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095話『水攻め』

 ーーゴゴゴゴゴ


 地鳴りのような音が響いてくる。

「きたぞ、みんな下がっててくれ」


 俺は既に、スリーヴァのローブに着替えている。

 入り口は押さえた、後はタブラが引いてきた水と一緒に施設内に乗り込むだけだ。

 俺以外のメンバーは、外で待機。

 教団員が出てきたら捕縛していく。


「さぁ、来たか」

 足元に水が押し寄せてくる。

 俺はその水にわざと流されるように、入り口に入った。

 ここも他と同じく、螺旋状にスロープが続いている。何の引っ掛かりもなく、スライダーのように押し流されてゆく。


 あっという間に最下層まで滑り降りてきた。

 降りながらその形状を把握したが、ここは農場試験場に使っていた施設よりも少し狭いようだ。


 部屋数は200というところか。

 それでも三ヶ月程度しか稼働していなかったあの施設よりは、人員は充実しているようだ。

 部屋から出てあわてふためいている団員がわんさか居た。


 最下層、やはり大きな部屋になっているのだが、その扉は閉まっている。

 護衛だろうか、10人程度の役職持ちが扉を守っていた。


 俺は溺れそうなふりをしながら叫ぶ。

「助けてくれ! 入り口から大量の水が押し寄せてくる!」


 説明など必要ないほど、上の階からどんどん水が流れてきていた。こんな狭い空間では、すぐに水で埋まってしまうに違いない。


「どうするんだ! このままここを放棄しても良いのか!」

「しかし、間に合うわけがないだろ、運び出すつもりか全部!」

「全部は無理でも一部だけでも……」


 かなり揉めているようだが。

 俺が敵だとは思って居ないみたいだ。


「何を揉めてるんですか! こんなところに居たら死んでしまいますよ」

 既に膝まで水が来ているというのに、のんきなものだ。俺の声かけにも動じない。


「少しでも、運び出すぞ!」

 紫のローブを来たおっさんが叫びだした。

 確か、パブロニアクラスの幹部だ。この階級で知っているのは、ガビルと呼ばれた痩せ男くらいしか知らない。かなり上の幹部といって差し支えない。


 彼はそうと決まると、すぐにベルトにかけていた鍵束を取り出し、最下層の扉を開ける。


 膝を越えてきていた水は、一気に大きな部屋に流れ込んだ。足を取られて転ぶものも居る。

 パブロニアのおっさんは、叫び散らしながら部下達に指示を出してゆく。


「そこのお前、立って荷物を運び出すんだ!」

 俺にまで命令してくる。

 しめしめだ。違和感なく中に入ることができるじゃないか。


 中にはいると、そこは完全に倉庫になっていた。

 足場を組み、天井近くまで積み上げてある。


「これが全部……武器なのか!」

 驚嘆の声を漏らすが、みな必死で聞こえてはいない。


 俺は指示を出す紫のおっさんに近づき質問した。

「どれを持ち出せば良いんですか。俺まだここの拠点に来たばっかりなんで……」


 おっさんは俺を見ながら。

「そう言えば見かけん顔だな、とりあえず今はいい。そこの荷物を持てるだけ持て」


 指示された先へ走って行くと、みかん箱程度の大きさの荷物が積んである。

 持つとずしっと重い。火薬かもしれない。


「10kgってとこか、これ全部火薬だとしたらトン単位でだぞ……」

 実際はわからない、他の物質かもしれないが、そうだとしてもたくさんの素材を、戦いのために備蓄しているというのは間違いない。

 まともに戦えばどれだけの被害が出ただろう。


 俺は隙を見て奥の棚も見に行った。

「これは、大砲か」

 確かに、火薬さえあればこの程度の簡単な機構は用意できるだろう。大砲の玉もいくつも転がっている。

 さすがにこいつは持って上がるわけにはいかないか。


 その後も火縄銃など簡単な仕掛けの武器を見つけることができた。

 この教団の技術には、ライフリングや薬莢付きの弾丸等の難しい技術は出来上がっていないようだ。


 しかし、戦国時代よろしく数で攻められると、なかなかに厄介な相手になってくるだろう。


 特にこの世界の魔法は、属性に対しての対応は魔法で出来るのだが、物理攻撃に対しては魔法での防御が得意じゃない。

 やはり物理攻撃には基本的に物理防御しかない。

 天使に対してもこれは有効だろう。


 あたりを見回すと、必死で教団員が荷物を運び出している。


「持てますか、そんなに?」

 近くの教団員につい声をかける。

 原因自分なんだけど……その必死さに引いてしまう。


「これが、これがないと天使とは戦えないんだ!」


 先ほど俺が持ったミカン箱くらいの大きさの箱を背中に2つ、お腹のあたりで2つ抱えていた。

 ひとつ10kg以上はあったと思うのだが……体を流れる魔素のお陰で、現代人は昔よりかなり力持ちなのだが。

 このままあの螺旋の坂を、水圧に負けずに上がる事なんて出来るのだろうか?


「無理ですよ、俺が半分持ちます」

 俺はそいつの抱えている荷物を取り上げる。このまま行かせても上までは上がれないだろう。間に合わなかったら死んでしまうかもしれない。


 しかし、そいつは別の箱を二つ手に取ると、抱えて歩き始めた。


「おい待てって、無理だって!」


 俺は去っていくそいつの腕を掴んだ。

 荷物が彼の手から滑り落ちると、彼はこちらを振り向き、睨んで来た。


 その目に、俺は怯んだ。


 怒りが、目から溢れていた。

 この状況の不安や焦り以上の怒りが。


 青いローブを纏ったその男は、絞り出すように声を出す。


「これがなきゃ、あいつらとは戦えねえんだ!」


 立ち上がると、別の箱を棚から取り出し、また抱えて歩いていく。


 どれだけの想いでここに居るのだろうか?


 人間の世界を取り戻すために戦うもの、天使に恨みを持ち仇なそうとするもの。色々な目的でここに掃きだまっている者達だ。


 俺自身、彼らが間違っているとも思っていない。この自由な世界だ。彼らが彼らなりの矜持で好きに生きれば良いと思う。


 ただ俺は自分の身の回りの人たちだけでも守りたい。

 そのために、手段を選ばない彼らのやり方に対抗しているだけだ。

 所詮エゴとエゴのぶつかり合い。答えなんてない。


 しかし、荷物を抱え去っていく男の後ろ姿を見て、彼にとってこの武器がどれだけ大事なものなのかを考えてしまう。

 俺の大切なものを守るために、彼の大切なものを失わせるという行為に果たして正当性があるのかと。


 足場まで使って高く積み上げられた、彼らの希望。

 俺の心にチクチクと刺さり続ける。


 こんなとことで油を売っているから、そう感じてしまうのだと、自分をごまかして。

 俺はさっさと、箱をひとつと、マスケット銃みたいなものを2、3本抱えて出口へ急ぐ。



 既に水はくるぶしを越えてきている。

 この広い部屋も直に沈むだろう。彼らの夢と、数年の努力は水の泡と化すのだ。



 螺旋スロープには、止めどなく水が流れ落ちてきており、上の階から怒号や叫び声が聞こえてくる。

 かといって、上れないほどの水流ではない。遠心力で外側を流れているので、円の内側を通れば水流もそう強くなかった。


 これなら逃げ遅れて助からないということもないだろう。


 地上に上がると、速攻で刃物を突きつけられた。

「大人しくついてこい」


 俺の後ろから上がってきた平教団員も同じように遺跡の森の脇に連れていかれる。


「なにやってるんですか、ヤツハシさん」

 ウノが呆れたように、刃物で脅されて連れてこられた俺を見ている。


「や、説明聞いてくんないのよ」


「その人は仲間だ、解放してくれ」


 ウノの一声で、刃物を持った男は俺を解放し、再び入り口の方に戻っていった。


「もう、残っている人間はほとんどいないと思いますが、20人単位で街まで輸送しています」


 確かに、集められた先には馬車が用意してあり、それに教団員を乗せている。


「この人たちはどうなるんだ?」


 俺は黒服を取り仕切る偉そうな奴に声をかけた。


「君が八橋時彦君かな? クロネ様より聞いているよ」

「だったら仲間にも俺の存在を教えといてくださいよ」


 作戦の功労者は元来こんな扱いを受けるべきではないのだ。


「すまない、なにせ昨日の今日だったものでな。現地での顔合わせという形になったんだ」

「地上組だけは仲良しになったってわけですか」


 俺の皮肉に黒服の男は決まりが悪そうにしながら。

「そう、怒らないでくれ、俺はオーレン=マイルド、今回の指示役だ」

 自己紹介をし、握手を求めてくる。

 俺はその握手を受けつつ、作戦の流れを確認する。


「他の施設に関して追っているのか?」


「ああ、紫のローブの男が上がってきた際、地図を見ながら、数人の男と共にどこかに向かうようだったから、うちの部下が追いかけている」


「あいつか」

 パブロニアは、最高司祭のひとつ下の階級で、重要施設に一人といった具合であまり数はいない。

 きっと地下で俺に荷物を運べと命令したおっさんだろう。


 逃げた先でも災難に遇うとも知らずに不憫なことだ。


「他の一般教団員は、一度こちらの施設に預かることにする。その際堕天使教のやっていることの詳細を聞かせ、退団するなら解放、残るものは捕縛という流れになるだろう」


「それで良い、きっと殆どのものが退団すると思う。彼らは天使を憎んでいるとしても、人間に危害を加えたいとは思っていないはずだ」


「荷物は、どうする?」

 オーレンは困った顔で尋ねてくる。

 中身を知っているのであろう、教団員から巻き上げた荷物は、別口で馬車に乗せているようだが。


「この時代にはそぐわないものだし、捨ててしまっても良いんだけど……大部分を失った教団がこれを目当てに姿を見せるかもしれない、こちらで管理しておいて、それとなく情報をばらまいてみるか」


 隠し場所について最初に思い付いたのは、ダルトン家が持っている遺跡だ。ダンジョン化してあり、簡単には入ることはできないだろう。


「では、長旅になるが、オアシスの街まで送ってくれ、ハウスベルグ家とは話が付いてる」


「わかりました、ここでの一件が片付き次第すぐに向かわせます」


 丁寧にお辞儀をするオーレンは、頭を上げると部下に指示をし、作業を続ける。



 この襲撃で教団は失速するだろう。

 また、他のアジトでも襲撃を警戒し守りを固める事で、攻勢に転じるために時間を要するはずだ。その間に内外から教団を細らせて行くのが狙いだ。


 彼らの魔力の供給源、資金源を外部から絶つ。

 内部より、この教団の裏の顔を露見させ、賛同できないものを募っていく。


 狂信者である一部のものを排除できれば、街や世界への驚異ではなくなるはずだ。

 すがりたいものを残しつつ、力を削ぐ。


 その先にあの教主がいる。

 話し合いの土俵に上げるためにも、彼女の絶対的な力を奪い取ることが大事だろう。


 きっと彼女は俺の失われた記憶の鍵を握っているのだ。


 待ってろ、必ず引きずり出してやる!

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