075話『記憶の断片』
潜入捜査した俺たちには、それぞれ役割があった。
アサギことナムルに課せられているのは、物的証拠を把握するための調査。古代兵器やその生産工場、もしくはその設計図といったもの。更にはこの教団の名簿等の発見だ。
ナムルは忍者なので、忍ぶことに関して色々な技術を持っているだろう、何らかの成果を上げてくれると期待している。
俺に課せられているのは、教団員とのコミュニケーションを取り、噂や実情を仕入れる役割だ。
大きな集団ほど、小さな綻びに気付きにくく、またそれが致命傷になり得る。ということだ。
畑仕事の傍ら、俺は手始めに同じランクの教団員と打ち解けていき、1週間経った頃には、ひとつ上のランクである、赤いローブのサスナーの数人とも仲良くなった。
「オタベエは面白いなぁ」
そういって笑っているのは、入信審査のときに俺の横に立っていたシャマルという教団員だ。
「俺は食うのに困ってな、それで教団に入ったんだ」
教団はここでの労働従事に対して、衣食住の全てを賄うと宣言して人集めをしていた。食い詰めたシャマルは、地上を捨てても良いという覚悟で入信したという。
「狂信者で有名な堕天使教に、そんな理由でよく入れましたね」
俺は入信試験の時に、嘘を付いて真っ二つにされた人間を見ている。
「俺の時は優しい先輩が入信審査の監督だったんだ、グスタフさんだったらおれも真っ二つだったかもしれないね」
苦笑いしながらシャマルは答える。
早急の課題として、純粋に労働力が欲しかったというのも本音なのだろう。
話すうちにわかってきたのは、この施設が稼働し始めたのは約三ヶ月前。作物もようやく初の収穫に至ったものがぽつぽつでき始めたというところだ。
酪農に至っては、まだ鶏から卵を得たり、牛やヤギから牛乳を得るくらいしか出来ていない。繁殖させてそれを肉として食べるまでまだまだ掛かりそうだ。
そうこうしている内にも、俺が居る一週間で更に追加の入信者、飼料、畜産動物がつれてこられていた。
「三ヶ月前にこの施設を稼働させたらしい、教祖様って見たことあるんですか?」
「ないない! あるわけないじゃん」
赤いラインの教団員クラスではお目にかかる機会はないらしい。
「もっと信仰心を高めたり、この教団のために実績を詰めばクラスを上げてくれるんだろうけど……」
シャマルはここに飢えを凌ぐために入った筈なのだが、だんだんと教団の理念に傾倒し、当たり前のように「教団のために」と口にする。
こういうのも意識の『ゲシュタルト崩壊』と言うのだ。
「教団のためか……」
俺にはひとつ心当たりがあった。
教団がこの施設で困っていることを俺は解決できるかもしれないのだ。
「シャマルさん、貴方が入信したときの試験官の方は誰だかわかりますか?」
グスタフは頑固者だし狂信者だ。他人の言うこと等に耳を貸すような人間ではない。だったらこっちの方がまだ話ができるかもしれない。
「スルジ様かい? いいよ、あの人は親身に鳴って俺たちの問題を解決してくれる良い人だよ、あの人がここの最高司祭になってくれるなら、一生付いていくのにな」
夢見心地で語っている。
心に不安を抱えているものほど、宗教にはまるいい例だ。
「そのスルジ様にご相談したいことがあるんだけど、シャマルさんは取り次げたりする?」
「いや、俺はそんな事はできないが、気のいい人だ、お部屋にいらっしゃる時だったら、お声かけすればお話に応じてくださると思うよ」
グスタフとは大違いだ。手刀で真っ二つにされるイメージしか思い浮かばない。
「ありがとうシャマルさん、スルジさんに相談、してみます」
俺は一人離れて、螺旋スロープの方に歩きだした。
「ヤツハシ殿、どこに行くでござるか」
足音も立てずにいつの間にか、俺のとなりにナムルが付いて来ている。
「これから黄色のローブの野郎と少し駆け引きをしてくるんだ」
その言葉に不安そうにナムルが声を上げる。
「バカ者、まだ潜入して一週間だぞ! 妙な動きをすれば怪しまれる。もっと溶け込んでからだなぁ……」
心配は最もだ、俺だって性急ではあるとは思うのだが、この話に勝算がないわけでもないし、俺の立場なら話は通りやすいと考えていた。
俺は足を止め、しゃがみこむとナムルの頭に手をおいた。
「大丈夫だ、きっといい方向に転がる、お兄ちゃんを信じてくれ」
「忍者の頭に手を置くなぁ!」
しゃがみこんだ俺の鼻面にきっついパンチを貰い、俺は仰向けに転がってしまった。
「いってぇ!」
「しかもしゃがんで目線を合わせるな! いつから拙者はお主の妹に成ったのだっ!」
ナムルは走り去っていく。
今度はスキル《忍び足》を使っていないのか、ドスドスドスと忍者にあるまじき足音を響かせている。
俺はしばらく仰向けになって考えた。
なんで俺こんなことしちゃったんだろう?
いま思い返すと、俺はよくピノの頭を撫でてやってた。
当たり前のように、小さな女の子を見ると頭を撫でたくなる衝動に駆られる。
「妹が居たからか?」
俺はこっちの世界では一人で居ることが殆ど無かった。
一人で居る時は、戦略を練ったり、新しい魔法の生成に勤しんでいた。
ここでの生活は静かな同居人バートと話すことも無いし、かといって何かを準備することもできないため、頭の中で色々と思い返す作業をしている。
「俺には家族がいた」
それは、今では遠い過去の話。
記憶も同じだけ時を過ごしたかのように、風化してボロボロになっていた、掠れて読みにくい古文書を読むような感覚で、家族の顔を思い出したりしている。
ーー
俺が生きていた時代。
2040年頃は、第四次世界大戦がかれこれ10年近く続いていた。
といっても俺たち一般市民が巻き込まれる事は殆ど無い。大国が無人戦闘機等を作り、首脳や大統領、軍事施設等をピンポイントに狙うミニマニズムな戦争だった。
俺が生まれた頃でも、人工衛星が大統領のトイレを隠し撮りできる程の精度を持っていた時代だ。民間人への被害を0にして、相手の戦力を削ぐ戦いなど造作もないことだった。
第四次世界大戦が始まった頃から急激に流行った商品がある、それがシェルターだ。
一般家庭でも手に入れることができるタイプは冷凍睡眠装置付きのもの。
今教団が利用しているような大きな物は、国や州などの大きな自治体による公共事業で作られたものだった。こちらは共同生活ができ、持続可能な生活を保証するものなのだ。
俺が500年も寝ていた理由はだいたい分かったのだが、家族と離れて寝ていた理由は曖昧で歯がゆい。
ここ数日で結論付けたのは。
俺だけ生き残って、施設を利用したのだが。辛い過去を思い出さないように蓋をしているのではないか? ということ。
精神的な記憶喪失という奴だ。
そんな陳腐な理由で、家族の事を思い出せないのはもっと辛い。
500年もたった今、当時もし家族が死んでなかったとしても、今さら家族に会える事はない。結局とうの昔に死んでいるのだから、いっそのこと思い出してやろうと意気込んでみたが、未だに俺の「深層心理」という奴に勝てないでいるのだ。
「とうさん、かあさん」
ようやくここ数日で、彼らの呼び名を思い出した、よく口にしていたからだろう。まだ両親の本名は思い出せない。
俺は明るく高い天井を見ながら、さっきナムルの頭をさわった右手をかざした。
なにもないハズの手のひらに、指通りの良いさらさらの髪の毛を感じた。
「……しぐれ」
今まで忘れていた筈なのに、妹の名前だと理解できた。
こんな風に急に思い出すことがある記憶の断片。その一つ一つが嬉しくて、俺は毎晩のように家族の事を思い出そうと繰り返しているのだった。
その記憶に隠されたどんな悲劇があろうとも。




