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091話『衛星都市イオ』

 オアシスからイオの街まで通常10日程かかる。

 本来なら、早馬を使って3日間、オアシスの街までかかるところを、ショートカットしてきているから、バッシュとカリンが追い付くのは少しタイムラグが生じてしまうだろう。


 しかしここから先は馬車の旅だ。

 商隊のキャラバンは、基本的に馬が歩く速度で進む。

 馬はデストリア種と呼ばれる、筋肉ムキムキの馬が選ばれることが多い。早さよりも体力と持久力を重視している。


 一方俺たちの馬は持久力も欲しいが、やはりスピードが一番大事だ。

 かといって、全力疾走させると馬は疲れてしまう。休ませるためのタイムロスが一番もったいない。


 そこで俺の秘策が役に立つ。

 といっても魔法や古代の技術などではない。


 交渉人を雇い、先に早馬で走らせ、地点ごとに「馬の交換の交渉」をさせる。

 後から追い付いた俺たちが、馬を交換して更に進むのだ。

 名付けるなら駅伝方式とでもするか。


 金にものを言わせたやり方だが、商隊の倍以上のスピードで目的地につけるだろう。



 ラスティがイオを出たのが、ジョロもで話を聞いた7日前こ事。次の日に出発したとしても、通常だったら2週間、その間に情勢が変わったり、間に合わなかったりする事はおおいに考えられる。

 どれだけ早く情報を伝達できるか、どれだけ早く移動できるかというのは、この時代にはかなりの重要ポイントになってくる。


「ずっと揺られていると、さすがにお尻が痛くなってきますね」

 ピノが顔をしかめながら話している。

「それでもだいぶ緩和されてる筈なんだけどね」


 この世界にタイヤは無い。

 馬車の車輪は木で出来ていて、地面に当たる部分には、鉄の輪が嵌められていて、磨耗(まもう)が少なく作られている。

 その代わり舗装されていないこの時代の道では、ガタガタという振動がそのまま馬車に伝わってくる。

 本来なら高速移動をするためのものではないのだ。


 しかしこの馬車は特別製だ。

 スタンピートの前に、一ヶ月ほどオアシスに滞在した際に、新型の馬車を提案していた。

 ハウスベルグの収入源は、カイフォンだけでなく、タクシー業も大きな事業で、乗り心地の良い馬車を開発することで、貴族やお金持ちの顧客も増えるだろうという算段だ。


 車輪に衝撃吸収をさせるのは難しい。

 この時代にゴムはあるのだが、輪ゴム程度の強度でしかない。荷馬車を支えるほどの強度を産み出すには今の科学では不可能だろう。


 今回の提案は、駆動する荷車と客室の間に、衝撃吸収素材を挟む仕組みだ。

 ハウスベルグの執事である、タッセルホフが用意した馬車は、その試作品だった。


「バネを緩衝材に使うように言ったが、酔うなぁ」


 ガタガタとした振動はだいぶ抑えられたが、緩慢(かんまん)な動きが気分を悪くさせていた。

 それに、高速移動で長距離運転していれば、さすがに尻も痛くなるというものだ。


 車酔いで喋りもしないフィオナちゃんとウノを見ながら。

「もう少しだ、もう少しで到着するからな」


 そういいながら俺は、前を向く。

 街が見えている、そう、衛星都市イオが目前に迫っていた。


 近づくにつれ、その城壁の異様な高さに驚かされる。

「ジョロモの、何倍あるんだ?」

「ジョロモは20mくらいですから、5倍はありますね」

 ピノが呆れながら、笑っている。


「いや、それよりもすごいのは……」

 近づくほどに、見えてくる。

 はじめは山かと思ったのだが、あれは山ではない。


「全部建物なんですね」

「どういう強度で出来上がってるんだ?」


 街自体の大きさはジョロモより小さいと思うが、100mを越える高さの城壁を、遥かに越える建物が街の中心に立っていた。

 建物の上に建物を建てたような造りで、とにかく上に上にと聳えている。建築様式の違う建物が融合しひとつの生き物のようだ。


「現代版バベルの塔かよ……密度が、違いすぎる」

 常識を越えた建造物に、期待と少しの恐怖を覚え、冷や汗が一筋流れる。



 城門を越える際に審査があった。

 考えてみれば、ここまでの街には審査らしきものはなかったので、初めての経験だったが、ハウスベルグの紋章を見せると、簡単な質疑応答で通ることが出来た。


「一般審査の方だったら一時間はかかっちゃうそうですよ」

 緊張の審査を抜け、ほっと一息をついたピノが口を開く。


「持つべきものは貴族の友人だな」

 俺は返事をしながら、先程貰った地図を頼りに馬車を進める。

 これは、受付で貰った地図なのだが、名前を言った時に渡されたのだ。きっとタブラが預けていたものなんだろう。



 しばらく進むと、城壁近くにある一戸建てが見えてくる。


「入ってくれて構わないよ」

 車庫ならぬ、馬車庫(ばしゃこ)の前についたとき、声がした。

「タブラさん!」

「タブラで良いよ、長旅ご苦労だったね」


 大きな馬車庫の扉を開けると、そのまま馬車が入る。

 馬車は外に止めたまま、馬だけは厩戸(うまや)や馬留めに繋ぐのがスタンダードなのだが。


 中に入り、馬の手綱(たづな)を解く。


「早かったねぇ、繋いどくから、おうちにあがっといて!」

 ラスティも現れて、馬を引っ張ってくれる。


「それにしても、馬車で来たにしては早かったのではないか?」

「ははは、それに関してはまたあとで説明しますよ」


 俺はウノに肩を貸し、ピノはフィオナちゃんに肩を貸して部屋に入る。


 部屋の中は書物で溢れ返っていた。


「ごめんねー、お兄ちゃんお片付け苦手でぇ」

 苦笑しながらラスティが入ってくる。

「すまんな、読み物をしてるとつい周りが見えなくなってしまってな」

 タブラもバツが悪そうに戻ってくる。


「これでもだいぶ片付けたんだけど……」

「君たちが来るまでにと息巻いていたが、思いの外君たちが早く来たのでな」


 そう言いながらこちらを見るタブラは興味津々だ。

 車庫でも聞かれた際にはぐらかしておいたが、聞きたくて仕方がないのだろう。


 俺が『駅伝システム』を説明すると。

「ほほう、そんなやり方があるのか!」

 彼の知識欲は、深くて広範囲すぎる。


「だが早く来て貰ったのは助かる、思ったより事態は深刻そうでな」


 タブラはそういいながら、資料を探し始める。早速状況の説明を始めるつもりだ。

 しかし、そこにラスティが横槍を入れた。


「みんな疲れてるんだからっ、今日は休んで貰おうよ!」

「ぬ、そうだな。疲れが溜まるとパフォーマンスが落ちる。性急だったな」


「すまないタブラ、長旅で疲れが溜まってるのは確かなんだ」

 そういいながら青ざめた顔のウノを見た。

 フィオナちゃんもだいぶ参っているようだ。


 寝室へ二人を運ぶと、とりあえず書類をどけて、二人を寝かせる。ピノと俺、ため息をつきながら横に腰を下ろす。


「さぁ、これでも飲んで、ゆっくり寝て良いよ」

 ラスティが暖めたヤギのミルクを持ってきてくれた。


「ありがとう、今日はゆっくりさせて貰うよ」


 ようやく落ち着いた俺たちは、まもなく睡魔に襲われ、深く眠った。


 明日からはきっとまた波乱の展開が待っているんだろうな……そうどこかで思いながら。

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