008話『クロノスを越える者』
「いや、本当だよ」
クロノスは特別じゃないんだろ! と詰め寄ったが、ケロッと返事が返ってきた。
「確かにクロノスは珍しいが、それが凄いわけではないんだ。使うのが難しいから、使いこなせる者が少ないんだ」
あんまり当たり前に言われると、怒りもぶつけにくい。
「そうだな、守護については今度話そう。今はその話題はやめておこう」
まだラスティは低い姿勢で、タブラを見ながらうろうろしている。
ははーん。話題が切り替わらないとまずいんだな?
恥ずかしい思いをした、仕返しをしたいという気持ちが沸き上がってきた。
「守護ってなんなんですか?」
この話は終わらせないぞ、と。
タブラは苦い顔をしたが、彼の持ち前の性格なのか、丁寧に教えてくれた。
――守護とは。
精霊や神等を、自分と一緒に同行させる事だそうだ。
魔法を使う際に使用するものは、魔力だけでなく『種』も必要になるらしく、水筒の水や、焚き火の火等を種にして魔法を発動する。
だから、通常は砂漠で水を生成したり、暗闇で光の魔法は使えない訳だ。
そこで、例えば水の精霊を守護にしていると、それ自体が種の役割を果たしてくれるので、砂漠でも水を作り出せるとの事だった――
「ほうほう、そうなんですね?」
話の間もラスティは、飽きもせず諦めもせず、タブラの守護を探している。むしろ、直接的にポケットや服の中を探し出す始末だ。
だいぶエスカレートしているが、まだだ、俺の羞恥とは釣り合わないぞ?
……あと、少し面白くなってきた。
「守護って何でも付け替えできるんですか?」
ちょっと睨まれてしまったが、ちゃんと説明してくれた。タブラ、その性格は君にとってマイナスなんではないか?
――守護は普通、精霊や神と対話して気に入られるか、魔法毎に対価を払うか、相手を屈服させて従わせるかすれば、守護についてくれるらしい。
また、より強力な精霊等を屈服させた際には、一時間程の簡単な儀式で、契約を切り替えることができるそうだ。
その際外れた精霊も必要であればまた呼び出して契約し直す事もできるが、ついている状態の守護は、一人につき一つが決まりである。
守護している精霊等は、戦闘や魔法経験等で経験を積み、彼ら自身も術者と一緒に成長していくため、最初は水筒一杯の水しか生成できなかった精霊達も、ゆくゆくは津波を発生させる精霊に成長する事もあるそうだ――
と、ここまで聞いたところで、さすがのタブラも疲弊してきたようだった。ラスティが首に手を回して、足でお腹をロックして、背中にとりついてしまって居るから仕方ないが。
落ち着けラスティ、お前が背後霊みたいになってるぞ。
しかしそこまでくると、逆に新たな疑問が沸いてくる。知識とはそういうものだ。もうイジる気持ちは無いんだけど……気になってつい聞いてしまう。
「剣士に守護って意味あるんですか?」
「剣士も魔法を使ったり、加護を得るために選ぶものは多い」
「じゃあ、タブラさんにも居るんですね」
「まぁそうだな」
曖昧な答えだが、ラスティの足の締め付けが凶悪なものになったようだ。
「――わかった、やめてくれ……」
ついに根負けしたタブラから、憑き物はいっそう目を輝かせながら離れた。
「私の場合は少し特殊でね。簡単に言うと、私自身が守護なのだよ」
こっそりと周りに聞こえないように言われたが。
「いまいち、わかりません」と答えざるおえない。
ラスティに至ってははぐらかせたと思ったのか、猫の迎撃体制のような格好をしていた。タブラは焦っている。
「いやいや、本当の話だ。この体は借り物でね、今しゃべっているのは、体の中の私なんだ」
真顔だ、嘘ではないのだろうが……
「ラスティ、私が嘘をついたことがあるか?」
いや、それはあるだろ。
「ない」
ないんかい!
ラスティも真顔だ。仕方ないという風に臨戦態勢をとく。
……本当に無いのか?
「で、どんな格好してるの?」
臨戦態勢は解除されたが、好奇心は尽きないらしい。
「それが、私にもよく判らなくてね。この体の持ち主は、黒くて丸い魔力の塊だと言ってたが……」
「黒くて、丸い」
ラスティは必死で想像しているみたいだ。
漫画だったら頭の上に、ふわふわとした吹き出しが出てることだろう。
「可視化を、試してみてはどうですか?」
提案してみたが、タブラは首を横にふる。
「可視化というのは方便でね、少しニュアンスが違う」
「というと?」
「君はサラマンダーを知っているか?」
サラマンダー、火の精霊。
昔のゲームや小説によく出てくる奴だ。
「とかげの格好をした、火の精霊でしたよね」
「そのとおりだ。可視化というのはそのイメージを具現化しているものだ。だから『誰も知らない何か』を、具現化することは出来ないんだよ」
そんなシステムだったのか、確かに俺のクロノスも、時計や歯車のイメージで構成されているな。
「お姉さんこっちきて!」
そんなことはお構い無く、ラスティが受付嬢を連れてきた。
「なんなんすかー」
さっきクロノスをみても興味のない顔をした受付嬢が、勢いよく腕を引かれ、転びそうになりながら、必死でついてきてる。
「お兄ちゃんの守護を可視化してください」
「え? いいケド?」
「止めておけ、無駄だぞ」
急に引っ張られてきた割には「よーし、それじゃやってみますよー!」と、腕捲りまでして、やる気満々だ。
目をつむって手をかざすと、タブラの背中にモヤモヤと黒い塊が現れた。それは瞬時に形作られ……
黒くて丸い頭に、円柱形の胴体、丸い足がちょこんとついてて、胴体の横には紐のような腕、そしてその先に丸い手……よく見ると申し訳程度に角も生えている。
そして、何故か鎌を持っている。
「成功しましたね!」
あっさりと成功させて小さくガッツポーズをしてから、出てもいない汗をぬぐっている。
「なにっ! 成功しただと!?」
むしろ一番驚いているのはタブラだ。
「わーい、私が思ったまんまの形だ」
えっ、こんなの想像してたの?
「どうしてだ、何故可視化される……」
タブラは解せぬと、なにかをぶつぶつ呟く。
はしゃぐラスティ。
これはなんだと分析するように見いる受付嬢。
そして、俺は、見た感じ……
「虫歯菌みてぇ」
あ、つい思ったことを言っちゃった。
タブラはこの世の終わりみたいな顔で膝をついた。
「私のイメージは虫歯菌だと……」
完全に凹んでる。
「いいじゃん、可愛いよー」
ラスティはご満悦だが。
急に受付嬢が騒ぎ出す。
「これって、新種の守護ですよね!『ムシバキン』でいいんですか?」
追い討ちをかけるのは止めてくれ受付嬢、俺は今罪悪感でいっぱいなんだ。
「そうか!」
凹んでいた筈のタブラは、いきなり立ち上がって語りだした。情緒どうなってんだ。
「今までは誰も知らない、名前もない物だったが、ラスティが知ったことで、その守護にイメージが付いてしまったのか!」
名付け親みたいなものか?
ってか、黒くて丸くてふわふわしているって情報から、虫歯菌のぬいぐるみみたいなものを想像するって、逞しい想像力だな!
角どっから来たし。
受付嬢はポケットから、丸い水晶のような物を出してタブラへと向ける。
「その守護記録しちゃいますよ! はいバター」
「おいやめろ、勝手に撮るんじゃない!」
「勝手じゃありませーん、新しいの見付けたらギルドに報告する義務があるんですー」
丸い石を奪おうとするタブラを避けて、脱兎のごとくカウンターに逃げ込む受付嬢。カウンター越しに抗議するタブラ。
「ラスティ、手に持ってる石は何? あとバターって?」
気になったことを聞いてみた。わりと落ち着いた俺も、このごちゃごちゃした世界に順応し始めたのかもしれない。
「タートルストーンだよ、みんなカメ石って呼んでるやつ」
「カメ?」
「なんかボロボロの文献に載ってたらしくて、風景とかそこに見えるものを、画像で保存してくれる石なの」
「カメラって事か」
「カメ石だよ?」
たぶん『ラ』のとこ破れて読めなかったんだよきっと。
「んで、バターは?」
「昔からある、カメ石使うときの合言葉だよ」
たぶんそうだろうな、乳製品だし……まぁいいけど。
タブラが諦めて帰ってきた。
「もういい。換金したら宿に戻るぞ」
かなり疲れ果てている。
カウンターの向こうでは受付嬢が、新種発見とばかりに、他の職員にカメ石を見せて、ムシバキンムシバキンとはしゃいでいる。
すみません、不用意に口走ってしまって。
僕らはそんなギルドの中を9番窓口へ向かった。
「ストレンジャーネーム、ラスティ=ネイルです」
「はい、お待ちください」
受付の男性が石板に文字を書くとそれはスッと消えて、代わりの文字が浮かんできた。
「あれがEF語だ」
タブラが目配せする、記号のようなもので読めはしなかった。
「はい、今回の換金は2580エンですね、引き落としはどうされますか?」
「じゃあ1400エンお願いします」
「では、あとは預金させていただきますね」
そういうと、茶色のいかにもな袋に、ゴツゴツとした何かを入れて渡してくれた。羽ではなく角とか牙とかそんなもののようだ。
「1400枚の羽を、受け取るわけにはいかないからな。大きな金額のものには、相応の魔力の物で取引されているんだよ」
なるほど、確かに1円玉を1万枚持って買い物には行かないよな。
「私は疲れた。トキ君の装備は明日にして、今日は食事をして寝ようじゃないか」
確かに、疲れてしまった……
はっ! そう言えば、ラスティはクロノスを見るの楽しみにしていたはず!
「ラスティ、俺のクロノス凄いでしょ!」
「あ、うん、凄いね」
そりゃ、冷めてるよな。
俺の華々しいデビューは虫歯菌に塗りつぶされてしまった。
寝よう……
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