格闘
振り返ると林田が花瓶で私に殴りかかろうとしていた。その顔にはもはや優しさはなく、凶悪な恐ろしい顔になっていた。
私はとっさにそれを避けた。花瓶は壁にぶつかり、ガチャンと音を立てて割れた。
「何をするのよ!」
「秘密を知ったからには死んでもらう!」
林田は逃げようとした私を捕まえた。
「やはりあなたが犯人だったのね!」
「ああ、そうだ。盗聴してお前が刑事だとわかった。それでうまくだませると思ったのにな!」
林田は抵抗する私を壁際で押さえつけた。
「しかしもうこれで終わりだ!」
「もう逃げられないわよ!」
「ふふん。そんなことはどうでもいい。俺は爆弾で人が吹き飛んでいくのを見るのが好きなんだ。次はこのアパートごとお前たちを吹っ飛ばしてやる。証拠も消えるしな。」
林田の顔は狂気に満ちていた。そしてその手は私の首にかかった。
「死ね!」
林田は両手で私の首を絞めた。
「ううっ!」
私は息ができなくなって苦しくなった。
(このままではやられる・・・)
私は意識が薄れてきていたが、とっさに林田の下腹を蹴り上げた。
「ぐえー!」
林田が悲鳴を上げ、その手が私の首から離れた。私はすぐに林田をはねのけ、彼の右手を取って捻り上げると、畳の上にうつぶせに倒した。それでも林田は暴れて抵抗してくる。逃がすまいと私は必死に彼を押さえつけていた。すると玄関のドアがバーンと勢いよく開いた。
「日比野!」
足音を響かせて部屋の中に飛び込んできた。倉田班長たちが駆けつけてくれたのだ。これでもう大丈夫だ。
「班長! 手錠を!」
「わかった!」
倉田班長は手錠を取り出して放り投げてくれた。私はそれを受けとり、林田の手にかけた。
「林田修一郎、監禁と暴行の現行犯で逮捕します!」
すると林田はおとなしくなった。もう逃げられないと観念したのだろう。私は立ち上がると、倉田班長に林田を引き渡した。その間に矢野さんは藤田刑事によって助け出されていた。長い間の監禁でぐったりはしているが、命には別条ないようだ。
私はほっと息を吐いて、203号室を出た。そこに大家さんが心配そうに見ていた。
「通報してくれたのですね。助かりました。」
「あんた、すごいね。犯人を捕まえたのね。でもびっくりしたよ。あの林田さんがね・・・」
大家さんの話はまだ続きそうだった。それにまた適当に相槌を打ちながら、連行されていく林田を見た。あれほど優しそうに見えた男が、今は何かにとりつかれたような暗い顔をしている。
「本当によかったよ。でも怖かっただろ。隣に爆弾犯が住んでいたんだから。」
確かに大家さんの言うとおりだった。今から思えば林田は私の部屋を盗聴して、私の行動を把握していたのだ。もし林田がその気になれば、私はあの矢野さんのようにとらえられていた、いや殺されていたかもしれない。私は流れてくる額の冷たい汗を右手で何度も拭っていた。
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