昇降機構 エレベーター
俺は仕事をサボり、螺旋の方へと歩いていった。
この施設は出口が螺旋の上にしかない。信者が逃亡するというのもそこからしかできないため、見張りも最小限になっている。
ゆえにサボろうが歩き回ろうが、咎められることは殆ど無い。強制力ではなく、信心で仕事をさせているのだから当然ではあるが。
俺はまず螺旋の中心に向かった。
これだけの深さの建物だ、当然アレがあるはずなんだが……
螺旋スロープの外周側には、小部屋の扉が隣り合わせに並んでいるのだが、中心側にも別の扉が定期的に現れるのを俺は確認していた。
観音開きのそれは、取手もなく簡単には開きそうになかったが……
「エレベーターなんだよなこれ」
きっと彼らも調べただろうが、元を知らない現代人にとってみればただの縦穴にしか見えないだろう。
「動かないってことは配線が切れてるか、どこか壊れているのか……試してみる価値はあるよな」
俺は最下層から3番目の部屋の扉をノックした。
「開いているよ、誰かな?」
中から優しそうな声がする。
開いているらしいので「失礼します」と声をかけて、少し扉を開いた。
「先週ここに入信いたしましたギオン=オタベエという者です」
自己紹介をしながら部屋を見渡す。
幹部ともなれば部屋もさぞかし広いのだろうと思っていたが、意外にも俺たちと同じ部屋だった。ベッドが一つしかないので、一人部屋だってこと以外は殆ど変わりはない。
「やぁ、君は初めて見る顔だね、私はスルジだよ、こっちに居るのはパイル」
黄色のローブを着た目付きの悪い男が壁に寄りかかっている。
「何の用だ」
パイルと呼ばれた男は、前置きを挟むのは嫌いらしい。
「はい、少しご相談がございまして」
「早く内容を言え!」
訂正、かなりのせっかちだ。
「まぁまぁパイル、君がしゃべると続きが言えないでしょ?」
スルジは逆に落ち着いた性格のようだ。
「螺旋のスロープの中心にある機構について調べたかたはおられますか?」
俺は早速本題に入る。
「うーん、僕たちも調べたんだけど、無理矢理開けても、空洞が上下に続いてるだけだったんだよね」
「私は以前ストレンジャーで各地の遺跡を調査していた際に、同じ機構を見たことがありまして、それは昇降機構として動いて居たのです」
もちろん口からでまかせだ。
エレベーターという単語も今では失われているだろう。
「ほう、昇降機構だったのか、そいつはいいぜ!」
パイルが食いついている。この性格で、上ったり下りたりはイライラしていたのだろう。
「壊れているようですが、一度見たことがあるので直せないかやってみたいと思うのですが?」
「それはいい、やってみろ!」
いちいち声が大きい。
「確かに、助かりそうだね、じゃぁ何を用意すればいいかな」
「明かりと、油と……とりあえず状況を見て他の素材をお願いします」
スルジは頷くと「私が行こうか、光魔法は得意だよ」と言って立ち上がった。
「それじゃ、俺も行くぜ!」
後を追うように、パイルも立ち上がった。
三人でスロープを上がっていく。
最上階まで15分は歩くだろう。
途中で業を煮やしたパイルが、扉を無理やり開けたが、中は空洞だった。
ワイヤーらしきものが見えないので、まだ上の階に停まっているのだろうと説明した。
どっちにしても巻き上げ機があるとしたら最上階の一つ上だろうから、一番上までいく必要がある。
最上階では、見張りに止められそうになったが、スルジとパイルの姿を見ると平伏して通してくれた。気分がいい。
「ここが最上階だが」
「はい、場合によってはこの上に機構がありますので」
「うぉらぁ!」
パイルはもう開けにかかっている。
刀の切っ先を間に滑り込ませ、テコの原理で隙間を作り、そこから両手で一気に外側に開いた。かなりの怪力だ。
「おどろいた、ここだけは小部屋になってるんだね」
スルジが目をまるく見開いて、エレベーターの個室を見ている。
「この部屋を上下させて最下層まで一気に下りる機構なんですが……」
個室には電気もついておらず、あちこち錆びている。
殆ど空気に触れることが少なかったとはいえ500年もたっていて、ケーブルが切れて落ちなかっただけ奇跡だと言える。
ネズミなどにより電線が噛みきられていたり、回りのポリビニールが劣化して剥げたりしていれば、接触不良などで動かないことも想定に入れているが。
とにかく、現状の把握をしたい。
「すみませんスルジ様、光の魔法で内部を明るくしていただけますか?」
「いいよ」
ー朝日に感謝し
闇夜に恐れおののく
人に平穏の光を与えよー
『サニーシャイン』
小さな太陽のような光がふわりと部屋の中心に現れた。光量はかなり高く、隅々まで見渡せた。
「調査してみます」
俺は恐る恐る足を置いてみた。
落ちたら大変だ。
「うらぁ! さっさとやれぇ」
その背中をパイルに突き飛ばされ、部屋の奥の壁までつんのめった。
「うっわ危なっ!」
大きくギシギシと軋んだが、落ちないで良かった……
とりあえず、ボタンを押してみたりしたが動きはない。
やはり上か。
「ここから機構へ上れるので明かりを移動して貰えますか?」
エレベーター上部のハッチを開けると、スルジが太陽を中に滑り込ませた。
俺も飛び上がりハッチからさらに上へ、ストレンジャーで培った筋力で、ワイヤーを追って壁を上った。
そこには予想通り巻き上げ機と、制御盤があった。
かなり劣化が進んでおり、思った通りコードもダメになっていた。
制御盤とともに、ブレーカーのようなものがあったので、スイッチを入れると、パチッとどこからか火花が出て、ブレーカーが落ちた。
電気は通っているみたいだ。
「やはりここを直さないと使用は無理だな」
俺は独り言を呟きながら、狭い点検口から降りてくる。
「たぶん原因は分かりました、道具を揃えて修理する許可をいただけましたら……」
「御託はいい直せ!」
「そうだね、じゃぁ必要なものを言ってくれたらすぐに揃えさせるよ」
話が早くて助かる。
「そうですね……3センチくらいにに切ったなめし革を大量にと、漆の溶いたやつをお願いします」
スルジは首をかしげて。
「変なものを要求するんだねぇ」
というと、見張りのものに一声かけて、階下に行かせた。
「たぶん明日には用意できると思うから、修理は明日にしようか」
「はい、教団のために頑張ります」
歯が浮きそうだがニコニコ笑顔で答えてやった。
「ローブ無しがこんなところで何をしておるのだ」
突然グスタフの声がする。
新規入団者を今日も連れてきたのだろう。
「ああ、そうだグスタフ、明日は僕が入団希望者のところにいく順番だけど、少し用事が出来たから、代わりに行って貰えないかな?」
スルジは友人に話すかのように語りかける。
しかしグスタフは顔を思いっきりしかめて。
「なぜワシがお前の言うことを聞かねばならん」と一掃した。
「あれぇ?」
スルジはその細い目をよりいっそう細くして困っている。性格が悪そうなこの男が、二つ返事で受けてくれると本当に思っていたのだろうか?
「おいオッサン」
喧嘩腰でパイルがグスタフに掴み掛かる。
「どうせ非番のときは信者の女連れ込んでエロい事やってんだろ? 暇なら行ってこいよ」
「おやぁ? 信者に手を出すとは、それを教主さまがお聞きになられたらさぞがっかりされるでしょうな」
スルジも後ろから覆い被せる。
どうやら、あまり誉められたことではないようだ。
「ぐぬぬぬ!」
グスタフは唸ると、背を向けて降りていった。
満足そうにスルジはこちらを振り向いて言う。
「さぁ、明日はお願いしますね、おたべえさん」
「はい、教主さまの御心のままに!」
にっこりと笑顔で答えた。
三人の黄ローブの力関係が見えた気がする。




