表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

引っ越し

春の推理2023に参加します。よろしくお願いします。

 空は晴れて気持ちいい日曜日の朝だった。私はYKアパートの206号室に越してきた。そこは10室ある2階建てのありふれた古いアパートで、階段や手すりは錆だらけだった。すでに大きな荷物は引っ越し業者に頼んで運んでもらっている。あとは今、抱えているこの大きめの段ボール箱だけだ。

 階段の前で大家さんのおばさんに出会った。引っ越しの様子を見に来たのかもしれない。私は段ボール箱を足元に降ろして、頭を下げてあいさつした。


「日比野です。よろしくお願いします。」

「大変だね。大丈夫かい? 手伝おうか?」


 大家さんが気遣って声をかけてくれる。


「ありがとうございます。でも引っ越し屋さんがあらかた運んでくれたから、大丈夫です。」

「そうかい。何か困ったことがあったら言うのだよ。ここはね・・・」


 大家さんは世話好きだが、おしゃべりな人のようだ。話はなかなか終わらなかった。


「あっ! 部屋のドアを開けっぱなしでした。またあとでごあいさつに参ります。」


 そう言って大家さんの話を途中で止めた。それは上から人が降りてくる気配がしたからだ。私は足元に置いてある大きな段ボール箱を抱えて運んだ。だが階段を上がる前に思わぬ段差につまずいて転びそうになった。


「あっ!」


 だが転びそうになった私を前で誰かが支えてくれた。それは階段を降りてきた小柄な男性だった。段ボール箱越しに見ると、それはさわやかな笑顔をした30前の優しそうな人だった。


「すいません。」

「だいじょうぶですか? お手伝いしましょうか?」

「いえ・・・」

「どこの部屋ですか?」

「206号室なんです。」

「じゃあ、僕の部屋の隣だ。僕が持っていきますよ。」


 その男性は私が抱えていた段ボール箱を持つと、そのまま階段を上がって行った。


「すいません・・・」


 私は首に巻いたタオルで額の汗を拭きながら、彼の後を上って行った。

 彼はドアの開いたままになっている206号室に入った。


「ここでいいですか?」

「あっ! すいません。」


 私は慌てて彼から段ボール箱を受け取って部屋の隅に置いた。私の部屋にはもう冷蔵庫やテレビやらは運び込まれている。


「ありがとうございました。」

「じゃあ、また。」


 彼はニコっと笑って部屋を出て行った。耳を澄まして足音を聞いていると、彼は隣の205号室に帰ったようだ。私は玄関のドアを閉め、床に座り込んで段ボール箱を開けた。そこには様々な機器が詰まっていた。これを設置しなければならない。

 私は押し入れの戸を開けた。その奥にべニア板の壁が見える。その向こうが205号室である。私は段ボール箱から出した機器をその壁に順序良く設置していく。それで隣の205号室の音が拾え、中で何をしているかがわかるのだ。

 隣に住む男は林田修一郎、28歳。今は機械の修理などして日銭を稼いでいるようだが、かつては東都大学工学部の研究者だった。私は彼をマークするため、正体を隠してこの部屋に越してきたのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ