083話『計画の全容』
嵐の前の静けさ。
その言葉通りの数日が過ぎる。
「これだけ何も無いってのも不気味なものだな」
部屋へ戻ると、共同スペースで作って貰った食事をテーブルに広げる。今日はパンとミルク、ワイルドボアのトマト煮。最初は抵抗のあったこの時代の食事も、ワイルドボアぐらいだったら、普通の豚のイメージで食べている。
「おたべえさん、自分の部屋でお食事されてはどうですか?」
バートは少し迷惑そうにしながら、狭いテーブルに自分の食事を並べた。
「一人で食べても美味しくないんだよ」
「良い食事が出るって聞きましたよ」
良い食事……階級が上がると、子供のワイバーンのモモ焼きだとか、ソウギョの煮付け等が特別に用意される。
「ソウギョって聞いたこと有るんだけど、どんな魚だっけ?」
たしか中国の四大家魚の一つだったと思うんだが。
「そうですね、鳥の足の生えた魚ですね、地面を歩いてます」
食べなくて良かった。
さすがにまだ俺には早いぜ。
食事を済ませて一息ついていると、部屋にノックの音が響く。
「バート、おたべえは来ているか?」
ナムルが来たようだ。
「開いてますよ、どうぞ」
バートの返事に、遠慮なく入ってきたナムルは、くつろいでいる俺を見ると「話したいことがある、ちょっと二人で話そう」と、ぶっきらぼうに俺を連れ出そうとする。
「報告ならここでもいいよ、バートも計画に参加して貰ってるんだ」
「こんな子供まで引き込んでいるのか?」
おいおい、なんだその人でなしを見る目は。
バートもその表情に気づいたらしく、俺を擁護してくれる。
「アサギさん、僕は自分で参加してるんです」
「それは本当か?」
「この教団の中には、自分の地位を得るために、他人を殺すことも厭わない人間がいるんです、その人たちだけでも罪を償わせたい」
その決意めいた発言に、ナムルも黙るしかなかった。
「それで、なにか分かったのかい?」
俺は気を取り直して、ナムルに問う。とにかく情報を聞いておきたい。
「ああ、そうだったな。敵の重要施設だと思われる場所が見つかった」
重要施設、彼らを根本的に知るには、この場所は不向きだった。
ここは地下で暮らすための実験をする施設のようで、古代兵器の欠片も見つかっていない。重要施設とも言いがたい。
「いい情報だ、どこに有ったんだ?」
「衛星都市イオの近くの遺跡だと言うことだ」
ぬ。知らん単語だ。
「衛星都市とは?」
「おや、おたべえ殿は東方の辺鄙な村の出だったな」
辺鄙言うな。
「衛星都市イオというのは、セントラルシティの東地区と、情報を共有する街なのだが……」
俺の表情から、うまく伝わっていない事を察したようだ。
「おたべえ殿は、セントラルシティもわからんのか?」
「すまん」
「辺鄙の村の出は何も知らないのか?」
辺鄙言うな。反論は出来ないけどな。
「セントラルシティってのは、爆神地を中心とした海を囲む、この世界最大の都市です」
10歳のバートですら知っているようだ。
さらっと、ニュアンスが違う単語が混じってた気がするが、今回はスルーして後で調べよう。
「まぁこの世界のまさに中心という事だ。天使もここには普通に出入りしていると聞く」
「その言い方だと、行ったことはないんだな?」
ナムルはムッとした風に「有るわけないだろ」という。
「あまり一般の方は行きませんよ、住んでいるのは、貴族ばっかりですから」
バートが代わりに説明してくれる。
「で、その街の出張所が衛星都市なんだな?」
「大体そんな感じです」
確かに、堕天使教がこの世界の体制を崩そうと言うなら、貴族等の権力者を攻撃するのが一番だろう。
「まだ、その施設がどんな施設なのかは分かっていないんだが、情報では教主がその施設を利用しているという事で、間違いなさそうだ」
ナムルはようやく、必要な情報を伝えれたと、ため息をつく。
「お前がちゃちゃをいれるから話が途切れてしまうのだ、辺鄙村め」
「名前みたいに定着させんなよ」
「で、おたべえの方は何か進展はあったのか?」
そうだ、この質問を待っていた。
「ああ、ついに決行の日取りが決まったぞ!」
バートがごくりと生唾を飲む音が聞こえる。
昇格してから、チャップマンにごまをすり、何度もスルジと打ち合わせをし、ようやく教主がこの施設を訪れる、日時の情報を掴んだ。
「4日後なのだろう?」
「おい、何で知ってる」
ようやく掴んだ情報だって心の中で言ったぞ? 聞こえなかったのか?
「教主がその施設を、一週間前にこちらに向かって出発した、という情報が入っていてな」
にやにやしている。
こいつ、さっき言わなかったのわざとだな……
「だったらその情報は確実そうですね」
バートがこの空中戦を無視して、神妙な面持ちで言うもんだから、こっちは火花を散らすわけにも行かない。
「そうだな、もう準備はできている。あとはその日を待つだけだ」
「その意気だな。……して、計画は?」
二人して俺の顔を凝視する。
そうだな、確かに俺が始めた事だ。
俺は思いきって口に出した。
「計画立ててないんだよね」
「は?」
「え?」
「いや、今までは知ってる間柄の数人の立ち回りとかだったから、色々策を練れたけど、今回は人数も多いし、相手の出方も全然分からないからさ、計画の立てようがないっていうか……」
ナムルのビンタが飛んでくる。
「甘い!」
俺はそれを腕でガードするが、ガードしたまま吹っ飛び、壁に強かにぶつかる。
「ふふふ、同じ手を二度も食らう俺ではない!」
三度目だったか。しかもぶつけた頭が痛い。
「ふざけてないで、計画立てましょうよ」
バートもため息混じりに言ってくる。
「や、本当に計画立たないんだって。そりゃぁ考えたよ?でも、何かが起こったときの対処は出来ても、計画通り事が進むって確証が全く無いんだ」
「それはそうかも知らぬが、無策というのも問題有るだろうが」
ナムルはお怒りの様子だ。
「とりあえず個別に言うと、バートは俺の合図で自分の体験談を、教主に話すこと」
「教主様にですか? そんな機会なんて……」
「そこは無理矢理入れるように人間を募ったんだ、何とかなるさ」
俺はナムルを向き直り。
「そして、アサギは俺を逃がすために力を貸して欲しい」
「逃げるのが前提なのか?」
「どうせ、追放は免れないんだ、さっさと逃げるに越したことはない」
「まぁ、言うとおりにしよう」
「まず、俺の合図で一斉蜂起を行う。まぁ強行直訴だな」
江戸時代なら竹の先に手紙を挟んで渡すイメージだが、あれはイメージだけで実際には無かったことらしい。
「その後の教主の反応次第だが、聞いた話によると、この教主は女性を粗末に扱う者が好きではないらしい。すくなくとも女性信者を慰みものにしているグスタフは絞れるだろう」
俺の言葉に続いて、バートは過去の記憶に基づいた予想を語る。
「チャップマンの方も、教団の名を貶める行為ですし、天使と裏で繋がっているという可能性も有ります、何もお咎めがないという事はないでしょうね」
バートの母親を天使が襲撃した事件は、チャップマンがその情報をリークした可能性がかなり高い。
天使と敵対するのが目的の教団に、繋がりの有るものがいては、最後の最後で裏切られる可能性も捨てきれないだろう、チャップマンは地位を剥奪、もしくは殺される事になるかもしれない。
「うまく行けばこれで二人は断罪できる、あとは教主と対面した時に、どうするかだ……」
ナムルも考えを口に出す。
「教主は強行派なのだろう? 殺すか、幽閉してこっちの切り札にするかが妥当じゃないのか?」
「確かにそれが妥当だろうな」
「ちょっと待ってください、教主様はかなりの魔法使いと聞きます、僕たちなんて簡単に殺されちゃいますよ」
「それが、そうでもないんだ」
俺は守護の、付け替えの法則をバートに聞かせた。
守護は付け替えることが出来る。
契約解除は瞬時にできるが、再契約は1時間ほどの精霊との対話が必要になる。
「ということは、その付け替えのタイミングを見計らって、ことを起こせば、魔法の弱体化を狙えるわけですね」
「この地下には、風がない、水も近くにはないし、明かりがついているから松明すらない。教主が使える魔法は、光と雷だけだ」
「雷ってそれってかなり危険なんじゃ……」
普段見ることの無い魔法にバートは怯える。
「危険だが、俺もその対応策を持っている、それしか使えないというなら、対策は簡単だろ?」
「それに私も暗殺スキルはかなり高い、気づかれずに後ろに回って、一気に止めを刺すことも出来るかもしれないぞ」
「アサギさんってそんなに凄かったんですか!」
バートは純粋に驚いてくれるから、ナムルもえっへんと胸を張っている。
「とまぁこんな風に、ごちゃごちゃになるから、計画っていう計画は立たないんだよ」
「まぁ、段取りだけは分かった、状況をみて判断することにするよ」
ナムルのような経験値の高い人材はこういうときに助かる。
「よし、では四日後まで鋭気を養っておくんだ」
「分かりました」
「私も外出から帰ってきたばかりだ、しっかり休みをいただこう」
こうして、準備は整った。
しかし俺は自室にこもり、あーでもないこーでもないと、知略を巡らす。
俺は起こりうる予想外を予想して、ケースバイケースを仕込んで行く。
だが予想外というのは、それを外れているから「予想外」というのだ。




