フィオーラ、はじめてのおつかい
アーシャからゴーレムを譲渡されたアラン。そのゴーレムにフィオーラと名付けたアランは日々を過ごしていた。そんなある日の話。
さて、そんなこんなでアランの元で生活を送ることになったゴーレムは大地の子と名付けられた。普段はフィオと呼ばれ一緒に店の手伝いをしたり家でお留守番をしたりと基本的には自由に過ごしている。
最初は驚かれたり魔物と勘違いされて剣を向けられたりしていたが、数ヶ月も経つと皆慣れて各々可愛がったりしている。
ゴーレムの性能は召喚時に使われた素材の良さで決まる。その点で言えばフィオーラは最高品質と言ってもいい素材で作られている為、高い知性を持ち此方が命令した事を正確に理解するというスペックを有していた。
「フィオ、これ並べてくれる?」
【カシコマリマシタ】
手渡された袋詰めの茶葉を受け取り、籠の中に丁寧に並べていく。そんな感じで日々店の手伝いをしていたおかげか今や立派な売り子になっている。
そうして時間は過ぎ雪解けの季節がやってくる。新しく冒険者としてデビューする者や異動により街に赴任してくる者、新しく移住して来た者達で街がとても賑やかになる。そうなるとギルド全体も非常に忙しくなり活発になり、言わば繁忙期に突入するのだが…
「いやぁだからって忙しすぎるでしょ…」
それがとにかく忙しいのだ。新人が増えるおかげでポーション等の回復薬の需要は増し、ひたすらポーション作りに没頭している。幸い原材料はその新人達がクエストで取ってきてくれる為困ることはないが作り手が足りない。これを去年まではシアン1人で担っていたのだから脱帽だ。
「お前がいてくれるからまだ他の薬を作る余裕があるくらいにはマシなんだが…」
とはシアンの弁である。今は手馴れているシアンがポーションの大量生産を担当し、それ以外の薬をアランが担当している。
そして販売等の店番をフィオーラが担当しているのだが…これがなかなかに人気を博しているのだ。見た目はのっぺりとした顔だが、アランお手製の可愛らしいエプロンを付け、チョコチョコと動き回りながら薬を手渡してくれたり、手を振りながら見送ってくれる姿が大変可愛らしいと冒険者界隈で話題になっている。
【キョウモガンバッテクダサイネ】
「ありがとう!いってくるね」
ポーションを詰めた袋を手渡して銅貨を受け取る。また来るねーと手を振りながら出かけていく冒険者を見送りながらまた次の客に薬を渡していく。
そうして慌ただしく1日の営業を終え、フィオーラは床に散らばった薬草を箒で掃除し、2人は明日売る物の調合をひたすらこなしていく。そうしていると、突如アランのお腹からグゥ…といい音が鳴った。続いてシアンのお腹も鳴る。
「そういえば昼にパン齧ってから何も食べてないや…」
「俺は…多分昼に何か飲んだくらいだな…」
2人してお腹を抑えてはぁ…と溜息をつく。それまで空腹というものを自覚していなかったが、いざこうお腹が空いたと自覚すると無性に何か食べたくなってくるものだ。しかし今この場に食事となるものも食材もない。出かけようにも薬の調合の手も離せない状態だ。
「シアンさんどうします…?」
調合の手を止めることなく顔をそちらに向ける。しかしシアンはキョロキョロと辺りを見渡しており話を聞いている様子ではなかった。
「…聞いてます?」
「なぁ…フィオ、どこ行った?」
そう言われ彼もハッとして周りを見渡す。確かに先程までそこで掃除をしていたフィオーラの姿がなく、近くに立て掛けられた箒と机にエプロンが置かれている。
そのエプロンの上にメモを見つけアランはそれを拾い上げる。そこいはこう書かれていた。
「「お買い物 行く…?」」
一方その頃、フィオーラはギルドを出て中心街へと向かっていた。レジから銀貨を持っていくのも忘れていない。マスターがそれを使って『オカイモノ』なるものをしている事をよく知っているのだ。
いつもアランはフィオーラを伴って色々買い物をしているのだが、それを彼女(本来ゴーレムに性別はないがアランが女の子のような扱いをしている為彼女と表記する)はちゃんと見ていたのだ。
【マスター、イソガシイ。ダカラオカイモノ】
そう呟いて彼女は銀貨をギュッと握りしめて前を向く。その行動のせいで今ギルドではそのマスターが慌てふためいてシアンに殴られている所だが、そんな事彼女が知る由もない。
確か『ゴハン』なるものをいつも買っているのはこっちの方角…とキョロキョロしながら向かっていく。
「なんでこんな所にゴーレムが…?」
「ねぇあれ…アランのゴーレムじゃ…」
「キョロキョロしてて可愛い…けどなんでこんな所に?」
それを見ていた周りの人間はギョッとしながら眺めていたり、フィオーラをよく知っている冒険者の面々も思わず2度見をするなどして通り過ぎようかシアン達に報告すべきか迷っている。
【ナニガイイカナ…】
そんな事は露知らず、フィオーラは食堂を目指す。とりあえずあそこならいつも通っている所だしなにか出してくれるだろうと思いながら歩みを進める。
「あの子…どこ行こうとしてるのかしら…」
それを後ろから見守るように付いて行こうとしている女性が1人。彼女はイザベラ、昼間は冒険者として活動し夜は近くの酒場でも働いている。
アランとも時間が合えば共にクエストをこなしに行く位には仲が良く、フィオーラの事もよく知っている。
今は丁度外に出て客の呼び込みをしていたのだが、目の前を通って行ったフィオーラに仰天し、思わず付いてきてしまったのだ。
「アランは何してるのよ…保護者しっかりしなさいよ…」
そうブツブツ呟きながら隠れるようにしてフィオーラの後ろを付いていく。店には後で報告すればまぁなんとかなるだろう、夜もいい時間なのだしあんな小さい?子を放っておけないもんね…と自分に言い聞かせて。
フィオーラはなにやらキョロキョロとしながら中心街の屋台等が立ち並んでいるエリアへと向かっていく。
ひょっとしてアランが出かけて戻って来ないのを心配して探しているとかかしら…アイツならトラブルに巻き込まれても自分で解決出来る位には腕が立つのだけれども…と要らぬ心配をしながら見守っている。
【ゴハン…ゴハン…】
何やら呟いているのは聞こえているのだが、距離がある分聞き取り辛い。そんな事なら本人に聞けばいいしなんなら隠れたりすることなく堂々とすればいいのにとも思わなくもないが、当のイザベラ本人も「どうして隠れているのかしら」と疑問に思いながら尾行しているのであまり意味はない。
「あっ…!」
そんな割とどうでもいい事を考えながら進んでいて、ふとフィオーラの方を見ると何やらガラの悪いチンピラがフィオーラの目の前に立ち塞がっているではないか!
オロオロとしながら困っている(ゴーレムに表情はないのであくまでイザベラの主観)フィオーラにこれはさすがに助太刀せねばと懐の隠し持っていた護身用の短剣を抜きながら近付こうとすると、不意に彼女の腕がグイッと伸び、絡んでいたチンピラの腹に直撃する。
距離にして大体30メートル程は離れていたが、そこから見ても分かるくらいにその渾身のボディーブロー綺麗に入っていた。いっそその一撃を何の防御もせず喰らってしまったチンピラが可哀想になるくらいだ。
【マスターガオナカスカセテルノ。ジャマシナイデ】
そう一言言うと再びトコトコと歩き出す。慌ててその後を付いて行こうとして彼女はハッと気付いて周りを見渡す。そこに何故か保護者その2の影響を見たがおそらく気のせいではないだろう、彼はそういう事を平気でする人間だ。
そこには冒険者ハーヴェイやブライアン、受付嬢のサラと言ったギルドでよく顔を合わせる面々が同じように武器を構えたままこちらをぽかんとした顔で見つめている。
「…何してるのよ」
「いやそっちこそ…」
「俺はその…フィオちゃん見かけて心配で…」
理由は大体同じだった。それはそう、シアンしかいなくてある意味華というものがなかったギルドショップに咲いた可愛らしい華とも言うべき存在なのだ。
そんな子がこんな時間にこんな所をうろついていては心配するし保護者一同は何をやっているんだ!となるのは当然の帰結であった。
「サラ、貴方何か知らないの?」
「いえ、今日は非番だったので…でもこの時期ならお2人はショップにいらっしゃるのでは?」
それもそうだ、と4人は納得し再びフィオーラの方を向く…がもうそこに彼女の姿はなかった。
「フィオちゃんがいないぞ!」
「あーもうなんでそんなすぐ消えちゃうのよ!」
「とりあえず俺はギルド行ってくるわ…」
「私も行きますね」
慌ててハーヴェイとイザベラがフィオーラの捜索、ブライアンとサラがギルドに向かい報告と相成ったのだ。
…実際は自分の主人がお腹を空かせたから1人で勝手にお買い物に出て来たのだが、その時の当人達は知る由もないのである。
所変わってフィオーラは目的地の食堂へと辿り着いていた。この食堂はギルドやアランの自宅からそう離れていない位置に店を構えていて、彼らのみならず冒険者達がよく利用している馴染みの店である。
ここまで長かったがあともう少しだ、と彼女は気合いを入れ直して扉を開ける。
すると賑やかな楽器の演奏と共に人々の騒がしい声が一気に押し寄せて来た。それに驚く事もなく彼女は食堂の亭主を探す。
「おっ、おめーは確かアランの…」
すると小さいと言ってもそこそこに重さのある彼女の身体がヒョイっと持ち上げられる。目線の先には探し求めていた亭主のゴドリックがいた。
それに気付いた客達がなんだなんだと周りに集まって来る。
【マスターがオナカスイタッテ。ダカラゴハンカイニキタ】
「あー…アイツら今1番忙しい時期か…お使い出来てえらいな!」
そう言いながらゴドリックが頭を撫でてあげ、彼女を店の椅子に座らせてちょっと待ってな。格別美味いやつを用意してやるからなと言い厨房へと入っていく。
その周りを普段彼らの店を利用している冒険者や珍しいゴーレムの客を見に来た野次馬が取り囲んで賑わっている。
「フィオーラ、よくここまで来れたなーえらいぞー」
「でもこの時間は危ないから今度はちゃんと保護者同伴で来るんだぞ」
「フィオーラちゃんはご飯とか飲み物は食べれれないんだっけか?」
そう口々に言われても戸惑うことなくちゃんと受け答えをしてお行儀よくゴドリックを待っていると、勢いよく店の扉が開け放たれた。
「フィオ!こんな所にいた!」
そこには保護者のアランが息を荒らげて立っていた。その後ろには同じく走ってきたであろう先程の4人もやっと見つけた…とホッとした顔をしてそこに立っていた。
【マスター。オシゴトオワッタノ?】
「そんなのシアンさんに任せてきたよ!もう、勝手に出歩いたら駄目じゃないか!」
心配するでしょ!と言いながらフィオを抱き締めてると、その頭の上にドスンっといい音をさせてゴドリックが布に包まれた何かを勢いよく乗せた。
「おめーらが忙しいからってここまで1人でお使いに来たんじゃねーか。褒めてやれよ」
そう言いながらテーブルの上にその布を乗せ直してなーフィオーラはいい子だもんなー?お使いのご褒美だぞーとニコニコしながら魔鉱石を手渡す。イイノ?と聞きながら受け取るフィオーラはどこか嬉しそうだ。
「フィオ…これ、俺達のご飯?」
【マスターオナカスイタケドイソガシイカラ…ダカラカワリニキタノ!】
そう言いながら心なしか誇らしげにしながら話しているような仕草をする彼女を見つめてポカンとしているアランの頭を今度はイザベラが叩く。
「いい子じゃない。あんたなんかには勿体ないくらいよ。ちゃんと褒めてあげなさいな!」
そうイザベラが言うと周りの人間もそうだそうだ!と口々に囃し立てる。それを見たフィオーラも褒めて褒めてと言わんばかりに見上げてくる。
アランはそのヤジを受けてにっこりと笑うと彼女の頭を優しく撫でる。
「ありがとうフィオ。頑張ったね」
【ウン!】
その様子を見て涙ぐむ者、笑顔でそれを見守る者、それを肴に飲み出す者と様々だったが、ひとまずフィオーラのはじめてのおつかいは無事成功したのである。
「そういえば、さっきフィオーラが殴り飛ばしていたチンピラはどうしたの?」
「あぁ、あの人最近冒険者になった人みたいでフィオの事知ってて話しかけたみたいなんだけど…」
「フィオーラは知らなくて絡まれたと思ったのね…」
そう、先程のチンピラは彼女を心配して話しかけていたのだ。しかし彼の事を覚えられていなかった為、『変な奴に絡まれたらとりあえず殴っておけ』という保護者の言いつけを忠実に守っただけなのだ。
その後保護者とフィオーラによる話し合いの後、2人に頼まれた時のみおつかいに行く、自分でお出かけがしたい時は2人の許可を得る事が決められた。
その後フィオーラがお出かけをする度に大量のお土産を持って帰って来る事態に頭抱える事になるのだが、それはまた別のお話。