092『擦り合わせ』
翌日、俺たちは……
書類や書籍を片付けていた。
「すまん」
珍しくタブラが謝っている。
「片付けが出来ない人は、頭のなかも整理できないって言いますけどね」
タブラの事をそうだと思ったことはないが、片付けるに越したことはない。
ついでに言うと、もう少しウノ達を休ませてあげたいというのもある。
本当に急ぎだったら、タブラもこんな事をしてはいないだろう、多少の余裕はあるということだ。
4人で片付けると、だいぶ過ごしやすい部屋になった。
「これだけ書物が揃うと壮観ですね」
古文書も含めて積み上げた本は300冊近くになった。本棚が無いということは収納する気もなかったのだろうが。
「古代兵器の研究をしていてな、こんな分厚い本なのに、欲しい情報は殆ど無い。まるで粉々に割れたグラスの破片のように、いくら見つけてもひとつのグラスの形すら見えない」
ソファーに深く腰をかけて、ため息をつく。
相当煮詰まってるんだろうな。
「古代兵器に関して、君が知ってることを、メンバーには伝えてあるのかい?」
暗に俺が、過去の人間である事を話したのかと言ってるのだろう。
「今から話すところですよ。
タブラはもう内緒事はしてないんですか?」
俺は少し口を曲げて笑って見せた。
ラスティの出生について、彼は秘密にしていることがある。
「それについてはまだ秘密のままだ」
苦笑の裏に苦悩が見えた気がする。
たしかに茶化す話題ではないよな。
「堕天使教はどこまで武器を揃えているんですか?」
話題を切り替えて、話の芯に戻る。
「そうだな、私が仕入れた情報によると、火薬を大量に仕入れているらしい」
「カヤクってなんですか?」
ピノが初めて聞いたと、質問をしてくる。
俺は隠しだてすることなく知識を披露する。
「火薬は古代の発明の一つで、武器にも転用されたが、その本質は人類最高の発明ともされているものなんだ」
ウノも、寝たままだが顔をあげて聞いているようだ。
「火薬ってのは、爆発する粉だ。
その威力はすさまじく、火をつけるだけで発動する魔法みたいなものだ」
魔法で例えると分かりやすかったのか、ピノの顔色が変わる。
「それって、詠唱要らないんですよね」
「そうだね、火薬の量にもよるが、山を吹き飛ばすことも出来る、超火力になることもある」
タブラを含めこの時代のみんなは顔がひきつっている。
「しかも、その火薬が古代兵器の鍵になっている。爆発力を利用して、金属の玉を打ち出すんだ。鉄砲、大砲、爆弾、なんでもござれだ」
火薬を持っているということは、つまり堕天使教はかなり近いところまで古代兵器を復元していると見て良い。
落ち着きを取り戻したタブラは推測する。
「購入してるということは、まだその製法を知らないと見て良いと思う。しかし、どこかにはその製法を知っているものがいて、相手が堕天使教と知ったうえで商売しているのは間違いないだろう」
「だったら、直接堕天使教を叩くか、その製造元を断つか……」
俺は頭を抱える。
「ヤツハシさんの話だと、2年前には既に取引が始まっていたということでした、もうかなりの量の備蓄があると思います」
ウノが体を起こし、会話に参加する。
「ウノ、もう大丈夫なのか?」
「いつまでも寝ているわけにはいきませんし」
ウノは枕元に置いてあったパンと、リンゴのジュースを口に含んで、一気に流し込んだ。
「確かに、今さら供給元を叩いても、大勢は変わらないだろうな」
同じく用意されたリンゴのジュースを口に含みながら、タブラが言う。
確かに、少しのどが渇く。
緊張しているのだろうか?
きっとこの状況を把握してなお、それを解決するために、命を危険に晒すのは自分達なのだから。
「敵の拠点は近いんですか?」
俺はタブラに問う。基本的にここまでは俺からの情報提供をもとにした会話だ。タブラから聞く情報をもとに、擦り合わせていかないと、計画もなにも立たない。
「敵の拠点についてだが……私の知らない情報源から、新たな情報が入ってきているんだ」
タブラは顔をしかめて一枚のメモを取り出す。情報は命だが、偽物の情報ほど恐ろしいものはない。
「これなんだが、内部告発から来るものと思われる」
そう言って、俺に手渡してくる。
宛名はおたべえになっている。
「これは俺の情報源ですね」
きっとスルジだろう。早速連絡をくれたのか。
彼にはある程度は話している、裏を取るためでもあったが。イオの近くの拠点についても話してある。
しかしこの紙には、彼が教主らと一緒に、イオ以外の拠点へ向かうと書いてあった。
「これが届いたのは?」
「昨日だ、君がいたジョロモ周辺の情報屋からフクロウが来たんだ」
鳩やフクロウというのはこの世界の大事な伝達手段だ。
鳩は日中を飛ぶので、速達郵便として利用されるが、情報の習得のために狙われることもある。
より秘匿、かつ確実に送る場合は、夜間に飛べるフクロウが重用されている。
「俺の潜り込んでいたときに見つけた、情報元からだと思います」
タブラはそれを聞いて「裏をみてみろ」と催促した。
そこには情報を持ってきたものの身体的特徴が書かれていた。
不確定な情報を情報屋はそのまま鵜呑みにしない、自分の信用にかかわるからだ。その情報の確度をあげるために、少しでも多くの情報をこちらに渡してくる。
歳は10頃 少年 健康 黒色の肩にかかる程度の髪
農作業の日焼け 土の匂い 訛りの無いEF語
「バートか。この子も一緒に居た仲間ですね」
同時に内心ほっとしている、俺は逃げ帰って来たが。
一斉蜂起に対するお咎めはなかったのだろう。
スルジの働きに感謝するばかりだ。
「この情報が確定だとしたら、まだ奴らは街を出て数日だ、こちらに帰ってくるのは2週間ほどかかるだろう」
フクロウのタイムラグは3日程度だろうから、残すは10日。
幹部がいない間にイオを攻めるのには十分な時間だ。
タブラも同じ考えなのだろう。
落ち着いてはいるものの、気持ちは早めの決戦が頭にあるようで、早速地図を広げる。
「彼らの拠点の一つがここにある」
指差した場所は、衛星都市イオの北東の小さな森。
「拠点はダンジョンですか? 遺跡ですか?」
ウノがナイスアシストをする。
「遺跡だ、トキヒコが潜っていた施設と殆ど変わらない形状のな」
ダンジョンよりも攻略しやすい。
ダンジョンはモンスターの配置をすることも、迷路化することも出来るため、攻めるには情報がたくさん必要になってくる。
「じゃぁ近くの川から水を引き込んで、流し込んじゃいましょう」
俺はさらっと提言する。
「君はさらっと怖いことを言うなぁ」
まさかのタブラが引いている。
「あれ、タブラさんって悪即斬の人じゃないんですっけ?」
引かれたことに引く。
「殺すのはなんともないが、それが危ない考えだって事くらいわかるぞ……」
ほかのみんなも引いている。
「いやほら、そこはうまいこと調整しますよ
要は、火薬ってやつは水にとことん弱い。銃や大砲は作れてても、信管や薬莢つきの弾の開発は困難な筈です」
「シンカンもヤッキョウも初耳だが、その言い方だと、水への対策は出来ていないだろうという事で良いのかな?」
「その通りです、だから一気に水を流し込んで水浸しにすれば、古代兵器の怖い部分に関してはクリアに出来ます」
量産するほどの技術は無いだろうし、地下施設で火を使う鍛冶行為はおそらくしないだろう。だとしたら、南方に住むと言われるドワーフ達に依頼するだろうが。彼らは職人かたぎで口は固いが、一旦酒が入ると話が尽き無い。
無類の酒好きでも有名な種族だ、そこに銃の大量発注でも入ろうものなら、周知の事実となることは目に見えている。
ということは作っていたとしても、お抱えドワーフが居る。居たとしても大人数ではないだろうと推測される。
大量生産はできない筈だ。
「水は、初手で一気に流し込みます。その際に俺が水と一緒に流れて降ります」
俺は作戦の説明にはいる。
「トキ君も一緒にとはどういうことだ?」
「俺は教団潜入時代のローブを持っています中に居ても怪しまれないでしょう」
「ローブということは階級持ちなのか」
「はい、一番下の階級ではありますが、普通の団員だったら有無を言わさず言うことを聞くでしょう。俺が入って全員が外に出るように促します」
「人間パニックになると大勢に従う。大勢の者が上を目指して逃げれば他のものも逃げ始めるだろうな」
最初の一声、そのタイミングが重要なのだ。
「俺は皆を逃がしながら、中の様子を探ってきます、火薬の有無、古代兵器製造の進捗具合が確認できると御の字ですが」
どれだけ相手にダメ-ジを与えられたかの確認もあるが、今だ透明でない敵の戦力を確認しておきたい。
「上がってきた教団員はどうする」
「放置でいいと思いますよ。指導者がいない教団なんて、烏合の集でしょう。他の施設を知っているものが、皆を誘導するようなことがあれば、そこも潰せばいい」
「徹底的だな」
感心するような呆れるような声しか聞こえない。
「徹底的ですよ、相手も街一つ滅ぼそうとして居るんです。対してこっちは死傷者を殆ど出さない計画を練っている。殺さない以上、相手の心を折らないと、狂信者は何度でも襲ってきますからね」
その後も、いくつかの戦略を話し合い。
明日から準備をする手はずになった。
少しでも相手の戦力を削る。
スタンピートや、テロのような無差別に人を巻き込む行為を許すことはできない。