093話『未来の作り方』
その日の午後、俺は衛生惑星イオの中心部に来ていた。
この街に近づいた時に見えていた大きな塔だ。
いや、塔と言うには一貫性の無い作りをして居る。外観をみると、建物の上に建物を建て、その上にさらに乗せていったような、不完全な形をして居るのだ。
かといって、下の建物がつぶれる訳でもない、不思議な建築物だった。
「ここにはイーストのあらゆる情報が集まる所だ、それを精査してセントラルシティへと送るために作られた街なんだ」
タブラはよく知った道を行くように、最下層の建物の密集地を進んでいく。
「この辺で色々起こす場合は、事前に申請しておくと邪魔が入らなくて良いんだ。もっとも、申請しなくてもすぐに情報は伝わるんだがね」
それだけこの街には情報を仕入れることを生業とした人間がわんさかいるんだろう。
しばらく進むと、大きな白い空洞に出た。
建物全体が光っているようで、その空洞はそのままずっと上まで続いている。
「ここは魔法で育てられた大きな木のうろに当たる部分なんだ」
「木の回りに家を建ててたんですね」
木だとわからないほどに、家がひしめいていた。どうやって上まで上っているんだろう。
「道管に乗るんだよ」
そう言いながら、タブラは内側の壁になる部分に近づいた。
よく見ると、膜のような薄さの扉がある。
「樹木は、根っこから枝の先まで、道管と呼ばれるパイプを使って水を吸い上げている。もちろん、葉っぱで作られた養分も、全身に送るだろう?」
たしかに理科で習った気がする。
「魔力で作られたこの大木は、マナを吸い上げて育っている」
そう言いながら、躊躇なく膜を剥がして中に入る。
「来るんだ」
促されて中に入ると、体がふわりと浮き上がり始める。
タブラが扉を閉めると、それはよりいっそう強くなり、どんどん上へ押し流され始めた。
「マナの風だ、このまま上まで一気に上がるぞ」
不思議な浮遊感と共に、暖かく気持ちのいい風が顔を撫でる。強風というわけではないが、普通の風より粘りがあるというか……風に対して表現しようのない感覚で押し上げられて行く。
少し速度が落ちた頃に、タブラが管の壁を押す。膜のような扉が剥がれると、上る力が弱まった。
「さぁ出るぞ、急いでやらんと、木が弱ってしまう」
急かされ慌てて外に出ると、通路があった。
木の板で簡単に作られた通路だ、隙間から下の家の屋根が見える。近い、だいぶ上ってきた筈だが高さを感じないな。
などと思ながら進んでいると、突然視界が開けた。
高所恐怖症でない俺でも、体がブルッと震えるほど高い!
城壁が半分くらい視界に入り、その中にゴマをぶちまけたように家の屋根が見える。
「高さは300m位だよ、古代にはもっと高い建物もあったんだろう?」
「ありましたけど、安全を追求してましたよ。少なくとも、ギシギシ言う板の上を渡ったりしませんでした」
東京タワーと同じくらいだろうが、中から見る分にはいいが、ゴンドラで掃除をしている人を見ると、あの仕事はしたくないなと思ってしまうもんだ。
2、3分歩くと、他とは違う豪華な建物が見えてきた。白壁ぬりのプロバンス風という感じの建物だ。
木の枝の付け根に乗っかるようにして建っている。幹に比べて安定している場所だ、きっと『一等地』なんだろうなと推測される。
「ここだ、畏まることはない。旧知の仲だ」
そりゃ、タブラはそうかもしれないが、俺は緊張するよ。言わずに頷いた。
タブラが呼び鈴を鳴らす。
カランカランという音が響く。
「そう言えばこんなに建物が密集してるのに、すごく静かですね」
人の気配を感じない。生活音や声がしないのだ。
「情報を聞き逃さないために、皆息を潜めているのさ」
タブラは当たり前のように話す。
「どなたでしょうか?」
「約束はないが、タブラ=ラサ=タイムだ、白虎は居るかな?」
「残念ながら白虎様はおりません」
扉を挟んで向こう側から、年配の女性の声が聞こえる。
「確か、今月は白虎が担当だった筈だが?」
「お急ぎの用があるということで、代わりにクロネ様が居られますが、取り次ぎますか?」
目的の人物は居ないとのことだったが、タブラは帰ろうとしない。
「おお、久しぶりだな、是非取り次いでくれ」
「分かりました」
年配の女性はそう答えると扉を開けてくれた。
歳は60代くらいか、この世界にしては珍しい高齢だ。メイドというより、受付嬢のような姿をしている。
床は木で組まれており、絨毯が敷かれている。入ってすぐには受付のようなものがあるのだが、そこは素通りした。
カウンターの横に二本の階段があり、5段も上るとすぐに長い廊下に繋がっていて、その左右には会議室のような小部屋がいくつも連なっている。
廊下をずっと進んでいくと、奥にすりガラスの扉があった。
「お客様をお連れしました」
「誰だ」
中からきつい口調で返事が返ってくる。
「タブ……」
女性が名前を言おうとした瞬間、タブラは待たずに扉を開ける。中にいた男性は、驚きの表情をしたあとに、タブラを見ると苦々しい顔に変わった。
「やあ、クロネ久しぶりじゃないか」
「あの、許可をいただかないと困ります」
受付の女性があわてふためいているが。
「いい、下がってくれ」
クロネと呼ばれた男は、それを制止し女性を下がらせた。
「やあ、クロネ久しぶりじゃないか」
「二度も言わずとも分かる」
不機嫌そうに椅子に座り、手を差し伸べて、向かいの椅子に誘導する。
タブラはニヤニヤしながらその席にどかっと座る。俺はそんな横柄な行動は出来ずに、一個しかない椅子の隣に、立ったまんまおろおろしていた。
「簡潔に話を聞こう、用事もなしにこんなところに来るお前ではないだろう、そして終わったら帰れ」
絶対に歓迎されていない。
「そう言うな、最近はどうしてたんだ?」
「話を進めてくれませんかね」
クロネはため息をつきながら、腕を組む。
「ミケーネ商会は最近奮っていないようだが?」
明らかにクロネの表情が曇った、奥歯を噛む音が聞こえる。
俺も地雷を踏む事が多いが……
今のは完全に踏みに行った。
「タブラ、そんな言い方無いでしょう」
よくは分からないが、敵意を向けられているには間違いない。
しかし『ミケーネ商会』という名前聞いたことがあるな……
確か、ストレンジャーがモンスターと戦う際に、救助をお願いする保険みたいな会社だった筈だ。
「ときに、タブラよ、後ろにいる冴えないレザーアーマーは誰だ?」
横柄な態度に、あまり好感は持てないが。大会社の関係者なのだろう、自己紹介はしておいて損はないか。
「八橋時彦です、よろしくお願いします」
俺は頭を下げた。
「名前だけ聞いても仕方ないんだがな」
クロネは面倒臭そうに返してくる。
やっぱりあまり好きなタイプではない。
「二つ名は閃光の拳闘士だ」
タブラは、クロネのデスクに乗っている菓子を勝手に開けて食べ始める。
クロネはそんな事お構い無く、こちらを品定めする。
「ほほう、お前が閃光の……」
そう言えばここは情報の坩堝だった、二つ名だけはここに届いていたのだろう。
「二つ名だけが先行して、お前の名前は誰も知らないという、不思議な状況だったのだ、気にならない訳がない。どういう顛末でそうなったのだ?」
さっきまで全く興味がなかった筈なのだが、話の続きを促してくる。
「堕天使教潜入の任を受けており、名前と姿を公表できなかったんですよ」
「それで、何か掴んだのか?」
クロネは机に前のめりになり聞いてくる。
「堕天使教は……」
「おっと、そこまで」
説明を始めようとすると、タブラがそれを制止する。
「ここでは情報は、売り買いできた筈だが?」
クロネはタブラを睨み「いくらだ」と聞いてきた。
「これから状況が変わる予定だ、事後報告にはなるが、その堕天使教と一戦交えようと思っていてな」
「いくらだ、と聞いてるんだ」
「今回は貸しでいいぞ」
「お前に貸しを作るくらいなら、金を払った方がマシだ」
犬猿の仲なのだろうか……
噛み合っていないのがはっきり分かる。
「貸しは、すぐに返してくれて構わないよ、人と施設を少し借りたい」
「どういう事だ?」
「よし、では話をするか」
タブラは菓子の二つ目を開けると、クロネを見る。
「わかったわかった」
クロネは手を叩き、姿を表した受付の女性に飲み物を要求した。
タブラは飲み物を待たずに話を始める。
ジョロモを狙った呪竜テロ、そしてスタンピートが、堕天使教の仕業だったこと。各地の遺跡を使い、古代兵器の研究をしている事。
そしてそれを潰す計画まで。
ただし、火薬を集めていることや、情報源を内部に持っていることについては秘密にしたいようだ。
俺も口を挟まないようにして、タブラの意向を伺った。
「だいぶ大がかりな事をやるのだな」
「死人を出来るだけ出さずに終わらせたいのでな、こけおどしも重要なのだよ」
そういいながらタブラは出されたお茶をすすった。ここのお茶は緑茶のような味がする。
「で、俺に何をして欲しいって言うんだ?」
「俺たちがいぶりだした教団員の保護をお願いしたいんだ」
「どれだけの数が出てくるかわからんだろ」
椅子に深く座り直し、ため息をつくクロネ。
「イオにも作ってるんだろ? 孤児院」
今度は舌打ちをするクロネ。
意に介さないようにタブラは俺に説明する。
「彼はストレンジャーの任務で親を失くした子供を集め、孤児院を経営しているんだ」
「それって……」
フィオナちゃんが暮らしていた孤児院の事だよな。資金元は不明だって言ってたが……
「口が軽いなタブラよ、この街ではそういう男は嫌われるぞ」
「君ほどではないさ」
タブラは意地悪く笑った。
「とにかく、人を寄越してくれ、明日には突っ込む」
「人使いが荒いことだ。用事は済んだか?」
「ああ」
そう言うとタブラは立ち上がり、俺の肩に手を置いてから、扉へ向かった。
俺も立ち上がり頭を下げてからついていく。
建物を出てからようやく俺は口を開いた。
クロネさんの前で聞くような話ではないと思ったからだ。
「クロネさんは嫌われてるんですか?」
「ああ、事業そのものが人の弱みにつけこんだようなやり方だからね。それにあの黒い服をみたか?」
「ああ、確かに全身黒い服でしたね、なんだか喪服のような感じでしたが」
「それがその通り、いつでも葬式に出られるように黒い服を着ているんだ」
そういうタブラも真っ黒な服装なんだが……
「葬式に出向いては、孤児をさらっていく訳だから、死神と呼ばれているぞ」
「そんな……クロネさんのお陰で子供は助かっている筈なのに」
何故それを公表しないのか。
「ストレンジャー孤児でないものも、あの待遇の良い孤児院に入りたがるだろう? 始めに孤児院を作ったときなんか、延々と孤児院の前に子供が捨てられたそうだ」
この時代の人間も、誰もが裕福というわけでもないし、常に命の危険にさらされている。子供がより良い環境で暮らせるようにと考える親は多いようだ。人任せな発想だが……
「だから、彼が自分でつれてきた子供しか入ることが出来ない、そういった縛りを設けたんだ。彼はそれを曲げない。曲げることで本来助けたかった者達が助からなければ本末転倒だからな」
「人間、自分の手の届くところだけで精一杯ですからね」
悪い判断ではない。
絶対正義というものはない。
やらない善よりやる偽善。
そう言っていたのは誰だったか。
「そうか、クロネさんも未来を作りたかったのか」
やり方は違うが、思いは同じ。
生かす事で未来を繋ぐ戦いだ。
殺すことで未来を作り上げる事も出来るかもしれない、堕天使教のように。
だが、それが正しいと思わない。
正しさは『未来』の誰かが決めることだ。
その誰かに恥ずかしくないような生き方をするべきだ。
俺はその気持ちを新たに、心に刻んだ。