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薬師のシアンは今日も薬を売る  作者: 蒼月 ナユタ
薬師シアンは今日も薬を売る 《シアンは邂逅する》
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シアンの休日

フィオーラのおつかい騒動が終わり、少しずつ忙しさもなくなってくると今度はどんどん気温が上がってくる。無造作に伸ばしている髪を一纏めにして紐で止めながら流石にそろそろ切りに行くか…等と考えながらシアンはウスニメイの実をせっせと倉庫から運び出していた。

この実から抽出される果汁はとても爽やかな香りをしており、この暑くなる時期に薄めたものを肌に塗ったり湯船に入れたりして楽しむ1種の嗜好品として嗜まれている。

しかし実を覆う殻がなかなか硬く加工が難しい為流通数が少ないのが欠点でもあった。彼自身も日々ハンマーを振り下ろしたり力自慢の冒険者達を雇って皆でこじ開けたりしていた。その為彼らの間では1種の力比べの様相を呈していたのだが今年は違った。


【ヨッコイショ!】


何故なら高性能ゴーレムことフィオーラがいるからだ。

彼女のボディは日々魔鉱石を取り込んだりアーシャがたまにメンテナンス(という名の魔改造)を繰り返しているおかげで進化しており、知性のみならず純粋な力でも右に出る者はいないレベルなのだ。

彼女は1つまた1つとまるで瓶の蓋を開けるかのように軽く捻るかのように殻を開けていく。最早割ってすらいない。


「こうも簡単にウスニメイの殻が…」


中から出てきた実を絞りながらアランは呟く。彼は「これくらい簡単っすよ!」と言いながら10分程奮闘して諦めたのだ。

絞った後の実は乾燥させて粉末にすれば調味料になるし殻も乾燥させればよく燃える為火の種になるのでキチンと仕分けしていく。


「おーおーフィオちゃんすげーな。ありゃ戦いになれば勝てる奴いなくねーか?」


そう言いながらハーヴェイは手持ちの槍を丹念に磨いている。彼は起用に割れ目の間に刃物を入れてこじ開ける技巧派だ。


「フィオはそんな野蛮な子じゃありませんからね!」


アランはそう言い切っているがフィオーラが先日のおつかい騒動の際チンピラもとい新人冒険者を一撃で沈めたことを彼は知らない。言わぬが花。

そんな他愛もない話をしていると全ての実を運び終えたのか汗を拭いながらシアンが戻ってくる。


「あっつ…とりあえず今日は仕分けに専念して明日1日日光に当ててから煮詰めていくか」

「分かりました」


そう言いながらアランは壁にかけられたカレンダーを見る。それを見てあっと声を上げる。


「そういえば明日はシアンさんお休みの日ですね」

「……あぁそういえばそうか」


そう、今まで1人でずっと店を切り盛りしていたシアンだったが立て続けに優秀な人材が加入して今、定期的に休みが取れるようになったのだ。

おかげで趣味のものを片付ける時間が出来たんだよな、と呟いた彼に対して「シアンさんお酒以外に趣味あったんですね」と宣ったアランに対していい一撃を喰らわせていたのはギルドにいる人間の記憶に新しい。


「まぁお前達なら大丈夫だな、一応朝と夕方には顔出すし」

「出すも何も家ここですしね」


それもそうだな、と軽く笑いながら店番に立つ。普段そこに立っている可愛い店番は今もせっせと殻開けに勤しんでいる。

今日も続々と来る客をさばきながら、明日はとりあえず髪を切りに行くか…などと考えながら1日を過ごす。



翌日、朝日が昇り始める頃にいつもの様に目が覚めてしまったシアンはベッドの上で暫くぼーっとした後ゆっくりと起き上がる。

ここ数年、いや数十年と1人でやってきたからかこうして休みというものが出来てからもなかなかゆっくりとするという事にいまいち慣れないなと独りごちながら朝食を用意しようとしてはたと考える。


「この前フィオが買ってきたサンドイッチ美味かったな…」


そうだ、今日はそれを食べようと決めていそいそと服を着替え始める。

暑くなってきたから羽織物は置いていこう、とシンプルな上着といつものズボンを履き外、と言っても店の裏に出る。

そこにはもう作業を始めている2人がおり、こちらに気付くとおはようございます!と元気に挨拶してきた。


「おはよう…フィオ、この前買ってきてくれたサンドイッチ。アレどこのやつだ?」

【ゴドリックサンノトコロ】

「ありがとう、じゃあ行ってくる」


ポンポンと頭を軽く撫でるとイッテラッシャイ、と手を振って見送ってくれる。アランもいってらっしゃーいと作業しながら続ける。

もうギルドの中にはそこそこの人数がボードに貼り出された依頼をあーだこーだ言いながら吟味している。彼らもシアンに気付くと口々に挨拶をしてくれる。それに軽く返しながら外に出ると人で賑わい始めていた。


「まずは…ゴドリックのところに行くか」


スタスタと歩き始め、数分もしない内にゴドリックが営む⟬日常の囁き亭⟭に着いた。ここは朝早くから働く者の為に朝日が昇ると同時に店を開き、夜遅くまで営業している為依頼の内容によっては遅くまで時間がかかる事も多い冒険者達にはとても人気の食堂だ。


「らっしゃい!…ってシアンか、こんな時間に珍しいな!」

「あぁおはよう。今日は休みだからな、この前フィオが買ってきたサンドイッチが食べたいんだが」


あーあれか!任せときなと言いパンをスライスしていく。シアンは適当な席に着きそれを眺める。

このゴドリックという男、禿げあがった頭に冒険者顔負けの筋骨隆々とした肉体をしているのだがなかなか素晴らしい料理の腕をしており、その見た目からは想像出来ないほど繊細な料理から見た目通りの豪快な料理まで様々なレパートリーを持っている。


「今日は何するんだ?」


テキパキとサンドイッチを作り、皿に持ってシアンの前に置く。その隣に淹れたてのコーヒーも置きながらそう尋ねてきた。

いただきます、と丁寧に手を合わせサンドイッチを口に運ぶ。パンに挟まれたハムの程よい塩気とレタスのシャキシャキ感がとても美味しい。


「とりあえず髪切りに行ってから…市場の方に行こうかと」

「へーそうか。まぁそんだけ伸びたら調合の時邪魔だよな」


カランカランと扉のベルが鳴り、その音に遅れてゴドリックのらっしゃい!という声が響く。それを聞きながら再び手に持ったサンドイッチにかぶりつく。

合間にコーヒーを飲み、ほうと一息をつく。最近ハマって豆からこだわり始めたというその味は絶品であった。


「ご馳走様。あぁそうだ、フィオが買い物に来る度お土産だのなんだの渡すの控えてくれよ。置き場所に困る」


そう伝えるとキッチンの奥から考えとくわー!とあまり聞いていないような返事をもらいその場を後にする。

外は先程より人が増え、活気に満ち始めていた。さて、と一言呟くと理髪店を目指そうとして、目の前に人が立ち塞がる。

いかにも、といった風情のあまり見た目のよろしくない男が3人、ニヤニヤとしながらシアンを取り囲む。


「よぉシアン、久しいぶりだなぁ?」

「引きこもりは終わりかぁ?」

「お礼参りに来てやったぜ?」


はぁ、と彼は溜息をつく。そういえば最近にこんな感じのヤツらが店で暴れようとしたから殴り倒して叩き出したような…いや、フィオに絡もうとしたから叩き出したんだったか…と思い出しながらさてどうしたものかと思案する。

普段は2度と来ないように徹底的にするのだが、フィオの手前あまり過激な事は、と中途半端に叩き出したのがいけなかったか。ととりあえず本気でやるかと結論づけたシアンは何やら口々に捲し立てる男の顎に一撃握り締めた拳を叩き付けた。


「んごっ…」

「兄貴ー!?」

「テメェ不意打ちとは…ガッ!」


そのまま崩れ落ちていく男の顔面目掛けて膝で蹴りつける。勢いよく後ろに倒れ込んでそのまま動かなくなった。

ギロリと残った男2人を睨み付ける。ヒッと小さい悲鳴をあげるが、その表情はすぐさま怒りの表情に変わる。

拳を振り抜きながら真っ直ぐ向かってきた2人目の腕を掴み、捻りあげてから投げ飛ばす。背中を強く打ち付けてのたうち回るその無防備な腹に踵を思い切り振り下ろす。それを無防備に受けた男は胃から液体を撒き散らしながら低い呻き声をあげてパタリと動かなくなる。


「……まだやるのか?ん?」


ニッコリ、と笑顔を貼り付けながらその場に座り込んだ男を見つめる。しかしその目は一切笑っていない、言外にお前もこうなりたいのか?と言っているのがヒシヒシと伝わる。


「ヒィッ…!お、覚えてろよっ…!」

「おーこいつら忘れんよ」


気絶した男達を放って逃げた男の背中に向かって叫ぶが無視された。騒ぎを聞き付けて駆け付けて来た警備兵のユーリにいきなり襲われた、と説明しながら男達を引き渡す。それを聞いてまたか…と肩をガックリと落としている。

彼ら警備兵もよくシアンが張り倒した不届き者を捕縛しに来たり薬を買いに来たり素材を売りに来る為大体の兵とは顔見知りである。


「シアンさん、やり過ぎですよ…」

「いいだろ、これくらいなら回復魔法で治る範疇だ。

「とりあえずこの男達は連行します。後日話を聞きにお店に伺いますね」


ユーリは深い溜息をつくと全くもう、駄目じゃないですかと言いながら男達を捕縛しながら引きずっていく。

それを見送るとそれを見ていた冒険者達にまた盛大にやったなーとかアイツらも懲りないなー等と言いながら肩や腕をバシバシと叩いていく。


「…とりあえず、髪切りに行くか」




今度は何事もなく理髪店へと辿り着いた。店員の女性と他愛もない話をしながら髪を切ってもらう。

いつも通りの首にかかるかかからないかという長さに切り揃えられたのを確認しると、ありがとうとお礼を言い店を後にした。


「さて、市場に行って掘り出し物探しに行くか」


しばらく歩いて中心街から少し離れた所にある市場に着く。この市場は衣服や装飾品、宝石や珍しい魔物の素材等が並んでいる。

中心街に比べて人通りが少ないその通りをゆっくりと歩いていく。彼はこうやって珍しい素材やアイテムを入手して集めるのが趣味なのである。


「おや、シアンじゃないか…久しいね。」


通りから少し外れた馴染みの店に入ると、店主の老婆のナスターシャが目尻を彼を下げ迎え入れた。

あぁ、久しぶりだなとシアンも挨拶を返す。ここ最近訪れていなかったが、この店の雑多とした雰囲気が好きなのだ。


「何か面白い物入荷してないか?」

「そうだねぇ…ちょっと待ちな」


そう言うと店主はカウンターの奥へと消えていく。それを見届けると店の中の棚に目を向ける。

整然と並べられた鉱石や、その鉱石を使って作られたと見られる装飾品が店の灯りに照らされて輝いている。

その1つを手に取って眺めたりしているとナスターシャが小さな箱を持って戻ってきた。


「シアンが来たら見せようと思ってたんだよ」


手に持っていた鉱石を元の場所に戻すと、その箱を受け取る。

綺麗な装飾が施されたその箱を開けると、そこには紅く輝く掌に収まるサイズの宝石が納められていた。


「これは…」

「南の禁足地から運ばれたという宝石だそうだ」


そう彼女が告げるとシアンがハッとした顔をしてそちらを見つめる。

かつて異形の神々がそこから現れたという南の大地。そこには人間の想像が及ばない様なモノが眠っているという。


「これが…?」


その宝石の輝きに目を奪われたかのように見つめる。その宝石は強い魔力を放っており、一目見たいだけで途方もない価値のものであることが分かる。

そういえばと彼はパタリと蓋を閉めるとその魔力は遮断されたかのようになくなる。マジマジと施された装飾を観察すると一定の魔力を持つ者でなければ開けられないように封印が施されていた。

なるほどこれ程のものならば隠さなければいけないなと納得しながらその箱をカウンターの上に置く。


「これは⟬命与えるモノ(ウレクロワリア)⟭と呼ばれる物らしい。セルシア郊外の朽ちた城から発見されたんだが…」

「ウレクロワ…命か。何だか物騒な名前だな」


そう言いながらもう一度蓋を開けそれを見つめる。灯りもないのに不思議と輝くそれから目が離せなくなる。


「どうやって使うかは分かってないが…まぁ命って大層な名前がついているからには回復効果の1つや2つくらいあるだろう。それでお前さんに見せようと思ってね」

「俺は薬師なだけで回復術士(ヒーラー)ではないんだが…」


まぁいいじゃないか、と引きつった笑いを浮かべながらナスターシャはその箱をポンポンと叩く。

いくらだと言いながら皮袋を取り出そうとするシアンを静止してタダでいいよというナスターシャとの問答をしばらく繰り返した後店の良質な魔鉱石を何個かとフィオに似合いそうなエプロン用の布を何点か購入して店を後にした。


「さて、いい時間になったしそろそろ店に戻るか…」


そう言いながら再び歩き出す。道中露店に並んでいる掘り出し物っぽいアイテムを買ったり商人から話しかけられたりしながらもゆっくりとギルドを目指す。

日も暮れ始め、街の街灯に灯りが付き始める。


「ただいま。帰ったぞー」

「おかえりなさい!ハーヴェイさんから聞きましたよ、大変でしたね」


帰ってきたシアンを出迎えたアランは今度体術も教えてくださいねと言いながら荷物を受け取る。

その中にフィオ用の魔鉱石が入ってると伝えるとありがとうございます!と言い袋から取り出したそれをフィオーラに手渡す。


【アリガトウ、イタダキマス】


キチンと手を合わせてから鉱石を1口でパクリと平らげ、ご馳走様でしたと再び手を合わせる。

それを見ていたアランは美味しいと聞きながらその頭を撫でる。こくこくと頷きながらカウンターへと戻って客を待つ。


「髪切ったんですね、結んでるのも似合っていたのに」

「調合の邪魔だろ」


そう返すとそれもそうですねぇとのんびりした返答を返された。大きめの容器に入れられていた日中陽光に当てていたウスニメイの果汁の状態を確認し、蓋をする。煮込むのには時間がかかる為作業は明日に持ち越しである。

その後先ほど購入した物を飾る為に奥の自室へと入っていく。


「これはここに並べて…あー、棚が足りなくなってきたな。処分…は嫌だから増やすか」


珍しい鉱石や素材が所狭しと並べられた棚を見つめ、どの棚をどう移動させようか…と考えていると部屋の扉がコンコンとノックされるとほぼ同時にその扉が開け放たれアーシャが入ってくる。


「おかえりーシアン!いいものあった?」

「帰れ」


ノックの意味がないだろうがと言いながらベッドに寝転がるアーシャを無視して手に持った戦利品を並べ、最後にナスターシャからもらったあの箱を眺める。

彼はその箱を見るや否やがばりと起き上がりシアンの方へと近寄っていく。


「それ、ヤバいね」

「分かるか?南の禁足地から出土されたものらしいぞ」


ぱかりとその蓋を開けて中の宝石を取り出す。しばらく見つめていたかと思うとそれを元通りに戻しシアンへと返す。


「それ、何処から持ってきたって?」

「ナスターシャはセルシア郊外の朽ちた城とか言っていたぞ」


ふぅん…と1つ呼吸をするとちょっと気になるから行ってみようかなと言いアーシャはしばらく出かけてくるね。と言い残して扉を開け放ったまま部屋を後にした。

歴史が古いセルシア公国にどれだけ城があるんだと思いながらシアンはその背中を見送る。すると入れ違いになったのか開け放たれた扉からアランが顔を出す。


「シアンさん、夕飯どうしますか?」

「そうだな…店が暇なら早めに閉めて何処か食べに行くか?」


そう答えるとやったー!と言いながら店へと戻っていく。元気だな…と呟きながらその箱を似たような箱が並べられたスペースへと丁寧に置く。

最初からそこにあったかのように置かれているその箱の中身が、後々にとんでもない事態を引き起こすのだが、それはまた別のお話。

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