096『報告、新たな案件』
下っぱの団員は、教団がこの腐った世界を変えてくれると信じていた。だから一生懸命尽くしてきたのだろう。
しかしそれが呪竜やスタンピートを起こすためだと知って困惑していた。
天災と並んで人類を恐怖に陥れる大事件。その厄災に自分が関わっている事実を、認めたくは無かったのだろう。
殆どの団員が教団を抜け、イオの避難所へと移っていった。
彼らも辛い過去を背負っているのは間違いないが、関係の無い人間に自分と同じような思いをさせたいとは思っていないのだ。
それでも、役職持ちの大半は頑なにその地位を手放そうとはしなかった。
「これはこれで、拷問でもして情報を引き出しますよ」
クロネの部下、黒服のオーレンは慣れたようにそういうと、あとの作業を担うために離れていった。
「トキ君、お疲れさま」
ラスティが大きめのタオルと、着替えを持ってきてくれた。
まるで部活のマネージャーだ。
水浸しになっていた服を絞って身体を拭くと、残りは風魔法で一気に乾かしてくれた。
身体の回りを竜巻のように風が回り、水気を吹き飛ばして行く。パンツの中までカラカラになるとは、魔法は便利だな。
ただ、巻き上げられてツンツンになった頭だけは、手で撫で下ろしながらセットする必要はあるらしい。
「トキヒコ、くつろいでいる暇はなさそうだ」
着替えて戻ってきた俺に、タブラが話しかけてくる。
作戦は大成功、しかしその声にはあまり喜びを感じなかった。
「労いの言葉が欲しいところですね」
「すまないな、それはあとで改めて」
「冗談ですよ、むしろそんなことよりも困った事が起こったんでしょう?」
ツーカーとまではいかないが、少しはタブラの顔色も把握出きるようになってきている自分がいる。
話が早いとばかりに、タブラは早速切り出した。
「北のタイガ地域にある村で異変が起こっている。以前から話が上がっていたんだが、どうやら教団が関わっているようなんだ」
「北のタイガ地帯?」
「人間が多く暮らしているのがこの東のイーストだ。北のノースは主に幻獣たちが暮らしている。そのなかでも広大な森林が広がる地域をタイガ地方と呼んでいるんだ」
「幻獣と、教団か……そういえばユニコーンの角を施設の動力に使ってましたね」
「まさにそれだ。私の知り合いの領主からの情報なんだが、幻獣が乱獲される事件が頻発しているということだ」
乱獲の理由は当然、魔法の素材を違法に集めているということだろう。
本来であれば、ギルドを通して「換金」して貰う決まりになっているが、誰がどれだけの魔物を倒したかを管理されるだけでなく、解体や換金費用で中抜きをされるため、教団でなくても時々起こる事件と言える。
「ユニコーンを狩るとなると、かなりの準備が必要になるはずだ、戦闘に特化したメンバーはほとんどそちら側に裂かれていたんだろう」
確かに今回のミッションでは、苦戦するような相手はいなかった。
「ユニコーンのレベルっていくつくらいなんですか?」
「そうだね60くらいだろうか、個体差にもよるが、同じレベルのハンターでも一人では対処できない事が多いよ、ユニコーンは素早い上に死角も少ないからね」
「うへぇ、そんなユニコーンを倒せるような敵に当たらなくてよかったですよ」
「しかし、いまからそいつを叩きに行こうって話をしているつもりなんだがな」
「まぁそうでしょうね」
今回はタブラにも戦ってほしい。
なにせ彼は伝説のパーティーのメンバーなんだから、俺が行っても足手まといになりそうなくらい強いはずだ。
「しかし、これがうまく行くのであれば、教団の物理攻撃と魔法攻撃の要になる補給線を完全に絶つことができる」
「確かに」
「ともかく、今回の古代兵器の運用状態と、敵さんの被害について報告してくれないか?」
俺はこの施設の底で水没している火薬の量を思い出しながら報告を開始する。
他の者には噛み砕いてタブラが伝えてくれるだろうし、取り敢えず思ったままを説明することにした。
「まず今回の被害状況については、かなりの大打撃になったと思います。火薬については、中身を全て確かめることはできませんでしたが、希少品として考えると、かなりの時間をかけて集めた量だと思います」
「荷物として持って出てきたものはこちらで押さえている。クロネなら悪用はしないし、口も固い」
「武器への昇華は思った通り低い水準でした」
「というと?」
「俺がいた国で言うところの火縄銃や、マスケットと呼ばれる形式で、単発の先込め銃しか無かったように見えました」
「どんな感じなんだ?」
「筒に火薬と玉を詰め込んで、押し固めておき、火薬に着火することで発射する形式なので、一発打つと次に発射するまで20秒程度のタイムロスがあります」
「2行詠唱程度の時間が掛かると言うことか、それなら付け入る隙はあるな」
「しかし、昔の武将は何重にも鉄砲隊を重ね、撃ったら交代し玉を込めるという作戦で、戦果をあげたという話もあるので油断はできません」
「確かに、しかしそれは魔法も同じだよ。大規模交戦ではそういった戦略も必要だろう」
「また、接近戦においても、筒の中に小さな屑鉄などを詰め込み、放射状に発射する武器も考える事ができるので、油断はできません」
「なかなか汎用性が高いのだな」
「はい、シンプルな構造ゆえに使い方は様々です。あと、大砲もありましたよ。大量の火薬で、大きな玉を飛ばす機構です」
「貴重品をたくさん使うだけの威力はあるんだろ?」
「そうですね、もしかしたらジョロモ程度の城門であれば一発で穴が空くかもしれません」
「本当か? それは戦略にだいぶ修正がいるな」
「前回のスタンピート、もし教団が魔物に紛れて交戦してきていたら街も落とされていたかも知れませんね」
「秘密裏に動こうとしたのが裏目に出たか、あの編成だったらとたかをくくったのか……いずれにしろ命拾いしたということか」
俺たち二人の考察合戦はとどまることを知らずに、繰り広げられる。近くに誰かがいても口を挟む隙すら無かっただろう。
その雰囲気に、急にタブラが笑い始めた。
「フフフ、いや、すまん。こんなに他人と気兼ね無く同レベルで話ができるというのは、久しぶりでね」
「軽く回りをバカにしてます?」
俺だって古代の知識以外では、彼の知らないものを提供できる程明るくない。
「バカにはしていない。しかし、楽しいと思うこともあまり無いかな」
俺と話していると、彼の知識欲が満たされるのだろう。
「昔は孤独でね。誰とも話すこともなく500年程度引き込もって居たんだ」
「大神災以降ってことですか?」
「いや、その前からだ。世界に神が降り立った日、私もこの世界に目覚めていた」
それは初耳だ。
だったら戦闘機や戦車のような近代兵器を知っていても良さそうなものだけど。
「過去の文明については覚えてないんですか?」
「それが、当時は生まれたばかりで記憶が曖昧だったし、人間に対して興味も無かったんだ」
タブラはそれをさも残念そうに言う。
「大神災には巻き込まれなかったんですか?」
「そりゃぁ巻き込まれたさ。しかし実体があった訳じゃないからね、何ともなかったよ」
以前彼は「魔力の塊が意思を持ったもの」と自分を表現していたが、それが故なのだろう。
「私が人間に興味を持ったのは最近だ。20年前くらいだろうか」
「500年と比べたら本当に最近ですね。急ですがきっかけがあったんですか?」
タブラは自分の胸に親指を当てながらこういった。
「この体の持ち主、錆釘と出会ったからだ」
俺は、タブラの知られざる過去が気になっていた。
しかし、聞くことはなかった。
いつかこうして自然と語れる関係になりたいと思っていたから。
だからこそ嬉々として自分語りを、はじめるタブラを見て嬉しく感じるのだった。