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ムキドラ  作者: TAITAN
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第5話「キンニクとキントレ」


「じぬ゛!!」


 クワッと血涙を流しそうな顔で遠泳させられたエミーネは辛うじて魔導による肉体の恩恵で船を後ろから押して進むとか意味の分からないキントレなる儀式にも耐え、隣の港町の宿屋まで辿り着いていた。


 もはや全身疲労で気絶寸前。

 明滅する意識で宿の二階で寝台へと倒れ込んだ。


 しばらく、貝になる事が決定した少女であるが、他の2人の付添人達からは『中々に根性とキンニクを見た気がする。やはり、弟子二号にするべき?』とか『魔法を使わなくてもキントレ出来るように鍛えてあげましょう!!』とか。


 案外そのキントレの様子は好評であった。


「ミューラー。しばらく逗留する場所なんだから、キントレの場所を確保せねばー!! どこかある?」


「はい!! シショー!! ええと、ええと、はッ!? ありました!! この地図によれば、近くの牧草地帯は無人らしいです!!」


「じゃ、そこで」


 タウィル君とオーバードゥームを片手に出て行く変な黒い恰好の少女達。


 それを見た港街の住民は寄港した船の乗組員達から色々な噂を聞きつつ、船を自力で押して速度6倍とか嘘も大概にしろよぉwwwと酒の肴を得ていた。


 そんな事になっているとも知らず。


 今日も絶え間ないキントレ地獄に没頭する為、良さそうな場所を求めてキントレ・マニア達は進む。


 そして、牧草地帯なのにどうして無人なのか。

 地図には髑髏マークが書かれていたりした理由。


 それらをまったく意に介さない2人の大冒険のようなキントレが始まったのだった。


 午後3時のおやつ時の話である。


―――大陸東端の港町ウィザー周辺魔獣浸食地帯クレネド。


 世が乱れに乱れた昨今。


 大陸各地では今や魔獣だ魔物だ魔族だ異人種だ大化物だ、と……化け物その他諸々と人間の戦争がバシバシ行われており、そのせいで最大勢力である魔獣達は負けたら逃げて別の魔獣の生息域に入って縄張り争いで魔獣大移動が起きたり、負けた人間が野盗になって完全無欠の薄い本おじさんとして悪事を働き、魔獣と大差ねぇとか魔獣に思われてたりしている。


 結果、この平和というかド田舎の辺境にも流れ魔獣、流れ魔物的な群れがやって来て、今や牧草地帯は危ない獣が跋扈する修羅の巷と化している。


 はずであった。


「そりゃぁあああああああ!!!」


 ミゥナがクマーに比べれば、ふさふさフカフカで可愛いヌイグルミ・レベルの魔獣達に突撃し、ブルドーザー並みの剛力というよりは超力でひょいひょいと相手を投げ飛ばしまくっていた。


「クマー……ミゥナも立派なキンニクに育ったぞぅ!! うぅう、これが子供が成長するのを見る親の気持ち? カヨワイ人類にもようやくキンニクの芽が……」


 もはや初めてのお使いをする我が子を眺める馬鹿親みたいな心境のリザである。


―――グギゥウウウウウウウウ!?!!

―――ゲボォオオオオオオオ!!!?

―――ゴッ、ゲゴェエエエエ!?!


 クマーが如何に重かったか。


 それを知るのはがっぷりくんずほぐれつした相手だけだろうが、明らかにミゥナの膂力は人類の到達可能な領域を微妙に超え始めている。


 だが、それも無理はない事だろう。


 毎日毎日無心のキントレをこなし、爽やかに汗を掻き、リザと同じものを食べ、キンニク波の放出トレーニングまでしていれば、そうもなる。


「ふぅぅう。これでここら辺の魔獣さんは全部でしょーか? シショー!! お片付け終わりましたー」


「よし!! キントレ開始だ!!」

「はい!! シショー!!」


 そうして2人が今度はダンベルと両剣という違いはあれど、一緒に踊り染みて全身運動でキントレし始める。


「「うーっ♪ はーっ♪ うーっ♪ はーっ♪」」


『ぎ、ギィイィィィ?!!』


 その自分達を殺すでもなく体を無意味に動かし始めた2人の化け物を見て、その四足歩行な癖に人を襲う時だけ二足歩行する醜い顔の四脚獣型の青白い魔物。


 【グリゴーリ】はあまりの恐怖に失禁しつつ、よく分からないものにこれ以上構ってられるかと涙目で次々に新天地を求めて旅立っていく。


 群れが勝手に逃げていく様子は正しく踊りが獣の災厄を払ったかのようにも見えただろう。


『おぉぉぉ、これは!? これはまさか伝説の魔獣を撃退する巫女の踊り!? 今や失われて久しいと思っておったが、このようなところで使い手を見るとは!? ありがたやーありがたやー』


 それを途中から偶然見ていた炭焼き小屋の老人があまりの神々しさに拝み倒す様子で平伏したのも無理はない。


 キンニク波を自然と垂れ流す2人は今や金色っぽいオーラでキラキラしている。


 すぐにこの啓示を知らしめねばと老人は牧草地の魔獣達が消えた事を街の人々へ伝えに向かうのだった。


「ジンジン来た来た来たぁああああ!! 今日はキンニクも喜びに沸いて三割増しに整ぅうううううううううううううううううううう!!!!」


 弟子の育っている姿に感銘を受けた少女のキンニク波が今日はいつもより多めに発光して空を貫く光の柱となった。


 人々は知る。


 きっと、アレこそは伝説の始り。


 たぶん、この戦国乱世魔獣大戦真っ青な世の中に産まれる英傑の光なのだと。


 このような無智蒙昧な噂が神速で広がった結果。


 牧草地は後に世の悪徳を静める光の柱が初めて人類文化圏で発見された聖地として認定されたりする事になるが、その真実を見た者は誰もいなかった。


 ただ、老人が伝える光輝く衣を身に纏う2人の巫女の噂だけが大きく取り沙汰される事になったのである。


―――翌日。


「立ち入り禁止!? 魔獣さんはいなくなったんですよね!?」

「んだ。でも、おめぇ、巫女様がいたって話聞いたべ?」

「え? え? ミコサマ?」


「いつかミコサマが戻って来るかもしれんつって、今は街のえれー人が集まって立ち入り禁止にしてるんだ。これで世の中も明るくなるだかなぁー」


 訛った街の門番にあっちの牧草地は今日から立ち入り禁止と言われたミゥナはガッカリであった。


 せっかく、キントレに良さそうな場所を見付けたのだが、また一から探さねばならなくなったのだ。


「どうしましょうか? シショー」


「気にしちゃダメ!! キントレはいつだって、ボクらの心の中にある!! つまり、何処でもキントレは出来る!! キントレ・イズ・ユートピア!!」


「そ、そーですね!! 何処でも出来ますよね!! シショー!!」


「いいから出るわよ。無駄に疲れたわ。早く馬車に乗って首都に行きましょ。街道馬車の予約しといたから」


「おお、フッカツしたんですね!! エミーネちゃん!!」


 背後からやって来た疲れた表情のエミーネが溜息一つ2人に合流する。


「誰のせいよ!? 朝から腹筋三百回とか!? フンフンうっさいのよ!? やるなら静かにやってよね!?」


「は、はい!! ご、ごめんなさい」


「謝る必要ナッシン。つまり、一緒にやりたかったんだよね? 第二のデシ!!」


 分かるよ!! 

 その気持ち!!


 という顔でリザが聖母の笑み。

 いや、キンニクの笑みを浮かべる。


「誰が第二の弟子よ!?」


 キランッと歯を煌めかせたリザがガシッとエミーネを掴み。


「では、一緒にやるぞぅ♪ ミューラー!! 共にキントレだぁ!! 馬車が来るまで往復五百回!!」


「はい!! シショー!!」


「あ、ちょ、どこ触って、って!? 持ち上げてアタシをオモリにするにゃぁあああ!? あぅあぅあああああああ―――」


 キントレ道具=キントレ仲間としてエミーネ・ネムザムは2人によって担ぎ上げられ、街の中で奇異の視線を受けつつ、きっかり五百往復程サラシモノにされた。


 こうしてオカシな黒い少女達の噂は光の巫女の噂の影でひっそり囁かれ、キンニクと連呼する魔獣の類なのではないかとすら言われて伝わっていくのだった。


「やぁぁぁめぇぇぇぇてぇぇぇぇぇぇ―――」


 こうして遠く遠く間延びした恥死しそうな涙目な声は街の中に響き渡っていたのである。


 *


―――数日後。


「そう言えば、エミーネちゃんは今、どんな魔法が使えるんですか?」

「そ、そんなの聞いてどうするのよ?」


 街道を行く乗り合い馬車に乗って3日。


 まだまだ首都には遠い位置を3頭立ての馬車が鈍行極まる速度で動いていた。


 これなら走った方が早いのでは?

 と、エミーネ自身が思うくらいなのだから、相当である。

 だが、理由はあるのだ。


 魔獣の生息地の変化と野盗その他の出る地域や場所を迂回するとどうしても通常の数倍は掛かるのである。


 そして、大抵そういう道は整備が行き届かず速度が出ない。


 ちなみに乗り合い馬車なので三人の他にも行商人らしき旅装のおばちゃんと剣士割引が利くらしい髭面の中年な白髪交じりの黒髪に浅黒い肌のおっさんが同乗している。


 おっさんはハーフプレート。


 大陸標準の胸と一部の急所を覆う軽装鎧を着込んでおり、ロングソードを鞘に納めて抱き締めるようにして寝ていた。


 ちなみに剣士割は文字通り、剣士が乗る場合は野盗やその他の危険からの保護を名目にして割引してくれるという馬車の運賃制度である。


「おや? お嬢ちゃんは魔法使いさんなのかい?」


 一緒に乗っていた行商人スタイルなフクヨカで丸めなおばさんが話し掛けて来る。


「え、ええ、一応……今は道具が無くてあんまりまともなものは使えないんですけど……」


「そうかい。そりゃぁ、気の毒に……この辺一帯じゃ有用な魔法使いはみぃんな戦争や駆除に駆り出されてるからねぇ。近頃は例の作戦で死人も大勢出たって話だし。道具の在庫も枯渇気味だって話だし、まったく世の中荒れ過ぎじゃないかねぇ……」


「は、はは、そ、ソーナンデスヨー」


 エミーネの笑顔が僅かに引き攣る。


 本当は校長に殺され掛けて道具が全損したとか言えるものでもない。


「ふぅむ。その歳で魔法使いって事は学院の生徒さんだろ? どうだい? ウチの品を見てかないかい?」


「品? 道具を売ってるんですか?」


「ああ、実は此処から一番近い魔獣との前線地域に道具を降ろしに行くんだけど、ウチの扱ってるものって戦い向きじゃなくて、あんまり売れないんだよねぇ。でも、品を卸さないわけにも行かないんだ。後方向きの人達も今は無理して前線に行ったりしてるからねぇ……」


「そ、そそそ、そーなんですか!? も、もしかして、乳鉢とかあります!?」


「あるよ!! もうめっさあるよ!? ウチ渾身の乳鉢アルヨ!!」


 行商人魂に火が付いたらしいおばさんが目を爛々と輝かせ始める。


「じゃ、じゃあ、天秤は!?」

「アルヨ!! ものすっごいのアルヨ!!」

「じゃあ!! 触媒調合用の試験管は!?」


「あ……あるけど、それは前線でも使うってんで分けられて5本くらいかねぇ?」


「それ他諸々も即決で!!」

「お、毎度あり~~~♪」


 一応、財布の管理はミゥナが行っているので目を潤ませてお願いお願いとエミーネがおねだりすると快く出してくれた。


「ふ、ふふふふ、こ、これで触媒が創れる。試験管は洗って再利用しましょ」


「これでエミーネちゃんも魔法が一杯使えるようになるんですか?」

「当たり前よ!! あのキンニクに目にモノ見せてやるわ」


「あれ? そう言えば、さっきまでいたもう一人のお嬢ちゃんはどうしたんだい? 姿が見えないような?」


「あ、シショーなら今はキントレの一貫で馬車に追走してるんですよ。シショー♪」


 窓を開いてブンブンとミゥナが手を振ると横の道無き山林を猿か獣か分からない速度で走り追走しているリザが手を振り返した。


「え?」


 思わず二度見したおばさんである。


「本当は一緒にしたかったんですけど、私実はあんまりホウコウカンカク? が良くないので迷わないようにって我慢してるんです!!」


「そ、そうかい。それにしてもあの速度、何処かの魔獣より速いんじゃないかねぇ。世の中って広いねぇ……」


 何処か遠い瞳になったおばさんを横に触媒製造道具を一式手に入れたエミーネは悪い顔でニタァッと校長を吹っ飛ばす為、キンニクを叩き潰す為の魔法を心の中で思い描き始めるのだった。


 そんな仄々とした馬車での出会いの最中。

 いきなり、馬の嘶きと共に車体が急激に停止して、内部が揺れた。


「ど、どうしたんでしょうか!?」

「馬車がこんな止まり方って前方に何かあるか。それじゃなきゃ」


『ま、魔獣だぁあああああああ!? に、逃げろぉおおおお!?』


 その声がした瞬間。


 クワッと目を見開いた軽装のおっさんが剣を持って馬車から飛び出す。


 すると、御者が逃げていくのとは反対に馬達が絶叫している前方から白い毛皮の何かが押し寄せて来ていた。


「蟲口の【バリオーダ】か。相手にとって不足無し!!」


 すぐに相手の正体を看破したおっさんが喜び勇んで剣を引き抜き。

 その押し寄せて来る魔獣の群れ。


 白い毛皮に蟲のような硬質でワシャワシャと蠢く牙を持った口に目の無い四足歩行の化け物へ突っ込んでいく。


「せぁああああ!!」


 剣が横一線されると魔獣達の最前列が崩れて後方が渋滞した挙句に仲間を踏み潰してベシャリと転んだ。


 その頭を蹴り付けて飛んだおっさんが剣を更に真下に弧を描くように振り切れば、数体の個体が同時に頭上と背中を切り付けられて絶叫する。


「スゴイねぇ。ありゃぁ、南部、弧円剣の流派だね」

「コエンケン? おばさん知ってるんですか?」


 ニュイッと外に首を出して確認している行商人のおばさんの後ろからミゥナが顔を出して訊ねる。


「ああ、昔は舞踏用の剣術。いや、剣劇の類だったらしいけど、弧を描くような動作で多数相手に優位に立ち回れるってんで、今や魔獣駆除には南部じゃ主流らしいよ」


「へーおじさんスゴイんだ~」


「スゴイんだ~♪ って感心してる場合じゃないでしょ!? 逃げるわよ!?」


 エミーネがさすがに常識人らしく慌てていた。


「え? でも、シショーが先行して行っちゃいましたから、きっとそろそろ」


 ドカーンと山林の先から爆風染みた風が吹き抜けて来て、ボボボボンッと白い魔獣達が次々に空高く舞ったと思ったら、次々に群れが震えながら逃げ出していく。


 おっさんに斬られた魔獣達も次々に何かを察した様子で脚や手を引きずりながら森の中へと逃げ込んで散り散りにその場から去っていった。


「む? むぅ……先に取られたか。それにしてもあの数を……近頃のお嬢さんはああも勇猛果敢なのか。東部、侮れない魔境だな」


 おっさんが何か納得した様子になり、剣から血をブンッと振り切ると、その場で懐から出した革袋から水を刃に掛けて、すぐに擦り切れた布で乾拭きしていく。


 そうこうしている内にすっかり魔獣が消えた道をルンルンした様子で戻って来たリザがツヤツヤした様子で馬車内部に戻って来た。


「シショー!! お疲れ様です!!」


「ちょっと整った。これこれ、こういうのでいいんだよ~~ふふ~~ん」


「な、何でちょっと嬉しそうなのよ。アンタ……」


 解せぬと言いたげなエミーネである。


「ちょっとお前らの一番でっかいのどこって聞いたら、この先の街の傍の山って言ってたぞ。つまり!! クマーの代わりが手に入るぅ!!」


 ニンマリとリザが力説する。


「て、手に入るってアンタ……そもそもどうして魔獣と喋れましたみたいなヤバイ事をサラッと言うわけ!? 常識ってものが無いの!?」


「え? キンニクは言語だから、普通話せる、よネ?」

「はい!! キンニクでお話出来ます、よね?」


 不思議そうな顔をされた当人が一番不思議過ぎる状況である。


「そうね。キンニクで会話………出来るかぁあああああああああ!?」


 エミーネのツッコミがベシッとダブルで仲間達へ入れられる。


「あははは、面白いお嬢ちゃん達だねぇ。ま、御者は逃げたからあたしが御者をやるよ。どうせ、戻って来ないだろうし、後で街の組合に訴えとくから。何か次も来たらよろしくね。剣士さん。お嬢ちゃん達」


「おう。任せてくれ。やる時はやろう」


 剣士のおっさんが馬車内部に戻るとそう声を返してから剣を持って再び静かに目を閉じる。

 こういう旅では体力を温存するというのは常套手段なのだ。

 そうしてガラガラと逃げられなかった馬達が馬車をまた引き始めた。


 その内部は騒がしく。

 そのまま第一の中継地点へと向かう。

 そこはまだ最東端付近。

 史跡と水の街。


【デーオ】


 近頃、魔獣が多数目撃されている新たな争乱の中心地であった。

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