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080話『この時代の農業』

 俺はなに食わぬ顔で、農場へ戻った。


 農作業をしている、バートがいる。

 10歳だというのに農園で働いていただけあって手際がいい。暫くそれを眺めたあとに、彼が一人でずっと仕事をしているのが気になった。他の者はどうしたのだろうか?


「すまん、用事があった」

 そう言いながら、バートの後ろで作業を始める。


「大丈夫ですよ、他のみんなはちょくちょく休憩何て言って抜けてますから」


 確かにここの監視はザルだ。

 むしろ監督を任されているシャマルの姿が見えないという体たらくだ。


「作物は、少しでも愛情をかけるのをやめるとダメなんです。毎日ちゃんと見てあげないと」

 そう言ってせっせと一人で(うね)を直して回っている。


「しかし、実際に収穫できるまでどのくらい掛かるんだろうな」


「三ヶ月前からやっていると言ってましたが、収穫できる作物はありませんし、これだけ気候が一定だと、自然任せの栽培は難しいかもしれませんね」


 だったら何のためにこんなことをしているのか?

「単なる実験場ってことかもしれないな」


 そこに、サボっていたシャマルが戻ってきて。


「おま、おまおま」と謎の言葉を放っている。


「おかえりなさいシャマル様」

バートの言葉も聞こえていないようだ。


「お前、その服どうした……」

 シャマルは動揺しながらようやく言葉にした。


「ああ、さっき支給されましたよ」

 俺の服はスリーヴァ階級の赤いローブに変わっていた。


「あ、おたべえさん、そう言えば服変わってるじゃないですか!」

 バートのほうは畑に夢中で、今になってようやく気づいたようだ。


「お前、まだ2週間だろ? 俺なんてスリーヴァになるのに一年も掛かったんだぜ……」


「来週くらいはバムブーグになってるかもしれませんよ」

俺は笑いながら言った。


 この施設に明るい事から、管理職を担うことになった。

 エレベーターの開通の件もあるのだ、働きとしては価千金(あたいせんきん)といっても過言ではないだろう。


「ところでシャマル、どこに行ってたんだ?」

 俺は少し怖い顔で聞いた。


「早速タメ口かよ……トイレだよトイレ」

「長いトイレでしたね」

 バートが畝を直しながら挟む。


「うるさいぞ、仕事してろっ」

 ふてくされてしまった。


「冗談ですよ、ところでシャマルさん、少し聞きたいことがあるんですが」


「なんだよ」

 シャマル本人が用意したのであろう、「監督専用」と書かれた椅子に座って、だるそうに返事をする。


「ここの作物って、この施設に来てから実はつきました?」

「どうだろうな、花は咲くんだが、実にならないんだよな……」


 やっぱりか。

 外での暮らしでは問題にならないことが、この地下では大問題になってるようだ。


「それについて、上の者はなにも言わないんですか?」


「みんながサボってるからだろうって怒られちゃったよ。ワリ食うよなぁ現場監督ってのは」


 いや、お前が率先してサボってるじゃないか。

 とは、大人なので言わない。バートも言いたそうだが、こっちも大人だった。


「それにさ、頑張っても実らないってわかっちゃうと、やる気失せるじゃん?」


 (はな)からやる気など無いように見えるが。

「情報ありがとうございます、これは農業改革が必要になりますね。少しスルジさんに相談してみようかな」


「原因わかるのかよ?」

「主に二つくらい」

「お前はなんでも知ってるなぁ」

「まぁね」


 得意気に言う俺を、じとーっとした目で見るシャマル。


「本当に来週にはバムブークになってたりして」

「そんなに昇格に興味はないんですけどね」

「へっ格好つけやがって」


 どうせ、蜂起(ほうき)の際には俺は責任をとらされて失脚するのだ。それならいっそ。


「この話、シャマルさんがスルジ様に相談してみたらどうです?」


 シャマルの顔が輝いた。

「まじか! そりゃぁ手柄貰えるのは有りがたいが、本当に原因突き止めてるのか?」


 そりゃぁ疑うのも無理はない。

 成果のでない農工の実験を繰り返すのもただではない。うまいやり方があるなら上の方も喜んでくれるだろう。

 俺は興味はないといったが、昇進したいのなら逃すチャンスではないはずだ。


「はい、突き止めてますよ。しかし、シャマルさんが疑うならやっぱり俺が……」


「ああ、いいよわかった。俺が行くよ」


 そんな、仕方無いみたいに言われても。

 まぁいい、俺が全部発信すると疑われるかもしれないしな。


「じゃぁお願いします」

 そう言うと、俺はメモ帳を取りだし、EF語で簡単なメモを書いた。


「おいおい、俺はEF語読めねえぞ」

「あ、そうなんですね、でもまあスルジさんは読めるって言ってましたし、細かいことはここに書いておきますので、渡せば良いと思います」


「そうだな、専門的な話なら俺にはわかんねえしなぁ」


 シャマルは「監督専用」と書かれた机に突っ伏してため息をついている。


「難しい話ではないんですが、用意して欲しいものを書いているので、そのメモだと思ってください」


 そう言いながらメモを書き終えた。


 読み書きが出来る人間はあまり多くない。

 俺もEF語はちんぷんかんぷんだったので、ハウスベルグ家に居る一ヶ月で、必死に勉強したのだった。


 ちぎったメモを、シャマルに渡すと、早速走ってスルジの所へ持っていった。



「ところで、おたべえさん」

 いつの間にかバートが隣に来ていた。


「どうして実がならないんですか? 愛情不足ではないんでしょう?」


「作物にとっては愛情は大事だが、それだけで実が成るわけじゃないんだよ」



 この世界では結実のシステムすらも後世に引き継げなかったのだろうか……確かに、大神災(だいしんさい)のあとも平穏な日々が続いたわけじゃないだろう。


 大神災は、ユーラシア大陸全土を、大きなひとつのクレーターにするほどの大爆発だったと聞く。

 大きな擂り鉢(すりばち)状の土地は、岩盤が抉れ、むき出しに成っているか。端の方ではもとの地表よりも何キロも上まで、中心近くの抉れた土が覆い被さって居たのであろう。


 丸坊主に成ってしまった大地を、農民以外の者が耕し、自分のためだけの糧を得る生活が待っていたに違いない。


 そこにはノウハウなどはなく、精神論的なものしか存在せず「体感」や「実体験」のみがその後の農工を支えてきたのだろう。



 俺はバートに、結実の方法を教えた。

 その為には風か、虫が必要であることを伝えた。

 世界から蜜蜂が消えると、生き物は絶滅するとさえ言われているのだと。


「そんなことが……」

 バートには衝撃の事実だったようだが、それ以上に愛する植物の事を知れて喜んでいる様に見えた。


「あとは産地だな。その土地の土でしか育たないものもあるし、気候も関係するだろう」


「それは俺も考えてました、こんなところに白菜植えても大きく成らないと思うんです」


 確かにここの気温は25℃前後に保たれているようだ。成長はしても美味しく育つとは限らない。


「白菜は、もう少し北が産地で、そこから回りの街に輸出されてるんですよね」


 品種改良……なんてあるわけがないか。

 わりと原種に近いものが生産されているのだろう。


「今後の課題かもしれないね」



 この世界に来たときは、わからない事ばっかりだと思ったが、俺もだいぶこの時代に馴染んだもんだ。

 むしろ俺が教える側になるとは、思わなかったよ。

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