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薬師のシアンは今日も薬を売る  作者: 蒼月 ナユタ
薬師シアンは今日も薬を売る 《シアンは邂逅する》
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アラン、王都に戻る②

先程の不可思議な現象からしばらく経ち、ハッと我に返ったアランが斬り飛ばされた魔物の腕が飛んで言った方向を見る。

そこには最初から腕なんてなかったかのように小さな血溜まりしかなかった。


「こんな現象見た事ありますか?」

「いいや…」

「僕も初めてですね…」


とりあえず一旦情報を整理しようか、と3人は固まって座り込む。

しかし今見た現象が頭から離れず、どうしてもぼんやりとしてしまう。これではいけないとアランは頭を振って落ち着こうとする。


「とりあえず、今の魔物ってグリズリー……だったよな」

「恐らくですが。まぁこの辺りにいてもおかしくはない魔物ですね」

「強さもまぁ…一般的なグリズリーだったように思うけど」


突然変異で魔物の身体が変化した可能性…いやでもそれにしたって身体が跡形もなく消滅するなんて事起きるのだろうか?そんな生態の魔物なんていただろうか…としばらく3人は休憩も兼ねて話し合っていたが答えは出ず、とりあえず中に潜入しようという結論に至った。


「また同じような魔物が出ないとも限らないし、次は生け捕り狙ってみようか。」

「出来たらいいですけどね…」


そう言いながら3人は適度に散らばりながら周りを探索し始める、がやはり既に自分達も過去に来た事がある遺跡の為目新しい物や新種の魔物などは確認出来なかった。アランがお、この薬草いい感じだと言いながら採取するくらいだ。


「もうすぐで最奥ですけど…何もありませんね」

「うーん…こうなると武具の話も怪しくなってきますね」


隅々まで探しても行方不明者はもちろんの事言われていた武具も見当たらないまま最奥の祭壇がある最奥までたどり着いた3人は、何も変わった所が見られないからかだいぶ気が抜けてきた遺跡に入った当初に比べてリラックスした様子で周りを探索している。アラン自身もここまで来たらもう何もないだろうと考えながら最奥へと通じる扉に近付いた。

しかしその前に立った瞬間背中にぞわりとした感覚が走る。それと同時に隙間から漂う悪臭に思わず鼻をつまんだ。


「うわ…何だこの臭い!?」

「あーこれはまずい臭いっすね…」


それに気付いたレオも扉に近付くとアチャーという顔をしながら額に手を当てる。

その反応にエイブリーがため息をつきながら身にまとっていたローブをたくし上げて口元を隠す。アランも持っていた布で鼻を覆って一旦離れる。


「…行方不明者はここって訳か」

「問題はなんでここに集中しているかという事と、僕達はどうするかって事ですね」


緩んでいた空気が一瞬にして引き締まる。油断なく扉に近付き罠の類がないか確認したあとゆっくり小さく扉を開けるが、暗くて確認することが出来ない。臭いが更にキツくなるのを感じるとそっとそこから離れた。


「まぁ当然だけど臭いの発生源はここか。ちゃんと開けないと確認出来ないのが怖いな。」

「僕が魔術で明かりを灯します、お2人で突入していただいても?」

「了解、何かあったら全力で離脱で」


エイブリーが杖の先端に明かりを灯すといつでもどうぞと呟く。それを見たアランとレオは扉の両脇に立つとお互いに見合って同時に扉を開け素早く中に入る。

魔術の明かりに照らされて祭壇の様子がハッキリとよく分かる。しかしそこには予想していた死体の山はそこにはなく、ただ広いだけの空間が広がっているだけであった。


「……えぇ?」


3人は中に入りながら首を傾げる。中に入った事で酷い臭いはさらに濃くなって今にも吐き気に襲われそうだがそこは必死に堪える。するとそうだと言いながらアランは袋から飴を3粒取り出し彼らに手渡す。


「これ嗅覚を鈍らせる薬を混ぜ込んだ飴。舐めてる間しか作用しないけど効果は絶大」


ありがとうございますと言いながら半信半疑といった感じで口に含む。その瞬間臭いが全くしなくなり

2人は顔を見合わせる。


「コレ凄いですね、製造法知りたいです」

「これシアンさん謹製の品でレシピまだ教えてもらえてないんだよね…」


元は匂いがキツい薬草調合する時に使うんだと言い自分も口に含む。臭いがしなくなると気分もだいぶ楽になって周りを見渡す余裕も出来る。しかし特に変わった様子もなく相変わらず遺跡だというのに何もないところだな、考えながら祭壇の方へと進む。


「何もないって……うわぁっ!?」


キョロキョロと周りを見ていたせいで足元が見えていなかったのだろう、レオが何かに躓いて転んでしまった。

素早く起き上がって確認すると床の一部が不自然に盛り上がっており、躓いた衝撃で少し砕けてしまっていた。


「怪我はない?」

「ビックリしたー…怪我はないっすね」


いやーすみませんと頭を搔く彼の頭を気を付けて調べろよと言いながら軽く小突く。しかし2人のそんなやり取りには目もくれずその盛り上がりをじっとエイブリーは見つめていた。


「どうした?」

「いやこれ、見覚えがあるはずなのに思い出せなくて…」


そう言われて2人もそれを見つめる。確かにそれはどこか見覚えがあるのだが喉の奥に何か引っかかったかのように出てこない。

こればかり見ても仕方ないと一通り中を探索したがこういう所にありがちな隠し扉のようなものも見当たらないしここ以外にもう調べられるような物もない、行方不明者の手がかりも見つからないしどうしたものか、これでは試験の意味がないなとアランはふと天井を見上げる。天井はかなり高く所々崩れて穴が空いている事くらいしか伺えない。


「でもここまで何もないのも変だしあの魔物は何だったのかって話だよな…」


そう呟きながらボーッと上を見上げている彼に釣られて他の2人も上を見上げる。しばらく眺めていると不意にあっ、あれ見てください天井を指さしながらとレオが声を上げる。しかし平均的な視力しか持たない2人には全く見えず怪訝な表情をする。


「何か見えたのか?」


俺はお前みたいなずば抜けた視力はないんだと言うからどういう事が尋ねると僕滅茶苦茶目がいいんですよと返事が返ってくる。彼曰くこれ位の距離なら余裕だという。

そして彼は今自分たちが立っている床を指さして言う。


「端的に言うとですね、今僕達が立っているここ。床じゃなくて天井です」

「「……は?」」



レオが話すにはこういう事だ。


「僕がさっき躓いたこれ、多分シャンデリアを固定する台座だと思います。ほら、あっちこっちにある」


言われてみれば確かにと納得する。しかし次に浮かんだ疑問は『何故上下反転しているか』という事である。

ここは先の大戦の際に出来た遺跡の為そういう事もあるのだろうかと考えて床と天井を交互に見る。


「で、天井に見えるアレ。よく見たら大戦時代以前によく見られた模様が描かれています」

「いや見えないけど…」


エイブリーは一体どんな視力してたら見えるんだよ…と溜息をつきながら上を見上げるのが辛くなったのか伸びをしながら呟く。アランも必死に目を凝らしてみるが全く見える気配がない。


「多分あっちに行けば何かしら手掛かりもありそうな気もするんですが…」

「一応登攀技術はあるから壁伝いに登ろうとすれば行けないこともないか?」


コンコンと壁を叩いて硬さを確認する。しかしこの高さから落ちたらと思うとゾッとするなと思いながらどうしたものかと考える。

アランは天井と床が上下反転してるという事は全ての部屋も天井に何かあると考えていいかもしれないなと考えこれは一旦撤退して別に部隊を組んだ方が効率がいいなと結論付けそれを2人に伝える。


「俺は飛行(フライ)使えますし他人は浮遊(フロート)で浮かせられるので今からでも調査は可能なんですけどね」

「それを先に言おうぜ。じゃあよろしく」


彼が小さく詠唱すると3人の体がふわりと浮き上がる。俺は術の維持しないといけないんで探索は二人で行ってくださいと言われアランとレオは上へと上がっていく。

天井近くまで到達すると確かにレオの言った通り天井、いや床に模様が彫られているのが分かる。よくこれが見えたなぁと感心すると同時にアーサーが彼を引き入れた理由がよく分かった、これは便利すぎる。


「アランさん、こっちに扉ありますよ」

「でかしたレオ。早速調べよう」


しかし扉は長い間使われていなかったせいか固く閉ざされており開かない。仕方ないなぁと言いながらアランは懐から何やら粘土の様なものを取り出すと、ペタペタと扉に貼り付けはじめた。そしてレオに向かって離れているように合図する。


「何するんですか?」

「開かない物を簡単にこじ開けるには爆破一択」


その返答にはっ?と間抜けな声を上げたとほぼ同時に彼は扉に向かって炎の魔術を放つ。

次の瞬間ドォンッと大きな音が辺りに響き渡り煙が立ちこめる。視界が晴れた頃には綺麗さっぱりと扉が吹き飛ばされており中の様子がここからでも伺えるようになっていた。


「あんたアホかなんかですか!?」

「いやぁだってこれなら扉の向こうに待ち伏せている輩諸共一掃出来るじゃん?」

「こんな所にいるわけないでしょう!?ていうかここ仮にも歴史的建造物ですよね!?」


レオは思わず彼の胸ぐらを掴みあげて前後に揺するが彼はアハハ大丈夫だってと笑いながら大人しく揺すぶられている。

地上で待機していたエイブリーも駆け付けて2人に近寄ったがその様子にポカンと口を開けている。


「エイブリーも何か言ってくださいよ!」

「……まぁその、何もないなら俺は戻る」


ちょっとぉ!という声を完全に無視して彼は再び下へと戻って行った。

まぁまぁ開いたんだからはやく中を探索しようよと呑気に言うアランを放るとレオはその場で浮いたまま器用にしゃがみ込んで頭を抱えた。


「始末書ものじゃないですか…」

「大丈夫大丈夫、これランドルフ所長直伝だから」


聞きたくなかった…と今度は耳を塞ぎながらショックを受けるレオの肩をポンッと叩くと。


「危険対策部はいつもこんな感じだから。慣れて」


そう言うとアランは彼の腕を掴み今自分が爆破した部屋の方へと引き摺っていく。


「…とりあえず所長にはちゃんと報告入れとこう」


そう下でエイブリーが溜息をつきながら呟く声は、当然の如く遥か上にいる2人には届かなかった。


気を取り直して2人は開け放たれた扉を越え部屋へと入る。そこはどうやら倉庫のような部屋のなっており、朽ち果ててボロボロになった棚や箱が乱雑に転がっていた。そこは当然のように逆さまになっており、窓が低い位置にありガラスは既に割れてなくなっているものの、そこから外から夕陽が差し込んでいた。


「逆さまだと見にくいな」

「流石に浮遊(フロート)でも逆さまになったら頭に血が昇りそうですね…」


そう言いながら2人は地面に足を降ろす。身体中を支配していた浮遊感が薄くなり酔った時の様なふわふわとした感覚に襲われる。

手分けして辺りを見渡していると、扉からエイブリーも入ってきた。


「お、どうした?」

「いえ、術の効果範囲外になりそうだったので近付こうと思って」


なるほど確かに結構距離あったもんな、と思いさっきこちらに来た時に一声かければよかったかと反省する。

予備の匂い消しの飴を2人には渡しながらガリッと口の中で小さくなっていた飴を噛み砕き飲み込む。すると先程までは一切感じなかった強烈な臭いが地上にいた時より更に強くなって鼻を刺激する。


「さっきよりキツいけど食べ物とかならとっくに分解されてそうなものなんだけどな」

「単純に換気が不充分だったのでは?」


胃の中の物を吐き出しそうになる前に自分も新しい飴を口に含む。途端に消える臭いにアランは心の中で帰ったらシアンさんにレシピを教えてもらおうと固く誓った。


部屋の中をくまなく探索するものの、匂いの発生源らしきものも武具らしきものも見当たらない。ここではない別の部屋でもあるのだろうかと思った時、ふと脳裏に幼い頃よく読んだ英雄譚の話を思い出す。


「……俺、子供の頃『勇者アルベルト』読んでたんだけどさ」

「あぁ僕もよく読みましたね」

「男の子の読み聞かせの定番ですね。それが何か?」


なんとも言えない顔をしながら彼は地面を靴の先でコンコンッと叩く。それに釣られて2人も地面を見るが特に何もない。一体何が言いたいんだ?といった表情をしながら彼らはアランを黙って見つめる。


「アルベルトって…伝説の剣を封印された台座から引き抜いて勇者に選ばれたよな。」

「そうですけど……あっ!」


レオは何かに気付いた様に手を叩き、遅れてエイブリーもあー……と言いながら視線を上へと向ける。

3人は天井を…いや、正確には天井になってしまった床を見上げる。


「そう、つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」




そう結論を付けてからのアランの行動は速かった。扉に片っ端から起爆剤をつけては爆破を繰り返し全ての部屋をしらみ潰しに探索する事にしたのだ。

勿論これ以上歴史的建造物を破壊する訳には、と言ったレオの言葉には1つ爆破したら10も100も変わらんとバッサリ切って捨てた。


「怒られる…絶対に怒られる……」

「大丈夫。怒られるのは実行犯のアランさんだけだから」


後ろでコソコソと話している2人をガン無視して扉を爆破する事5つ目、そこは下にあった

祭壇とは全く別の様式の祭壇となっており、3人は目を合わせ頷き合うと一斉に上を向く。


「「「あったー!!!」」」


3人が同時にそう叫び、一気に天井近く毎日浮き上がる。

丁度部屋の中心部分、天井に例えるとまるでシャンデリアのように台座に突き刺さった剣がそこにはあった。


「剣ってまたベタだけど本当にあったよ!」

「いいんですよこういうのはオーソドックスで!」

「これでアランさんは試験合格、俺達もひょっとしたら昇格出来ますよ!」


アランやレオはともかく、これまでずっとやる気がなさそうだったエイブリーでさえもニコニコとして3人剣の前でキャッキャと浮かれてる。

笑顔のエイブリーを見て2人がポカンとした顔になると彼はハッとした顔になって恥ずかしそうにフードを深く被って顔を隠してしまった。


「……忘れてください」

「なんで?そっちの方が絶対かっこいいよ!」


レオがほらこれ外して!とグイグイフードを引っ張るのに必死に抵抗する彼を見てアランはこの面子で来てよかったなと和やかな気分になる。

しばらくそれを眺めているとレオがはやく剣抜いて持ち帰りましょうよ!と言い出した。


「それもそうか、よし抜く…いやこの場合なんて言ったらいいんだ?」

「刺さっているんだから引き抜く事には変わらないのでは?」


そんなよく分からない問答をしながら、気合いを入れ直して剣の柄の部分をしっかり握り、さてこのまま術を解除して床に着地しようとした瞬間の事だった。


「それを抜かれてしまっては困るんだ。やめてくれないかな?」


それまでその部屋には3人以外誰もいなかったはずなのに突如として男の声がしたかと思えば、いきなり彼らはその場から吹き飛ばされてしまい壁や床に叩きつけられてしまった。


「困った人達だ。神の寝所、ラドグリアをバカスカ爆破した上にこの聖剣に手を触れるなんて…万死に値するよ」


フワフワと漂うように浮いているその男は3人を冷たい視線で一瞥すると剣を護るかのように傍に行き鋭く舌打ちする。

3人は痛みに呻きながらよろりと立ち上がるとその男を睨み付け各々武器を構える。


「お前、いつの間に…!?」

「私はずっとここにいたよ。君達が鈍感過ぎたんじゃない?」


その男は小馬鹿にした表情をしながらこちらに近付いてくる。アランはチラリと後ろの扉までの距離を確認してすぐにここは遥か高い天井である事を思い出し逃げられない事を確認するとさてどうしたものかと思案する。


「選択肢をやろう。ここで死ぬか、大人しく全てを忘れてここを去るかだ。」

「第3の選択肢もあるぞ」


そう言いながらアランはナイフをその男に向けて投げ付ける。男は鬱陶しい虫を払うかのように手で払うが、すぐに新たな袋が投げつけられ顔に直撃し袋から粉末が辺りに飛散する。


「お前を倒して剣を持ち帰る、だ!」


猛然とダッシュしたかと思うと大きく跳躍し空中にいる男の服を掴み一気に体重をかけて地面に叩き付ける。

床に倒れ伏した男の顔面に追撃の蹴りを喰らわせようとするが壁に阻まれたかのような感触と共にゴォンッという鈍い音を立てる。


「なっ!くそ、防御魔術か!」

「愚かなり人間風情!このルネリートを地に立たせるか!許さぬ、八つ裂きにしても気が済まぬ!」

「よっしゃ即時撤退!全力で逃げるぞ!」


憤怒の表情を滲ませてルネリートと名乗った男が素早く立ち上がる。一瞬で勝ち目なし、と判断したアランはそう叫ぶ。それを聞く前からいち早く扉の前に退避していたエイブリーが鋭く叫ぶ。


「浮遊は解除したからこのまま飛び降りるぞ!激突寸前にもう1回発動させれば激突せずにすむ!」

「それミスったら死ぬやつ!」

「そんなこと言ってる場合か!即時無詠唱で防御術貼れるようなやつ相手にしてられるか!」


そう言いながら素早く扉までダッシュして扉の外へと飛びだす。一瞬の浮遊感の後重力に従って身体が落下していく。

一瞬遅れて死にたくなーい!と叫びながらレオ、腹くくれよ!とエイブリーが飛び出してくる。


浮遊(フロート)!!!」


もうすぐ床に激突、と言った距離になると急激な浮遊感と共に身体が宙に浮く。少しの浮遊の後、足が床につく。バンジージャンプみたいだな、とアランはボンヤリとそんなことを考えながら足を動かす。2人も無事着地出来たのか走る足音が聞こえる。


「逃げられると思うなよ!」


その更に後ろから男の怒鳴り声と足音がする。距離は充分稼げている、このまま遺跡を出て森に紛れれば逃げられる、と思ったその時だった。

ゴボリ、と鈍く何かが泡立つ音が聞こえたかと思うと後ろから黒い何かが粘着質な音を立てながら迫ってきた。

それが触れた所からじゅうじゅうと嫌な音と共にあの奥の祭壇で嗅いでいた匂いが充満した。


「ちょ、アレ入口の熊の!」

「じゃああの熊もアイツかよ!」

「行方不明者の遺体がないのはそういう事か!」


そう、チラリと見えたそれは遺跡に入る前彼らが倒したグリズリーから放出されたものにそっくりであったのだ。それが明確な意志を持って彼らに襲いかかってくる。触れられたら一巻の終わりである事は容易に想像出来た。

つまりあのグリズリーは何らかの形であの男が作り出した人造の魔物だったのだろう。なぜ液体に触れたのにあぁならなかったのかは分からないが今はそれどころではない。


「あーもうなんなんすかー!」

「黙って走れ!捕まったら多分ヤバいぞ!」


レオが叫びながら走り続けそれをエイブリーが叱咤する。

そのまま3人は走り続けたが、黒い塊は少しづつ距離を詰めはじめていた。

アランは少し走る速度を緩めたかと思うと、ガサゴソと荷物を漁りはじめる。少しして取り出したそれは白いふわふわとした雪のような塊だった。


「これ作るの高かったんだからなー!」


走り続けていたのもあるが本当は使いたくないのだろう、少し涙目になりながらその物体を後ろのそれに向かって投げ付けた。

それは黒い塊に当たったかと思うんだみるみるうちに膨らんでいき、遺跡の通路をあっという間に覆うと1枚の板のようなものになり固まった。

そこにドォンッと大きな音を立てて何かがぶつかった音がする。しばらくぶつかる音が響いたかと思うとその音は止み、あの酷い臭いが遠ざかっていくのを感じた。


「今のうちに逃げよう!」


アランはポカンとその様子を見ていた2人に声をかけると再び走り出す。そのまま遺跡の外に出て、しばらく森の中を進むと3人はその場に座り込んでしまった。

しばらく肩で息をして息を整えていたが落ち着いてきたのかエイブリーがゆっくりと話しだした。


「まさか…アイツが行方不明の犯人…?」

「そうでしょうね…なんなんすか本当にもう…」


こんなガチダッシュ所長に鬼ごっこさせられて以来ですよ…と言いながら水一気飲みして一息つく。

アランはその場に座り込んで俺の1月分の給与が…と遠い目をしながらブツブツと呟いている。

あれそんなに高かったのか…というかこの人の給与いくらなんだろうと自分の給金を2人は思い出してゾッとする。


「そういえばあれ、何なんですか?」

「魔力に反応して硬質化する石を加工して作った即席の防御術なんだけど…まぁ命には変えられないから…」


そう言いながらも材料を呟いている。余程使いたくなかったんだな、と2人は顔を見合わせて頷き合う。


「ほら、そのお陰で僕ら逃げきれたんですから、ね?」

「そ、そうですよ。また改良して作ればいいんですから」


そんなことを言いほら少しでも歩きましょうと促しながらしばらくは慰めていると少しは前向きになったのかなったのか次頑張る…と呟くととにかく王都に急ごうと足を進めた。

その後は誰も一言も話さず黙々を歩みを進め3時間はかかる所を2時間で王都の本部へと戻ってきた頃にはすっかり夜となっていたがそんなこと彼らには関係なかった。


「……ランドルフ所長いますか?」

「はい、今日は泊まりがけなのでいますよ。」


受付嬢はボロボロになった3人を少し不審そうな目で見つめながらそう告げると3人は危険対策部へと向かう。

ノックもそこそこに扉を開けるとそこには数人の夜勤の人間とアーサーが呑気にお茶を飲みながら会談していた。


「おや、報告は明日でもよかったのに。3人共無事……という顔ではないね。奥で話を聞こうか」


疲れ切った3人の表情を見て何かあったとすぐに察したランドルフは奥の部屋へと彼らを案内した。


「さて、君達がこんな時間に帰ってきて翌日報告ではないということは何かあったね?」


お茶を人数分入れて差し出されると彼らは各々小さくお礼を言うとそれをゆっくりと口に含む。ようやく生きた心地がしたのか長く息をつくとあの遺跡であったことを全て報告した。

奇妙な魔物の事、中には誰もいなかった事、武具は見つけたもののルネリートと名乗る男に邪魔された事、その男が操っていたであろう黒い塊から命からがら逃げてきた事。


「なるほど…ご苦労様。今日の所はゆっくり休むといい。詳しい報告はまた明日聞こう、君達には休息が必要だ」


彼がそう言い終わると彼らはそのまま本部内の宿舎へと案内された。

各々横に並べられたベットに倒れるように寝そべると、途端に眠気が襲ってきた。


「レオ、エイブリー」

「……なんすか。」

「何でしょうか……」


2人も疲れ果てているのだろう、力ない声で返事をするがそのまま寝入ってしまいそうだった。

アランも正直さっつぁと意識を手放したかったがこれだけは言わなければと言葉を絞り出す。


「今日は、2人のおかげで生きて帰れたよ。……ありがとう」

「それは、こっちのセリフです」

「はい、そうです……おやすみなさい」


そう返事がした次の瞬間にはすぅすぅと寝息が聞こえ始める。それを聞いて少し笑うとアランもシーツで身体をくるんでおやすみなさいと言いながら目を瞑る。

とにかく早く帰ってシアンとフィオに会いたい、それに中心街の美味しいご飯が食べたいと思いながら眠りにつくアランだったが、一方ソーライアのフィオの身にとんでもない事態が発生している事を、彼はまだ知らずにいるのである。

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