087『運命を決める会食』
翌日、俺の帰還を聞いた仲間達が駆けつけてくれた。
カリンが召集してくれたらしい。
たかだか一ヶ月程度離れていただけだったが、込み上げる懐かしさに胸が熱くなる思いがした。
ここ最近の彼らの動向については、カリンから聞いていた。当のカリンも最近では、レッドローズに参加しクエストをこなしているそうだ。
「あのパーティは女性ばかりですから、お父様も渋々ですが許可をいただきましたわ」
むしろ、カリンが人に教えを乞うという姿が想像できない。高飛車な態度で回りに嫌われていないだろうか? 等とつい考えてしまう。
「うおぉおぉ! お久しぶりッス!」
「久しぶりだなバッシュ、今は銀鎧にお世話になってるんだって?」
「そうッス、スキルを取りたいときも先輩方の誰かから教えて貰えるし、活用法や応用も教えてくれるッス」
やはり、先輩に聞くのは大事だろう。
自分で産み出す応用力も必要だとは思うが、悩まずとも教えて貰って身に付くことは、恥を忍んででも聞くべきだ。
といってもバッシュの事だ、それを恥だとも思わないだろうし、銀鎧の人も面倒見の良い人が多そうだった。こっちはさして問題はないだろう。
「ヤツハシさん、ご無沙汰してます」
「久しぶりです!」
「ウノ、ピノ!」
一ヶ月でそう変化はないだろうと思っていたが、この二人は見違えていた。
特にピノの顔つきがまるで違う。
考えてみればまだ13歳の女の子だ。俺がであったときは、仲間を奪われ、自分も死の恐怖を感じたすぐ後だったのだ。
それが、再び信頼できる仲間を得て、輝きに満ちた目をするようになっていた。
「トキヒコさん……」
最後になったが、俺の最初の仲間。
「フィオナちゃん」
緑のお下げ髪が嬉しそうに揺れる。
今日は戦いに行くのではないのでビキニアーマーは着ていないが、いつもの様なローブに近い、ゆったり目の服装をしている。
やはりフィオナちゃんは癒されるというか、ホッとする感じがする。
「みんな、元気してたかい?」
改めて顔を合わせて、笑顔を確認した。
この一ヶ月俺も色々あったが、彼らもきっと色々あっただろう。
「さぁ、みなさん。お食事致しましょう」
カリンが仕切りはじめる。
良いけどさ、一応リーダーは俺なんだけど。
「モナンヘーゼル家のものが、ダチを呼んでタダで帰しては、一家の名折れですわ。是非うちのシェフの料理をご堪能しやがりませ」
そう言って無理矢理食堂へ案内される。
部屋には、こういう貴族の家によくある、ながーいテーブルがあり、既に前菜らしきものの支度が成されていた。
「逆にここまでして貰って断る方が失礼だな、みんなお言葉に甘えようか」
思い思いに席に着く。
隣にカリンが座り、反対側にフィオナちゃんが座った。むむむ、両手に花だが緊張するなぁ。
「さぁ、今日は腕によりをかけさせましたわ」
そう言うと、メニューを読み上げるカリン。
ワイルドボアや普通に釣れる魚、三本足の鳥くらいならまだ食べれるようになったが、変なものはこないでくれと祈るばかりだ。
前菜は馬肉のパテ
グリーンナッツの冷製スープ
オードブルは八咫烏の股肉の生ハム
メインにソウギョのワイン蒸し
ワイバーンのむね肉ソテー季節の野菜を添えて
デザートは甘く味付けした卵を蒸した物
ソウギョにワイバーン……耳馴染みがあるやつだ。
堕天使教で避けた食べ物二つとも入ってる……もちろん、食べても問題ない。むしろ美味なのだろうとわかっているが、最初のひとくちの勇気が出ないのだ。
折角カリンが用意してくれた食事、無駄には出来ない。隣で見てるしな。
牛肉のパテと冷製スープを頂きながら話でもするか。
早速俺はグリーンナッツという知らない名前の豆のスープを口に運んだ。
「ん! これは……グリンピースか」
確かに覚えがある味、俺はグリンピースがご飯に入っているのが苦手だったが、ミキサーでスープにしたものは好きだったのだ。
「しかし、これはグリンピースだけじゃない。なにかこう、コクのようなものが隠されている」
そう呟きながら、もうひとくち口に運ぶ。
バターのような口当たりに、フワッと香りがたつ。
ピスタチオだ。間違いない。
この世界でも、人は食に旺盛な生き物だ。
栄養を取るだけであれば、丸焼きか丸かじりでいい。
食感、香り、歯ごたえ、のど越し……
味覚とは別に、食には色々な要素が詰め込まれている。
これは人類の最も力を入れている文化なのではないだろうか。
グリーンナッツスープも一工夫あって、味付けも申し分ない。シェフはこの時代でも食のスペシャリストなのだろう。
そう考えながら、目の前のソウギョのワイン蒸しを眺める。
何故この魚は鳥の足を生やしているのか……
それさえ無視すれば、ただの魚なのに。わざわざこいつを食べる意味もわからん。
「よし。食ってみるか」
俺はナイフとフォークで、ソウギョの肉を一口大に切り分けた。口に入れたことで、この魚をわざわざ食べるだけの意味がわかった。
「なんて濃厚な味なんだ」
身はふっくらとしていて瑞々しいのに、干物のような濃縮された風味がある。
「トキヒコはソウギョ始めてかしら?」
カリンは俺を完全に田舎者として見ている話し方だ。
「ソウギョは丘の魚なんです。水辺に居ることが多いんですが、陸に上がって昆虫を餌にしているんですよ」
それに引き換えフィオナちゃんは笑顔で教えてくれる。
「水の中の生き物が、ギリギリまで陸で生活していますから、体内の水分が少なくって味が濃縮されているんですわ」
カリンの補足でこの生き物の残念生物加減が強調される。
「つまり生きながらに干物になってる魚ってことか」
濃厚な味の秘密が少しわかった気がする。
やはり食材には選ばれるだけの意味がるってことか……
少し、この時代の食品を見直した。
この調子でワイバーンの肉もチャレンジしてみるか。
今度はソテーらしいから、素材をしっかり味わうタイプだ。
出されたワイバーンの肉は、鶏肉の腿の様な味で、噛むと肉汁が溢れだしてくる。少し臭みがあるが、香草をまぶしてあるため、気にならない。
爬虫類系の肉ってのはこんな感じかもしれない。
「ワイバーンは魔素を多く含んだ食材ですわ、精力剤としても重宝されてますのよ」
「精力剤って……」
いったい何のためにそんなものを。
こっちを向いて微笑むカリンに、なにかを期待してしまわずに居られない展開なのか?
「なんだかトキヒコの元気がなさそうだったし、病み上がりなんだから」
カリンは少し真面目な顔をして、俺の肩に手を置く。
心配してくれてただけか。過度な期待をしなくて良かった。
確かに俺はずっと悩み続けている事がある。
みんなにどう話すか……
デザートが終わる頃には、俺の沈黙にみんなが気づいていたようで、何か言うのだろうという雰囲気が、黙っていても伝わってきた。
無理に話させようとしない感じが、仲間への思いやりとして心に響く。こんなに仲間思いなみんなを危険に巻き込むことはできない。
俺は決心し、ゆっくりと口を開いた。
「みんなに話していない秘密があるんだ」
それは俺がみんなにとって『古代人』であるという事。
「その秘密のせいで、俺は今後命を狙われることになると思う」
誰一人茶化すこと無く、口を挟まない。
「その秘密が知られれば、堕天使教だけでなく、天使からも狙われる事になる、もしかしたら金儲けを企む貴族からも狙われるかもしれない」
俺は後悔していることがある。
教主との邂逅の際、口走ってしまったのだ。
『500年前に死んだはず』と。
もしあの教主が本当の妹で、その事実を隠したままあの場所にいたとしたら……妹までもが危険に晒されるかもしれない。自分の後先考えない不甲斐なさに悔やんでも悔やみきれない。
「そんな俺と一緒にいると、君達まで巻き込んでしまう、それが俺には耐えられない」
ようやくウノが口を開いた。
「その秘密というのは、漏れているのですか?」
「堕天使教との諍いの中で、俺がつい漏らしてしまった」
状況を整理するために、ウノは口をつぐむ。腕組みをして色々考えてくれているようだ。
「堕天使教をぶっ潰せばいいんじゃないッスか? この街にスタンピートをけしかけたのも堕天使教なんッスよね、どっちにしても解体させなきゃ同じことが起こるんじゃないッスか?」
バッシュが珍しく考えて物を言っている気がする。それだけ真剣に向き合ってくれているということなのだろう。
「その堕天使教だが、古代の兵器をかなり集めていると思われるんだ」
俺は、バートの母親が「爆薬」を堕天使教に売ったことを明かした。つまりは、火薬を手に入れているって事で、銃以上の武器があの教団には整備されているという事になる。
「古代兵器……」
その威力を知ってか知らずか、ごくりと生唾を飲む音が聞こえる。
「それだけじゃない、堕天使教には、天使に繋がる者がいた。幸いそいつは俺が処断させる運びを取ったが、他にいないとも限らない」
「そこから、ヤツハシさんの情報が漏れることになれば……」
「天使に付け狙われる事になるだろうね」
状況は良くない。
特に下級天使の強さを知っている俺たちは、安易に問題を軽く流すことは出来ない。
「トキヒコさんは、今後どうするつもりなんですか?」
左隣から、フィオナちゃんが問いかけてくる。
そうだ、結局俺はどうしたいのか……
「俺は、堕天使教を潰し、教主とちゃんと話がしたい。本当にあの女性が俺の妹なのか、俺の記憶は何故戻らないのかを知りたい」
目の前の大切な仲間達を捨ててでも……そう言葉にすることはできなかった。
――最初は好奇心だった。
この世界でどこまでやれるか、どんどん強くなっていく自分が楽しかった。
仲間が増えると、今度は仲間のために頑張った。
危ない事もあったし、それを乗り越えることが出来たのも、仲間のためにと力を出せたからだ。
しかし、今度は自分のためだ。
自分の過去、記憶、家族……
それを取り戻すために、戦うと決めたのだ。
決心は揺るがない。
しかし、死が付きまとう綱渡りをしようというのだ。
自分の命が尽きる時には、きっと「ああ終わりか」と諦めもつくだろう。
しかし、彼らの死と引き換えにする場面で、俺は自分自身の決心を天秤にかける事ができるだろうか?
自分の目的を捨ててでも彼らの手を取る姿が鮮明に浮かんでくる。
決して彼らを、足手まといとは思っていない。
しかし、俺の意思を曲げる要素が有ることは否めない。
「一緒に行きましょう」
そんな自己論理を展開する俺にたいして、フィオナちゃんが当たり前のように口を開く。
「簡単に決めれる事じゃ……」
「簡単ですよ、私はトキヒコさんの力になりたいと思っています」
思いっきり目を合わせてくる、透き通る緑がかった目の奥に、俺以上の意思の強さを感じて、たじろいでしまう。
そして自分の愚かさを知る。
そうだ、俺は自分の意思の弱さを、彼らの存在のせいにしていただけだ。
彼らの方が俺なんかより、強い意思の力で動いている。
「死ぬかもしれないよ」
「ストレンジャーなんです、いつだってそうですよ、それにヤツハシさん一人の方がもっと危ないと思います」
「そうだよ、グラップラー1人でどうやって戦うんですか?」
ため息ついて、ウノも続く。
「銀鎧の皆さんに、魔法に対する防御も教えてもらったっすよ!」
バッシュまで、天使戦を念頭に入れて成長してくれていた。
「あの、私もレベルアップしてますから」
ピノも静かに手を上げる。
「こういうことよ、トキヒコ。みんな貴方を仲間だと思ってるんですわ」
カリンが笑顔で俺に語りかける。
「死ぬことが怖くないとは思わないわ。でも、大切な人を失うことは死ぬことと同じくらい怖いのよ。ここにいるみんながそう感じているはず
貴方が何かを思い詰めているようだったから、走り始めてしまう前にみんなを呼んだのですわ」
「お見通しだったって訳か」
「そりゃそうよ、能天気な貴方が、ずっと暗い顔をしてちゃ、分からない方が難しいですわ」
カリンは口に手を当てて、高笑いする。
ちょっと癪に障ったが、悪い気はしない。
俺はバカだ。決心が足りないからウジウジ悩むのだ。
彼らの決意に満ちた目を、見ろ。この場でこの目をしていないのは俺だけじゃないか!
俺は立ち上がり、彼らに負けないように、振り絞った声を上げた。
「俺はこれから、自分のために旅をしたいと思っている。それぞれみんな自分のために生きて欲しい。
ただそれが俺と歩む道なら、みんなに助けて欲しい!」
頭をテーブルにつくくらい下げる。こんな安い頭で命をかけてもらおうというのだから、虫の良い話だとさえ思う。
みんなはなにも言わなかったが、顔をあげて見回すと、答えは一目瞭然だった。
「実は俺、古代人の生き残りなんだ」
みんなの笑顔は、カミングアウトした事で驚きの表情に変わった、それでもその奥には未知のものを追いかける、『好奇心』という炎が宿っているのが分かった。
まるで俺がこの世界に始めて足を踏み出したあの日のように……
恐怖や不安をかき消すような、大きな好奇心。
そしてそれに、いまや仲間への信頼という強い力が加わり……
俺の意思はより強く固まった。
全部守りながら、全て解決してやる!
この世界で俺の居場所を、彼らの居場所を守り抜いて見せる!
やる気が漲ってきた。うおぉおぉおぉ!
「トキヒコ、鼻血が出てましてよ」
興奮しすぎたぁ!!
「ワイバーンを食べてはしゃぐからですわ」
そこかよ。
謎の流血と皆の爆笑で、食事会は終わった。
そして、新たな冒険が始まったのだ。




