084話「立ち上がる者、堕ちる者」
予想はしていたのだが、新参者である俺に、教主へ近づくことはできなかった。
「教主様がここへきた目的は理解しておろう?」
チャップマンが横柄に俺に語る。
「いかにお前が優秀なエンジニアだとしても、信用はまだ得られておらん、そう易々とお目通り出来るとは思わぬことだな」
「いえいえ、滅相もない。教団への忠義を示し、お目通り叶う日まで精進いたします」
俺は片ひざをつき、頭を下げる。
チャップマンという男は矮小な男だ。
きっと俺が教主に気に入られて、自分よりも上の階級にかけ上がるのを見たくはないのだろう。
実際にスルジの話では、この雷を産み出す機構に関しては「わかっていない」というスタンスをとることになっているようだ。
それは教主独断への配慮か、はたまたチャップマンからの圧力なのかはわからないのだが。
まぁ教主が古代文明のなにがしを理解している輩であれば、入り口の昇降機構が動いている時点で、何らかの入れ知恵があったことには気づくだろう。
その後、チャップマンは入り口近くへ、教主を出迎えるために上がっていった。
その間、俺たちバムブーグ以下の団員は、教主を出迎えるために、地下空間のメイン通路……といっても土が踏みかためられて出来た一本道を、囲むように整列した。
初めて全員集合して気付いたが、すでにこの施設には100人ほどのものが生活しているようだ。
とは言っても、教団最高権力者がやる凱旋パレードにしては、人数は多くないのだが。これでも精一杯のもてなしと言うところだろう。
もちろん階級の低いものは野次馬根性を丸出しにしているものもいるようだが。
「なぁなぁ、教主様ってめちゃくちゃ美人だって聞いたぜ?」
いやらしい感じでシャマルが耳打ちしてくる。
「シャマルの手が届くような相手じゃないだろう」
とは言っても、美人と聞くと気にならないというのは嘘になる。小さな野次馬根性は生まれたが、今は雑念は捨てておこう。
「昇格すれば顔も拝める、もっと昇格すれば側近になれるかもしれないだろ?」
向上心があっていいものだが。
スリーヴァになるまで一年かかったと言ってたが、まだ班長くらいの立場だ。
この施設だけでも常駐のスリーヴァは10人ほどいる。
その上のバムブーグはスルジ、パイル、グスタフの3人、そしてサスナーのチャップマンだけだ。
上にいくにつれて狭き門だというのは、こいつにはいまいちピンと来ていないのかもしれない。
とりあえずサスナーで100人に一人しか居ないのだ。
単純計算でスリーヴァの10倍。
さらに上に二つ階級がある事を理解しての発言とは思えない。
とはいえ、もうすぐ混乱が巻き起こる。
「そうですね、きっとすぐにバムブーグに上がると思いますよ」と、俺はにっこり笑って答える。
それに気を良くしたのか、シャマルは夢見心地に天を仰ぎながら。
「年齢は30歳、黒いロングヘアーがさらっさらで、小柄でスレンダーな体格から強大な魔法を繰り出す魔法使い……神秘だなぁ」
「会ったことは無いと言ってなかったか?」
「無いが、地上にいたときの確かな情報筋から聞いたんだよ」
さらさらのストレートって、妄想も半分くらい入ってそうだ。俺のいた時代で言うところのストーカーなのかもしれない。
「静かにしなさい君たち、教主様がいらっしゃったぞ」
スルジの声に一同黙りつつも、部屋の入り口を気にしている。
まずは帯刀している戦士が二人、部屋に入ってくる。
さらに後に、人が一人入れるくらいの箱に、二本の棒が渡してある乗り物が現れた、一目でこの中に教主がいるのだろうなと思わせる物だ。
その棒を前後二人づつ、屈強な男が持ち上げて歩いてくる。昔の日本で言うところの駕籠みたいだ。
「あれはセダンチェアという乗り物だ、魔法で防刃、防魔してある」
こっそりスルジさんが教えてくれる。
ここで直接叩くのは現実的ではないか。
さらに後ろにこの施設に来た際に、少しだけ挨拶をしていった、紫のローブのパブロニア階級のガリガリの男、確かガビルという名前だった。
その後ろにもストレンジャーの魔法使いや、戦士が数人護衛についているようだ。
俺たちはとにかく頭を下げて、通りすぎるのを待つ。
どっちにしろ仕掛けるのは今ではない。
通りすぎた一行は、発電機のある建物へと入っていった。
後を歩いていたチャップマンが「バムブーグの者は付いてこい」と言ったので、いそいそとグスタフが列に加わった。
きっと、自分の腹心であるグスタフを、教主へと紹介するためだろう。かといってグスタフだけど招くのも角が立つ、仕方なくスルジとパイルも招いた、というところか。
「じゃあ、先に入っておくよおたべえ君」
そう言うと、パイルと共に建物の中に入っていった。
全て想定内だ。
後は、ナムルからの合図を待つだけ。
ナムルにはあらかじめ隠密スキルで、建物の中に潜んで貰っており、教主が守護をはずしたタイミングで、知らせて貰うことになっている。
俺は100人ばかりの人混みを見る。
この中の数人はチャップマンに恨みを持つものが居る、そして、俺の合図で一斉に建物めがけて雪崩れ込む。
入り口を守る剣士も手練れだろうが、一気に攻められては全てを止めることはできないだろう。
最悪、俺とバートが入ることが出来ればいい。
それで計画は次の段階へ進む。
決意を新たに計画を反復していると「ドスッ」と鈍い音がする。
音のした方を振り向くと、扉を守る剣士の一人が、頭に石を受けて倒れ込むところだった。
どうやら建物の上部より、ナムルが投擲したもののようだ。
「合図だ」
俺は理解と共に飛び出し、もう一方の剣士に《組み付き》をかける。と、同時に《気道潰し》を行い、声がでないようにしながら、首元を締め上げる。
チャップマンに離反するもの達にも、状況が理解できたようで、目の前の者が石を拾い、俺が組み付いている剣士の頭に一撃を入れた。
体に入っていた力が無くなったのを確認して、剣士を投げ捨てると、一目散に走ってきたバートと共に、建物の中にはいる。
ここに来たときにセダンチェアの回りにいた護衛の数は思ったより少なかった。
本人が名うての魔術師だというおごりか、信者に離反を起こされるなど考えなかったか、もしくはただの人材不足かは定かではないが。こちらにとって嬉しい誤算だといえる。
発電所に当たる建物は、元来は管理者が居たようで、大きな制御室、機械がおいてある機関室などが区切られ、廊下で繋がっている。
その廊下を突き進むと、他の護衛と出くわす。
「大変だ、信者が暴動を!」
と慌てた様子で叫ぶと、そいつらは役職持ちの俺の肩を透かして後ろを見る。
数人の信者がすでに廊下のいりぐちに来ていたが、俺をその一派だと思わなかったそいつは、俺の不意打ちを食らい、片ひざを付く。そこに追い付いてきた信者の追加攻撃を食らって、気絶した。
思ったより簡単に事が進んでいる。
罠にかかっているという感覚はない。
ただ単純にスムーズに進んでいるだけだ。
そうして俺たちは一気に部屋に雪崩れ込むことが出来た。
「何奴じゃ! 教主どのの御前だぞ!」
チャップマンが捲し立てる。
俺はローブに付いているフードを目深にかぶって居るため、すぐには誰か分からなかったようだ。
セダンチェアを持ってきた男達が、囲むようにして警戒体制に入る。他のストレンジャーも武器を構えてセダンチェアを守る。
一瞬の膠着状態の中、バートが叫ぶ。
「教主様聞いてください、チャップマンによる謀反の申し立てでございます!」
その言葉を理解するや、チャップマンは叫び散らす。
「この痴れ者が! いい加減なことを申すな、恥を知れ!」
そう言って腰に下げた剣を抜いた。
俺はその剣を、セスタスで弾き飛ばした。
こんなほとんど一般人の攻撃など、ランク4のストレンジャーにとってはスローモーションだ。
「おたべえ、貴様っ……」
近寄って初めて俺と気づいたチャップマンは、俺を睨んで来たが、実力差に対してそのくらいの抗議しか出来ないでいるようだ。
「それはまことなのか、バートよ」
その隙を付いて、スルジが助け船を出す。
「はい、少し長くなりますが……」
バートは力強く答えると、自分の過去を語り始める。
自分の母が、爆薬をチャップマンに売ったこと、そしてそのあと天使に殺された事。明らかに天使は、そこで粛清をするために、待っていたという事実を語った。
話を聞いている間にも、数名の信者がこの部屋の入口に押し掛けていた。
外の方では喧騒がまだ聞こえる。
「今の話は聞き捨てならんな」
乾き、しゃがれた声が、奥からする。
声のした方には、パブロニアの痩せ男、ガビルが居た。
チャップマンの顔色が変わる。
「恐れ多くもガビル様、このようなしたっぱの戯れ言を信じるなど……あり得ませぬ、私がどれだけこの堕天使教に尽くしてきたことか、お分かりでしょう!」
一気に捲し立てるが、ガビルの顔色は変わらない。
「私は本当だと思いますが」
そこに畳み掛けるようにスルジが一礼しながら発する。
「ほう、何故だ?」
ガビルは静かにそれに答える。
「私もチャップマン殿に身を救われ、10年前にこの堕天使教に入ったクチなのですが……その時、謀反を起こした張本人という名目で、母親をチャップマン本人に殺されているのです」
静かに怒りを圧し殺して、それすら表に出さずに、淡々ととスルジが語る。
「今考えると、なんの変哲もない村を、天使が襲う理由が分かりませんでしたが……彼の仕組んだスカウトの方法だとすれば、合点がいきますね」
さらに続けたスルジよりも、むしろパイルが怒りを露にチャップマンを睨み付けている。
「戯れ言を!」
もう、語彙を忘れてそんな台詞しか言えなくなって居るチャップマンに、バートの後ろに控えた者達も声を荒らげ始めた。
「俺の村も天使にやられたんだ、その時は助けに来てくれたチャップマン様を神様だと思ったのによぉ!」
「俺の村もだ!」
「俺もだ!」
その叫びを聞いたガビルは「静かにしろ」と皆をたしなめてから。
「チャップマン、君はスカウトがうまいと前から思っていたよ。いつも出掛ける度に、天使に恨みを持つ良い人材を見つけてきてくれる。実際そこに居るバムブーク等は、その働きが我が耳にまではいって来ている程だ」
そう言ってスルジとパイルの二人組を見る。
「そう言えば3年くらい前の話か、お前がサスナーに上がったときには、大量の爆薬を教主様に献上したこともあったな」
「それだ! おいらの母ちゃんのっ」
叫びだしそうになったバートを、俺は手で制す。
「チャップマン、お前は確かに堕天使教に対して良く働いてくれた。人材の登用、武力強化。その過程で犠牲になった者が居たことは、この際責めはしない」
ああ、そうだろうな。
狂信者というのは得てしてこういう頭の作りをして居るものだ。
バートもその言葉に怒りを通り越し、血の気が引いているが、叫び出さないように俺が前に出て手で制している。
その後ろの者達もだ。
予め展開を予想して話してあるので、辛うじてこの怒りを納めて貰っている感じだ。
ガビルはその、狂った思考を垂れ流す。
「大義のために死んだ者は、仕方がないのだが。天使と繋がりがあるというのは許しがたい大罪だ!」
しゃがれた声が裏返りそうな程、叫ぶと腰に下げた鞭を取り出し、チャップマンの横っ面を張る!
「がぁぁっ!」
頬をおさえしゃがみこむチャップマン、口の端が裂け、血が流れ出している。
「沙汰は、これを聞いておられる、イース様に出して貰うことにしよう」
こちらに背を向け、歩き出すガビル
イース……確か挨拶のときにガビルが連れてきた最高司祭の名前だったはずだ。一言もしゃべらない人形のような男の子だった。
ガビルはセダンチェアに寄ると、中に話しかけた。
何!?
あの中に居るのは教主ではないのか?
俺はとっさにスルジを見るが、彼もそう思ったようで、驚いた顔をしていた。
ガビルは、うんうんと頷くと。
「イース様より、チャップマンを幽閉せよとのお言葉を頂いた」
例により、そんな言葉は御簾の奥から聞こえはしなかった。
「野放しにしては、天使を結託するやも知れぬ、拷問にかけて情報を聞き出せ、と仰られている」
その言葉を聞くやいなや、ガビルの回りにいたストレンジャー2人が、まだ顔を押さえて痛がっているチャップマンを拘束していく。きっとこれから死んだほうがマシだと思える日々が彼を待っているのだろう。
しかし、そんな光景はどうでも良かった。
セダンチェアに入ってるのがイースだとして、教主はどこなんだ!
この施設を稼働させる事ができるのは、古代の知識がある教主しか居ない筈だ。しかも彼女の精霊がここに居るのだ。他の者がそれを代行することなどできない。
どう言うことだ……
俺は汗が冷えて流れるのを感じながら。
予想外は予想を外れるから予想外なのだとしみじみ思う。
そしてその予想外のさらに外側に真実がある場合もあるのだと、この後、知ることになる。




