第三話 毛利元就『三矢の教え』
息子たちの仲が悪い。
危急である。どうにかせねば。
古の摂政も、和を尊ぶべしと残している。
裏を返せば人の絆ほど築くのが難しいのだ。
我が嫡男、つまり毛利家の後継者である隆元は、自分に自信がない。
優秀な弟と比較され続けたからだろう。しかも人質として大内家に預けられて、京文化の薫陶を受けてしまった。文化に親しむことは悪いことではない。だが限度がある。
性根は曲がっていないが、歪んでいると評するのが正しい。
弟たちには勝てぬと思っているが、それでいて嫡男の矜持を持っている。
それがまた、隆元を苦しめているのだ……
手元に残して教育するべきだった。
けれど当時は強大であった大内家の要請は断れなかった。
返す返すも残念だ。
次男であり、吉川家の当主である元春は短気で大雑把だ。
勇猛果敢であるが、細やかな心配りができぬ。そこは隆元や弟に劣るのだが、当人は問題視していない。そこがまた問題である。いつか足元を掬われないかと不安だ。
真っすぐな性根をしているが、真っすぐすぎていつか折れてしまいそうだ。
兄を軽視し、弟を気に食わないと思っている。強情である。
わだかまりを無くせば、今一つ成長できるのだが……
自由奔放に育て過ぎてしまった。
武芸だけではなく、勉学にも力を入れてもらいたかった。
これも後悔している。
三男にして、小早川家の当主である隆景は慎重だが根暗だ。
儂によう似た智謀策謀を駆使するが、それに溺れている面がある。人を陥れることは戦国乱世において悪いことではない。しかし毛利家のことを考えて行なってほしい。
やや曲がった性根をしている。まるで柳のようだ。
兄たちのことを馬鹿だと思っている。だから言うことを聞かぬ。
奴の知恵が活かせれば毛利家は大きく飛躍できるだろうが……
書物に親しむ様は好ましかった。
人の心を知ってほしかった。あるいは操るだけではなく、集めることを学んでほしかった。
惜しい息子である。
儂が一言言えば何とかなるというわけではない。
それほど絡み合って、いがみ合っている。
柵のようにもはや断ち切るしかないところまで来ている。
しかしだ。儂はまだ期待もしている。
己の息子なのだから、きっかけさえあれば上手くいくかもしれない。
その契機がないかと、自室に籠って考えていた。
そんな折、家臣の一人から気分を変えてみてはどうかと提案された。
部屋に引きこもっても、良い考えが浮かぶわけではない。
家臣の言うことも一理ある。
そこで儂は視察という名目で、厳島神社へ向かうことにした。
以前、血で汚してしまったかの地。
何か天啓を受けられるかもしれないと、期待していた。
◆◇◆◇
風光明媚な土地が広がる、厳島神社。
宗教というものは厄介ではあるが、利用できる面もある。
まず、加護を受けようと人が集まる。人が集まることで商人がやってくる。商売が行なわれることで町ができる。町ができることで税収を望める。その税をもって武士は他国へ戦を仕掛けられるのだ。
そう考えると、神仏は人に戦させるために存在するかもしれない。
不愉快な考えだが、それが真実だ。
神仏が人に利用され、人を利用する。悲しい現実だ。
……気分を変えるために来たのに、こんなことを考えてしまうとは。
いかんな。気を付けねば。
小姓や護衛の者を引きつれて、儂は漁村へと向かった。
神社に真っすぐ行く前に民の声を聞いておきたい。
漁村の者は儂の顔と名前を知らぬが、偉い人物だと分かったらしく、一様に平伏した。
儂は「良い。普段通りにせよ」と命じた。
ぎこちなく作業を続ける中、その漁村の長老が「ご領主様、こちらをどうぞ」と海産物を差し出した。
その中には牡蠣があった。
ふむ、牡蠣か。まるで今の毛利家のようなものだ。
柔らかい身――隆元を守るために、堅い殻――元春と隆景が外敵を防いでいる。
これをたとえ話にしようかと考えたが、これでは隆元の立場がない。
守られるだけの存在ならば自分が不要だと思ってしまう。
儂は長老に「気持ちだけ受け取っておく」と言い、逆に銭を渡した。
危うくつまらぬたとえ話が浮かびそうだった。
◆◇◆◇
「殿。この近くで流鏑馬が行なわれると聞きます。見に参りませんか?」
護衛の者の提案で、儂は流鏑馬を見に行った。
馬に乗って矢を射る。ただそれだけの催しながら、人が大勢集まっている。
うむ。的を射るような天啓が浮かべば良いが。
流鏑馬を遠くから見ようと皆の者を引きつれていると、目の前で喧嘩が行なわれていた。
喧嘩と言っても子供の諍いである。
体格の大きい者が幼き者三人と喧嘩していた。
初めは大きい者が優勢であったが、数の利には勝てぬらしく、とうとう負けてしまった。
ああ。あのように兄弟が力を合わせてくれれば良いのだが。
大きい者が逃げてしまった後に、儂は子供らに話しかけた。
「ふむ。三人で協力して打ち勝ったか」
「えっ? あんた誰?」
小姓や護衛の者が無礼なと言うのを制して「お前たちは三人、仲がいいのか?」と訊ねた。すると三人は首を横に振った。
「仲が良いわけじゃないよ。ただ共闘しただけ」
「何故組もうと思った?」
「実はさ、この前流鏑馬の練習していた神社の人が、使えなくなった矢を処分していたんだ」
三人の中で利発そうな者が説明し出した。
「そのとき、横着したのか、矢をまとめて折ろうとしたんだ。三本だったかな。でも重ねてしまって折れなくなって。仕方なく一本ずつ折ってた。それを見て、俺たちは協力したんだ」
それを聞いた儂は天啓が下りた。
なるほど。三本の矢か。
そして儂の息子も三人……
「それは良いことを聞いた……この子らに褒美を与えよ」
子供たちも御付きの者も訳の分からぬままだった。
いや、儂だけ分かればよい。
その後は流鏑馬を普通に楽しんだ。
後日、儂は三人の息子を呼んで、三本の矢を見せた。
「良いか息子たちよ。ここに三本の矢が――」