088「召集、目指すはイオ」
翌日、俺を訪ねて来る者があった。
「トキ君、久しぶりだねぇ」
屈託ない表情で笑うその顔は、耳慣れた声と共にひょっこり現れた。
「ラスティ!」
ひょっこり窓から現れた。
「ここ二階なんですけど」
「《登攀術》持ってるから楽勝だよ」
そういう問題ではない。
窓枠を越えて、中に入ってくる。ローブは羽織っておらず、短パンにタンクトップのような出で立ちで、実に動きやすそうな服装だ。この時代の成人は15歳なので、すでに成人済みのはずなのだが、短めのツインテールと相まって、イタズラ好きな子供のような印象を受ける。
「タブラとは一緒じゃないのか?」
「お兄ちゃんは、仕事でほかの街にいるよ、トキ君をつれてきてって言われてるんだけど」
「俺を呼んでるってこと?」
「そうそう」
何か用事なのだろうか、しかし、今すぐには動けそうにないんだが。
「俺は2、3日動けないんだけど。
仲間が他のパーティにお世話になってるから、挨拶してこっちのパーティに戻ってくるまで少し掛かっちゃって」
カリンはレッドローズに、バッシュは銀鎧のお世話になっていたので、パーティを抜けるにも不義理するわけには行かない。彼らの到着を待ち、俺は新たな冒険に出掛けるつもりだったのだが。
「なんでも急ぎらしいんだけど」
困った。そう言われると、悩む。彼がわざわざ人に頼み事をするのだから、絶対にどうでも良い内容ではないだろう。大抵の事なら、一人で何とかしてしまうはずだ。
「分かった、とりあえずここにいるメンバーに声をかけてみるよ」
俺はラスティを残し、隣部屋のウノ、ピノの部屋をノックする。
「なんですか?」
ウノがハキハキとした態度で応対する。
「休みのところ悪いんだけど、少し相談があって、俺の部屋で待っててくれないか?」
「ピノもつれていきますか?」
「頼む」
それから、その隣の部屋にいるフィオナちゃんの部屋もノックする。
「はーい」
ウノとは対称的に、中から眠そうな声が聞こえる。クロノスの指す時間は既に昼近くになっているのだが。
ガチャリとドアが開いて、隙間からネグリジェ姿のフィオナちゃんが顔を覗かせる。
そのネグリジェは質の良いもののようだ、カリンにでも借りたのだろうか? ゆったりとした作りの筈なのに、胸の所だけがパツパツになっている。
きっとカリンに合わせたオーダーメイドなのだろう、まな板を思い出してやけに納得する。
「ゆっくりしているところごめん、少し相談があって、支度して俺の部屋に来てくれないか?」
「何かあったんですか?」
目を擦って、聞いてくる。
「話は集まってからで」
俺はそういうと扉を閉めて、部屋に戻る。
暇そうに待っているラスティに、もう少し待ってくれと言ってから、部屋に常備されているお菓子を勧めておいた。
女子の支度は時間が掛かると言うのが一般的だが、ピノもフィオナちゃんも、ものの5分もせずに部屋に集まってくれた。
ピノは習慣なのかだいぶ前に起きていたのだろう、通常運行をしているようだが。
フィオナちゃんはあくびも出ているし、寝癖も直っていない。
「まず、紹介しておきたい人がいるんだが」
気に入ったのか、お菓子を口一杯に頬張るラスティを引っ張ってつれてくる。
「タブラ……つまり、青血の剣士の妹のラスティだ」
「はふてぃねひるへす、ふぃんなよほしふへー」
ウノをはじめみんなにどよめきが走る。
一度会ったことがあるとは言え、伝説の人物の妹と言われると、おいそれと話しかけて良いものかと思うのが普通だが。どよめきは口一杯に放り込んだお菓子のせいで、自己紹介すらままならない様子に対してだったかもしれない。
まぁ紹介は済んだと言うことで、ここは流そう。
「で、その兄であるタブラから、急いで来てくれと伝言が届いた。彼の事だから、必要じゃない場合には呼ばないだろう、俺は急いでいきたいと思ってるんだが」
「でも、まだカリンさんと、バッシュさんが戻ってきてませんよ?」
あくびはさておき、フィオナちゃんの心配ももっともだ。
「きっと急いで行った方がいいと思う。彼らにはあとで合流してもらう」
そういって俺はラスティの方を見る。
まだモゴモゴやっているので、水差しからコップに水を注ぐと、手渡す。ラスティはそれをお菓子ごと一気に飲み干した。
「ところでラスティ、タブラはどこにいるんだ?」
話せそうになったのを確認して、ラスティに聞いてみる。
「イオで情報収集してるから、その辺にいると思うよ」
聞いたことがあるな。
「衛星都市イオだっけ?」
「そうそう、そこだよ」
確か、堕天使教の本拠地とおぼしき遺跡が、衛星都市イオの近くにあると、ナムルが言っていたが……
「堕天使教絡みなのか?」
「ピンポーン! まだ細かい事は聞いてないけどね」
早速本丸に攻め込もうという話ではないかもしれないが、一気に緊張感が漂う。
考えてみれば、タブラは俺に「潜入捜査」を代わりにやるように頼んだ訳だが、彼自身なにもせずに過ごしていたわけではないだろう。
俺が潜入捜査している間に、敵の本拠地が見つかったかもしれないという情報も、タブラやラスティからのもので間違いない。
「だったらやはり止まるわけにはいかないな」
願ったり叶ったりの状況じゃないか。
彼らの働きによって、やるべき事が近づいただけの話だ。
もちろん俺の秘密や、堕天使教の裏での計画も、早く潰せれば早いほどいい話なんだから。
「やっぱり、カリンとバッシュには悪いが、先に出発させてもらおう」
彼らにいま、直接連絡は取れないため、この屋敷のものに伝言でも頼んでおくとするか。
しかし、カリンをイオまで二人旅させると知ったら、ジョロモは行かせるだろうか……?
いや、下手したら教えずに黙ってるかもしれないぞ。
かといって、執事もジョロモ寄りだし……
一人残ってもらうか? 先に行くメンバーはできるだけ多い方がいいと思うのだが。
「どうしよう」
つい口に出して悩んでしまった。
「話は聞いたでござるよ!」
「誰だっ!」
俺は辺りをきょろきょろ見回して見たが、声の主は居ない。
いや、しゃべり方でバレバレなんだが、つい乗ってしまった。
「助太刀してしんぜよう」
声のする方を特定し見上げると、天井にナムルがくっついていた。忍者みたいだ!
しかし良く見ると、その手は木の梁をわしづかみにし、なんならめり込んでいる。
「力業が過ぎるだろっ!」
木の屑がパラパラと降ってきている。
「見破ったか、ハッ!」
くるりと一回転をし、着地する。
どうん!!
と、忍者らしからぬ音で着地すると、ムキムキ忍者はキメ顔をした。
「拙者がカリンお嬢様への伝言を承ろう」
渡りに船だ。助かる。
「そなたの秘密、拙者も知ってしまったゆえにな」
まぁ地下での騒動で一緒だったのだ。
知られて当然だろう。
「昨日の晩餐の際も潜んでおったのでな」
ただの聞き耳じゃねぇか。
「まぁいい、それはさておき。伝言の件お願いできるか?」
「当然だ、任せておけ」
さらにどやってくる。
といってもイオに来いというだけなんだ。荷が重いということもないだろう。
「よっし、決まったみたいだね! 私は先に戻ってお兄ちゃんに報告しておくね」
そういうと、ラスティは余りのお菓子を抱えると、ひょいっと窓から飛び降りた。
慌てて窓から下を覗くと、着地音もさせずに下で手を振っている。
こっちの方がよっぽど忍者だ。
「そういうわけで、支度ができ次第出発しよう」
「衛星都市イオ……楽しみです」
さっきまであくびをしていたフィオナちゃんが、やけにやる気だ。
「イオに行きたかったの?」
「はい! あそこはイーストの情報が全部集まる場所ですから、私が探している本もあるかもしれません」
「フィオナちゃんの旅の目的って本を探すことだったの?」
つい口走ってしまった事に気付き、フィオナちゃんは口に両手を当てる。
完全に顔に「しまった」って書いてある。
あまり追求してもかわいそうだ。
「あるといいね、本」
笑顔でそれだけ言って、スルーすることにした。
2時間後、イオまでの道のりを把握して、装備を整えた。
途中、オアシスを通るということなので、本格的に買い物をしたりするのは、そこで構わないだろう。
なに、砂上船もあるし、今日の夜にはオアシスに着くはずだ。
ちょうど良かった、あれから一ヶ月以上たつ。オアシスのビジネスの様子も確認しておきたかったし。雷の魔法に売上金を全て突っ込んでしまった以上、手持ちも補充しておきたかった。
ウノピノはオアシスは初体験らしいから、海にでも連れていってあげたいのは山々だが、今回は少し余裕がない。また改めて一緒に行こう。
そんなことを考えながら、一路新しい冒険の旅へと踏み出したのであった。




