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077話『幼馴染み』

 翌日は、最下層での仕事を休んで、巻き上げ機の修理にあたった。


 スルジは約束通り、俺の要求したものを揃えてくれた。しかもまた明かり担当をかってでてくれたのだ。


「スルジ様助かります」

「いやいやいいよ、僕たちも助かる事みたいだしね、よっこいしょ」


 そう言いながら、点検口を抜けて上がってくる。


「スルジ様、ここは汚れますよ!」

 俺はおどろいたが。スルジは笑ってついてくる。


「僕も興味があってね、よかったら引っぱってくれないか?」


 手を伸ばすスルジの手を掴むと、引き上げ機のある上の階まで引っ張りあげた。


「へぇ、これが古代の機構なのか」

 スルジの細い目が見開かれている。


「スルジ様もこういうの興味あるんですか?」

「うーんそうだねぇ、みんなが楽になる機構には興味があるよ、それが古代文明だとしても、研究するに値するよね」


「俺は……失礼だったらすみません、堕天使教には破壊的なイメージが強くて、そんな考え方をする人が居るとは思っていませんでした」


 もし呪竜、スタンピートが堕天使教の仕業だとしたら、それは大規模な破壊行為だ。「皆が楽になるように」なんて言葉は出てくるだろうか。


「確かに、世界を変えるために沢山の犠牲もやむ終えない、って思っている人もいるみたいだね」


「その言い方だと、スルジ様はそのご意見に反対なのですか?」


「おっと、明言は避けさせてもらうよ、まだ君の人となりも分からないからね」


 一言で立場が悪くなることもあるのだろう。

 追求して変に勘ぐられるのもまずい。


「といっても、ここは昨日まで誰も知らなかった空間だ、ここでの話は二人だけの秘密だね。

で、君は、なんでここに入信したんだい?」


 静かな声で聞いてきた。

 その響きは単純に表向きの答えを求めているものではなかった。人に信用して貰いたければ、自分が信用しろって事か。

 蛇が出るか蛇が出るか……


「堕天使教が正義であれば、世界を変えるお手伝いをと思いまして」


「ありがたい事だ。しかし、正義でなければどうする?」


「どうやらこの教団も一枚岩では無さそうですし、目的を遂げるための手段も一つとは限らないと思いますし」


 スルジは相変わらずの細い目でこっちを見ている。彼の魔法で煌々と照らされている顔からは、全くその真意を読み取れない。


 俺はごくりと唾を飲み込んだ。


「ははは、僕も同意見だよ」


 彼は笑って見せた、真意は掴めないが、いままでの会話上、全くの敵対する立場ではなさそうだ。


「すみません、無駄話を。修理をしましょう」

「そうだね、早く済ませてしまおう」


 俺はてきぱきと修理を始める。

 配電盤のブレーカーが落ちているのを確認した後、むき出しの電線を漆を染み込ませたなめし革で巻いていく。

 漆は絶縁体の効果を発揮する。ゴムやビニールテープ等がないこの時代ではこれがマストだろう。


「これは何をやっているんだい?」

 興味津々に話を聞いてくる。


「この地下を動かしているエネルギーを、外に逃がさないようにするための処置です」


「私が調べた限りでは、ここのエネルギー源が何なのか分からなかったんだが、君は知っているのかな?」


 おっと、かなり確信に食いついてくるな。

 どうごまかすか。


「ここのエネルギーの供給源について教えていただければ、お答えできるかも知れませんが……」


「僕が知っていることならーー」



 三ヶ月前、ここにるバムブーク以上の幹部を連れて、教祖様が施設に訪れた。

 その際、最下層の奥にある機構に教祖が手を触れた。

「このハンドルを回して」

 教祖の声かけに、グスタフが応じ、機構についているハンドルを回す。と、同時に教祖が聞いたことの無い魔法を唱えたという。

 その瞬間施設の明かりが点った。



「あれが教祖様の魔法だったのか、古代の機構だったのかは分からなかったんだけどね」


「それだったら分かりますよ、あれは雷の発生機構なのです、もちろん雷と比べれば弱い威力ですが」


 とはいえこの巨大な施設を動かすくらいだ、相当なものだろう。


「雷の魔法だったのか」

「はい、ですが古代機構でなければそれだけのパワーを生むことはできません」


 ハンドルがついているということは、ガソリン等の発電機だったのか? ガソリンの供給が無い今、それが動き続けるために必要なものと言えば……


「私が知っている限り、その雷を発生させる魔法はかなりの魔力を消費すると思うのですが」


「ああ、驚いたよ。まさか教主様がユニコーンの角をお持ちだとはね」


 俺が知っているユニコーンは、幻獣の中でも有名な、角のある馬だ。とても気性が荒く、角を持っているとなれば当然殺したということになるだろう。

 それを消費しながら継続発電していると考えるのが無難だ。


「教主様とはどんな方なのですか?」

 これから戦うかもしれない相手だ、俄然興味が湧いてきた。


「彼女は僕らより君に近い存在だ」

 彼女……教主は女性なのか。


「教主様も以前はストレンジャーだったそうだ。しかも古代の秘術をいくつか知っており、それで天使に目をつけられて、この地下教団に入ったと聞いているよ」


「教主なのに初期メンバーじゃ無いんですね」


「思想を同じくするものが依り集まって出来ている教団だから、実際の偶像は不必要なんだ。必要なのは、それを統べる統率力と実績なんだよ」


 天使への敵対心だけが、この教団のまとまりを作っているというわけか。


「彼女は我々では知り得ない古代の知識を用い、更にストレンジャーで培ったパワーで、この教団のトップに上り詰め、教団を攻撃的なテロリスト集団へと変貌させたんだ」


「では、昨今の呪竜やスタンピートは……」

「教主様のご意向になるね」


 誰しもが口を揃えて、今までとは違うと言っていたが、背後に古代文明の力を持った人間が居るとなれば、今まで通りの警戒では済まないだろう。

 鉄砲やダイナマイト等も既に用意されているかもしれない。火薬と言うのは作り方さえ分かっていればそんなに難しくない。


 俺は会話の最中も、電線になめし革を巻き付けていく。


「スルジ様はどうお考えですか?」

 腹の探りあいってのはつまりどこまで踏み込めるかの間合いの調整だ。

 それを踏まえても、これだけ話しやすいというのはこのスルジの包容力が所以なのだろう。


「僕は、今のやり方には賛成しかねるなぁ」


 先程ははぐらかされた内容も答えてくれた。

同じように彼も話しやすいと思ってくれているのだろうか?


「少し聞きすぎましたね、また今度ゆっくりお話出来れば嬉しいです」


 俺は最後の布を巻き終えて、手元のナイフで切り揃えた。


「作業は終わりかい?」

「はい、上手くいけばいいんですけど」


 俺は配電盤へ行き、ブレーカーを上げた。

 他の箇所は問題になりそうな場所は無かった。一応歯車等には念入りに油を塗ってある。これで動けば使用できる筈だ。


 静かに個室内の電気がつく。


「エネルギーは供給できたようです」

「では、部屋の方に降りてみようか」


 二人で部屋に降りると、自動的に扉が閉まっており、明かりがついている。


「一旦一番下まで降りてみますか」

 ボタンの一番下の階を押す、B30だ。こりゃ歩きは大変だよな。


 ウィーンとモーターが回る音がする。

 数字が少しずつ減っていく。

 時おり、ガリガリと音がする、きっとレールに錆がきている部分があるのだろう。

 階数を覚えておき、後で整備しておくことにしよう。


 思ったより快適に、降りてゆくと、最下層B30へと到着した。


「着きましたよ」

「えっ、何処に?」


 驚いている間に、目の前の扉がガッと開く。


「嘘でしょぉ?」

 すっとんきょうな声をあげるスルジ。

 口が空いたままになっている。

「昇降機とは聞いていたけど、こんなに早く降りるものなのか!」

「登りも同じくらいの早さで上がれますよ」

「それはもっとスゴいな!」


 スルジは急いで飛び出すと、部屋の方に走っていった。


 20秒もすると、走って戻ってきた。

 パイルが引っ張って連れてこられている。


「おいおい、どうしたスルジ!」

「黙って部屋に入ってみるんだパイル」

「お、おう」


 スルジは俺の顔を見ると、頷く。

 はいはい。

 俺は1Fと書かれたボタンを押した。


「何だ!勝手に閉まったぞ」

 パイルが驚くのをスルジがニヤニヤしながら見ている。


 スィーン


 登りも問題なく作動しているようだ。

 そして、一階に到着して扉が開く。


「嘘だろ……」

 パイルが口を開けて、呆けている。

 スルジはそれを見ながらめちゃくちゃ笑いを堪えている。

 あんたもさっきそんな顔してたろ!


「昇降機構、今のところ問題なく使えてますね」


「こんな、魔法でもこの質量の物体を移動させるなんて不可能だぞ!」

 パイルは叫んでいる。


「しかもこの大きさだと最大9人くらい乗れそうです、荷物も詰め込めますよ」


「そりゃぁ便利だ。早速食品なんかの運搬に使おう」

「おいスルジ、なに当たり前のように馴染んでんだよ、ビビんだろこんなもん」

「古代の機構ならあり得ることだからね」


 澄ましてるけどさっき口開けっぱなしだったじゃん。

 スルジはパイルを弄るのが楽しい人みたいだな。


「お二人は仲が良いのですね」


 正直、上下関係や信仰の厚さが表立っていて、面白くない人間関係しか見えなかったこの教団にも、こういった関係性の者達が居ることをほほえましく思えたのだ。


「ああ、私たちは同郷でね」

「幼馴染みってヤツだ」


「ああ、どおりで仲がいいなと思いました」


「俺たちの街は天使にぶっ壊されちまってな、そんで俺は天使をぶっ殺すためにこの教団に入ってんだわ」

 いきなり物騒だ。


「それは、天使に恨みを持ちますね」


 パイルと幼馴染みだというスルジも、同郷であるならば、同じ理由でこの教団へと入ったのだろうか……

 と思ったが、表情から読み取れる感覚に違和感を覚えた。

 パイルの言葉に、同意する感情ではなく、何処か物悲しい雰囲気があった。


「スルジ様、今度その話を詳しく聞かせてください」

 スルジは表情を少し崩し、笑顔で「そうだね」と言った。


「おいおい、何で俺に聞かねえんだ?」

 パイルは不満そうだったが。


「俺は少しこの機構を整備します、錆びている場所もまだあるようですので、実際の使用は明日以降でお願いします」


「分かったよ、皆にも明日の朝に通達する事にしよう」

「パイルと違い話がとにかく早い


 パイルも早いと言えば早いのだけど……


「なんで俺に言わねえんだ!」

 やっぱり不満そうだ。


「おたべえ君とは、修理の時に内緒の話をした仲だからね」

 と言って、片目をしかめて見せた。


……あ、ウインクか。目が細すぎて分かんなかった。


「何だよ、仲間はずれかよ」

不満そうだ。


「じゃぁ、一旦下に降ろしますので乗ってくださいパイル様」

「おっ! いいな、乗るぜ」

 ウキウキと乗り込んでくる。


 もう不満は忘れたようだ。



 チーン。到着。


「こんなに早えぇのか!」

 また口が塞がらないパイルを見てスルジが笑いを堪えている。


 この教団ぶっ壊そうと思ったけど。

 この二人はわりと好きだ……。

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