シアンの日常
オールティア聖王国という名の国の、王都から少し離れた辺境の街ソーライアという都市の冒険者ギルドにその薬師はいる。
彼の名前はシアン。今時珍しくもない流れ者のエルフで、何時からか分からないが冒険者向けに格安で回復用のポーション等の汎用性の高いアイテムを自作して売っている。
時折薬の原材料を採取しに行く以外は基本的に店から出ることはなく、奥に設えた小さな居住スペースで暮らしているのだが…あまり私生活が見えない事から冒険者の間では『採取と調合と販売と暴行以外は何をしているのか分からない変わり者のエルフ』として有名である。
そんな事を言われている彼だが、性格はあまりいいとは言えない…寧ろ悪い方に入る。
自然を慈しみ平和を愛するエルフとは一体と言わんばかりの気性の荒さに始まり、口より先に手と魔術が飛んでくる、丁寧な接客は皆無、気に入らない客には絶対に薬を売らない。
挙句の果てには回復なんていらないぜ!と甘く見ている新人冒険者をボコボコにして口にポーションを押し込み「ほーら回復はいるだろうが?分かったか馬鹿野郎が!」とちゃんと予備を数本投げつけながら叩き出すのはこのギルドではよくある事である。お陰で新人冒険者の生存率も他の都市のギルドに比べて圧倒的に高いのだが。
そんな彼の朝は早い。いや早いなんてそんな生優しいものではない、薬草を最高の状態で採取する為には、決められた時間に採取しなければいけないようなものが多い為に夜中に出発して昼前に帰って来たり、その反対もしょっちゅうである。
それを持ち帰ってくるなり丁寧に調合し完璧なものを仕上げてそれを売る。そんな毎日を送っているのだ。
彼が調合した薬は一般的なポーションでも効果が高く、それが評価されて前述の荒々しい性格もまぁ慣れれば…ボコボコにはされるもののアフターケアは万全、それがなかったら死んでいたかも…という事も度々あるのでなんだかんだで慣れてきた冒険者やベテラン達には有り難られている。
それに手持ちがない貧しい者には物々交換だったり、後払いや行った先で薬草を採取してもらったりと融通を効かせてくれたりもする。
本人に言うと多分ボコられるが根は優しいエルフなのだ。だったらその優しさと薬に対する丁寧さと完璧さをもう少し普段の態度に反映させてくれとはギルドマスターの弁である。
「あー…酒飲みてー…なんか作るか…」
ゴソゴソと棚から数本の瓶を取り出し、調合用のビーカーへと注いでいく。あまりにも自然にテキパキと作り始めたので周りの人は「あぁまた薬調合してるんだな」とスルーしている。
そして完成したものをそのまま呷っていく辺りで「あ、酒か」と気付くのだがそれもまたかれの日常なのでスルーされる。いくら酒を飲んでもその腕は一切衰えないので見過ごされているのである。
「シアンさーん、オルフの洞窟行くから解毒剤くださーい」
「おう、リックか。いいのが出来てるから持ってけ。銅貨10な」
ありがとうございまーす、と銅貨を差し出し解毒剤を受け取った冒険者にあぁそうだ、とシアンがそこそこ大きめの革袋を渡す。
「オルフに行くならオルフ草をこの革袋いっぱいになるまで取ってきてもらえないか?銀貨10で買い取る」
「分かりました!」
その革袋を受け取った冒険者が元気に駆けていくのを眺めながら次の客の相手をしていく。そんな感じで彼の一日は過ぎていくのである。
無事にお使いを済ませてくれた冒険者に銀貨を渡し、オルフ草の状態を確認する。彼には何回か依頼をしているので、良い状態のものを採取してくれていた。
それを見てニッコリ微笑むのを、顔を赤らめながら見つめている何も知らない新人女性冒険者がいるが彼女が現実の前に砕け散るのはもう少し先の話である。
閑話休題。
そのオルフ草を沸騰した鍋に放り込みサッと茹で、素早く取り出すとそれをすり鉢に入れゴリゴリとすり潰していく。
いい感じに潰すと聖水で伸ばしながら更にすり潰して…を繰り返し完全に葉が潰されたのを確認するとそれを濾していく。
そうして出来上がったのが所謂解毒剤である。オルフの洞窟周辺は強い毒性を持つモンスターが多いせいなのか、周りに自生している植物は対毒、解毒作用に優れているものが多いのだ。
だから先の冒険者のようにわざわざ解毒剤を買わなくても、その辺りに生えているものをかじっておけば大体の毒は平気なのだが…たまにそれでは間に合わないケースや即効性が強いものもあるので、案外需要があるのだ。
「シアンさんの薬って本当に効果高いですよね!また調合のコツ教えてください!!」
「あー気が向いたらなー」
その作業を近くでメモを取りながら見学をしているのは最近王都のギルド本部から派遣されてきた同じ薬師のアラン。初対面から「お話は聞いてます!弟子入りさせてください!」と突撃して鬱陶しい作業の邪魔だ、と投げ飛ばされながらもめげずにアタックを繰り返している猛者である。
「というか、別に俺に師事しなくても店に出せるレベルのものが出せるだろ…元々俺の補佐としてここのギルドに赴任されて来たんだからさ…」
そう、彼はこの前うっかりギルドマスターのジョーの前で「そろそろ助手が欲しい」と呟いてしまったのが発端である。ちなみにその時のシアンは薬草採取やらなんやらで三徹目であった事をここに言っておく。
それを聞いて普段からシアンの仕事量の多さを心配していたジョーの手により、あれよあれよという間に王都の本部に話がいき『あのシアンの技術が少しでも手に入るのならば…』と王都でも実力のある薬師が集められ、誰が行くかの大戦争(比喩にあらず。何人か重傷者が出た模様)の末に派遣されてきたのがこのアランという青年である。
せっせと薬を求めてやってきた冒険者の相手をしたり代わりに薬草採取したり下準備をしたり…と働くアランはもう既にギルド内では人気が出てきている。
しかしその当の本人であるシアンは「そんな事言ったような…」とうろ覚えであったし、最初は投げ飛ばしたり吹き飛ばしたりしていたものの、なんだかんだと世話を焼いてくれるアランに絆されたのかここ一週間くらいは側にいても鬱陶しがらないし、こうやって近くでメモしていても何も言わなくなっていた。
「シアンさん、満月草の採取してきましたー」
籠いっぱいに採取された満月草を差し出して満面の笑みを浮かべるアランをシアンは一瞥すると、その中の一枚を手に取り匂いを嗅ぐ。良い満月草は鼻に抜ける爽やかな匂いが特徴的なのだ。
「…合格だ。じゃあ今度はお前一人で調合してみろ」
「はい!」
元気に頷いて作業場に入っていくアランを見送ると、ギルドの奥からギルドマスターがこちらに近付いてきた。
シアンはそれを横目に見ながら棚から酒瓶を取り出した。今日はウイスキーのロックのようである。
「お、あんたも飲むか?」
「まだ仕事中だ、後で貰おう」
あっそ、と呟きながら魔術で氷を生み出しグラスに入れ、ゆっくりとウイスキーを注いでいく。綺麗な琥珀色のそれを目でじっくり楽しみながら口に付ける。
あーうめーと言いながらニコニコしているシアンの頭をジョーは軽く小突く。
「アランの事をなんだかんだで気に入ってるのか?お前があそこまで近くに置いているのは珍しいな?」
「無能ならすぐにボコボコにして叩き出してたんだがな…優秀な奴を連れて来たじゃないか」
今までは精力的に仕事をしていたシアンだったが、アランが来てからは適度に休めているお陰か最近とてもイキイキしているとはベテラン冒険者のサーベントの弁である。
その後も他の冒険者も交えて他愛のない話をしていると、あぁそうだ…とシアンがジョーに向かって
「マスターさえ良ければなんだが…ちょっと半年程旅に出てもいいか?」
「「「「……は?」」」」
ととんでもない発言をしたのだった。
ジョーや冒険者達はとても驚いていたが、元々彼は流れに流れてこの街に落ち着いた経歴があるくらいには放浪癖の強いエルフである。
この街に住み着いてもう何十年以上と暮らしてはいるが昔はそれ程冒険者という職業が発達していなかった事もあり、気軽に店を空けても問題はなかったのだが…ここ十年くらい何処にも行けないくらいには忙しかったのだ。
そしてジョーは五年程前に赴任してきた割と新参者という事でその放浪癖を知らなかったのである。最近イキイキとしていたのはその準備をこっそり進めていたからだというのも判明した。
アランになら店を任してもいいと太鼓判を押され、アランは狂喜乱舞していた。お土産期待してますからね!と元気に見送ったものである。
まぁそういう事なら…とジョーも許可を出し、その次の日には出立するという素晴らしい速さで彼は街を後にしたのだ。
「まぁアイツとの約束があるから必ずここには戻って来る」
とよく分からない言葉を残して。
それとは別にアランには「作業室の地下の鍵が掛かった部屋には絶対に入るなよ、入ったら呪うからな。」と非常に物騒な事を言っていたが舞い上がってた彼がちゃんと聞いていたかは不明だ。
そうしてシアンが旅立ってちょうど半年が過ぎ、すっかり寒い季節になっていた。連日の大雪で辺りは一面真っ白になっており、外では子供達が雪合戦をしたり雪だるまを作って遊んでいる声が聞こえてくる。
「シアンさん、今週には帰ってくるんだって?」
「あぁ、昨日手紙が届いたよ。セルシア公国を出たとの事なのでもうすぐだね」
アランは薬草をすり潰しながらそう尋ねてきた冒険者のリックに相槌を打つ。彼には最初は舐められたりしたものだが拳で語り合った結果今ではいい仲だ。
それ以外にもシアンから直々に出禁を食らった素行の悪い冒険者からの襲撃や嫌がらせなんかもあったりしたが、まぁそれはそれである。
「俺、二度とアランを怒らせないわ…」
とはリックの弁である。新参者とはいえ何人か重傷にしてまでここに来た猛者である、戦闘やその手の嫌がらせに対する仕返しはお手の物だったのだ。
「シアンさんが聞いたらビックリするだろうな」
「いや、よくやったと言われるかなんでもっと痛めつけなかったのかって怒られるかのどっちかだよ」
おっかねぇな…と言いながら出された茶菓子を齧りながら呟く。それを横目に見ながらアランは手早く薬を調合していた。
青色をした葉をすり潰し、そこに何やら鉱物のような黒い石を入れ更に潰していく。ある程度潰れたのを確認するとそれを鉄の鍋に放り込み加熱して余分な水分と飛ばしていく。今作っているのは一般的な解熱剤…所謂風邪薬というやつである。
そうして乾燥させた物を再度粉末になるように潰していく。そうして出来た粉末状の薬を油紙に包むとポイッと投げ渡した。
「ほい、ご注文の品ですよっと。妹さん大変だな、お大事に」
「いつもすまないな、はいお代」
セシルは銀貨を手渡すと、手を振って店を後にした。
それを見送るとそそくさと裏の倉庫の方へと向かう。この寒さではろくに薬草が育たない為に倉庫を一定の温度が保たれるように魔術で調整しそこで育てているのだ。
「こういうの便利だよな…今住んでる宿にも取り入れたいけどこれ結構難しいみたいだし…」
そういう難しい術の構築をサラッと行えてしまうのがシアンである。すぐに手が出る為忘れられがちではあるが、元々術の適性が高いエルフであるシアンは本来は魔術師…つまり殴ったり蹴ったり等はしなくてもいいのだ。
それでも彼がある程度の接近戦闘の技術を有しているのはただ単純に「そっちの方が速いから。」である、アランは何という宝の持ち腐れなんだと落胆したのを覚えている。
まぁ採取の為に危険の多いダンジョンに赴く事もある中、いきなりモンスターに襲われた場合術では間に合わないというのもあるのだが。
「お、これはもう採取していいな…こっちは明日かな」
テキパキと採取を終え、店に戻るとカウンターにフードを深く被った男が待っていたようだ。待たせちゃったかな…といそいそとカウンターに戻り「お待たせいたしました。」と言いながら深々とお辞儀をした。
「おや、見ない顔だね。シアンに用事があったんだけど…ひょっとして死んじゃった?」
声からして若い(この世界は不老長寿の種族が多々いる為実年齢と見た目が全く噛み合っていない事の方が多いのだが)男のようだが、如何せん飛び出してきた言葉が物騒すぎる。本人が聞いたら即戦闘に入りそうだ。
「あー…シアンさんですか?あの人今旅に出ていて不在なんですよ…」
「へー。ここ数十年ここに引きこもりっ放しだったのに…いつ帰ってくる?」
「昨日セルシアを出たと手紙が来たので…そう遠くないうちには帰ってくると思いますよ?あの…」
何かを言いかけたアランの顔を見てん?と首を傾げた男はしばらく考え込むとあぁ、とポンと手を叩き自己紹介がまだだったよねと言い深く被っていたフードを取った。
「僕はまぁ…シアンの古い友人でアーシャ・ウルフェックって言うんだ。」
フードから現れたのはピンッと立った狼の耳、古くからその種族の純血種のみにしか現れないという銀にも灰色にも見える美しい瞳と口からチラリと見える鋭い牙。最近は全くと言っていいほど姿を見なくなった筈では…!?とアランが混乱していると周りもそれに気付いたのかにわかに空気がざわついている。
今や絶滅したとも言われている人狼の純血種が、今辺境の地に降り立っていた。
そもこの世界は様々な種族が存在している。はるか昔は他種族との交わりは禁忌とされており、今ほど純血の存在も少なくはなかった。
しかし数百年前に南の禁足地と呼ばれる大地から異形の神々が侵略してきた折、世界の人口は約三割まで減ったという。
その時はじめて種族という垣根を超えて共存しなければと言う事態にまで陥った為に盛んに他種族との交わりを行い今まで生き延びてきたのである。
そうしている内に様々な混血種達が産まれ、今ではどの種族の血が混じっていてもおかしくはない、寧ろハーフだのクォーターの方が珍しいのでは?という状態。
そうして純血から遠ざかれば遠ざかるほど種族としての能力は低下したりなくなったりするのだが、狼の耳が生えていたり所謂耳長と言われる状態で産まれると先祖返りだ!と喜ばれたりもするのである。
かくいうアランも曽祖父がドワーフの血縁らしい、という話は聞いているしシアンだって耳長ではあるが純粋なエルフではないと明言している。それ程までに純血種とは珍しいのだ。
「俺…純血種の人って初めて見ました…」
「そうだろうね?好きなだけ崇め奉ってくれたまえ?」
そう言いながら優雅にお茶を啜っているアーシャは周りの視線なぞ全く気にしていない様子でケラケラと笑っておかわりくれる?とカップをアランの方に向ける。
なんだかとんでもない事になってきたなぁ…と思いながらお茶のおかわりをカップに注いでいく。そして仕事が終わった後に自分への御褒美として食べる筈だったいい所のクッキーを横に置く。なんせ相手は未知の生物と言っても過言ではないのだ、粗相をしたら何をされるか分かったものではない。
「それにしてもシアンが弟子ねぇ…帰ったらいーっぱいからかってやろ」
「その…シアンさんと仲いいんですね」
「かれこれ二百年くらいの付き合いかな?こうやってたまーにここに来てはお話して過ごしてるんだよ」
二百年…そういえばシアンさんって今いくつくらいなんだろうか…と考えながらアランは採取した薬草を乾燥させる為に加工した網で出来た専用の干しかごに並べていく。
そういえばお茶に使う為のハーブがそろそろ切れそうだったな…と思い出して棚からあらかじめ乾燥させておいたハーブを取り出していつものように専用の鉢で丁寧に砕いていく。この葉から作るお茶が一番美味しいんだよなぁ…さっきからアーシャさんがよく飲んでいるから多めに作っておこう…
「ふーん…いい手をしているね。
「ひえっ…!?あ、ありがとうございます…」
いつの間にか目の前に来ていたアーシャにびっくりしてすりこぎ棒を落としてしまった。落としたそれを拾い水場で洗い弱めに調整した火の術を使って乾かす。
その手際をじっと見ながら何やら考え込んでいるアーシャだったが、二、三度鼻をひくつかせるとふむと呟く。
「君はドワーフと…多分セイレーンの子だよね?それなのに器用に火の魔術を使うんだね」
「えっと…曽祖父がドワーフだとは聞いていますが…セイレーンは知らないですね…というか分かるんですか?」
話してもいないのに…とまたしてもびっくりしているが、アーシャは全く気にしていない様子でそのままアランの方へと近付き更に匂いを嗅ぐかのように鼻を近付けた。
「ある程度なら匂いで分かるんだよ…結構混ざっちゃうと分かりにくくなるんだけれどね?」
「あの…まだ身体洗ってないんで離れてください…」
薬草のいい匂いするのに…と言いながら離れると、それはそれは楽しそうな顔をしてニッコリ笑った。
「僕君に興味が出てきちゃった。この街にはしばらく滞在するからよろしくね?」
有無を言わせない笑顔でそう宣言され、ニコニコ顔のアーシャとは正反対引きつった笑顔をアランは浮かべるのだった。
「帰ったぞー…ってアラン?」
アーシャが訪ねてきた数日後、大量の荷物を抱えてシアンは帰ってきた。
シアンさん!と喜びながら駆けて来るかと思っていたのだが、そこにはカウンターに突っ伏したまま動かないアランの姿があった。
「シアンさん…おかえり…なさ…い…」
「何があったんだよ…」
荷物を整理しながら一体何があったのか…と思いながらカウンター内を見回していると、奥の倉庫から一人の男が現れた。
「あ、シアンおかえりー!」
「帰れ」
思わず手に持っていた薬草の束を出てきた男にぶつけてしまったのは悪くないと思いたい。それくらいには会いたくない人物だったからだ。
そして彼がこんなにも疲れ切っている理由に察しがついてしまった。
「なんでお前がここにいるんだ!」
「やだなー親友に会いに来ただけだよー?」
アーシャはニコニコと笑顔を浮かべながら倉庫から持ってきた薬草の束をアランに手渡す。それを弱々しく受け取ると、丁寧に調合を始める。
その手つきを見て離れていた半年の間に更に腕を上げたなと感心していると、アーシャもうんうんと頷いている。
その後ろでいいねぇだのすごいねぇだの言いながら観察しているアーシャに対してはい…とかえぇ…と答えつつもなるべく相手にしないようにしている。それで正解なので何も言わない、相手にしていてはキリがないのだ。
「そうだアラン、これをやろう。もうお前も一人前の薬師だからな」
そう言ってシアンはゴソゴソと荷袋から一対の手袋を彼に投げて寄越す。
それを両手で受け取ったアランは目を丸くしてシアンを見つめる。それは一目見て上質な素材で作られている事が分かる物だった。
「え、これ…あの…」
「ん?サラマンダーの皮とリコットの糸で編んで魔術で強化した耐火・耐水・対毒バッチリの手袋だ」
この世界には一人前になった弟子に師匠が手作りの品を贈るという風習があり、職業によって贈る物も変わるのだがそれはまた別の話。
ようやく事態を飲み込んだアランが目にいっぱいの涙を浮かべて手袋を握り締める。
「お前の得物がナイフだからなるべく薄手にしてみたんだが…」
「ありがとうございます…一生大切にします…!」
そのまま泣き出してしまった彼の頭を軽く小突くシアンを眺めながら、いいねぇ、青春してるねぇとその後ろで呑気に茶菓子を頬張るアーシャの姿。
これがこのギルドの片隅にあるショップの日常風景になるのである。