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ムキドラ  作者: TAITAN
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第7話「キンニクとランドセル」


「返して来なさい!! そんな馬鹿デカイだけのキンニク養成器具とかあるかぁあ!?」


 常識人エミーネ・ネムザムのツッコミが朝の酒場兼宿屋の裏手に響く。


「イヤダイイヤダイ!! ボクのダンベル・コレクションにくーわーえーるーのー!!」


「子供か!?」


 地面でジタバタして駄々っ子になるリザである。


「シ、シショーは子供ですよ。エミーネちゃん」

「こんな大岩で魔獣ぶっ倒す子供がいてたまるかってのよ!?」


 まぁまぁとエミーネを宥めつつ、ミゥナが裏手に積まれた5本の巨大な柱を束にしたような何かを興味津々の様子で見やる。


「シショー。これってどれくらい重いんです?」

「ミューラーがたぶん10秒上げられる、くらい?」

「わ~~ありがとうございます~~えへへ~~じゃあ、さっそく」


 ミゥナがそのダンベル扱いされた建材染みた巨大なそれの端を両手で持って『むむむむ、せりゃぁあああ』と持ち上げた。


 そして、プルプルしながらゆっくりとそれを地面に置いた。


「ふぅぅぅ……確かに今のミゥナにはちょっと重い感じです」

「うんうん。じゃあ、そういう事でいい、よネ?」


「何がそういう事でよ!? どうやって、こんなもん持ってくのよ!? 出来るわけないでしょ!?」


 その時だった。

 何処からともなく声が響く。


『マスター群からの要請を検知。自己コンポジット開始』


「へ?」


 ガシュンガシュンガシュンと蒸気を拭き上げながら、その巨大な円柱が至るところが内側へと凹んで小さくなっていく。


『密度最大。積載可能状態へ』


 最後に蒸気の中から現れたのは……黒いランドセル的な何かであった。


「え、え、えぇええぇええええええええええええ!!?」


 あまりの事に叫び芸が板に付いて来たエミーネが思わず片手を前に出して後ろに身を引きながら、ズサササッとすり足で4mくらい後ろに猛烈な速度で下がった。


「なななな、何よ。ソレ!? 何なのよ!?」

「ん~? ゴーレム?」


「何で疑問形!? って、ゴーレムぅ!? あのねぇ!? それ先史文明期のヤバイ奴じゃないのよ!? 何処で拾って来たの!? 捨てて来なさい!?」


 ドン引きで思わず大昔の遺物も捨てて来て!!!

 と言い出す始末な魔法使いである。


『当機は型式二号。空間連結動作確認試作汎用ゴーレム。仮称【ブライギッド】です。当機はこれよりマスター群の要請により、コンポーズ状態で積載されます』


「喋るの!? いや、喋ってたけど、録音じゃない!? ここ、これ魔法学会で発表したら、さ、最優秀賞なんじゃ……ふへ」


「う~~ん。さすが愚劣人類。人の手柄を横取りする醜さ100%」


 思わず栄誉の文字が目に張り付くエミーネだったが、すぐに正気に戻って首を横にブルブル振った。


「あ、危ないところだったわ!? 騙されないわよ!? 捨てて来なさい!? そもそも、そんな重そうなもん誰も付けたりしな―――」


「あ、積載対象者は一番筋力が低い者順で」


 リザがそう指示を与える。


『マスター群の要請を確認。当機はこれより対象エミーネ・ネムザムに積載されます』


「へ? て言うか!? どうして名前まで知って―――」


「あ、教えといたよ。感謝は要らないからネ!!」


 サムズアップで親指を立てる良い笑顔のリザである。


「ア、アンタねぇ!?」


 シュヴュンッと黒いランドセルがエミーネの背後に瞬間移動したような速さで高速接近し、その背中にドッキングして同時に背負う紐を両腕に通してガッチリフィットした。


「ゲゥウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!?」


 乙女に有るまじき悲鳴と同時にエミーネがズガァアアアンと地面に張り付けにされた。


「オモイオモイオモイッッ!? ジヌゥウウウウウウウッッッ!?」


「あ、重さは10分の1で」


『要請を確認』


 今にも潰れた蛙状態になろうとしていたエミーネがクソ重いのは重いのだが、何とか息をまともに出来るレベルでプルプルしながら立ち上がった。


「あ、あああ、あんたぁあああ!? ああああ、あたしをどうする気よぉぅ?! こ、ここ、こんなの背負ったら死んじゃうじゃないぃぃぃい!?」


 涙目で『取り敢えず外してぇぇぇ』と訴えて来るエミーネがさすがに可哀そうになったミゥナである。


 弟子が袖を引いて来るものだから、仕方なくリザが肩を竦める。


「じゃあ、20分の1で」


『要請を確認』


 ブオンッという音と共にランドセルがやたら軽くなった。


 いや、軽くなったと言っても200kg以上の重量だったが、それで何とかゼェゼェ地面に両手を付いて汗を垂れ流し、カヒューカヒューと呼吸するエミーネが落ち着いて来る。


「く、くそぅ!? 外しなさい!!」

「それを付けてたら、キントレ免除で」


「そ、そう。それは安心ね。って、いつアタシがアンタのキントレに付き合ったのよ!?」


 ベチーンとリザにツッコミが入った。


「そう言えば、外せる?」

「え゛……な、何怖い事言って……」


 震えるエミーネであったが、すぐに回答が聞こえて来る。


『積載者への重量軽減時、生体への空間連結を用いた為、完全重量に戻さない限り、50m以上の距離を離すと生体が空間の捻じれで崩壊する危険を御承知下さい』


「は……?」


 思わず呆けるエミーネである。


『完全重量時に装着したまま20分程で空間連結を解く事が可能です』


「え、え、え? ちょ、ちょっと、い、今、何か、スゴク、聞き捨てならない事を言って無かった。このカバン……」


 蒼褪めていくエミーネがガクガクブルブルと震え始める。


「さっきの元の重量で20分耐えるか。肉体が空間連結の強制解除に耐えられないと外せないって事でOK?」


『O・K』


 リザにそうランドセルが何故か歴戦の兵士っぽい野太い録音で答える。


 エミーネの意識があまりの事に昇天した。


「ああ、エミーネちゃん!?」


―――5分後。


「つ、つまり? アタシは、アタシはこのカバンと50m以上離れた状態になったら、五体がバラバラになって、外すには最初の重量で20分耐えないと切り離せない?」


「だ、大丈夫ですよ。エミーネちゃんのキンニクなら、このくらいの重さなら毎日使ってれば慣れますよ!!」


「ふ、ふふ、ふふふ、ふじゃけんなぁああああああああああ!!? うわーん!? このダサイ・カバンをこのまま一生傍に置いて使い続けるなんてぇえええええ!?」


 言った傍から彼女のランドセルの重量が元の19分の1になった。


「へぐぅう!?」


『名称は【ブライギッド】です」


「何がブラ何とかよぉおお!? アンタなんてダサイ・カバンで十分よぉおおお」


 その瞬間、重量が元の18分の1になった。


「へぎゃぁあああ!!?」


『名称は【ブライギッド】です」


「こ、このぅ!? クソダサ・カバン。重さを戻しなさいよぉおおお!?」


 その瞬間、重量が元の10分の1になった。


「ゲゴォオオオオオオオオオ!!?」


 もはや蛙みたいに地面にへばり付いたエミーネが涙目になる。


『名称は【ブ・ラ・イ・ギ・ッ・ド】です」


「解ったからぁああ!? ブライギッド・サンて呼ぶからぁあ。この重さはやぁあめぇぇてぇぇ!?」


 半泣きである。


 そこでようやく20分の1に重量が戻った。


 ゼハーゼハーと息を整えたエミーネが心が折れた様子でガクリと項垂れる。


「カ、カバンにすら。いや、ブライギッド・サンにすら虐げられるアタシ……ふ、ふふ、鬱だわ。そうだ。川に沈もう」


 そうフラァ~~~っと近くの小川に入水しようとした瞬間。


 今度はエミーネの体が硬直して動かなくなる。


「なん、だと?!!」


 劇画チックに固まるエミーネの背後。

 ランドセル・ブライギッドは説明を開始する。


『マスター群及び積載者へのの自動防衛機能は多機能であり、当機は常にそのリソースをその保護に割り当てる事がゴーレム憲章にて定められています』


「ま、まさか? 所有者の保護機能!?」


 ドッドッドッドッと。


 エミーネが真顔で汗を掻きつつ、心臓を早鐘のように打たせた。


『当機はこれよりマスター群内の当該機割り当て基準に従います。組織内権威を自動識別。“最下位”エミーネ・ネムザムを積載者登録。当機が貴方の健康と存在の保障を行います』


「もぉぉぉぉぉ、いぃぃぃいやぁぁぁぁぁ!!?」


「ふふ、ブライギッドさんとエミーネちゃん。仲良さそうですね。シショー」

「キンニクがゴハンを求めている。朝ごはんにいこー」

「はい♪」


 こうして、最下位認定されつつ、時々は体の自由も奪われつつ、クソ重ランドセル【ブライギッド】に取り憑かれ、エミーネ・ネムザムの首都帰還は続くのだった。


 *


「お嬢ちゃん達。昨日は災難だったね~~。まさか、ゼルオーダが出るなんて、あははは……」


「ジトー(T_T)」


「は、はは……解ってる。解ってるって。何か最終的にボルボアを9頭くらい仕留めたのは剣士のおっさんから聞いてるから。前金の3倍出すよ」


 どうやら、さすがにゼルオーダを倒した云々の話は信じられないだろうからと剣士のおっさんアルザも言わなかったらしく。


 ジト目なエミーネの前に酒場のマスターも仕方なさそうに三倍の金額を革袋で三人に渡したのだった。


 それから三人が次の乗合馬車の期日が繰り上がっていないかと馬車組合に確認へ向かうと馬車が行き交う広場の一角で騒ぎが起きていた。


「ゼルオーダが出るなんてなぁー。はは、何でか勝手に自滅したらしいが、それにしてもよぉ。例の作戦のせいじゃねぇのかぁ? あんな大物が出て来るなんて明らかにオカシイだろう」


「首都の連中は何にも言わないだろうしなぁ。つーか。オレのダチが昨日重症で運び込まれてよぉ。装備はほぼ全損。ついでに全治7か月だってんで、暁のマール団も解散らしい」


「あーもうやってられんわ!! 故郷帰るぞ!!」


 ガヤガヤと騒がしいのは昨日の作戦に参加した者ばかりらしい。


 傭兵稼業とはいえ、単発の依頼を受けたに過ぎない彼らは今回の事件で【デーオ】から撤退する事を決めたパーティーばかりであった。


 だが、その数が恐らくはこの付近にいる冒険者のような連中の半数以上ともなれば、さすがにデーオ側も見逃せず。


「皆さん!! どうかお静まり下さい!! 街長からも皆さんのご不満はお聞きしております。ですが、既に昨日の保障が開始されており、皆さんにも追加で仕事と報酬が用意されています。今、皆さんが此処を立ってしまえば、デーオの街は魔獣に食い荒らされてしまう!! どうか、保障も報酬も手厚く致しますので、今しばらく此処で仕事をして貰っては頂けませんでしょうか!!」


 どうやら馬車組合の偉い人が宥め透かして何とか戦える人員の引き留め工作をしている様子であった。


「シショー。何かお取込み中みたいですよ?」

「しばらくキントレしながら見守ろう」


 ダンベル、両剣、ランドセル。

 変なものを持っている三人組。


 2人は持っているものを使って体を使って踊り出し、男達がガヤガヤやっている背景で事の成り行きを見守っていた。


 エミーネは未だ朝の衝撃からグロッキー状態らしく。

 魂が半分抜けている為、重さも意識せずに棒立ちである。


「「うーっ♪ はーっ♪ うーっ♪ はーっ♪」」


 混沌とし過ぎている馬車組合の通りの前はもはや争乱の坩堝。


 最終的にはその場の男達の半数が残り、半数は故郷に引き上げるという事で話合いが付いたようであった。


 微妙に周囲の明度をキンニク波で上げながら三人が乗合馬車の期日が張り出された一角で確認していると。


「あ、どうやら馬車の期日が明後日に変更されたみたいですよ!! シショー」


「つまり、あのキンニクに良さそうなアレを食べられるのも後数日!!」


「はい!! ヨーカン、美味しいです!!」


「今日はもう構わないで。アタシ、貝になりたいの……(ブツブツ)」


「ああ、エミーネちゃんが今日は元気ありません。しばらくそっとしておきましょう。シショーそれじゃあ?」


「キントレ場所を見付ける為にも全速前進DA!! 昨日、良さそうなのを見付けたから、一緒に行こー!! ミューラー!!」


「はい。シショー♪」


 こうしてグロッキーなエミーネを宿屋の寝台に寝かせて、リザとミゥナは2人で山を昇り、昨日ブライギッドをゲットした洞窟に向かうのだった。


 こうして山に向かって全力疾走した彼女達がその洞窟内部に入ったのは30分後。


 運び出された男達の血反吐は既に黒ずんで分からず。

 金属の破片がちょっと落ちているくらいであった。


 内部は2人のキンニク波によって薄く照らされており、最奥らしき場所に到達すると大きな台座が備えられていた。


「これは……ステージ!! ボクとミューラー、2人でキュアッキュアする感じ!?」


「?」


 小首を傾げるミゥナである。

 取り敢えず。


 いつもの調子でテンションを上げつつ、2人がキントレ踊りし始めるとやがてキンニク波によって周囲の暗闇が払われ、台座の周囲にある壁画が映し出された。


「シショー!! 何か絵本みたいなのが壁に!!」

「ふむふむ」


 絵はどうやら歴史を描いているらしく。


 農耕から始まった文明がやがては四角い建物を建造し、大勢の人達が笑い合う絵に続いていたが、最後には燃え盛る炎と巨大な穴が何もかもを呑み込んでいった。


「あ、これ知ってます!! お母さんが教えてくれた昔話みたいですよ!!」


「昔話?」


 ミゥナが頷く。


「ええと、大昔に御爺さんと御婆さんが大穴を掘って、宝物を埋めた時に大きな火事があって、それでお孫さんが苦労する話です!!」


「脆弱人類、世知辛いなー」


 元竜の感想である。

 それで何かを察したリザが肩を竦めた。


「シショー!! こうやってキントレするの愉しいですね!!」

「うんうん。やっぱり、人類中でミューラーが一番賢い賢い」

「えへ、えへへへへ~~~♪」


 2人がそうやってじゃれ合っているとキンニク波の高まりが自然と渦を巻き。

 最後には天高く天井を刳り貫いて山の頂から放出された。


『あ、あれは!?』

『あの光……おお、神々しいですじゃ』

『まさか!? 東の果ての港で観測されたと言う光か』

『巫女様じゃ!! 巫女様が魔獣を静める踊りを!!?』


 御老人が街で騒ぎ出し、それを見ていた一部の高位の世界宗教の神官達が急いでその現場へと向かう事になったが、光が治まった後に現場となった場所には誰もおらず。


 ただ、彼らは太古の壁画を発見し、歴史的な価値ある現場の保存と同時に巫女御来訪の地として、聖跡として認定。


 デーオはその後に聖なる秘跡のある観光地として再開発されていく事になる。


 だが、そんな事は露知らず。


 何とか数日でフッカツしたエミーネを連れて三人の旅はまだまだ続くのだった。

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