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1.ベッドで目覚めるって、素晴らしいわ

「侯爵令嬢エレノア・バルディール。お前との婚約を破棄する!」


 ある日、私は夢を見た。

 それは普通の夢とは違う、一夜に何千何万と見る膨大な夢。

 始まっては終わり、そしてまた始まり……いくつもの夢を同時に見るという不思議で理不尽な夢。

 始まりは常に同じだが、終わりはどれも違う夢。

 しかし、どの夢でも変わらない事が一つある。

 どの夢でも私、エレノア・バルディールとバルディール侯爵家は断罪されて没落するのだ……




「エレノア様、朝食の時間でございます」

「……ベッドで目覚めるって、素晴らしいわ」


 目が覚めた私はメイドのカレンに返事をして、寝たまま自分の手を眺めた。

 十六歳だった夢の私とまるで違う、小さな身体。

 それはそうだろう。

 私、エレノア・バルディールはまだ五歳なのだから。


「私は幸せね。カレン」

「ど、どうしましたかエレノア様? どこか痛いのですか? 昨夜はずっと良くお眠りになられていましたのに」


 夢でも没落を何万回も繰り返すとふかふかベッドの素晴らしさに涙が溢れる。

 慌てるカレンに首を振り、私はカレンに聞いてみる。


「ねえ、カレン」

「な、何でございましょう、エレノア様」

「三×三は、九?」

「はい」

「六×六は三十六、九×九は八十一、十二×十二は百四十四?」

「エレノア様、掛け算をいつお学びになられたのですか?」

「sin30°は0.5?」

「それは、暗号ですか?」

「三角関数よ」


 夢で得た知識、掛け算全問正解。

 カレンが知らない三角関数はお父様にでも聞いてみましょう。

 学んだ事の無い掛け算の答え合わせをした私はベッドから飛び起き、カレンが用意した服に着替えた。

 昨日までは着替える際にあの服がいいこの服がいいと騒いだものだが、今日はそんな気も起こらない。

 すべてが素晴らしいと思うからだ。


「エレノア様、今日はお召し物をお選びにならないのですか?」

「大人になりましたから」

「はぁ……」


 五歳の私に首を傾げるカレン。

 自分でも奇妙な事を言っていますねと、私もそろって首を傾げる。


 ……なんか一夜でずいぶん大人になった気がしますわ。


 記憶に残る何万もの夢。

 夢だって頭にはっきり残って事実と変わらなければ経験と同じ。


 きっと私は一夜にして何年もの時を過ごしてしまったのです……


 私はそんな事を考えながら私が朝食の席につく。

 お父様のゴルド・バルディール侯爵は皆の顔を見回して、暗い顔で呟いた。


「……昨夜、我がバルディール侯爵家が没落する夢を見た」

「あら、あなたもですの?」

「僕もです。父上」

「旦那様、私もでございます」


 お父様の言葉にサリアお母様が頷き、弟のグレンも頷く。

 そして執事のリチャードもメイド達も頷く。

 見ていないのはカレンのような昨夜寝ていない夜番だけだ。

 侯爵家の皆、没落夢を見る。

 妙な話だ。


「エレノアは……見たのか?」


 暗い顔で、お父様が私に聞いてくる。

 見ました。ものすごくたくさん見ました。

 私は頷き、お父様に言った。


「アルバート王太子殿下と婚約しておりました……夢の終わりに破棄されますが」

「……今のところアルバート殿下との婚約の話は無い。夢はやはり夢か」


 アルバート殿下は私と同じ五歳。

 貴族や王家にとって結婚は重要な政治の手段。殿下の妃の座をめぐって有力貴族達が駆け引きの真っ最中だ。

 夢のようにホイホイと決まるものではない。


「そうですわね。やっぱり夢は夢ですよあなた」

「そ、そうですよね……良かった」


 お父様は頷き、お母様が笑い、グレンが安堵の息を吐く。

 夢とはいえ侯爵家が没落するなど穏やかではない。

 皆、たまたま同じ夢を見たと思いたいのだ。


「よし、これは夢だ。我が侯爵家はこれからも安泰。はっはっは」

「ところでお父様、sin30°は0.5ですか?」

「なぜ三角関数? しかも正解!」


 五歳の私、学んでもいない三角関数をお父様に聞く。

 皆で夢だと決めた直後に夢と現実とのすり合わせ。

 すみませんお父様。空気が読めない娘をお許し下さい。

 お父様はしばらく苦い顔をしていたがそこは侯爵家当主。

 この程度の事でへこんでいてはえげつない貴族社会ではあっという間に廃人だ。

 お父様は宮廷で笑い話にしようと呟くと、ネタの収集を始めた。


「ところでエレノア、どういういきさつで婚約となったのだ? 私の夢では陛下も殿下もお前もだんまりでなぁ」


 夢では陛下と殿下に口止めされていたが、夢だからまあいいだろう。

 私はお父様に言った。


「『国王陛下はデベソであらせられる』と、アルバート殿下が口を滑らせまして」

「「「デベソ?」」」


 皆が首を傾げる。


「それを知った国王陛下が口封じに婚約を」

「「「口封じで婚約!」」」


 私の夢に朝食の場が笑いに包まれる。

 デベソだ。婚約破棄されるとはいえデベソで将来の王妃。

 なかなかはっちゃけた夢である。

 お父様は皆としばらく笑った後、言った。


「ふむ、ここは私の見事なデベソで笑い話にしてやろう。夢の中だけとは思うが万が一にもデベソで国が乱れては困るからな」

「まあ、あなたったら……ステキ」


 え? お父様、デベソだったのですか?

 そしてお母様、デベソラブなんですね。


 朝食を済ませたお父様は笑いながら宮廷へと出かけていく。

 そして、夕食。


「……陛下に夢の話をして私のデベソを晒したら、師匠と叫ばれ拝まれた」

「「「師匠!」」」


 どうやら陛下、夢の通りデベソであらせられたらしい。

 そして宮廷でデベソを晒すお父様、すごい。

 ひた隠しにしてきた陛下には、お父様のデベソが輝いて見えた事だろう。


「エレノア」

「はい」

「近日中にアルバート殿下との婚約が決まる」

「「「まさかの正夢!」」」


 侯爵家の夕食の場に驚愕が走る。


 ホイホイと婚約が決まりました……!


 夢と同じくデベソで将来の王妃。

 それでいいのかアルバート殿下と私は首を傾げるが、お父様はご機嫌だ。


「いやー、エレノアからデベソの話を聞いておいて良かった。宮廷に行ってみれば皆がギスギスしていてなぁ。どうやらあの夢、陛下も皆も見ていたらしい」

「「「ええっ?」」」


 お父様の言葉にまた驚愕する私達。


「陛下が鋭い眼光を放ちながら腹のあたりをさすっているのでもしやと思い、『夢で没落はご容赦下さいませーっ』と一肌脱いだという訳だ」

「あなた、ステキ!」

「はっはっは」


 お父様のデベソ、このラステリント王国とバルディール侯爵家を救う。

 お父様の話によれば陛下や貴族はおろか宮廷の誰もが夢を見ていたらしい。

 夢で生じた疑心暗鬼を、お父様は笑い話に変えたのだ。

 お母様がラブなデベソで。


「エレノア、お前には将来の王妃にふさわしい教育をせねばならん。これから忙しくなるぞ」

「エレノア、頑張ってね」

「すごいです姉さん!」

「……はい」


 お父様とお母様は満面の笑み。

 弟のグレンは幼く無垢な尊敬の眼差し。

 そんな皆に私は頷いたが、皆のように脳天気ではいられない。


 ……都合の悪い事だけを夢と捨てる事は無理なのではないでしょうか?


 陛下のデベソが現実なら彼女も、『聖女』も現実なのではないか?

 と、思ったからだ。

 そして私が思った通り、一週間経っても婚約の使者は……来なかった。


「……陛下から『申し訳ありません師匠!』と土下座された」

「「「……」」」


 陛下、デベソフライング。


 先走りなさいましたね陛下……


 と、私は心の中でため息をつく。

 多くの有力貴族が王家との強いつながりを求め、今は幼い殿下との婚約を狙っているのだ。デベソで決められてはたまったものではないだろう。

 彼らはデベソが正夢であるならばと、夢で陛下に待ったをかけたのだ。

 夢の中心、『聖女』と私の対立を持ち出して。

 王国全土で夢を見る事一週間。

 現実と奇妙に重なった謎の夢は、今や貴族の権力争いの道具だ。


「ぬか喜びさせてすまない。エレノア」

「いえ、べつに」

「……エレノア、割り切ってるなぁ」

「数えるのもバカらしいほど婚約破棄されていますから」


 万を超える婚約破棄を言い渡された私にとっては何をいまさら。

 五歳にして婚約に未練も執着も無い私をお父様は心配げに見つめ、聞いてきた。


「しかし聖女か。私はよく知らないのだがエレノアは近くにいたのだろう? 一体どんな者なのだ?」

「姉さん、僕も聞きたいです」


 お父様に便乗するように弟のグレンも私に聞いてくる。


「……お父様もグレンも大体のところはご存じと思いますが」

「私の夢とは違うかもしれないからな。むしろ違うと思いたい」

「僕もです、姉さん」


 二人の問いには確認の意味があるのだろう。

 聖女との夢接点が一番多いであろう私は頷き、皆に説明を始める。


「彼女は王立魔法学園の学生となる事を特別に許された唯一の平民です。入学後に才能を開花させ、三年後に現れる怪物『紅玉竜』を倒し『救国の聖女』として新たな王国の象徴となるのです」

「紅玉竜……ルビーレッドだな」

「はい」


 夢に出て来るのが聖女だけなら陛下もゴリ押しデベソで婚約を決めた事だろう。

 しかし王国を滅ぼす怪物『紅玉竜』は実在する。

 紅玉竜ルビーレッド。

 ルビーのように赤くきらめく鱗を持つ巨大な竜だ。

 五歳の私でも知っている怪物トップクラスの超ビッグネーム。私達人族と大陸を二分する怪物達の頂点たる竜の一体。

 怪物が住む地とこの王国、ラステリント王国の間にはいくつも国が存在するが、紅玉竜ならひとっ飛び。

 紅玉竜が配下と共に攻め込んでくれば王国が滅ぼされてもおかしくない。

 これを倒すのが『聖女』。

 だから陛下もゴリ押しデベソは出来なかったのだ。


「学園で聖女を守り、やがては結ばれる男性は三人。第一王子のアルバート王太子殿下、第二王子のダニエル王子殿下、そして弟のグレン。結ばれる割合は五割、三割、二割といったところでしょうか。どうかしらグレン?」

「その通りです。僕は姉さんとは違って、結ばれなければ聖女の近くにいる事はありませんが……」


 そんな聖女を学園の貴族達……主に私ですが……から守るのは王家の二人と私の弟のグレンの三人。

 彼らは学園での貴族達の振る舞いから聖女を守り、聖女はその庇護のもとで才能を開花させ、守り抜いた者と共に紅玉竜を倒すのだ。

 私は話を続けた。


「聖女が誰と結ばれるかは夢によって変わりますが、誰と結ばれても例外なくバルディール侯爵家は没落します」

「ご、ごめんなさい父上、母上……」

「夢だから仕方無い」

「あなたが謝る事ではありませんわ。グレン」


 泣きそうな顔で謝るグレンをお父様とお母様がなぐさめる。

 王家の二人と結ばれる夢では私の振る舞いを理由に侯爵家は断罪されて没落し、弟グレンと結ばれる夢では侯爵領を紅玉竜に不毛の荒野にされて没落する。

 この夢、バルディール侯爵家に恨みでもあるのか? 状態だ。

 お父様が聞いてくる。


「聖女がそれらの者と結ばれなかった場合は?」

「紅玉竜によって王国が滅びます」

「聖女が三年を待たずして貴族の振る舞いに屈し退学した場合は?」

「それも紅玉竜によって王国が滅びます」

「お前の夢でも、八方塞がりなのか」

「どの夢でも死者は出ないのが、不幸中の幸いですね」

「紅玉竜すら死なないのだからなぁ。まったく、妙なところで甘い夢だ……」


 自分の見た夢と同じだったからだろう、私の答えにお父様が頭を抱える。

 侯爵家が没落するか、王国が滅びるか。

 私達バルディール侯爵家にとっては救いのない二者択一。

 ただの夢だったら……と、思わずにはいられない超絶理不尽が平民出身の聖女の身の振り方一つで決まる。

 まさに夢の中心。

 王家も貴族達も頭を抱えているだろう。

 お父様は長いため息をつくと、疲れた目で私に聞いてくる。


「さすがは夢の中心。デタラメだな……名は?」

「夢によって変わります」

「顔は? 容姿は? 人柄は?」

「それも夢によって変わります」

「出身は?」

「それも夢によって変わります」

「……」

「そういえば、侯爵領のビワ湖畔の町の出身だった事がありましたね」

「……そんな湖、我が侯爵領には存在しないぞ」


 はぁぁあああぁぁぁぁ……

 お父様がまた、長いため息をついた。

 夢の聖女、今は誰かもわからない。

 アリス、マリア、アルトリア、ジャンヌ、ソフィア、ヒミコ……夢のたびに違う名前となって現れる。

 そして出身、容姿、人柄といった個人を特定できる全てが夢のたびにコロコロ変わるのだ。

 平民である事以外は全て夢のたびに変わる。

 こんな存在は夢の中でも聖女だけ。

 おかげで貴族達が大騒ぎだ。

 周囲を振り回しながら中心は不気味に静か。

 夢の中心、台風の目のごとく。


「で、エレノアは聖女に何をしたんだ?」

「いえ、特に……普通に貴族として平民に振る舞っていただけですが」

「え? それで侯爵家だけが没落するの?」

「はい」


 侯爵家だけが没落する理由はまだわからない。

 お父様は腕を組んでしばらく考えると、私とグレンに言った。


「とにかくバルディール侯爵家が没落しない手段を探さねばならん。エレノア、グレン、お前達は夢で可能な限り聖女につきまとって情報を集めてくれ」

「頼みましたよエレノア、グレン」

「「はい」」


 お父様とお母様の言葉に私とグレンが頷く。


 ……夢の中で探ってくれとか、なかなかの無茶ぶりですね。


 と、思う私だがこのままでは侯爵家が危ない。

 今さら夢オチは不可能。

 夢のデベソが事実ならば聖女も紅玉竜の侵略も没落も事実かもしれないのだ。

 一度出したデベソはひっこめられない。

 デベソで笑った侯爵家、デベソに泣く。

 そして皆で没落から逃れようと夢を見る事一週間、事態は悪い方に転がった。


「今日、私は大臣の職を解かれた……」

「あなた……」


 バルディール侯爵家、夢のせいで宮廷無職になる。


「エレノア、グレン……侯爵家を没落から救う方法は見つかったか?」

「……いいえ」

「僕もです……」


 そして夢で何とかしようとするムチャぶり、やっぱりムチャ。

 夢とはままならぬもの。

 どうにかしたいと思ってどうにか出来るものでもない。

 他の貴族達も情報を集めていたのだろう、夢では私の取り巻き貴族がやたらと増えたが没落回避にはまるで役立たずだ。


「……聖女の手がかりは?」

「さっぱりです」

「ぼ、僕もです……ごめんなさい」


 とどめに聖女の手がかり、さっぱり。

 私とグレンの返事にお父様は今日も頭を抱えた。


「すまぬ! 私のデベソのせいですまぬ!」

「あなたのデベソのせいではありませんわ! それが無ければ陛下も庇ってはくださいませんでしたわ!」


 貴族の序列はよほどの事が無い限り変わらない。

 建国の功、戦の功、政治の功、有力貴族や王族との血縁、そして金。

 その中に最近、夢が増えた。

 建国より三百年。

 今や平和で変化のない王国において、夢は下級貴族の出世のチャンス。

 そして有力貴族にとっては他の有力貴族を蹴落とし権力を拡大するチャンス。彼らは下級貴族を煽動し、バルディール侯爵家から権力を奪いにかかったのだ。

 陛下がお父様をデベソ師匠と崇めていても貴族達の総意には逆らえない。

 かくして建国の功から侯爵家となり三百年、代々要職に就いていたバルディール侯爵家は初めての宮廷無職となってしまった。

 夢で増えた私の取り巻きも、聖女をネタに侯爵家を追い落とそうとしている者達。


 夢の取り巻きが役に立たないのも当然ですわね……


 と、貴族社会のえげつなさに五歳の私も呆れるばかりだ。


「有力貴族は我が侯爵家の権力の切り崩しを始めた。そして下級貴族は悪役令嬢から聖女を救え、これぞアメリカンドリームだと宮廷で大騒ぎだ……」


 お父様は呟き、首を傾げて聞いてきた。


「ところでエレノア、悪役令嬢って何だ?」

「さあ? 聖女が私をそう呼ぶ事があるのですが意味はさっぱり」


 悪の令嬢ならとにかく、悪『役』とは一体どういう事なのでしょうか?


「そしてエレノア、アメリカンって何だ?」

「さあ……聖女は時々、よく分からない独り言を呟くのです」

「僕にも、わかりません」


 私もグレンも首を傾げる。

 悪役令嬢、そしてアメリカン。

 どちらも聖女の独り言に出て来た言葉だ。

 その意味はよく分からないが、とにかく宮廷はすごい熱気。

 これで聖女が現れたらどこまで暴走するかわかったものではない。


 ですが……現れないでしょうね。


 私はお父様に聞いてみた。


「それでお父様、聖女を見つけた方はいらっしゃいましたか?」

「今のところは誰も聖女を見つけ出してはいない。それだけが唯一の救いだな」


 私の予想通り、聖女はまだ現れず。

 王国では貴族も平民も誰が聖女なのかと大騒ぎだ。

 しかし、現れないだろう。

 というか私が聖女なら絶対に名乗り出ない。

 貴族と平民との間には大きな身分格差が存在する。才能を開花させた後ならともかく、ただの子供でしかない今ならやりたい放題だ。

 そして夢のように、才能を開花させるとは限らない。

 私が夢で大人になったのならば、聖女もきっと夢で大人になっている。

 そのくらい聖女にもわかっているだろう。

 私はお父様に言った。


「大丈夫ですわお父様。聖女はおそらく現れません」

「……本当か?」

「はい。私達は引き続き、没落を回避する道を探しましょう」

「そうか……そうだな。自らの道は自力で切り開かねばな」


 聖女は現れない。

 少なくとも才能を開花させるまでは……あと、目先のエサに食い付くバカじゃなければ。

 そして、さらに一週間。

 聖女は現れないという私の予想は外れた……いや、予想の斜め上に進展した。


「貴族連中が『実はうちの娘が聖女だった』と聖女を大量に連れてきた」

「……夢で取り巻きが減ったと思ったら、そういう事でしたか」


 年頃の娘を持つ貴族達、自分の娘を聖女にする。

 取り巻きが減ったのは他の貴族達に突っ込まれないために隠れたからだろう。

 私の取り巻きにいないからうちの娘が聖女。

 さすが貴族。えげつない。


「お父様、平民設定はどこに行ったのでしょう?」

「夢を見る度に設定が変わる聖女だから、平民もアテにならんと主張している」


 夢での聖女のあやふやさを毎回決まっている平民設定にも当てはめたのだ。

 さすが貴族。出世の為なら何でもかんでもねじ曲げる。


「それで年頃のご令嬢を持たない貴族の方々は、納得しましたか?」

「する訳がないだろう。そいつらは金で集めた平民を聖女として連れて来た。今や宮廷はアホ共が連れてきた聖女でいっぱいだ」


 はたから見れば馬鹿馬鹿しい事この上ない。

 平民の中に隠れているだろう聖女も呆れているに違いない。

 さすが貴族。目的の為なら手段を選ばない。


「お父様、実は私が聖女だった……とか、ご主張なさいませんよね?」

「当然だ。お前は聖女と対立する悪役令嬢と確定しているのだからな」

「領民から聖女を募集なさいませんよね?」

「そんな事をしたら聖女が対立する侯爵家に名乗り出る訳が無いと貴族から総ツッコミを受けるぞ」


 そして、さすが悪役令嬢エレノア・バルディール。

 夢で増えたり減ったりする取り巻きとは格が違う。

 全ての夢の始まりから終わりまで聖女と対峙する圧倒的存在感だ。


「それにバルディール侯爵家には聖女と結ばれるグレンがいるからな。お前が聖女だったら実の弟であるグレンと結ばれる事になってしまうぞ」

「……シャクレガー」

「?」


 私の呟きにお父様が首を傾げる。


「魔法には血統が大事だという授業を受けた際、聖女がそのような独り言を呟いておりました」

「近親婚という事か? 確かに血統は重要だが、血が濃ければ良い訳でもない」


 この世界の魔法はよく織物に例えられる。

 色とりどりの糸を巧みに織り上げ美しい模様を作る。それが魔法。

 血統はあくまで織物を作り上げる糸。

 色がかたよれば模様の幅が狭まるし、同じ色しかなければ模様を失う。

 過ぎたるは及ばざるがごとしだ。


 そうですわ。魔法です魔力です……


 私はお父様に聞いてみた。


「しかし聖女であるなら王立魔法学園に特別入学できるだけの魔力がなければなりません。そんな四、五歳の子供がそんなにゴロゴロいるとは思えませんが」

「いや、それが……それなりどころではないのだ」

「はい?」

「アホ共が連れてきた聖女達は皆、魔力がデタラメに強いのだ。四歳や五歳という幼さなのに熟練の魔法使いを圧倒する程にな」

「……は?」


 どうやら名乗り出た皆、デタラメな魔力を持つらしい。

 聖女も才能が開花したのは学園入学後なのに四、五歳でベテラン圧倒。

 事実は小説よりも奇なり。夢よりも現実がデタラメだ。


「それで、陛下は何と?」

「『わけわからん。聖女同士で戦い勝者を聖女とする』……と」


 聖女バトルロイヤルですか?

 さすがの陛下も匙を投げたらしい。ぶん投げっぷり半端無い。


「そして、その前に予選をするそうだ」

「予選? 聖女試験ですか?」

「そんな大層なもんじゃない。夢の聖女の発言を問う聖女クイズだ」


 聖女バトルロイヤル予選は聖女クイズ。筆記試験だ。


「聖女クイズの問題は聖女に近い者、アルバート殿下とダニエル殿下が問題を作成なされるらしい」


 クイズ問題作成者、五割殿下と三割殿下。


「そして我がバルディール侯爵家もお呼びがかかった。聖女が悪役令嬢に負けるなど論外だと、エレノアとグレンに実技予選を命じるそうだ」

「ええっ? ぼ、僕もですか?」


 そしてバルディール侯爵家、実技予選担当。


「お父様、私はともかくグレンは二割とはいえ聖女と結ばれる側です。なぜ私と一緒に実技予選を?」

「夢の通りなら聖女は王国を救う『救国の聖女』。王家の者と結ばれるのが筋だろう……とな」

「つまり、聖女のグレンに対する第一印象を悪くするために、実技試験担当なのですね?」

「そうだ」


 バルディール侯爵家と聖女の縁は徹底して潰す。

 うちにはとことん冷や飯食わせるつもりらしい。

 貴族のみならず王家も侯爵家を蹴落とす気マンマンだ。


「しかし我が侯爵家も黙ってやられるつもりはない! 今から魔法の特訓だ!」

「エレノア、そしてグレン。エセ聖女達をこてんぱんに叩き潰し、アホ貴族達の面子を完膚なきまでに叩きのめすのです!」

「二人共、夢でも鍛錬を怠るなよ!」


 しかしお父様とお母様も貴族。

 殴られたら殴り返せ。やられっぱなしになるつもりなどさらさらない。

 そして私もグレンも夢で没落するつもりはない。

 没落は夢だけでけっこう。

 私とグレンは侯爵家お抱え魔法使いに指導を受け、夢では聖女と関わる合間を縫って魔法の訓練を何万回と繰り返す。

 そして一週間後、聖女試験当日。

 私とグレンはお父様と共に宮廷に乗り込んだ。

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