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3.私はあの夢を、新たな時代の始まりと考えております

「エレノア様、朝食の時間でございます」

「……カレン、夢が終わったわ」

「ええっ?」


 目が覚めた私はカレンに返事をして、寝たまま自分の手を眺めた。

 昨夜見たのと変わらない、小さな手。

 夢を見始めてから一年。

 私、エレノア・バルディールは六歳の少女に戻ったのだ。


「……昨夜は、夢を見なかった」

「あら、あなたもですの?」

「僕もです。父上」

「旦那様、私もでございます」


 そして朝食の場に行けば皆も夢を見ていない。

 侯爵家の皆、没落夢が終わる。

 お父様が席についた私に聞いてきた。


「エレノアも……見なかったのか?」

「はい」

「お前も見なかったのか……そうか……」


 お父様はそう言って宮廷へと出かけていく。

 そして夕食。


「宮廷で聞いたところ、昨夜は誰も夢を見なかったらしい」

「……そうですか」


 一夜に何千万も見ていた夢がいきなり無くなると、寂しいものですね……


 精霊さん、王国を去る。

 それから一ヶ月。

 誰も夢を見ないまま時は過ぎ去り、私とグレンは宮廷に出かけた。

 最後の聖女試験の実技予選を行うためだ。


「……結局、本物の聖女は現れなかったな。ダニエル」

「魔法軍が大幅増強されたからよしとするしかないですね。兄上」


 そして第五十回、最後の聖女試験終了。

 うちの娘こそ聖女と名乗り出る貴族もだいぶ減った。

 これからも聖女を探す事に変わりはないが、大々的に募集するのはこれが最後。


「「「あいたっ!」」」


 べべべべちこーんっ!


 結局、聖女は現れなかった。

 私が行う実技試験は常に一撃。

 今回も一撃終了させた私にアルバート殿下もダニエル殿下も呆れ顔だ。


「一夜に数千万見ていた夢がいきなり無くなるとは、つくづく謎な夢だった」

「エレノア、お前本当に見ていないのか?」

「見ていませんよ」

「僕もです」


 聞いてくる両殿下に私とグレンが答える。

 夢を見始めた頃は一夜に数万であった夢は、終わる前には一夜数千万。

 どうやら精霊さんにウケたらしい。

 私もグレンも頑張った甲斐があったというものだ。


「夢で出しゃばりまくったお前らも見ていないのか」

「グレンなんか俺らが聖女と一緒にいても割り込んで口説くもんな。図々しい」

「すみませーん(棒)」

「「そんな心のこもってない謝罪はいらんぞエレノア!」」

「もうしわけありませーん(棒)」

「「このやろう!」」

「まあまあ、夢ですから」


 私の適当な謝罪に両殿下が怒り、グレンがなだめる。

 グレンはグイグイ口説いてくるのにちょっとした事で赤面するピュアな感じが精霊さんにウケたようで、両殿下の結ばれる割合をそれぞれ一割ふんだくった。

 アルバート殿下四割、ダニエル殿下二割、グレン四割。

 夢が終わる頃にはアルバート殿下と互角。出世したものである。

 しかし……三人が口説きまくった聖女は、結局現れなかった。


「そういえばダニエル、我が王国と同じように他国も夢を見ていたらしい」

「どんな夢だ?」

「俺が聞いたエイブラム王国の夢では子爵令嬢の幼馴染みが子爵令嬢をめっぽう強く育て上げ、隣接する怪物の領域に二人で殴り込んで怪物共を根こそぎぶちのめすのだそうだ」

「なんだそのデタラメな夢は。聖女だって紅玉竜に苦戦してたってのに」


 そして一年もすれば他国の夢の話も聞こえてくる。

 アルバート殿下とダニエル殿下の話によると多くの国が様々な夢を見て、私達のように力を獲得したらしい。

 それも精霊さんのしわざだろう。

 ラステリント王国とは違うタイプのゲームとして遊んでいたのだ。


「幼馴染みは実在しないが子爵令嬢は実在する。めっぽう強いという話だ」

「うちの聖女もめっぽう強いだろうが、実在すら怪しい」

「そして俺らの夢は終わったが、『精霊さん』は今も夢を見せているらしい」

「今度はどんなゲームなのやら……」

「ダニエル、この夢で国家間のパワーバランスが変わるぞ」

「他国の夢の中心達の情報も早急に集めなければ」

「夢で外交をせねばならんとは、夢にも思わなかったな」

「父上も大変だ」

「俺達もすぐに大変になるぞダニエル。覚悟しておけ」

「まったく、聖女も子爵令嬢のように実在する貴族なら楽だったのに」


 六歳と五歳の政治談義。

 夢を見すぎて子供でいられなくなったのは私やグレンと同じ。

 夢も明確であれば経験。

 それを一日何万と繰り返せば大人になろうというものだ。


 お父様やお母様が大人になってしまったと嘆くのも、仕方ありませんわね……


 と、私はグレンと紅茶を飲みながら、二人の話を聞く。

 両殿下は他国や怪物達の夢の話をしばらくした後、聖女の話題に戻った。


「しかし、なぜ聖女は現れなかったのだろうな?」

「聖女がエレノアを圧倒するのは間違いない。何もかも思いのままだろうに……エレノア、何か心当たりはないか?」


 両殿下が私に聞いてくる。

 私は答えた。


「……第一回聖女試験の頃から、私は違和感を感じておりました」

「違和感?」

「どんなだ」

「アルバート殿下とダニエル殿下は、あの夢をどう思いますか?」

「そうだな。平民や下級貴族が王子や有力貴族に認められて結ばれる、平民が好きそうなサクセスストーリーといったところか」

「現実にはまず起こらない、まさに夢物語だな」


 両殿下の答えは聖女試験に現れた聖女達に感じたものと変わらない。

 しかしそれは仕方が無い事。

 アルバート殿下もダニエル殿下もずっと立場が変わらないからだ。

 あの夢で立場が大きく変わるのは私と聖女の二人だけ。

 他の者はもちろん、バルディール侯爵家ですら私のとばっちりに過ぎない。


「……両殿下の立場なら、そう見える事でしょうね」

「エレノア、お前は違うのか?」

「どんなだ?」


 首を傾げる二人に、私は答えた。


「私はあの夢を、新たな時代の始まりと考えております」

「新たな時代の始まり?」

「なんだそりゃ?」


 聖女試験の聖女達が狙っていたのは、玉の輿。

 今の枠組みをを変えずに自らの序列だけを変える行為だ。


 ですが、あの夢は違います……


 私は首を傾げた二人に私は聞く。


「両殿下にお聞きします。私は夢でそれほど悪い事をしましたでしょうか?」

「それは……そうでもないな」

「すごく邪魔だったが貴族の駆け引きと考えれば、あんなものか」


 序列争い、権力争い。

 権力と血筋を振りかざすのは当たり前。

 嫌がらせ当然。マウント日常。一挙一動常に駆け引き。

 それが貴族というもの。

 私は貴族として当たり前の事を学園で行っていたに過ぎない。

 だから平民という別の世界で生きてきた聖女と衝突したのだ。


「ですが私は両殿下やグレンに断罪され、侯爵家と共に没落します」

「まあ、俺達が聖女側についたからな」

「侯爵家より平民を優遇するなど、つくづく夢物語だな」

「そう、まさに夢物語です。ですが……そこに私は新たな時代を見たのです」


 たかが夢。

 されど、夢。

 私は少し考えた後、話し始めた。


「ラステリント王国は建国三百年。それより前はこの地に古き国が存在し、ラステリント王家も地方の有力者に過ぎませんでした」

「エレノア?」

「何の話だ?」

「姉さん、いきなり何を?」


 首を傾げる両殿下とグレン。


「バルディール侯爵家をはじめとした貴族も同じ。古き国を打ち倒し建国した三百年前の御先祖様はラステリント家の召使いや護衛、近所の腕自慢、国や貴族に不満を持つ兵士、食い詰めた浮浪者のような者達でありました」


 バルディール侯爵家の御先祖様は森の木こりだったと伝わっている。

 窮地に陥った今の王家を森にかくまって助け、斧を血に染め戦った功績で侯爵家となった。


「今は王家だ貴族だと敬われてはおりますが昔はみな平民。私達は才覚と先見の明があった御先祖様の子孫でしかありません。どうして同じ事が未来永劫起こらないと言えるでしょうか」


 初代の功績は賞賛すべきものだろう。

 しかし世代を重ねれば、功績は過去のものとなる。

 それなのに先祖の功績に子孫がいつまでもしがみつく。

 才覚とは関係ない権力。

 ここにズレが、歪みが生じるのだ。

 この歪みが限界に達すると国は乱れる。

 ラステリント王国も古き国の乱れに乗じて建国した王国。

 かつての貴族や王家に平民が取って代わったのだ。

 そして建国三百年。

 それだけ経てばラステリント王国も古き国と変わらない。


「建国より三百年、今やラステリント王国は古き国と同じ古い存在となりました。私達が新しい時代に乗れるかどうか、あの夢に試されているのです」

「それならば、頂点たる王家が没落するのではないか?」

「なぜバルディール侯爵家だけがやり玉に挙がったのだ?」

「……両殿下とも、精霊さんはご存じですよね?」

「あの夢が恋愛育成ゲームという事か? 当たり前だ」

「俺達はグレンと同じ、聖女と結ばれる存在なのだからな」

「ならばおわかりでしょう……」


 私はぶっちゃけた。


「精霊さんが遊びたかったのは恋愛育成ゲームだからです。王家を聖女が断罪したら戦国国盗りゲームになってしまうではありませんか」

「「それだけか!」」

「はい。それだけです」

「姉さん、ぶっちゃけ過ぎだよ……」


 精霊さんにとってはただの恋愛育成ゲーム。

 私達の都合も、精霊さんにとっては遊びに過ぎない。


「それに王家や貴族全てが没落する夢を見せたら、王家も貴族も聖女を許す訳がありません。そうですよね?」

「……そうだな」

「草の根分けても探し出し、始末するだろう」


 そして聖女が王国と貴族を滅ぼす存在であるなら王家も貴族も決して聖女を認めない。たとえ紅玉竜を倒す存在であっても必ず始末するだろう。

 夢で何者であったかなど、夢を見た者しかわからない。

 それでも王家と貴族はやる。

 自らの立場を脅かすから。

 わからないものを始末するのだ。疑わしきものは罰せよと王国に粛清の嵐が吹き荒れるだろう。


「しかし没落するのがバルディール侯爵家だけならそんな事も起こりません」


 しかし対岸の火事ならば人はそこまで必死にならない。

 王家は聖女を守る立場にあり、他の貴族は勝ち馬に乗れば良いお気楽な立場。

 貴族達はバルディール侯爵家から利権を奪う事にばかり熱中した。


「世襲を当然と振舞う王家や貴族に力を蓄えた平民。三百年に及ぶ王国の変わらぬ治世で凝り固まった世界の歪み。王国が恋愛育成ゲームの舞台に都合が良かったから精霊さんはこの王国を選び、聖女に対する古き者の役割を私とバルディール侯爵家に与えた……私はそのように考えます」

「デベソだからか」

「デベソだからだな」

「デベソだからですね」

「私はデベソではありませんよ? お父様がデベソだからです」


 私とグレンと両殿下、デベソに意見の一致を見る。

 侯爵家が無事なのはお父様のデベソと精霊さんの対価のおかげだ。


「つまり……王家と貴族の業を全て背負う事が、夢でのお前の役割か」

「だから、悪『役』令嬢……」

「はい」


 両殿下の言葉に私はうなずく。

 それが悪役令嬢エレノア・バルディール。

 貴族の業を全て背負い、聖女を否定し抗う貴族の古く悪しき部分の象徴。

 聖女は力を増しつつある平民の象徴。

 結ばれる両殿下やグレンは貴族と平民の壁を壊す貴族の良き変化の象徴。

 そして紅玉竜は貴族や王家だけではどうにもならない世界の流れの象徴。

 これらをどう扱うかで王国の運命が決まる。


「私達の御先祖様が古き国を打ち倒し建国する力を持ったように、いずれ平民達も王国に対抗する力を持つでしょう。共に力を合わせるか、力をぶつけて抗うか……あの夢は私達にそれを見せてくれました」


 迎えの馬車がやってくる。

 聖女試験も、これで本当に終わり。

 私達が宮廷を訪れる事も、少なくなるだろう。

 両殿下と毎週のように会うのも、これで終わりだ。


「聖女は私達の選択をどこかで見ている事でしょう。私達はそれを肝に銘じなければなりません」


 そして選択を誤れば、聖女は鉄槌を下す事だろう。

 聖女の力は王国最強なのだから。

 私とグレンは立ち上がる。


「それではアルバート殿下、ダニエル殿下。いずれまた」

「失礼いたします」

「待て、エレノア」

「お前達バルディール侯爵家は、どうするつもりだ?」


 そんな答えは決まっています。


 両殿下の問いに私とグレンは答えた。


「私達バルディール侯爵家は、共に力を合わせる道を選びます」

「そうだね姉さん」


 あの夢では決して選べなかった、共存の道。

 それが侯爵家が探し続けた未来への道だ。

 私とグレンは、声を重ねる。


「「没落も断罪も、もうたくさんです」」




 聖女試験が終わって一週間。

 宮廷から使者が来た。


「バルディール侯爵家令嬢、エレノア・バルディールをアルバート王太子殿下の妃としてラステリント王家に迎えたいと国王陛下が仰せです」

「エレノアを侯爵家の悪魔と呼んでいた王家が?」

「そ、その事は侯爵様の寛大な御心にてお許し頂ければ幸いでございます」

「バルディールのデタラメ令嬢とも呼んでいたそうですが?」

「そ、そそその事もお許し頂ければ幸いでございます……こ、国王陛下は『この縁談を受けてくれるなら、王国の半分をさし出しても構わない』と」

「エレノアならそんなもの、実力でぶんどれるわい」

「まったくですわ」

「そ、それはご容赦下さい……」


 お父様とお母様はさんざん使者をいびり倒した後、私に聞いてくる。


「エレノア、どうする?」

「謹んでお受けいたします」

「……エレノアは、それでいいの?」

「はい」

「ありがとうございます! ありがとうございます!!」


 夢で断罪と没落を繰り返した私には、アルバート殿下に対する恋慕は無い。

 しかし……それを言ったところで王国が混乱するだけだろう。

 貴族は王国から特権を認められ、王国の繁栄に寄与する責任を持つ。

 特権は使うが責任は取らないなど論外だ。


 これも貴族の責任。

 仕方が無いことですわ……ですけれど……


 私はお父様とお母様に見えないように、諦めのため息をつく。



 ステキな恋が、してみたかったですわ……

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