第1話「キンニクとテンチノハザマ」
「う、うぉおおおおおおおおおおお!!!」
海辺の村での遊びと言えば。
「秘奥義【水切り二弾翔・改】!!!」
カッコイイ必殺技を叫びながら実力を競う石を水辺で跳ねさせて遊ぶ水切りと相場は決まっている。
いや、そこは船や海岸線沿いで遊ぶんじゃねーのかよ。
というツッコミは野暮である。
現地住民にとって海なんてのは明るくて暖かい日にノホホンと海岸線沿いで昼寝する以外は危険地帯であり、子供だけで遊んだら波に攫われてあっと言う間に水死体になる事を知っている。
なので、きつく海で遊ぶ時は子供だけでは不可。
遊ぶにしても砂浜より先には行くなというのが掟だ。
「く、くくく、貴様、よくやるではないか。だが、だがなぁ!!」
モブっぽい9歳くらいの男の子がハッとしたように背後からの声に後ろを振り向く。
「我が、秘奥義【ダークマタースプラッシュ】には及ばぬ!! トウ!!!」
小さな影が瞬時に水切りの石を最初に放たれた秘奥義よりも4回多く跳ねさせてみせる。
「ば、馬鹿なぁああぁあ!? そ、そんな事あるわけない!! あるわけない!?」
「くくく、確認か? 貴様の技は一度のトーテキに見せ掛けて、二つ目の小石を共に投げるというギマンの技!! だが、この師匠から給わったキンニクさえあれば、このような事も可能なのだぁー!!!」
小さな影。
同じくらいの年齢だろう髪を短く刈り込んだ男の子みたいな笑顔の少女。
青白い髪の彼女がニカリと同年代の少年達がちょっと見惚れるような快活爛漫な笑顔で両手で水切り用の石を投擲、一気に20段も跳ねさせて見せる。
「オレの、負けだ……す、好きにしろ!?」
ちょっと嬉しそうにモブっぽい少年がそう呟く。
「く、くくくく、仕方ない。モブヲ……では、貴様には……我らと共にキンニクを育てる為、腕立て15回の刑だぁあああああああああああ!!!」
『ひ、ひぇええぇえええ((((;゜Д゜))))』
あまりの恐ろしい罰に周囲の少年達が震え上がる。
「こ、怖くなんかないぞ!? う、腕立てじゅ、15回なんてへっちゃらさ!!」
「くくく、そうかそうか。ならば、我が師より承りし、キンニクよーせー術により、貴様の背中に程々に重い石をぷれぜんとふぉーゆーだ!!」
少年が腕立てを始めた瞬間、少女がザッと何処から取り出したのか。
そこらへんに落ちている海岸線沿いの石を少年の背中に載せた。
「ぐ、ぐわぁああああああああ!!?」
少年があまりの重さに叫ぶ。
「ひ、ひでぇ!? やっぱり、あのシショーにしてこのデシありだぜ!?」
「に、逃げろぉおおお!? キ、キンニクにされちまうぞぉおお!?」
「う、うわぁあああああああ!? 助けておかーさーん」
少年達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
モブっぽい少年は茶色い髪の下、ジットリと汗を浮かべながらもその躰で腕立て15回を何とかこなし、銃弾に打ち倒されたようにカハッと息を吐いてゼェゼェしながら霞む瞳で自分を見てクククと笑う少女を見つめる。
「どうした? 逃げなくていいのか?」
「けっ、こんな、こんなところでオレは止まらねぇからよ。だから、ぜってぇ……い、いつかお前を越えてやるぜ……ふ、ふん……」
ちょっと頬の紅い少年である。
「いいだろう。モブヲ……その挑戦、受けて立つ。いつか、我が階梯まで登って来い。さすれば、キンニクの道がなんじの前にも開かれん」
少女は小さな鍋を頭に被るとクールに背中を向けて去ってい―――。
「こら!! みーちゃん!? まぁた男の子達を虐めてたのね!? ああ、モブヲ、ごほん。シュタール君ごめんなさいね? もうダメって言ったでしょ!?」
「い、いえ、カレンさん。オレ、大丈夫ですから(ニコリ)」
「良い子!? うぅ、ウチの変な事言うようになったみーちゃんとは大違いね」
ハンカチ片手の青白い髪の女性。
少なくとも10代後半くらいだろう。
なのにオカンのような貫禄のあるショートヘアの少女。
今、少年達を戦慄させていた彼女の姉だろう相手カレンが頭に被られている凹んだ鍋をコツンとした。
「ち、違う!!? わ、我が名はみーちゃんではない!? 我が魂の名は師から貰ったミューラーだ!!」
「違うでしょ? もう……また、あの子の影響を受けておかしな事を言うようになっちゃって。みーちゃんにはちゃんとミゥナって言う名前があるんだから、ね?」
「く、それは……いいだろう。あねなるもの。今はおねーちゃんと呼んでやろう」
「はいはい。みーちゃん。もう少ししたら、おやつですからね。今日はあの子来るの?」
「我が師は今、このカヨワキ人の子の身にてキンニクを極める為のすーぱーはーどもーど・とれーにんぐを行っている。恐らく、命掛け……バンゴハンには戻ると……うぅ、シショースゴイ」
ちょっと目をキラキラさせる妹に溜息が一つ。
「はぁぁ……ホント、ゼヘトさんのところも大変ねぇ。あんなに素養抜群なのに……お化粧やおままごとより、体を鍛える事が好きだなんて……それも何か造語?っぽいよく分からない言葉も毎日のように広めてるし……」
「シショーは尊いのだ。我が師ながら、腕立て2000回の実力には鳥肌が立つ。何れ、シショーこそがこの大陸を救い、世界をきゅーせーするハシャになるだろう」
「はいはい。まったく……20回はスゴイスゴイ……」
「………」
姉の適当な返しに内心で苦笑しつつ、ミゥナ・バルセロは大人達は知らない師の秘密を胸に秘める。
本当にスゴイ事は継続する力。
本当にスゴイ事は誰にも分からないくらいの努力。
本当にスゴイ事は諦めない心。
全てはただキンニクの為に。
2000回なんていうのは単なる“うぉーみんぐあっぷ”なのだ。
日々1万回の腕立てその他の“とれーにんぐ”をこなす姿は美しく尊い。
「(シショーはきっと、キンニクで世界だって救えちゃうよね。絶対に……)」
彼女の脳裏には今も在る。
自分よりも細そうに見える腕で滴る汗も気にせず。
震える体であらゆる鍛錬を積む師の姿。
そのあまりの過酷さと同時に静謐ですらある集中した姿。
それはきっと幼いながらも焼き付いた真に極める者の肖像に違いなかった。
*
「イノシシうまー(゜д゜)」
イーオ村の裏山。
別に山の幸とか無くても生きていけるくらいの漁獲量があるので放って置かれて、炭焼き小屋くらいしかない鬱蒼とした林の先。
50m程の秘密基地という名の野原の最中で解体されたばかりのイノシシ肉が焼かれ、貪り食われていた。
焚火の上には岩石を削り出して出来たと思われる肉を回し焼く為の機材が置かれており、地面には解体して鉄棒に付き刺された肉の塊が表面を焚火に炙られている。
イノシシの頭部がデンと置かれた台座が近場には見え。
その広場の周囲の森はシンと静まり返っている。
そこの主というか。
樹木をキンニクを鍛える為のトレーニングで破壊し尽くした後、根っこまで引き抜いて整地した当人は巨大な肉の塊からようやく顔を離すと油と肉汁塗れの顔を手で拭って隣にある洗面器染みた岩石の椀を手に取り、顔を水でバシャバシャ洗うと立ち上がってグッと伸びをした。
「ふぅ……整って来てるぅ……」
白金の髪が肩の上でサラサラと音を立てる。
蒼い瞳が猫のようにクリクリと周囲を見渡す。
その鼻梁と卵型の顔だけを見れば、何処か愛嬌のある可愛らしいお姫様。
という風情であるが、生憎と彼女の周囲にあるのはニクニクニク・ガンセキ・テツである。
ついでに言えば、その衣服は麻布を織り合わせた平民出が良く使う野良仕事用の仕事着である。
背丈も子供らしい年頃相応であり、体も健康的ではあるだろうが、まったく太く見えない。
「ああ、やっぱりカヨワイ人間ダメ絶対。せめて、尻尾くらい欲しかったなぁ」
愚痴った少女が肉はもう少し炙っておこうと放置。
午後のトレーニングを始めた。
指笛を吹くと遠方からドッドッドッドッと土煙が上がり、広場へと巨大な物体が突入してくる。
「クマー来てー」
「グルォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
森から出て来たのは図体が7メートル程ある巨大な熊のような魔物であった。
クマというにはその巨体を覆う毛皮は赤黒い硬質さを帯びており、その四肢の爪は指の太さも相まって1本1本が巨大な禍々しい槍を湾曲させたようにも見える。
ついでのように急所らしき部分にはゴツイ宝石染みた毛皮と同じ色合いの装甲らしきものが折り重なっており、鎧を着込んでいるようにも見える。
クマーと呼ばれたソレは明らかに人間が飼うには凶悪過ぎる見た目の何か。
有体に言えば魔獣、魔物の類であった。
しかし、少女はそれを意に介さず。
相撲染みて相対して組み合うと。
そのまま腕を取ってクルンと柔道染みて宙に放り上げ、ガシッとその巨体を背中からバーベルのように両手で持ち上げる。
少女の足元がズシンと一段低く沈んだが、少女は顔色一つ変えず。
ゆっくりと体全体で上げて下げて上げて下げてを繰り返す。
クマーは大人しいものでまるで借りてきた猫のように静かに上下させられていた。
そうして優に数時間はそうしていただろうか。
ようやく少女の額や全身に汗が流れ始めた頃。
「キテル。キテルよー。うぅ……でも、このくらいで汗を流すなんてやっぱり人間カヨワイなー。ボクのキンニクが恋しい……」
ヒョイッと片手でクマーを元の位置に戻した少女が再び焼けた肉をガツガツして腹を満たした後。
ダラーッと涎を垂らして待っていたクマーに残ったイノシシ肉を丸ごと10頭分くらいら放り投げる。
グルゥ♪
すると嬉しそうな声を上げて、その怪物は全て胃の中に収めると森の奥へと帰っていった。
「あ、帰らないと。おとーさん待ってるし、ネ!!」
気付けば夕暮れ時。
彼女が森の中を軽やかに爆走し始める。
その道はもはや獣道ではない。
足が踏みしめた大地は土が押し固められ、周囲の樹木は衝撃で自然と倒れている。
まるで磨き上げられた泥団子を思わせる艶めいた土の道は巌のように圧縮されて堅くなっていて、普通の人間が踏めば石が敷かれていると勘違いするだろう。
少女はハヤテの如く。
二分程で山を下り終え、村の少し外れにある家の前まで空を飛ぶかの如く戻って来ると家の横にある小川でバシャバシャと素足を洗い。
家の裏手に吊るしていた木の皮で造られた靴を履いて裏口から入った。
「おお、我が愛娘よ!? 今日は何処に行ってたんだい!? 御父さん探したよ!? 朝から晩まで!?」
出迎えたのは鍋でスープらしきものを煮込んでいる眼鏡姿のひょろい男性だった。
少女と同じく。
平民がよく着込む麻布を張り合わせた衣服をボロッとした状態で着込んでいる。
「お仕事しない親はNGだって言ったはずでは? おとーさん……」
「ひぇ!? 何故に拳を握るの愛娘ぇ!? お、おお、おとーさんは内職専門家だから、問題無いぞぅ!?」
「ジトー……」
ジト目になる愛娘である。
「ほら、見て!? この服!! 隣の港街のクソ間抜けナリキン共の娘に納品予定のドレスだぞぅ!? 昨日出来たから、今日はお仕事しなくてもいいの!! この天才フェザレイク・ゼヘトには休養が必要なんだ!!」
眼鏡が割れそうな勢いで何処からか街の成金に納品予定な上品そうなドレスを取り出した父親……フェザレイクは愛娘に力説する。
「うわ……仕上げが雑。今時、こんなんでお金が取れるなんて人類チョロ過ぎるでしょマジで……」
「こら、裏を見るのは止めなさい!? ちょっと縫製の糸をケチってドレスの痛みを早くして新しい仕事を貰おうって天才の発想だよ?」
チラッと娘にドレスの裏を見られたフェザレイクがササッと回収する。
「人類矮小過ぎワロタ……もうボクは絶対おとーさんの服は着ないと心に誓うネ」
「そ、そそそ、そんなぁ!? あんまりだぁ!? おとーさんはねぇ!? 愛する愛娘リザリンド・ゼヘトの為なら、金剛竜の筋糸で超絶縫製して絶対破れない聖骸布とか使っちゃうもんね!? 着心地最高ヨ!?」
「うーん? 絶対手に入らないもので愛娘の関心を買おうとするおとーさんは100点中-430点くらい?」
「もはや0点超過!?」
そんなガヤガヤとした夜。
2人でスープを食った少女は夜型人間の父親がチクチクお針子仕事をしている様子を扉の後ろからジト目で確認後、ようやく眠りに付く。
リザリンド・ゼヘト。
それが転生した宙を喰らい滅ぼす竜。
ギオースの仮の姿であった。
*
翌日、村に超絶な危機が襲い掛かろうとしていた。
物語はいつでも超速理解されるくらい簡単に敵が湧くのだ。
「お頭ぁ!! 例の村が見えて来やしたぜぇ!!」
「くーくっくっくっく!! アレが遥か古の魔獣が生息するとされる地域唯一の村ですか。ド田舎ぁ……麻布着込んだ原始人共をウチの大砲と魔術でぶっ殺して乗っ取り、前線基地にしますよぅ!!」
海賊である。
中型の帆船が4隻。
明らかにデカイ船が1隻。
ついでに海賊というよりは狂暴化した周辺の荒くれ漁民を取り込んだばかりの新興海賊団である。
帆にはデカデカと髑髏マークが書かれているが、明らかに下手くそで手書きだ。
「うわ……絶対SNSで海賊漫画のマーク書いてる子供の方が上手いまでありそうな旗……ボク、こう見えても海賊には詳しいんだ」
「リザ・シショー!! アレは一体……」
ミゥナが師であるリザと共にキントレに走り込みをしていた早朝の事である。
海岸線沿いから見える帆船を彼女達は高台になった岸壁から見下ろしていた。
「海賊とかなつい。時々ボクの体を未知の世界とか言って宇宙の方のが探検してたなぁ。ダークマター濃くてくしゃみしたら全滅してたけど」
「さすがです。シショー!!」
「ミューラー。ちょっと、ボクの手に良さそうな石を一杯探して持って来て」
「はい!!!」
すぐにモブっぽい子供連中には偉そうだった少女ミゥナがキラキラした瞳で周囲の地面をくまなく探して、師の手に収まりそうな石を次々に掻き集めて来る。
「こ、これでどうでしょうか!?」
「ホント、人類の中じゃミューラーは一番賢いなぁー」
「はぅ!? も、モッタイナイお言葉ですぅ!?」
ナデナデされて昇天しそうなミゥナがイソイソと後ろに下がる。
「いい? ミューラー……キンニクは何も裏切らない。ボクらが裏切られたと感じたら、それはボクらがキンニクを裏切ってるんだよ」
「は、はい!!」
「キンニクに限界は無い。キンニクに出来ない事は無い。だから、キントレこそが矮小な人類を唯一まともに出来る方法!!」
「はいぃいぃぃぃ」
もはや目からハートが大量に零れ落ちそうな洗脳状態である。
そのまま、横に山積みされた石を手に取ったリザが横殴りのスライダーを帆船に投げ付けた。
海の上をまるで超低空で滑空するミサイル染みたソレが猛烈な音速を越えた際の衝撃波を周囲に撒き散らしながら髑髏な海賊船の一隻にぶち当たった瞬間。
「へ……ぎ―――ぎぇえあああああああああああああああ!!!?」
船倉内部に屯していた兵士達の7割が石の放つ衝撃波で空いた直径6mくらいの大穴の内部で血の染みとして吹き飛ばされ、その周囲にいた者達は腕や足をいきなり失くして、そのまま海中に沈み始める船の内部でサックリと人生を終えた。
「シ、シショースゴイ!! ああ、シショーよエーエンなれ!! 悪い人をやっつけたんですね!!」
「ふふふ、私掠免許も持ってない単なる私営海賊団とか何それ単なる船に乗っただけの山賊じゃん。山賊はギルティー……ふふふ、あの世であのクソメンヘラ女神に迷惑を掛けまくるがいい!!」
仄暗い笑顔でニコニコしたリザの手から次々にレールガン染みた石の砲弾が飛んで木造船を木っ端微塵に沈没させていく。
「ボクのキントレを邪魔するなんて、十五兆年くらい早いよ」
こうして連続してベースボールの当主も真っ青な投球テクを見せた彼女が弟子から褒められ捲った朝方。
村には次々に遠方から難破船らしき残骸と死体が流れ着き。
村人達総出で弔いと後片付けをする事になるのだった。
「シショーサイコーゴーゴーシショー♪」
「人類チョロ過ぎwww」
こうして良い事をした悪い笑顔の調子に乗った元竜は自分で破壊した船の残骸を運ぶ手伝いで大いに頼られ、褒めそやされ、驕り高ぶり―――。
「ふぉおおおおお!? この髑髏の残骸は!? これは……芸術だ……ハッ!? 愛娘よ!? 君の衣服にコレを縫い込むというのはどーかな!?」
『いやぁあああああ!? メンヘラっぽい父親はえぬじぃいいぃぃぃ!!?』
カッコイイ(養父談)紋章を衣服の肩に縫い込まれ、死んだ魚の目で自分の衣服が全てソレで統一された未来に絶望するのだった。