094話『挟撃』
朝から俺たちは早馬を使い、敵の拠点の近くに移動をした。
俺とフィオナちゃん、ウノとラスティにわかれて、拠点を偵察するためだ。
一方、拠点から北に1kmほど進んだところには、ピノとタブラが向かっていた。
ーそなたは竜の化身
身をよじる姿 のたうつ体躯
その偉大さに感謝をしようー
『ドラゴンズリバー』
タブラの魔法で川に支流を作る作戦。
その地面をえぐる巨大な音が、作戦開始の合図代わりになった。
俺たちが観察している拠点の見張りにも、その巨大な音が聞こえたようであわてふためいている。
一人が遺跡の中に報告に行き、もう一人の弓使いは警戒をしながら辺りを見回している。
拠点は、半径50mくらいの、雑木林が途切れた丘に作られていて、古墳のような感じで土が盛り上がっている。
その一部だけがへこんでおり、奥に扉があるという形になっていた。
攻め込めば木々が途切れ、丸見えになる。タイミングが大事になりそうだ。
外に居た警備はふいに、丘を囲む森の一部に向かって何やら指示を飛ばした。
指示された誰かは草木を揺らしながら、音のした方に走っていった。
やはり、警戒は外と内に二段構えになっていたようだ。
こちらが一人になった警備に対して攻勢を仕掛ければ、後ろの見張りから矢が飛んでくるという陣形だ。
とはいえ、今は教主も居ない、特に問題も起きていないタイミングなので、通常警備の範囲内なのだろう。
逆にこれが通常というのであれば、中には知られたくないものを保管しているのではないかと勘繰るに値する。
間を置かずに、残りの警備団員達が扉から出てきた。
武装しており、辺りを警戒しながら音のする方へ歩みを進める。その数6人。
前を歩くのは、毛皮を着た大男。手にはかなりの重さであろうハンマーを持っている。あれで殴られたらプレートアーマーごと中身を凹まされそうだ。
表に立っていた弓使い、身軽そうな剣士が二人。それに魔法使いが二人だろうか。
先行した森の方の警備の数は把握できなかったが、異変に気づき戻ってくる前に、扉の方を処理するか。向こうについてタブラに処理されるだろう。
俺は手信号で敵の陣営をウノに伝える。
だいぶ離れて居るが、彼のスキル《鷹の目》が有れば認識は容易だ。
ーー俺にとってはじめて仕掛ける対人戦になる。
ごくりと唾を飲み込む。
教団内で人に殺気を向けられた時、俺はすくんでしまった。
それは自分の命の危険に対する恐怖であったが、今回は自分からそれを仕掛ける側だ。
もし、殺してしまったら? と心のなかがざわつく。殺しても咎められることはない。ただ、俺自身が道を踏み外しそうな気がして怖い。
そんな俺の手に、フィオナちゃんの手が触れる。
「大丈夫、うまくやりましょう」
俺は震えて居たのだろうか、心を落ち着かせるように、声をかけてくれた。
俺が自分の命の危険に怯えていた、と感じたのかもしれない。
俺が人の命を奪うことに恐怖を抱いている事に気づいたのかもしれない。
もしくはその両方で、フィオナちゃん自身もそう思っているのかもしれない。
「そうだね、大丈夫さ」
お互いの気持ちを確かめることなかったが。
ただお互いを気遣う言葉を投げ合って、俺たちは決心を決めたーー
俺は、草むらから飛び出す。
一瞬遅れてフィオナちゃんもそれに続いた。
もちろん入り口を守っていた6人はこちらに気づく。
50mを走りきる間、それ以外の敵が居ないかを、懸命に探る。
「騒ぎに便乗しようとしたのか、バカめ!」
大きなハンマーを守ったストレンジャーが振りかぶって、走り込む俺にタイミングを合わせてくる。
その一閃は、巨大な獲物と思えないほど早いスピードで地面を砕いた。
俺は避けることに成功したが、ハンマーを中心に2mほどの地面がめくれ上がり、足をとられる。
そこに小柄な女性がスッと顔を出す。
「死んで」
鋭いナイフが受け止めた俺のガントレットと当たり火花が散る。
腹に衝撃を感じて確認すると、もう片方の手に持ったアイスピックの様な武器が、薄いプレートアーマーを貫いている。
下に鎖帷子を着込んでいてよかった、刺さりはしたが殆どダメージはない。
「チッ」
そういって暗殺スキルを使った女性は舌打ちをした。
俺は背筋が凍った。
対人戦に心得がある。
人を殺し慣れてるんだ!
恐怖とも怒りとも取れる感情が、俺の中を駆け巡る。
こいつらを「守るべき人間」だと思うな。
そう心が訴えてくるのだ。
『スタンナックル!!』
俺は一番近い暗殺女にスキルを発動。
頭を狙って一時的な目眩を起こさせるパンチを繰り出す。
『ビハインドガード』
いつの間にか隣に迫った片手剣士が、それを盾で受け止める。
目を開けているかわからないほど糸目の剣士は、ニヤリと笑ってステップを踏み、俺の左へと回り込む。
簡単には抜けない!
俺は一歩後退りし、次の攻撃に備えるために、初動で反応した三人を見据える。
「トキヒコさん!」
フィオナちゃんの声に身を屈めた。
声と共に、頭の上を斧が通りすぎてゆく。
それは俺の頭を越えたところで、少し斜め下に切り下ろされる。敵に到達するときには、しゃがんでも飛び上がっても避けにくい高さになる筈だ。
それを感じ取ったハンマーの戦士は、状況に顔を歪めながら、武器の柄でそれを受けることに決めたようだ。
フィオナちゃんの斧は「刃物」とは言えない。
どちらかと言えばハンマーとほぼ変わらない武器だ。刃こぼれ等気にして居ない。
とにかく相手に絶対的な質量を、ピンポイントで与える武器だ。
金属でできているハンマーの柄が、斧の刃を受け止める。
刃は欠けながらも勢いは止まらず、持っている手ごと押し込む。
彼の右脇腹に押し込まれた柄が食い込み、体を後方に吹き飛ばす。
毛皮を翻して、1m程吹き飛んだ彼は、苦々しい顔をして柄が食い込んだ辺りを押さえるが、つーっと右足に血が流れおちる。
「くそっ、なんて力だよコイツはよぉ!」
捨て台詞に、焦りが見えかくれしている。
その時、彼らはふと思った。
自分達は6人居た筈だと。
他の二人も不安な表情に変わり、後ろを確認する。
弓を使うハンターに、青い髪の女が取り付き、その意識を奪うところだった。
首に組み付く腕を掴んでいたであろうその手は、ぷらんと垂れ下がる。
それを恐怖にひきつる顔で見ている魔法使い。
彼の頬には、反対側の頬まで矢が貫通している。
「仲間が居やがる!」
先陣を切ったハンマー使いは、焦って叫ぶがもう遅い。
「もうお前らには仲間は居ないようだな」
一通り攻撃を交えたが、俺たちを狙う外からの攻撃は来なかった、きっと先行した見張り以外、ここを守る者は居なかったのだろう。
俺は混乱している前衛に更に攻撃を畳み掛ける。
『ウエポンブレイク』
剣士の右手を掴み捻った。
急な攻撃の転換に付いていけず、彼は武器を落としたが、左手の盾を使って《シールドバッシュ》を発動。俺の頭を目掛けて打撃を放つ。
だが、無理な体勢で放ったせいか、目眩が起こるほどのダメージはなかった。
ニヤリと笑う俺に対して、剣士はひきつった笑顔で応えてくる。
彼らは一瞬でこちらが二人だと思い込み、その対策を取った。
前衛はそのコンビネーションで足止めをしながら、敵の強さの把握。
後衛は弓で牽制。からの二人の魔法使いは、時間差で波状攻撃を仕掛けるパターンだ。
一発目はエンチャントか、簡単な魔法攻撃。二発目は二行以上の詠唱魔法で確実にダメージを狙ってくるつもりだろう。
確かに正面からの襲撃に対しての戦術としては完璧すぎる布陣だが。
初手でラスティとウノが落としたのが、弓と一発目を打つ筈の魔法使い。
もう一人の魔法使いは、まだ詠唱が終わらないので放置。
一通り攻撃が終わった頃には、4対4で数は同じだが、彼らの戦術は実質使えなくなっていた。
急な挟み撃ちに対して、魔法使いがフリーになっているのも危険だ。
暗殺女は一瞬で移動し、ラスティに斬りかかるが、二撃とも手甲で弾かれてしまう。隠れた二発目があることは、俺への攻撃で既に見切られていた。
奥から姿を表し、悠然とこちらに歩いてくるウノが、魔法使いに対して矢を放つ。
それは風を切り、一瞬で間合いを縮める。
『パリィウォール』
ハンマーが叫ぶと、魔法使いの前に白い幕が張られ、矢を逸らした。
彼の毛皮に似合うデザインの牙のネックレスが、ひとつ粉になって崩れ落ちる。
ラスティはその魔法が消えた瞬間を狙い《闇走り》で魔法使いに接近し、後ろから首を絞めにいく。
本来、魔法使いを守るなら、盾を持っている剣士の役割だろう。
しかし、こいつは今俺に右手を取られ、助けに入ることはできない。
「よそ見してて良いんですか?」
彼らにとって背筋が凍るような響きの声が、フィオナちゃんから発せられる。
全ての者が行動し終えたあとに、発動する事で威力を発揮する《集中》《溜め斬り》を込めた死の一撃が、ハンマーを持つ男に振り下ろされた。
おそらく彼の毛皮も、見た目以上にかなりの防御力は有るのだろうが、明らかにこの一撃はそんなものでは防げない。
またもやハンマーの柄でそれをいなそうとするが、今度は先程とは違い、体重と重力とスキルの力で加速された一撃を止めることは出来なかった。
俺の太ももを越えるかと思うほど太い腕は押しきられ、欠けた斧の刃が左肩から肩甲骨を越える辺りまで埋まり込んでいた。
毛皮の戦士はハンマーを取り落とし、口から大量の血を吐いて、力なく膝を付いた。
「抵抗を止めるなら、まだ助かるよ!」
魔法使いの首を絞めながら、ラスティが宣告する。
気絶している一人を除き、満足に動けるのは暗殺女しかいない状況、辺りを見回し……女は武器を捨てた。
普通に歩いてきたウノが、魔法使いの頬に刺さった矢を乱暴に引き抜く。
「っがぁあ!」
声にならない声を上げながら、しゃがみ込む魔法使いを尻目に、暗殺女を後ろ手に縛った。
俺も、剣を落とされた哀れな剣士を拘束し、その隣に転がした。
そうやって全員を拘束したのち、虫の息のハンマー男にラスティが魔法を掛ける。
ー人智を越えて
死すらも越える
蛇の姿で現れる君はだれ?
儚いものを
見つめ続ける
憂いを帯びた眼を開けてー
『アスクレピオス』
魔法と共に、バックリと肉が見えた裂け目がくっついていく。
最後の仕上げに、皮膚の回りを針に通した糸が、まるで蛇のようにくねくねと縫い付けていく。
「応急処置だからね、まだ動くと危険だよ」
ラスティは軽く言い放つと、のろしリングを空に放った。
そこでようやく、俺は異変に気付く。
体が痺れる……あのアイスピック、毒が仕込んであったのか。
膝を付く俺に、暗殺女がため息混じりに話し掛ける。
「私の、ホルダーに解毒剤がある」
そう言いながら、少し腰を浮かせて見せる。
ウノはそれをホルダーから抜くと。
「毒じゃないな?」
と冷たく質問するが。
「人の命より自分の命だよ」
と呆れるように言った。
解毒剤はすぐに効きはじめ、数分で何ともなくなった。
俺はその時に負った傷を治すために、ポーションを飲んで居ると、数名の男が現れた。
「八橋様ですか?」
「ミケーネ商会の者です」
昨日契約したクロネの部下だろう。仕事が早い。
「こいつらを移送して収監しておいて欲しい」
俺の指示に頷くと、あっという間に荷車のような物にストレンジャーを載せて、走り去って行った。
俺は大きく深呼吸をして、吐いた。
人を殺しにかかるのは胸くそが悪い。
肺に悪い空気が入ってしまったかのように、重だるくなってくる。
もう一度深呼吸をして、はじめての対人戦を終えた。
もしかしたらこの先、妹とも闘うことが有るのだろうか?
話せばわかると思いたいが……
こんな胸くそ悪い気持ちは味わいたくない。
そんなことを考えながらタブラの到着を待つのだった。