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ムキドラ  作者: TAITAN
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第3話「キンニクとマホウ」


「うーっ♪ はーっ♪ うーっ♪ はーっ♪」


 玉ねぎなんて嫌ダンベルって何じゃ紛争の後。


 見た目には鉄製ダンベルにしか見えない親友によって日々、愉しくキンニクを鍛える事が出来るようになって数日。


 ミゥナと共にシュギョーに明け暮れていたリザは何かメンヘラしかいない村に絶望しつつ、逃避するかのように毎日毎日秘密基地で楽しく過ごしていた。


 クマーが横で近頃持ち上げてくれないなーとしょんぼりしていたが、新しくミゥナとのスパーリングを言い付けられた為、全身の筋肉を使う相撲状態で押して押されてのぶつかり稽古をしている。


 毛皮が危ないのでぶつかる場所にはちんまりと動物の毛皮が張り付けられておりと案外ちゃんと気を付けられた修行内容だった。


「ふんにゅぅぅぅぅぅぅ!!?」


 ミゥナがクマーの図体をどう見ても無理だろと突っ込まれる事なく押している。


「ミューラーはまだまだだなぁ♪ ふーっ♪ はーっ♪」


 半ばブートキャンプ張りの踊るような全身運動。


(ああ、シショー素敵……)


 キラキラと飛び散る汗も輝いて見える。


 基本美少女なリザの姿は傍目には万人が認める微笑ましさがある。


「うぅぅう、キテル、キテルよぉ!? これがボクの輝き、だぁああああああ!!!」


 ビカァアアアアッと全身からキンニク波が漏れ出して、リザが輝き出す。


「シショー!! 輝いてます!!」


「ふふ、ふふふふ、と、当然だよ~~ミューラー君。ボクだって、昔は破壊と崩壊の禍竜神とかクソダサネーミングじゃなくてキンニクの神と呼ばれたかったしネ!! ネ!!」


「シショーはサイキョーですよぉ♪」


「そ、そうだよ!? うん、うん!! ボク、今、輝いてるぅぅうう!!?」


 アゲアゲである。

 ついでにデレデレである。


 誰もツッコミ役はいないが、今もダンベルとして振り回されているタウィル君だけが【いや、『オーバードゥームズ・オーラーム』って呼ばれてたけど】と、昔の事を回想した。


『………』


 当時の宇宙の人々曰く。

 世界を食い荒らす宇宙史に残る災厄。

 畏れるべき天文単位真正邪悪存在。

 宇宙を滅ぼす神。


 と評判だったのだ。


 タウィル君も相当にアレだったが、その宇宙においてはギオースという単語は概念レベルで発音してはイケナイ、と。


 固く禁止され、言ってはいけないあの存在扱いされていたりもした。


「今日も張り切ってキンッ、トレッ、だぁあああああ!!!」

「シショー・サイキョー・ゴーゴー・シショー♪」


 こうして世界が滅び掛けていても大陸の東の果ては穏やかな日常と風が涼やかに流れているのだった


 *


―――大陸東部【聖ナサリアス王国】首都エーム王立魔導学院。


「つまり、我が国の東の果てにまた例の反応があったと?」

「ああ、そうだ。未知の反応がまた検知された」


 聖ナサリアス王国は由緒正しい……とは言えない新興国だ。


 つい百年前に建国されたばかりの国家は魔法と呼ばれる技術が先史文明期と呼ばれる過去の滅んだ文明以降で初めてそれを主体として使う人々が大陸中から集まって創られた。


 当時、小邦しか無かった大陸東付近は大国化する勢力も無く。


 現地の魔法を使う者達もいたが、組織だった魔法と戦術の前に敗北を余儀なくされ、併呑。


 大陸で最新の国家として当時は随分と話題になったとされる。


「これが我々の知るマナやエーテルに類するものなのか。あるいはまったく別の現象なのか。それすら分からない状態だ」


「観測部門は一体何をしていたのですか?」

「連中が言うには吉兆が出ていたそうだ」

「そんな曖昧な……」


「大陸東端フィヨルドの一帯には村が一つしかない。だが、その歴史は古く。大昔の書物に寄れば、畏れるべき神をミスリルの大鉱床による方陣で身動き出来ないよう封印したという記述もあるとか」


「眉唾では?」


 聖ナサリアス王国は建国の経緯から魔法の開発と知識の探求に余念が無く。


 平定した殆どの邦を地方として魔法を探求する学院と分校を置き。


 ついでのように魔法を使える人材の発掘と管理も手掛けている。


「解っているとも。魔法全盛のこの時代に千年単位の神話なぞ出て来られても困る……」


「ですが、放ってもおけないと?」


「そうだ。エミーネ君……君には魔法を越えた魔導の力を持って、未知を既知に塗り替える任務を与える」


「死ね、と?」


「そう言ってくれるな。これは純然たる厄介払いだとも」

「………結果を出して戻って来れれば?」

「無論、学院本校主席の座を約束しよう」

「解りました。行って来ます……」

「期待しているよ。本校最強の魔導使いたるレディにね」


 ギィィィッと扉が閉められる。

 その中から出て来た少女。


 恐らくは14歳程だろう紫水晶染みた髪色のツインテール少女がテクテクと校長室を後にした。


 エミーネ・ネムザムは微妙に落ちぶれた由緒正しい魔法使いの家を継ぐ少女だ。


 校長が言う程に最強とやらではないし、数百年魔法を推し進めたとされる最新にして最古の学問である魔導を修めているとは言っても未だに14の普通の才媛だ。


 魔獣の類が活発化した現在。


 本校に残っている実戦向きの生徒は殆どいない。


 戦える人材の大半が子供でも容赦なく魔獣、魔物と呼ばれる異生物との戦い。


 駆除、戦争の類に駆り出されており、最強というのは半ば皮肉である。


「はぁぁ……これが子供にする事か。あのクソ校長」


 現在、理事長職が出来る連中は全員前線に出張っている為、今や腹黒アクドイ系政治家器質と噂される校長がその椅子に座っていた。


「うぅ、絶対見返してやるんだから……」


 何故、微妙に目の下にクマも出来ている。

 髪もあんまり手入れされてない。

 そんな根暗属性の彼女が何故アクドイ校長に厄介払いされるのか?

 理由は数日前に遡る。


『へ?』

『ですから、貴方は姫殿下の名誉を汚したのですよ』

『そ、それはどういう……』


『いいですか? 王侯貴族は常に先頭を走らねばならないのです。ですが、貴方がその先に行ってしまっては下々に示しが付かないではないですか』


『そ、それって、もしかして中間考査の順位の事、ですか?』


 その日、女性教諭から今すぐ考査結果の撤回を自分から願い出るか。


 もしくは退学するように迫られた彼女はそのどちらも無視して怒りで震えながら、自室にお休みを取って籠った。


「クソ……ウチが落ちぶれてるからって下に見て、一位は一位なのに」


 それで今度は校長が特別任務とやらを生徒である彼女にフィールドワークと称してやらせるのだ。


 明らかにさっさと消えるか死ねと言われているのは分かり切っている。


 だからこそ、彼女は絶対に死んでやらないし、目的も達成して姫殿下とやらの名誉を最後まで屈辱塗れにしてやる事を誓った。


 そうして翌日。


 よく分からない反応が出た国の果てへと彼女は旅立つ事になったのである。


 見送りは無し。

 路銀は幾許か持たせられたが、往復分ではない。


 一応、調査用の資材を纏めたキットが詰められた鞄は手に入れたが、それだけだ。


 こうして彼女は首都の学院という立派な校舎に大きな庭に広いグラウンドと実験棟まである文化の香りがする世界から飛び出て、馬糞の臭い渦巻く薄汚い街道をノミやシラミに気を付けながら香を焚き焚き世界の果てに向かうのだった。


 そして、数日後。


 彼女は呆気なく命を落としそうになっていた。


―――グラァアアアアアアアアアアアアアアア!!?


「ひぇええええええええええええ!!?」


 もはや瞳は渦巻き状態である。


 齢十四の彼女が魔獣が跋扈する危険地帯を御者に通らされているとも知らず。


 御者が即座に魔物を誘き寄せる臭い袋を開封後に馬で脱出。


 一面、鬱蒼とした森の中で取り残されれば、どうなるか?


 ヌルヌル吠え猛ける大口と目が退化した四脚の獣に食われそうになるのは必然である。


「こ、こいつって!? 【グラーヌス】!? 大食いの!? 腹の中で生きたまま溶かされるとか絶対いやぁあああ!?」


 彼女は逃げる。

 魔法を越えた技術。


 魔導による強化は空気中に漂うマナや更に空間に偏在するエーテルによる無限の稼働を約束してくれる基本的には燃料切れの心配の無い技術だ。


 物にエネルギーを込めて効率的に燃焼させたり、発現する現象を設定して補助したりする事は魔法にも出来るが何よりも基礎的な効果が段違いとされる。


 肉体に使えば、脚力を強化し、乳酸をキンニクから排出させ、細胞の活性によって肉体の疲労の回復や長時間の活動も出来る。


「死なないから!! ぜぇええええったい死んでなるものかぁああああああ!?」


 涙目で全力疾走する彼女は背後から追って来る2m弱の化け物20頭の追撃を受けつつ、何処かに逃げ込める場所は無いかと確認するが、無い。


「あの校長ぉおおおお!? 逃げ場が無いところ選んで置き去りにさせたでしょぉおお!? うわーん!? 帰ったら絶対生きたまま魔獣の餌にしてやるぅうううう!!?」


 と、泣き言を喚いた彼女がハッと気付く。


 広い草原に見えるが、その先はどうやら巨大な滝になっている様子であった。


 落ちたら、間違いなく助からないレベルの大辺境に来た事を噛み締めつつも、地図が詳細に作られていない森で迷ったらどうなるかと想像した。


 だが、背に腹は代えられない。


「あのクソ校長ぉおおおおおおおお!!!?」


 叫びが猛烈なジャンプの後、平原の下へと遠ざかっていった。


 口惜しそうに化け物達は何度も下に吠えていたが、すぐに食えない得物には興味を失くした様子で逃げた御者の臭いを追って走り出すのだった。


「いぃいぃぃゃぁぁぁぁあああああああああ―――」


 ザバァアッと。


 大河に流される少女の声が急激な激流のせいで物凄い勢いで遠ざかっていく。


 この付近は恐ろしく水量が大きく。


 川下りならばスリリングな愉しみと共に絶景を眺められたかもしれない。


 が、現在の少女は身ぐるみナッシンな上に魔導で強化された身体能力を以てしても抜け出せない濁流に呑み込まれている。


 それにガボガボ言いながら分速5kmくらいで流されるドザエモンである。


 マナが濃い場所などは自然現象が過剰に活発化され、常識的ではない自然の驚異が有り触れているのだ。


 なので、巻き込まれたが最後。

 その現象が終わる地域に出るまでどうにもならない。


「ゴボオオオオオオオオオ!!?」


 5分後。


「ギボオオオオオオ?!!」


 30分後。


「ギャォオオオ!!?」


 2時間後。


「……し、死ぬ。ゲフ!?」


 ザプンと彼女が岸に打ち上げられた時にはもう萎びたワカメ状態であった。

 紫色の毛の染色が落ちて、髪はすっかり鮮やかな紅色の地毛に戻っている。

 ついでにお気に入りのツインテールも今は萎びたワカメ以上の何かではない。


「ぜ、絶対、生きて、戻って、訴えて、やる、んだから……はぁはぁはぁ」


 ハッハッハッ。


「はぁはぁはぁ、はぁ?」


 ハッハッハッハッ。


 生臭いような息を感じて彼女が視線を後頭部方面に上向けると。

 キロンとした案外可愛い赤い瞳と目が合った。

 7メートルくらいある巨大なクマみたいな生物。

 というか、魔獣がそこにいた。


「ぁ、こ、此処って、確か伝説の魔獣の生息地とか、だった、ような、気が……」


 カプッ。


「あ」


 プラーンと彼女は首から上を咥えられて、獲物を取ったクマ型魔獣。

 いや、クマーに連れられて一緒に移動していく。


 何度も数百m間隔で跳躍しながら、広い縄張りの中を喜び勇んで主の下へ珍しい獲物を見せびらかしに行く獣に……獲物の状態なんて考える理由は無かったのだった。


―――20分後。


「あ、クマーが来ましたよ。アレ? 何か咥えているような……ってぇえええ!? ぺーしなさい!? ペー!? 人間は食べちゃダメだよぉ!?」


 いつもの広場で幸せキントレしていた少女達。


 すぐにクマーへ気付いたミゥナが今や文明の薫りもしなさそうな上等だったはずの衣服の襤褸切れを身に纏う相手を助けるべく、すぐに指示する。


 ペッと微妙に雑な感じで頭部が吐き出された。


「こ、こんどこそ、死ぬ、わ……カハッ」


 エミーネが気合と根性と魔導によって辛うじてムチ打ち状態と全身疲労なだけで意識を手放した。


「た、たたた、大変ですぅううううう!? シショー!? シショー!? クマーが人をー!!?」


「おーこれは結構珍しい獲物だなぁ。クマー」


 グルゥと何処か得意げにクマーが啼く。


「言ってる場合じゃないですよぉ!? は、早く手当を!?」


「はぁぁ、人類脆過ぎぃ……じゃあ、キンッ、ニクッ、喝ぁあああああつ!!!」


「こ、これは見た事の無い技!?」


 リザによる大喝。


 口から広がった喉のキンニクによる波動の一撃が急激に少女の肉体に集中し、ボシュウッと全身から蒸気が上がって、ベッチョリ涎と激流に揉まれた衣服込みで乾いた。


 ついでのように少女の肉体の疲労骨折一歩手前の全身の骨が骨芽細胞の異常活性で修復され、肉体内部の疲労物質までもが全身から溢れて揮発。


 元気のなかったはずの細胞が急激に活力を取り戻し、ちょっと控えめに言ってもAくらいだった胸元がBくらいに増量された。


「ふふ、遂にボクのキンニクもこの階梯に……全てはタウィル君とキンニクのおかげ!!」


「お、おぉぉ……シショー。ちなみに効果は?」


「ちょっと、キンニク波をお裾分けしただけ。キンニクは活力。キンニクはエネルギー。キンニクはあらゆる事象を好転させるものだから可能!!」


「お、おぉぉぉぉ、よく分からないけど、分かりました。スゴイって事ですね!!」


「その通り!!」


 グルゥとおべっかを使ったクマーがウンウンと頷く。


「あ、でも臭ぁ……クマーがベッチョリしたから」


 首を傾げる獣である。


「仕方ない。もう一回洗うかぁ。クマー」


 主に言われ、グルゥと今度は言われた通り、近くにある水場にポイッとクマーが元気そうになった獲物を口で摘まんで投げた。


 バッチャーンと穏やかな小川に水飛沫が上がる。


「ゲボォオオオ!?」


 思わず水を飲んだ獲物が再びバッチャバッチャと溺れているのを見て、これは主にやろうと伝説の魔獣は見せびらかせて満足し、悠々とまた森の中に返っていくのだった。


―――数分後。


 慌てて溺れそうになっていた少女を引き上げたミゥナが持って来ていたおしぼりで少女の顔を拭きながら、衣服の残骸から水を絞っていた。


「うぅぅぅ、た、助かった、の?」

「ご、ごめんなさい。ウチのクマーが……」

「へ? く、くま?」


 鼻水混じりで上を見上げた超絶首都産まれの文明人エミーネ・ネムザムは初めて麻布で織った粗末な衣服を着込んでいる野蛮人の同年代の同国人である少女達を目撃し。


「あ、もう、だめ……」


 何か人の顔を見て、感情が一気に振り切れた。

 パタンと糸が切れた人形みたいに気絶する。


「はぅぁ!? ど、どどど、どうしましょう!? シショー!?」

「う~ん? そこらへんに寝かせておけばモーマンタイ?」


「そうですね。シショーの技でフッカツしましたから、きっとダイジョーブですよね?」


 こうして可哀そうな文明人は野蛮人極まる寝床。


 その草原で一番綺麗なイノシシの頭骨のベッドの上に寝かせられ、夕方くらいに気付いて墓場に捨てられたと勘違いしてまた気絶し、ミゥナの実家に運ばれる事になったのだった。


 *


「あっらぁ~~エミーネちゃんはそんな遠いところからぁ?」

「は、はぃ。あは、あははは……」


「首都ってどこだべ? 名前分かんね。知ってるだかーミゥナー」


「も、もぉーお父さんは喋っちゃダメ!? エミーネちゃんはこっち!! こっちに来て!?」


「は、はぁーい」


 ミゥナの両親が経営する村唯一の酒場兼食事処。


 その最中で顔が引き攣ったエミーネは極めて良心的な人々の親切心から麻布の服を貰って着込みつつ、話を聞かれて顔を引き攣らせていた。


 そう、此処が目的地。

 異変のあった国の果ての果てである。

 陸路では殆ど繋がっておらず。


 海路で別の港からしか道が無いというのが常識らしいと聞けば、顔も引き攣る。


 ついでに彼女の全ての資産である持ち物は全損。

 身一つでは首都に戻る事すら一苦労。

 というか、運賃がそもそも今の彼女には払える額では無かった。

 何せ財布も無いのだから。


「ほーら、たーんとお食べなさいな」

「は、はぃぃ……」


 料理人の口調が訛った父親にちょっと太めな母親。


「幾らでも食っていいんだ。んむ!! 食わねど良い嫁っこになれん」

「は、はは、そ、ソーデスネー」


 そして、村一番の器量良し(何処かの元竜を除く)である姉カレン。


「ごめんなさいね? 両親が騒がしくて」

「い、いえー」


 これがミゥナの家族である。


「(モチモノゼンソン。カエルアテナシ。アタシノスガタハゲンシジン)」


 絶望のズンドコにいる少女の正直な感想である。


 元々、黴の生えた住居で文明の探究者たる魔法使いをしていた彼女からすれば、魔法関連の技術がロストしている村で野宿なんて耐え難い。


 文明的で近代的な道具の一つもなく。

 原始的な生活をしている人々が笑顔でいるのを見ると。

 完全に別世界に迷い込んだに違いないと確信するくらいだ。


「エミーネちゃんは魔法使いさんなの!?」


 ミゥナが目をキラキラさせながら食事の席で訊いて来るものだから、彼女は頷くしかなかった。


「そ、そうよ。すごーく勉強したから、一流なのよ」


 一応、見栄を張りたいお年頃であり、殆ど事実だから、問題無い言葉である。


「じゃ、じゃあ、ご飯食べた後、魔法見せてくれる?」


「え、あ、ぅ、そ、その、道具が川に流されちゃったから、今は無理なの。ごめんね?」


 嘘である。

 道具が無くとも魔法は使える。


 だが、道具無しに使える魔法の類は根本的に現象を増幅する触媒無しである為、単なる便利道具以上のものではない。


 見栄を張った以上、それ相応の事が出来ないのならば、彼女の権威というか。


 ちっぽけなプライドは地に墜ちる。


 それは道具無しには殆ど人の関心を買うには危うい魔法という技術体系への憧れ。


 その裏返しへの恐れ。


 失望の視線を忌避する魔法使い特有の病。

 特別でありたいという類の高慢の結果かもしれない。


「そっかー。やっぱり、シショーが言ってる通り、キンニクの方が簡単で早いのかなぁ」


「キ、キンニク?」

「うん。キンニクだよ?」

「あ、明日になったら、見せてあげられるかも―――」


 そこでスイッチが入ったミゥナがミューラーモードになる。


 ミューラーモードとは少女が同年代にカッコウを付ける時の為のモードである。


「我が名はキンニクのシト!! ミューラー!! 我が師、リザ・シショーの元、キンニクによるキンニクの為のキントレをツギシ者」


 すっかり、自信満々なミゥナの様子にカレンが苦笑していた。


「はいはい。腕立て20回スゴイスゴイ」


 微笑ましい子供のごっこ遊びを生温く見つめる両親と姉である。


「キ、キンニクがな、何なのよ?」


 一応、気圧されながらも、おずおずとエミーネが訊ねてみる。


「キンニクに出来ない事は無いのだ。くくく、キンニクは岩をも穿ち、大地を削り、海すら割るのだー!!」


 うっとり、それを“実践”している師の姿を脳裏に思い浮かべる少女である。


「そ、そんな事出来るわけない。出来るわけないわ!! それ魔法じゃないの? あ、アタシの魔法のが凄いわよ。絶対!!」


「くくく、イホージンよ。ならば、明日その目で我が師のスゴサをその目に焼き付けるがいいー」


「はいはい。ごはん食べたらお風呂入りなさいね」

「はーい。あねなるものー」

「おねーちゃん、でしょ?」


 ズイッと姉の権威全開のカレンに言われて、後ろに一歩下がった妹は「は、はーい」とミューラーモードを終了させた。


 食器を片付けるとササササッと高速でその場から逃げ出す。


「ごめんなさいね。あの子、またおかしな遊びに嵌っちゃって。今じゃすっかりよく分からない事を言いながらキンニクーって叫んでて」


「い、いえぇ……そ、そういう年頃なんですよー。あははー」


 キンニク以下の烙印を押された気がしたエミーネである。


 が、子供の戯言とはいえ、魔法の権威を取り戻すべく。


 明日はキッチリとミゥナに魔法のスゴサを体感させる計画を練り始める。


(魔法は万能。魔法は万能……ふぅ……肉体派なんて絶対認めないんだから)


 魔法使いが現在は戦力として重宝されている為、彼女のような戦闘に関係無い研究をする者達は微妙に肩身が狭い。


 故に魔法は戦う以外の方がスゴイ。


 体育会系魔法使いなんて邪道である!!!派に属するエミーネは己の任務も忘れて、もはや半ばやけっぱちな思考で現実逃避を始めるのだった。


 それが未知なる現象と存在に近付く大いなる一歩なのだとも知らずに……。

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