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薬師のシアンは今日も薬を売る  作者: 蒼月 ナユタ
薬師シアンは今日も薬を売る 《シアンは邂逅する》
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フィオーラと命与えるモノ

アランが遺跡で大変な目に遭いながらも命からがら生還を果たしている頃。フィオーラはシアンの家という名のギルド内ショップの一室に寝泊まりしていた。

本来ならアーシャがいたのだが今彼は不在の為家とギルドを往復させるよりかは、と言うシアンの判断によりそうなったのだが、その時に問題が1つ発生した。


「フィオ用のベッドが…ない」

【ユカデネレルヨ?】

「そんなのダメに決まってるだろう、風邪を引くぞ」


ゴーレムが風邪を引く訳ないだろうと言う至極当然なツッコミは誰からも入らない。何故なら私室には2人しかいないからだ。

とりあえずクッションを数個敷き詰めて上からシーツを被せた簡易ベッドを作り今日はこれで何とかしようという事になったがいつ誰かがツッコミを入れるかは分からない。


「とりあえず、仕事だな」

【ウン、オシゴトガンバル】


そう言って頷き合うとフィオは家から持ってきたお気に入りのエプロンを身に着け、シアンはいつも羽織っているローブを羽織りよしと1つ気合を入れる。

しばらくアランがいないがまぁフィオがいれば大丈夫だろうと安堵しながら準備をする。


「シアンさん、頼まれていた薬草取ってきましたよ」

「お、助かる。ほら、これ薬草の代金」


ありがとうございます!と代金を受け取りながら嬉しそうに離れていく冒険者を一瞥すると、棚から減った薬や売り物を補充しようと立ち上がるとフィオが後ろからモッテキタヨと言いながら手渡してくれる。


「ありがとう、そろそろ休憩するか?」

【ウン、ゴハンカッテクルネ】


エプロンのポケットに可愛らしい財布を入れてギルドを出る。その時にもフィオちゃん気を付けてねーだの怪しいヤツはボコるんだぞーと言ったヤジが飛ぶ。それを聞きながらシアンは手渡された物を棚に並べていく。


「シアン、最近はどうだ?」

「ジョーか。調子はいいぞ、最初は疲れていたとはいえ人出なんてと思ったが…休めるのっていいな」

「そりゃ人間には休息が必要だからな」


そう話しかけてきたジョーにおかげで趣味の骨董品集めが捗る、返答するとガハハと豪快に笑い返してきた彼の後ろから仕事してくださーいと言う受付嬢のサラの声が響きおっといけないと言いながらジョーは呼ばれた方へと駆けていった。


「シアン、無理はするなよ」

「最近はしてないだろ…」


アランが来た事と半年近くの旅でだいぶリフレッシュ出来たのが周りの人間が見て分かるのだろう。最近柔らかくなったよな、いや本質は変わってない。この前エリック達ボコボコにされてただろうと等と周りの冒険者達が話しているのをよく聞く。俺耳よく聞こえるんだけどな…全部聞こえてるぞと内心思いながら怒らなくなったのは確かにそうかとも思う。


「シアンさーん!これくださーい!」

「おう、今行く」


今日も彼は作るポーションだったりお茶だったりを求めて客はやって来る。春頃に比べて忙しさはなくなったとはいえソーライアはそこそこ大きい街のため冒険者の数も多く多少はバタつく時もある。


「ありがとうございます!」

「ん、気を付けて行ってこい」


そういえばこの前ナスターシャから譲ってもらった石、ちゃんと見てなかったな。と思いながら彼は仕事を続ける。

そう、その命与えるモノ(ウレクロワリア)がこの後とんでもない事態を巻き起こす事を、彼はまだ知らないのである。



その後彼はフィオーラが買って来てくれたピラフに舌鼓を打ちながら彼は調合した薬を保管してある棚で残りの数と帳簿を照らし合わせていた。アランがいれば行儀が悪い!と窘められているだろうが今ここにアランはいない。

割と几帳面かつそういう細かい所を気にする彼は口煩くシアンのそういうダラしない所を注意して適当に返事をしてまた怒られて…というのを彼らは繰り返しているのである。


「そろそろポーション補充するか…フィオ、薬草出しておいてくれるか?」

【ワカッタ、ケドソノマエニゴハンハツクエデタベル】


そう言いながらフィオーラが机を腕でポンポンと叩くと、シアンはムッとした顔をしながら大人しく机へと移動する。

それを見て満足そうに頷くと彼女は裏の倉庫へと薬草を取りに行った。


「アラン以外にも口煩いヤツが増えた…」

【マスターニタノマレタカラ】

「アイツ余計なことを…」


深く溜息をつくシアンの脳裏に言われるのが嫌なら最初からやらなければいいんですよと真顔でのたまうアランが浮かぶ。確かにそうなのだがかれこれ数十年間こうして生きてきた彼にとってはなかなか面倒臭いものがある。

まず彼らが来るまであまり食事という物をしていなかった彼からしたら食事は作業しながら片手間に何かつまみながら…というものなのだ。


(最近ちょっと太ってきたんだよな…今度の休みに薬草採取がてらクエストこなす

、いや少しでも暇な時に少しでも運動するか…)


ハイコレと言いながら作業用の机に置かれる薬草を確認しながら腹をさする。ちなみに彼らが来てからマトモな食事をするようになって顔色や肉付きが良くなったおかげか、元々整った顔立ちがより分かりやすくなって最近女性人気が増えつつあるのを彼は全く知らない。


「さてフィオ、ポーションを作る時の注意点は?」

【オンドチョウセイト…オミズトハッパのヒリツ?】

「正解だ、じゃあ今日は実際に作ってそれを体感してみようか」


そう言って彼はフィオーラ用の踏み台をその場に置き、そこに彼女を立たせる。

最近ジーッと調合を見ることが多かったので試しにと【初心者用調合指南書】を渡した所スラスラと読み進め、ちゃんと内容を覚える事が出来たのだ。

いつの間に文字が読めるようになったのこの子…!と感激したアランは親バカを発揮しフィオーラの為にと給与をはたいて専用の調合セットを用意したのだ。


「じゃあ俺はなるべく手出ししないから1人で頑張るんだぞ」

【ウン!】

「危なくなったら呼ぶんだぞ?」


そうして薬草を丁寧にすり潰し始めた彼女からそっと離れるとカウンターへと戻っていく。あれー今日はフィオいないんですか?と尋ねてきた冒険者に向かって彼はとてもいい笑顔をしながらこう言った。


「今日は赤飯だ」

「それ東方の風習でしたっけ、てかシアンさん熱でもあるんですか?」


めっちゃ笑顔で正直気持ち悪いですよ、と失礼極まりない発言をしてきた彼に1発拳を入れながら彼は仕事をする為に椅子に腰かけるのであった。





昼過ぎからゆっくりと時間をかけて出来上がったポーションは店で出すには少し雑な作りではあるがまぁ最低限の効果は発揮するといったレベルのものだった。フィオーラはウマクデキナカッタ…としょんぼりしていたが、初めてで効果があるものを作れるなら大したものだよと慰めている。


「どうだ、頭では理解していてもなかなか難しいものだろう?」

【ウン…モウチョットコマカイウゴキガデキレバナァ…】


そう、いくら彼女のボディは日々アーシャによる魔改造が施されているとはいえ全体的に丸みを帯びたボディをしている為、物を摘んだり細かく切ったり…などと言った細かい作業はあまり得意ではないのだ。


【コンドハヘ…ヘンケイ?キノウツケテモラウ。】

「そこまでは流石にあいつでも出来るかな…」


そう言いながら後片付けをしていく。出来上がったポーションは彼女の大ファンを名乗っている先程シアンに殴られて大きいたんこぶを作っていた冒険者に格安で提供された。

そのまま外の方をチラリと見ると既に日は沈んですっかり暗くなっていた。


「この空瓶家宝にしますね…」

「いや、まぁうん…大切にしてくれ」


本当に大切そうに瓶を抱える彼をどこか引き気味に眺めながら【closed】の立て札をカウンターに立てかける。今日は少し早いような気もするが店じまいだ、この後はフィオの分の毛布を買いに行かなければとシアンはフィオに話しかける。


「じゃあ俺は夕飯買いに行きがてら毛布買ってくるから」

【オソウジシナガラマッテルネ】

「あぁありがとう、お留守番よろしくな」


頭を優しく撫で、彼はその場を後にする。それを見送ると彼女は箒を持ち薬草の欠片が散らばっている床を丁寧に掃いていく。

せっせと掃いていると自分の手が視界に入る。白くむにむにとした丸い、周りの皆は可愛らしいと言ってよく手を握ったり魔鉱石を渡してくれるがフィオーラはこの手があまり好きではなかった。


【ワタシモ、マスタータチミタイナテダッタラナ…】


そう呟きそんなこと奇跡でも起きない限り無理なんだろうな、と彼女は何時だったかアーシャに話した時のことを思い出す。

彼の魔改造に付き合っている時の事、彼女はどうしてアラン達と同じ人型のボディにしなかったのか問いかけたことがあったのだ。


【ドウシテワタシハコノボディナノ?】

「……人と同じ姿にすると神様に呪われてしまうと言われているんだよ。人として越えてはいけない境界線があるんだよ」

【ゴーレムハ、ニンゲンデハナイ?】


そうフィオーラが言うと、彼は少し悲しそうな顔をしながら彼女の頭を撫でる。

そうしておかしい話だよね、と呟きながら彼女のボディに見た事のない素材を加えて魔力で馴染ませていく。


「こうしてこの大地に立っているのは同じなのに。人と人が交わって出来る者は人間と言われるのに、こうして人が1人で新しい命を作ると人間ではないんだよ」

【オナジヒトカラウマレルノニ?】

「僕はとても傲慢だと思うよ。…君を作っておいてこんな事言うのはおかしいのかもしれないけれどね」


それでもね、と言いながらアーシャはフィオーラを優しく抱き締める。

温もりを感じないボディの筈なのにどこか暖かく感じるそれを、彼女は戸惑いながらされるがままに抱き締められている。


「君は望まれてここにいるんだ、それを忘れてはいけないよ」

【ウン、ワタシヲツクッテクレテアリガトウ】


すると彼は驚いた顔をした後、とても優しい顔で笑ったのだ。そしてその後は黙々と彼女のボディに手を加えていく。とても穏やかな時間だったのを覚えている。

それをぼんやりと思い出しながら掃除を続ける。このままでもいいと言ってくれた創り主のアーシャ、おそらくマスター達も同じことを言ってくれるだろう。そうして彼女の事を優しく抱きしめてくれるだろう。

それども、フィオーラは叶うならばと願わずにはいられないのだ。


【マスタータチトオナジニナリタイナ…】


その小さな呟きは、ギルドの喧騒に紛れてしまい誰にも聞こえていない、筈だったのだ。



シアンが買い物から帰ってくると、オカエリナサイと言いながら彼女は手に持っていたゴミをまとめた袋を隅に置くと机を拭き始めた。

それを見てあれ、今日はいつもより遅いような…と少し疑問に思いながらもあまり気にすることもなく夕飯に買ってきた鶏肉を焼いたものを袋から取り出して渋々と言った風にテーブルにきちんと並べて食べ始めた。


【オカエリナサイ、オソウジオワッタヨ】


しばらく黙々と食べていると、彼女はエプロンを畳みながらこちらに戻ってきた。

自分が座っている隣の空いているスペースに魔鉱石を置くと、イタダキマスと丁寧に両手を合わせてそれをいつもの様に一口で平らげてゴチソウサマデシタ、と再び手を合わせると何やらモジモジとしながらシアンの方を見上げている。


「……どうした?」

【アノネ、イチドマスタータチガタベテルノモ、タベテミタイナッテ】


それに気付いたシアンがそう話しかけると、フィオーラは鶏肉を指し示しながらそう答えた。

キョトンとした表情になった彼は自分の手元にあるそれと彼女の顔を交互に見る。しばらく考え込むとまぁ少しくらいなら魔力に還元されるか…?と思い小さく切った鶏肉をフィオーラの口元に運んでいく。


「ほら、あーん」

【アーン】


差し出されたそれを可愛らしく口を開けて口に入れる。しばらく口がもごもごと動いていたかと思うとゴクンと音を立てて飲み込む。

そしてそのまま動かなくなったフィオーラを見てシアンは目の前で手を振ったり声をかけたりしてみたものの全く反応がない。


「フィオ?フィオーラ?……フィオさーん?」

「シアンさんどうしたんですか…フィオちゃん?」


そこを帰宅の前に一言声をかけていこうと通りすがったサラが不思議そうに近付いてくる。

そして彼女も同じように声をかけたりしているのだが反応しない。


「シアンさん何したんですか?」

「いや…フィオが食べてみたいって言うから少しだけ食べさせてみたんだが…」


ひょっとしたら詰まらせたか?と言いながら後ろに回り込みどの辺りがお腹か分からないがとりあえず抱えようとしたその時。プルプルと彼女の身体が震えだしたかと思うと、次の瞬間にはその場でぴょんぴょんと飛び跳ね始めたのだ。


「ンッ…!?」

「シアンさん大丈夫ですか!?」


丁度抱えようとしてしゃがみ始めていたシアンの顎にフィオーラの非常に硬い頭が直撃する。そのまま後ろに倒れ込み悶絶しているが彼女は全く気付いていない。


【ナンカフシギナカンジ!コレガフダンマスタータチガ……ッテマスター!?】


鶏肉を初めて口に入れた彼女は未知の感覚にビックリして固まっていただけのようだった。なんとも言えない感覚が広がって驚き、喉を通り過ぎていく感覚に驚き、魔鉱石を食べた時はスっと消える感覚があるのにこれはお腹の辺りにずっと残っているかのような感覚に驚き。彼女の中に驚きで満ち溢れていた。


【マスターダイジョウブ!?】

「いい頭突きだなフィオ…お前こそ大丈夫か?」

【ウン、チョットオドロイチャッタ】


最初の頃に比べたら本当に表情豊かになったなぁ…としみじみ思いながら直撃した所をさする。後でポーション飲むか…と思いながら彼はフィオーラに変わった所がないか確認する。

その後ろでホッとした顔をしながらじゃあ私は帰りますね、と一言告げるとサラはフィオちゃんまた明日ねと手を振りながらギルドを後にする。


「さて、俺達も寝るか」

【ハーイ】


彼らもランタンを手に持ち、店の灯りを落として私室へと戻る。買ってきてくれた毛布をボディに巻き付けながらクッションに身を沈める。シアンもベッドに入るとランタンの灯りを消すと辺りは完全な真っ暗闇に包まれた。


【オヤスミナサイ】

「あぁ、いい夢…ゴーレムって夢は見ないか。まぁとにかくおやすみ」


マスターが言う夢とは一体どんなものなのだろうかと考えながら彼女は眠るというよりかは例えるなら魔道具の電源を切るような感覚なのだが、とにかく目を閉じて体内のスイッチを切るように眠りにつく。

そして朝、誰かに触れられることによりその人が持つ魔力によって起動するという仕組みだ。


「おはよう造られし君よ。はじめての夢はどんな気分だい?」


だからそのまま朝まで起きる事がないはずの彼女は、ふと聞こえた声によって目を覚ました。

キョロキョロと辺りを見渡すとそこはシアンの私室ではなく、とにかく周りが白い空間であった。勿論シアンの姿はそこにはなく、彼女の目の前には見た事のない非常に美しい男が立っていた。


【マスター…ドコ…?】

「ここには君と僕しかいない。君の精神に直接干渉させてもらったからね」


男は眩しいくらいの笑顔を彼女に向けると、視線を合わせるようにしゃがみ込んではじめましてと挨拶をする。

つられてフィオーラもハジメマシテ、と返すが頭の中は戸惑いと不安で埋め尽くされていた。


「さて、態々君の所に来たのは他でもない。造られた身でありながら分不相応な望みを抱いた愚かな土人形よ」


そう言いながら彼は何も持っていなかったはずの掌から赤い宝石を出現させると、それをつまみながらフィオーラの目の前まで持ってくる。

宝石から放たれる強烈な魔力にクラクラと視界が歪むのを感じる。その宝石は彼女は知る由もなかったが、以前シアンがナスターシャから譲られた命与えるモノ(ウレクロワリア)と呼ばれる石であった。


「君の望みはこれで叶う。そしてこれは今君のすぐ近くにある」

【ワタシノネガイ…?】

「そう、君が以前から抱え、今日口にした願い。彼らと同じ存在になりたいんだろう?」


確かに彼女は今日その願いを口にした。だがその時周りには誰もいなかったはずなのに…いやそんな事はどうでもいい。

人間になれる。そんな奇跡が、私のすぐそばに?そう彼女が考えていると男はその宝石を出現させた時と同じように消失させる。


「君は目が覚めたら彼の棚からこれと同じ魔力がする箱を探すんだ」

【ソレガアレバ、ワタシモ…?】


そう呟くと男は先程までの笑顔から一変して醜悪と言っても差し支えない笑顔になるが、人間になれるという事で頭がいっぱいになっているフィオーラには見えてなかった。


「一定の魔力がないと開かない箱に入れられているけど、君なら大丈夫だろう。全くあのいけ好かない人狼風情が、いい仕事をする」


そう冷たく男が言い捨てると、じゃああとは君次第だからね、と言うと踵を返して何もない空間へと歩き始めた。


【アリガトウゴザイマス、アノ…アナタハ…】


それが視界の端にうつった彼女はせめて名前を、と彼を呼び止める。

面倒臭そうにため息をついてこちらを振り返る男の顔が、何故かぼやけて見えない。


「お前のような造りモノ風情に名乗る名はないのだけれど…そうだな」


男は何かを話しているのに何故かノイズ混じりになりよく聞き取れない。一体どういう事なのか混乱するフィオーラが最後に聞こえたのは。


「ラルア、とだけ名乗っておこうかな。さようなら造りモノよ。次に会う時は君が壊れる時だよ」



気が付けばシアンがそっとボディに触れており、彼女は目を覚ましていた。

しかし先程まで見ていたはずの夢らしきもの内容がぼんやりとしか思い出せず、箱を探してその中にある石で人間になるという漠然とした目的だけが彼女の中を占めていた。

いきなり探しては怪しまれるだろうか、ととりあえず今日はいつも通りに過ごして夜シアンが寝たのを確認してから探そうと思いなるべくいつもの様に過ごす事にした。


「今日も頑張ろうな、フィオ」

【ウン、マスターハヤクカエッテコナイカナ】

「そうだな、早く帰ってくるといいな」


人間になった私を見たら驚くだろうな、そんなことを考えながら1日を過ごす。何故かシアンに直接聞いてその箱を見せてもらおうという考えは彼女の中にはなかった。シアンが見ていない時にチラリと棚を確認して箱も見つけてある。

そうして時間は過ぎ深夜、いつものように寝たフリをしてシアンが寝たのを確認すると、そっとクッションの山から抜け出すとあの箱へと一直線に向かう。


【コレガアレバ…】


箱の蓋を開けるとそこにはあの夢で見たものと同じ赤い宝石が入っており、フィオーラは背筋がぞくりとするのを感じる。これだ、これがあれば私は人間に、マスター達と同じ存在になれるのだと直感する。

しかし彼女はそれから放たれる魔力に魅入られたまま動けなくなった。

その時後ろからガタリと物音がしたかと思えば、ガシッと肩が掴まれる。


「フィオーラ、その箱から手を離すんだ」


彼女が恐る恐る後ろを振り返ると、そこには確かに寝たはずのシアンが立っていた。

ナンデ、ドウシテと呟く彼女を見てそりゃ分かるよ、と言葉を返される。


「いつもよりソワソワしてたし棚の方気にしてたからな。普段は見向きもしないのに」

【……ゴメンナサイッ!】


力では自分の方がはるかに勝っている、そう確信して少し乱暴だけれど肩に置かれた手を振り払う。

そして手に持った箱ごと一気に口へと放り込む。少々大きめだが普段から魔鉱石を食べている彼女からしたらこれ位は誤差だ。


「フィオーラ!!!」


後ろでシアンの悲痛な叫びが聞こえる。それでも止まる事など出来ない、だってそこに奇跡があるのだから。何故そこまであの男の事を信じてしまってるかは分からない。

でも実際に目にしたから分かってしまうのだ、これは私の願いを叶えてくれる物だと。

本当にごめんなさい、それでも私は。


【アナタタチトオナジセカイニイキタイ…!】


そのままそれをゴクリと嚥下する。次の瞬間身体がまるで燃えるように熱くなり床の上をゴロゴロと転がる。ついで全身を激しい痛みが襲い酷い耳鳴りが響き渡るががその全てが彼女が経験したことのない出来事だった。

叫びたくても声が出せないのか苦しそうに大きく口を開けたまま呼吸音のようなものだけが辺りに響き渡る。


「吐き出すんだフィオーラ…!」


その様子を放心しながら見ていたシアンはその苦しそうな様子のフィオーラを見てハッとする。そして大きく開かれた口に腕を突っ込んで箱を取り出そうとするが暴れる彼女に吹き飛ばされ勢いよく身体が壁に叩きつけられた。


「クッソ…なんつー馬鹿力にしやがったんだあの馬鹿!帰ってきたら尻尾むしってやるからな!」


少し傷を付ける事になるな、アランが知ったらめちゃくちゃ怒るんだろうな…と内心悲しみながら拘束する為の魔術の詠唱を開始したその時。


「ダメダメ、新しい命の誕生を邪魔しちゃいけないよ」


氷のように冷たい声と共に見えない何かで身体全体を縛られ口を塞がれたシアンが体勢を崩して床に転がる。

その視界の端にバタバタと暴れ続けるフィオーラが映る。


「んーっ!んんっ!」

「あの愚か者の顔を見てみなよ!あぁ最高だね、これだからこの世界は最高なんだ!」


何も出来ない悔しさで視界が滲む彼の目の前に美しい男がその美貌を醜く歪めながら現れる。それは夢の中でフィオーラを唆した男なのだがそれをシアンが知る由もない。


命与えるモノ(ウレクロワリア)を取り込んで無事で済むと思ったのかなぁ。あれは神々の遺産だ、アーシャの作品とはいえゴーレム風情が取り込んで耐えられるようなモノじゃないよ!」


何が楽しいのか笑い続ける男を射殺す勢いで睨みつけるがそれには気にもせず未だもがき続けるフィオーラに近付いたかと思うと思い切り彼女の顔部分を踏み付けた。


「まさか即実行するとはねぇ。恐れ入ったよ…その愚かさにはさぁ!」


そのまま何度も何度も踏み続ける。その度に非常に頑丈に作られているはずのボディがへこんでいくのが分かる。

それを見たシアンは拘束を外そうと身を激しく捩るが一向に解ける気配がない。


「さぁ!そのまま壊れる瞬間を見届け……ってはぁー!?」


両手を広げ一際大きい声を上げたかと思うと何かを感じとったのか非常に不愉快そうな顔をしながら踏みつけていた足を退かした。

いつの間にか苦しそうな呼吸音は止まっていて、ただ眠るように目を閉じているフィオーラがそこにはいた。


「コイツまさか適合しやがったのか!?」

「シアン!何があった!」


そう男が吐き捨てるとほぼ同時に彼女のボデイが飲み込んだ宝石と同じ赤い光を放ち始める。

数瞬遅れて物音か大声を聞き付けたのかたまたま当直だったジョーを始めとした数人の職員が慌てた様子で部屋に飛び込んできて目の前に広がる光景に目を疑っている。


「クッソ予想外すぎる…!ふざけるなよ人間風情がっ!!」


そう言い終わるや否や男の姿が最初からそこにいなかったこのように掻き消えた。それと同時にシアンの拘束も解除されたのか素早く起き上がり光を放つ彼女の元へと駆けて行く。


「フィオーラッ!しっかりしてくれフィオーラ!」

「シアン!」


一際強い光が部屋全体を包む。全員が咄嗟に腕や手で視界を守る、すぐに光は収まり視界が徐々に戻ってくる。

そしてシアンと彼の腕に抱き締められているフィオーラの方を見、シアンは腕の中の彼女の安全を確認しようとして……その場にいた全員が絶叫する。


そこには、あの白くて丸く可愛らしいゴーレムのフィオーラ…ではなく。

白い肌に赤い髪の、見知らぬ少女が傷だらけで眠っていたのだった。

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