住人
最近、管轄内で爆弾事件が頻発していた。いつもと変わらない、静かな町にいきなり爆発が起きて、辺りが火の海に包まれたのだ。そしてそこで多くの死傷者が出た。
時限式の小型で強力な爆弾を使った事件だった。現場を調べたが、そこからは犯人に結び付くような手掛かりは見つからなかった。そしてその動機も不明だった。犯人が何の要求もしてこないのだ。金銭目的でもないとしたら、愉快犯でしかない・・・捜査本部ではその見解だった。だがそれだけに不気味だった。犯人への手掛かりがつかみにくいのだ。
捜査は行き詰ったかのように見えた。だが事件現場の防犯カメラに映りこむ一人の男がいた。それが林田修一郎だった。調べてみると彼には爆弾製造の知識はある。
だがそれだけだった。家宅捜索をするほどの決め手はない。それに下手に踏み込んで爆弾を作動させられたら、この辺り一帯が火の海に包まれてしまう。慎重かつ密かに林田を調べ、証拠をつかみ、爆弾を作動させないように逮捕しなければならない。
そのため林田に接近する方法が考えられた。その時、ちょうど彼の住む隣の206号室が空室になっていた。そこで私が引っ越しして、怪しまれないように彼を探ることになった。
機器の設置が終わるころ、向いのマンションの張り込み部屋にいる倉田班長から無線連絡が入った。
「日比野。どうだ?」
「今のところ、動きはありません。」
「気をつけろよ。奴はいくつも爆弾を持っているからな。」
「はい。」
24時間、私は林田の行動を監視しなければならない。ここでは私は派遣社員ということになっている。リモートワークが多くて部屋にいることが多いという設定だ。それでずっと部屋にいても怪しまれないだろう。
それだけでなく私は林田と親しくならなければならない。それで何か尻尾を出すかもしれないのだ。まずはタオルの粗品をもって彼の部屋を訪ねた。先ほどのお礼を言おうというのだ。ドアをノックすると林田が出てきた。
「これはお隣さん。ええと・・・お名前は・・・」
「日比野美沙です。よろしく。」
「僕は林田修一郎といいます。」
「さっきはありがとうございます。これは引っ越しのごあいさつです。」
私は包みを差し出した。彼はうれしそうにそれを受け取った。
「いや、ご丁寧に。すいませんね。何か困ったことがあったら言ってください。」
「ありがとうございます。」
林田は優しそうに見えた。この男が恐ろしい爆弾犯だと知っても誰も信じないだろう。だがこの男の表の仮面を引っぺがして、本当の裏の顔をさらさねばならない。私は多くの被害者のため、必ずやり遂げるつもりだ。
私は一応、他の部屋にもあいさつに回った。だが日中は勤めに出ているせいか、203号室の人しかいなかった。それは矢野美恵という高齢の女性だった。昔の人にしては大きい方だが、腰が曲がってそれほど大柄な印象を受けなかった。
「206号室に越してきました日比野です。これはごあいさつです。」
私はタオルの粗品を渡した。
「あっ、そうなの。ありがとうね。名前は何とおしゃるの?」
「美沙です。」
「いいお名前ね・・・」
矢野さんは独り暮らしの様だった。日頃しゃべる相手がいないのか、あいさつだけのはずが長話になってしまった。
「他の人にはあいさつに行けていないんです。皆さん、お勤めに行っているんですね。」
「ええ、そうよ。でも林田さんはいつもいるみたい。何をされている方なんでしょうね・・・」
このアパートでも隣近所の交流はないらしい。愛想のいいように見える林田もそうだったようで、何の情報も得られなかった。あまり出歩かない以外は・・・。
私は部屋に戻って林田の様子を探った。壁越しに聞こえる音をヘッドホンでじっと聞いている。この音声は向かいのマンションの張り込み部屋にも聞こえるようになっている。
彼はずっとロックを聞いているようだ。もちろん近所迷惑にならないように音を絞っているが・・・。だがそのために林田の部屋での行動はつかみにくい。それに買い物などの外出もあまりせず、ネットスーパーで済ませているようだ。配達員が彼の部屋を訪れていた。もちろんその配達員は張り込みの同僚刑事が身元を確認している。
そうやって様子を見たが、ここ2日、動きはなかった。だが、
(今までの事件の起こった間隔からいってそろそろ動き出す・・・)
私はそう思っていた。