとは!! これ全部? もしかして? もしかしなくとも?」
アイシャがぐいぐいと目の前まで来たので――キールは先ほどまでのことが全部吹っ飛んでしまい、顔を赤くしてふいとそむけた。
それから、小さい声でごにょごにょと話し出した。
「……本当は、昨日ちゃんと渡したかったんだけど。……俺はちゃんと昨日お前ん家行ったんだぜ?」
「うんうんっ! ごめんねっ!」
「…………これ、俺が採ってきたんだ。結構大変だったんだぜ」
「うんうんっ! お疲れさまっ!」
アイシャは、にこにこしている。これが何かは、もう分かっている。
キールは、「あー」とか「うー」とか言った後、手で口元を覆いながら、言った。
「……………蜂蜜だよ。………………誕生日おめでとう、アイシャ……」
「やったー! ありがとうキール! 大好き!」
アイシャは、キールに飛びついた。
「う、……わ……っ! ……………っ! …………~~~っ!!」
(これは友情! 勘違いするな! アイシャはなんとも思ってない!)
キールは、歯を食いしばった。
(さっき言われたばっかりだろ! 踏ん張れ俺!)
「……………………………………」
キールは、アイシャを、本っ当~に不本意ながら、引き離した。