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ムキドラ  作者: TAITAN
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第2話「キンニクとダンベル」


「くくくく、貧乏人共め。この素晴らしき徴税官バルド様が、クソド田舎の原始人共からたっぷりと搾り取ってやろう」


 世の中には悪人というのが実は多い。


 取り敢えず、悪人中の悪人と言えば、国民の誰もに嫌われる税金取立人たる徴税官である。


 生憎と大陸の端の端の端の端くらいにある超ド田舎『え? あんな地図の端にウチの国の人間住んでんの? え、マジで?』とか言われる事がよくあるイーオ村にもそんな人間がやって来る事になっていた。


 険しい山道というよりは獣道にしか思えない草だらけの馬車が一台通れる程度の街道を彼は御者も無く一人で走らせている。


 イーオ村よりも少し田舎度が低い隣街ベリオからの使者だ。


 まぁ、隣の概念がかなり遠い事は間違いない。


 あまりの交通の便の悪さから陸の孤島と称されるイーオ村には税を取り立てるだけで税金が逆に掛かるという事実から数年に一度しか生存確認も含めて徴税官が送られない事になっている。


 のだが、この非常に政情不安と治安維持が危うげな昨今。


 大陸事情的にもクソド田舎でも税金がまともに取り立てられる事になったのだ。


「この道はこうか?」


 しかし、街道が草だらけなのですぐに道を外れた中年禿げ頭独身39歳のチビデブなる徴税官はすぐに遭難。


 だが、その貧乏人を搾取するという執拗な信念というか執念により、村の程近くの開けた場所にやって来ていた。


「ふぅ。貧乏人共め。まさか、徴税官を遠ざける為にわざと街道の整備を怠ったな? くくく、だとすれば、それも含めてたっぷりと搾り取ってやる。金が無ければ、酒、女、食料!! これぞ徴税官の役得!!!」


 夢のニート・ライフを妄想したバルドが進んでいくとふと気付く。


「ん?  何だ? この樹……まるで何かから真横に削られたような?」


 よく見れば、遠方に見えている開けた場所に続く林の樹木は今にも折れそうな程に大量の横殴りの何かで表皮から内部まで削り抉られており、彼は胸中にイヤな予感をさせながらも恐る恐る広場に出た。


 すると、中央付近に焚火の後を発見する。


「見つけたぞ!! これはもう村が近い!!」


 ニヤリとする彼が馬を更に進めようとし、馬が突如として言う事を聞かずに立ち止まり、震え始めた。


「オイ!? どうした!? さっさと行かんか!? 何をそんなに怯え―――」


 彼が馬の行く手を見て、凍り付く。

 理由は単純だ。


 無数の獣の骸骨がまるで塚のように埋められた巨大な穴が横に見えたからだ。


 死臭はしない。


 だが、綺麗に骨だけになった頭骨の群れがまるで自分達を見ているかのような錯覚に襲われた男はギョッとしながらも、汗を拭って単なるこけおどしだ!!と自分を奮い立たせる。


 ズシン。


「は?」


 彼が地震かと思わず固まった時。

 背後にある林がガサガサと揺れて何かが悠々と迫出し。


「ぁ……ぇ?」


 彼は振り返ってしまった。

 樹木が削れている。

 それは毛のせいだ。

 毛が樹木に触れて、樹木側が削り抉られていたのだ。


「ひゅぃ―――」


 バルドの息が止まる。


 それは悠々と広場に入って来て、見知らぬ馬車を見付けると足音もさせずに草に足跡を付けてヌッと背後から男の横に顔を突き出した。


「ッッッ」


 ほぼ泡を吹きながらバルドが微動だに出来ず震える全身を硬直させる。


 クマーと可愛く呼ばれている魔獣。


 いや、普通に考えてもヤバイ獣が馬の臭いをフンフンと嗅いで痩せ細ったソレでは腹の足しにもならなそう……とガッカリ顔になる。


 グルゥと仕方なさそうにクマーはまた再び森の中へと帰っていった。


「あびbじぇあpjばいgじゃいg;ojrga;ojga;bjoa@b!!!?」


 自分でも意味不明な言語で絶叫したバルドは馬車を走らせた。

 走らせた、走らせた走らせた、走らせた走らせた走らせた。


 そして、数日後には気付いたら馬に抱き着くようにして故郷に戻っていた。


 晩年、彼はこう回顧録を出している。


『きっと、あの獣は私の中の悪が姿を現したものに違いない』と。


 徴税官バルドはその日以来、敬虔な神の信徒となり、世界からは一人悪人が減ったが、遂にイーオ村にはその後数十年に渡り、役人が来る事は無かったのだった。


 だって、そうだろう?


 明らかに正気を失った徴税官が出るような村。


 絶対、滅んでるに決まってる(役所の上役並み感)のだから。


 *


「もうダメだ。死のう」


「シショー!? だ、ダメです!? これで12回目ですよ!? 後、これ以上身投げしたら、真下の採掘場が崩落しちゃいます!?」


 肩にクソダサ髑髏マークを本職の仕立て屋(養父)に刺繍された可哀そうなリザリンド・ゼヘトは今や今世紀最大にダウナーな気分であった。


 ついでに山小屋で炭焼きしてるジジイが昔から使っている山奥の採掘場で身投げしてみた。


 が、採掘場の方が何か地震でもあった時のように衝撃で揺れているだけでまったく死ねない為、弟子に引き留められていた。


「うぅぅう、クソダサぁ!? これはアレだよ!? ボクに対する嫌がらせだよ絶対!?」


「そ、そんな事ありませんよぅ!? これはシショーのお父様がきっと、えっと、あの、ゼンイーってヤツで!!」


「うわーん!? ボクはもう一生このクソダサ髑髏マークから逃げられないんだぁー!? こんな世界滅ぼしてやるー!!?」


「シショー!? と、取り敢えず、持って来たお弁当でも食べて気を落ち着けましょう!!」


「ぐす……う、うん」


 山間の採掘場は数百年前に開かれたらしいが、ロクにまともな鉱物が出なかった為、今では山小屋のジジイが冬場を凌ぐ為の石炭を掘る以外では運用されておらず。


 内部も殆ど地下迷宮化した昨今では村人も使う機会が減っており、半ば打ち捨てられたようになっている。


 そんな採掘場の上にある高台でリザとミゥナが持って来ていた弁当。


 イノシシの丸焼きを抗菌作用のある葉で包んだソレを開いて、手刀でナイフみたいに切り分けてモクモクし始める。


「うまー……シショーはそう言えば、今日はどうして採掘場にお越しを?」


「家の本棚のやたら旧いボロ本に採掘場の下にはスゴイ重い金属が眠ってるって書いてたから、採掘して精錬してダンベル創ろうかなって」


「おお!! そうなんですか!? じゃあ、お弁当を食べたら、一緒に採掘しましょう」


「うん……やっぱり、矮小な人類中で一番ミューラーが賢いなぁ……」


「それほどでもありません。ふふん♪」


 褒められて上機嫌なミゥナである。


 骨までしっかり齧り尽くした2人が山小屋のジジイから貸して貰ったランタンを片手に採掘場の入り口から内部へと突入する。


 数百年前に出来たとはいえ。

 それでも当時の技術で造られた坑内は広く。

 最初に大広間のような広大な空間が出迎えてくれる。


 その周囲には村人達が持ち寄った採掘道具の入った箱や棚がギッシリと敷き詰められており、椅子やテーブルもある。


 そこから幾つかに別れている内部への入り口へ坑道の立て看板の表記に従って潜っていき。

 目的の採掘物が出る層へと向かうのである。


「本当にすごいなー。魔法で強化されてるから、後200年は持つだろうって山小屋のおじいさん言ってましたよ。シショー」


「人類不便だなぁー。手で掘れば、割とブラックホールくらいなら簡単に割れるのに……」


「ぶら?」


「ミューラーもキンニクが付いて来たら、出来るようになるからネー」


「が、頑張ります!!」


 ランタンと麻袋片手の2人が目的となる超重い金属を求めて地下坑道を下っていく。


 内部の空気は今も魔法という技術で入れ替えられているとリザは聞いていたが、それは事実らしく問題は無さそうだった。


「ここを左……」


 ズンズン坂道を進んでいった2人がやがて大きな広い空間に出る。


 大規模な採掘場跡地らしい。


 内部はドーム状になっていて、その真下には地下で露天掘りしていたような後があり、大きく抉れているが、中央まで少し遠い為、よく見えない。


「ランタンじゃ微妙に照らせません。シショー」

「こういう時は……」


 リザが数歩前に出て、息を僅かに吸い。


「キンッ、ニクッ、波ぁあああああああああああ!!!!」


 ドンッと足を踏み鳴らした瞬間。


 その全身の筋肉から放射されるよく分からない波動が次々に周囲を照らし出し、まるで星明かりの如く壁の周囲に凝ってキラキラとオーロラっぽく光り始めた。


「おおお!! 出た!! リザ・シショーのオハコ。キンニク波動ですね!?」


 目を輝かせるミゥナが神々しく自ら発光し、オーラっぽいものを纏う師に感動した様子となる。


「そう……全ての道はキンニクに通ず。本当のキンニクが存在を震わせた時に発される波動は時間と空間を越えて、全てを共振させる。つまり!!」


 クワァッとリザが瞳を見開く。


「光るくらい当然なんだよ!!」

「な、ナンデスッテー!!? 本当に明るいですぅ♪」


 師に相槌を打ちながらニコニコするデシである。


 得意げに光る元竜はミゥナを連れて明るくなった空間の中心へと歩みを進める。


「ミゥナにも魔法の才能があればなぁ……」


 その言葉にピクリとしたリザがその肩を優しくポンポンする。


「魔法とか言う人類の脆弱低強度技術なんて一億年くらい研鑽しないとまともな万能にならないし、強くもないし、そんな面倒な事するくらいならキンニクを鍛えるべきそうすべき」


 ズイッと真顔のリザであった。


「はッ!? す、済みません。キンニクのシトであるこのミューラー!? 今、邪道に落ちかけていました!?」


「ま、此処のは魔法じゃなくて技術だけど、本物はこの世界には無さそー」


 ウンウンと頷くリザがチョンとミゥナの首筋を突く。


「ミューラーは人類中一番賢いから、キンニク波くらい出せるはず。レッツ・キンニク!! ウェーク・アァアアアアップ!!!」


「はぅ!? か、体が熱い!? シショー!! これは一体!?」


「ボクの四兆八千億ある必殺技の一つ。キンニク竜輝!! 矮小で稚拙な低文化人類ならきっとこれくらいでもキンニク波動が放出出来るはず!! 試した事ないけど!!」


「わ、分かりました。つまり、シショーの真似をすればいいんですね!?」


「心を込めて、キンニクを震わせるんだ!! ミューラー!! そうすれば、キンニクは答えてくれる!!」


「はい!! ふぅぅぅ、はぁぁぁあぁぁあああ!!! キンッ、ニクッ、波ぁああああああ!!!!!」


 気合に反して仄かにミゥナの体が発光し始めた。

 恐らく、ホタルよりは光っていないだろうくらいのぼんやりとした感じである。


「で、出来ました!? 出来ましたよ!? シショー!?」


「ミューラーはやっぱり遺伝子レベルで賢いなぁ。出来ないヤツは十万年掛けても出来ないのに……ぁあ、ボクの鱗から派生した一族にも出来ないヤツいたっけなー。元気かなぁ……」


「シショーは何処かの一族の長だったんですか!?」


「そうそう。ガン付けて来たヤツと取っ組み合いの喧嘩してた時に鱗が一枚剥げて、そうしたら勝手に生まれたんだー」


「ああ、やっぱりシショーはサイキョーなんですね!?」


「勿論!! 何か何万年かしたら宇宙で一番極悪で最強な知的生命集団とかシツレーな事を言われてたけど」


「やっぱり、シショーはサイキョーなんですね。ふふ~~♪」


 無駄口を叩いている内に2人が中央付近まで到達した。


 其処には光に照らされた4mくらいの銀色の球体らしきものが露出している。


「これがちょーくそ重いキンゾク?」


 ミゥナが首を傾げる。

 炭焼き小屋のジジイ曰く。


『ありゃぁ、もしかしたら昔エルフやドワーフみたいな連中が使ってたオリなんとかの鉱脈かもしれんな。ま、大昔は【呪われた破滅の銀】には触れるな手を出すなとか。連れて行かれちまうぞって言われ―――(割愛)』


「取り敢えず、採掘……あ、つるはし忘れましたー!?」

「え? 要らないもん。つるはしとか無駄な道具」

「ええ!? シショーどうやって採掘するつもりだったんですか?」

「え? こうやって」


 サクッと何気なく。

 手刀で肉を切る要領でリザが金属を手で叩き切った。


 深い溝が出来て、そこからバリバリと音を立ててバガンッと真っ二つになった球体の破片がボロボロと目の前に零れて落ちて来る。


「お、おぉおぉ!? さすがシショーです!?」

「ん? これ……ああ、タウィル君じゃん。おひさー」

「へ? たうぃるくん?」


 ニュゥッと今まで金属の形をしていた球体が罅割れた場所からドロドロに溶けて2人の前で浮遊し、ダンベルの形になっていた。


『………』


「えー此処ってタウィル君の庭だったんだ。あの女神に転生させられちゃってさー。強制だよ強制!! 信じられない暴挙だよ絶対!!』


『………』


 ダンベルに話掛けているリザを見ていたミゥナであった。

 が、自分の耳には何も聞こえず。


 ただただ、流動して浮かぶダンベルみたいな金属の塊に話掛ける危ない人に見えてしまっていた。


「そうなんだー。へー角の時空と歪んだ時空の争いってここら辺だったの? まーいいや、しばらく此処でボクのキンニクが御厄介になると思うけど、よろしくー」


『………』


「犬の方はしばらく見てない? そうなんだー。じゃあ、しばらくダンベル代わりにしていい?」


『………』


「好きにしろ? オレとお前の仲じゃないか? あははー喧嘩友達っていいもんだよなー。うんうん。じゃあ、しばらくお願いするって事で。此処で強くなったら鍵になって運んでー。あの女神にリベンジするからさー。了解OKOK♪」


 ブオンッという音と共にいつの間にかリザの手には鉄製のダンベル、らしきものが握られ、今まであったはずの大鉱脈らしき球体は影も形も無くなっていた。


「タウィル君のダンベルをゲットー♪ ふふーキントレがはかどるぅぅぅ♪」


 ご機嫌なリザを見ながら、ミゥナは汗を浮かべ。


(き、きっと、シショーにはミゥナには分からない金属の声も聞こえているに違いない……た、たぶん!!)


 そう己を納得させたのだった。


「ん? あ、タウィル君のいた場所の下に何かある。これって……フン!!」


 球体が消えてダンベルを腰に差したリザが力を込めて地表に出ていたキラキラした七色の結晶のようなものを引き抜く。


 すると、ズボヴォオッッと地表から1m近い芋みたいなのが出て来た。


「おお、良い重さに堅さ♪ これもダンベルにしよー」


「収穫ですね!! シショー!! お芋さんみたいみたいに丸々太った感じです!!」


「これがオリハルなんとか? まーいーや。三件隣の鍛冶屋のムジョーさんに持ってこー」


 パチパチ拍手するミゥナを横にホクホク顔のリザなのだった。


―――数時間後。


「堪忍してぇぇええ!? 何で鎧にしようとするのぉぉおおお?! しかも、玉ねぎとかぁあ!? そんな鎧はいやぁあああああ!!? うちの村の職人はメンヘラばっかりかぁああ!?」


 無敵最強狂人を地で行く流浪鍛冶だった事もある村一番(一人しかいない)の鍛冶師ムジョー爺さんはその虹色の結晶を見るや否や若い頃を思い出してハッスルしまくり、昔から作りたかった玉ねぎ型鎧にしようと暴走。


 結果……せっかく見付けたオリハルなんとかは数日後には精錬され、鎧じゃなくて剣になったのだった。


『だって、筋肉鍛える道具ってなんぞ!? 勿体ないじゃろおおおおおおお!!? 完全純度のオリハルコンじゃぞおおお!? 村どころか中小国の領地が買えるんじゃぞ!?』


 という御尤もなムジョーじいさんによる意見である。


 こうしてソレは鎧が拒否されたのでダンベルのように中央に柄を付けて上下に刃が付いた禍々しい両剣(爺さんの趣味的武器)になったのだった。


 まぁ、結局のところ刃は潰してダンベルっぽく使う事には変わりなかったのだが……タウィル君のダンベルがある為、趣味じゃないとミゥナにソレは下げ渡されたのである。


『は!? ち、違うの!? おねーちゃん!? こ、これはだなぁ!? え? 返して来なさい? ダメぇ!? これはシショーがくれた贈り物なの!! これはダンベルなの!? ほら!? 刃だって付いてないんだよ!? 銘はムジョーさんが竜をも殴り殺す【オーバー・ドゥーム】とか大陸標準言語で、ってダメぇ!? これはミゥナのものなのぉ!!?』


 一人の少女が家族にコレはダンベルという筋肉を鍛える道具ですと納得させるまでに随分と苦労した事は間違いの無い事であった。

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