clinging
―ガサッ、と後ろから物音がした。
ジーと大きく鳴く蝉の声と、遠くで聞こえる誰かの声に混ざって聞こえた、普段ならまず気が付かない小さな小さな音。
『今年一番の猛暑日となりそうです...』と言っていた朝のニュースが嘘だったかのように、背中がスーッと冷たくなる。
僕は急いでクローゼットの中に体を滑り込ませ、足を抱えて小さくうずくまった。
ガサッ、トットットットッ。
音の正体は恐らく、何か物を置く音と足音だろう。
途中で止まったかと思えばまた聞こえ始め、しばらく経つとまた止まる。
行ったり来たり戻ったり。
けれど少しずつ、確実にこちらに向かって来ていた。
けれど何故かは分からないが、こちらに近づいてきていた足音は僕のいる部屋の前を通り過ぎた。
「…………………っ。」
安堵した。
まだチャンスはあるらしい。
無意識に詰めてしまっていたらしい息を整えようと息を吐き出した時、近くであまり聞きなれない音が鳴っていることに気がついた。
トットットッ。ハッハッ。パタパタ。
カチカチカチ。ハッハッハッ。ガチャ。
心臓がドクドクと速く音を立て始め、せっかく整おうとしていた呼吸が乱れて浅くなっていく。
―そして混乱していた僕は、最後に鳴った音を聞き逃していた。
「マロン、この部屋にいるんでしょ!隠れてないで出てきて!怒らないから!でも、ゴミ箱ひっくり返してイタズラしたマロンは今日おやつ抜きだからね。」
突然、至近距離で聞こえた声に体が大きく跳ねた。
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散歩とドッグランが好きで、雨の日が苦手で、お肉が大好きな愛犬のマロンは、よくイタズラをして、でも私に怒られたくなくて毎回隠れている。
しかも、私が出かけてる時に限ってよくイタズラしちゃうからしつけも難しくて大変だ。
…でも、大きなイタズラはしたことないし、結局可愛くて許しちゃうのだけど。
今もペタリと耳が垂れて、いつもはブンブン振っている尻尾も床に項垂れたまま動く気配がない。
チラチラとこちらを伺うところも可愛い。
「マロン、おやつ抜き嫌でしょ?」
申し訳なさそうにおすわりしているマロンと同じ目線になるように、しゃがみながら話しかける。
くぅ〜んと鳴いたのは恐らく謝っているのだろうと思う。
「ふふっ!もうイタズラしちゃダメだからね?」
私はそう言いながらマロンの頭を撫でて笑った。
......僕は音が離れていくのじっと待って、そっとクローゼットに手をかけた。
マロン「くぅ〜ん(やってない...)」