073話『教団へ……』
ナムルの情報を頼りに、領内のある場所に来ていた。
郊外に立つ壊れかけの建物、人通りのある場所ではないし、もし、通りかかるものがあっても、入ろうとは思わないだろう。
良く見ると入り口に黒づくめのフードを被った男が見張りで立っている。
「今回の希望者はこれだけか」
髭を蓄えた教団員が、偉そうな口振りでそう言った。
「ではこれから入団を審査させて貰う」
黒いローブをはぐると、善人とは言いがたい顔が現れる。といっても初めから善人が居るような教団ではないのだろうが……
「本当に堕天使教に入りたいのか?」
俺たち以外にも数人の人間が集まってきている。
髭の男はまず近くの子供に詰め寄った。
「おいらの母ちゃんは天使に殺されたんだ!」
まだ10歳くらいの子供が泣きながら、教団員らしき人物に訴えかける。
「わかった、いいだろう、共に敵を取ろうではないか」
高笑いと共に、偉そうになだめると次の入信希望者に近づく。
次の男は、教団員が目の前に来ると、恭しく頭を下げて語り出す。
「俺も両親を天使に殺されて……」
「嘘だな」
間髪入れずそう言うと、偉そうな教団員は手刀を振り下ろしながら「ブレイド」と唱えた。
手刀は入信希望者の肩に深く抉り込み、叫び声が血の泡でかき消えるまで振り下ろし続けられた。
「これから家族になるものに嘘を付くのはいかんな」
返り血を気にすること無く、次の者に歩み寄る。その光景を見た入信希望者は声を出すことが出来ない程震えていた。
「さて、お前は何故この堕天使教に入りたい?」
「あ……あの……えと」
「大丈夫だ、ゆっくり待とう」
その言葉通り、彼は10分近く言葉を待った。嘘だと分かった時の狂気じみた断罪とはうって変わって、温厚な笑顔を見せる。
こういうのが一番怖い、そう若者も思ったのだろう、長い沈黙のあと、ようやく口を開いた。
「今の世界に不満があって、変えたいと思ったんです」
この教団員の怒りに触れれは、命はない。覚悟の言葉だっただろう。
「よろしい、話が教団へ受け入れよう」
教団員は、にこやかに彼の背中を押した。
「で、君はどうかな?」
教団員は、黒の布で全身を覆ったナムルの元へと寄ってきた。
「堕天使教に種族の差別はない。たとえ君がドワーフだろうと歓迎するよ」
口を歪めて笑う教団員に臆す事無く答えれるものが居るだろうか?
しかし、予想に反してナムルはハッキリと答えた。
「私の両親も天使に殺されたので」
感情を押さえた目をしている、その奥に少しだが怒りの炎を、俺でも感じることが出来た。
「よろしい、さぞ無念だっただろう、私たちは家族だ」
教団員は満足げに語ると。
今度はこちらに足を向けた。
「さて、君はどうかな?」
近づかれると、先程の返り血の匂いが鼻に付く。よくもまぁこうも簡単に人を殺せるものだなと理解に苦しむ。
「君は他のものとは違う感じがするね」
そういうと、俺の皮鎧の留め具を指でピンと弾いて見せた。
他の者は天使に恨みを持っている、というスタンスと同時に、わりとみすぼらしい格好をしている。ストレンジャーなのではなく、家族や親を無くして、ギリギリで生きている者なのだと一目してわかる。
それに引き換え俺は、良い皮鎧を纏った明らかなストレンジャーだ。
「さぁ、君の入団の理由はなんだ?」
焦れてきたように、教団員が問いかける。
「俺は天使が嫌いだ」
その言葉に教団員は笑う。
「そんな程度の気持ちで、表の世界を捨てるつもりか?」
「捨てるつもりはないが、協力したいと思ったんだ」
教団員は笑うのを止め、俺を見据えてくる。
「本当に生半可な気持ちでここまで来たのだなお前は」
その言葉からは怒気さえ感じる。
「以前天使を一匹殺したんだが、傲慢で気にくわなかったよ」
「ほう、嘘にしては面白いじゃないか」
「そいつは、羽拾いの天使だった、天使の中でも最下位のヨゴレ者だが。それでも人間を舐めてかかった。そいつの上の奴はもっと人間をゴミ扱いするんだろ?」
個人的に、フラートリス自体は実はそんなに嫌いではなかった、欲望のままに生きるのは人間も同じだからだ。
しかし、彼女がそんな凶行に走らざるお得なかった環境を、作り出した天使どもは気にくわない。
「フン、嘘ではないようだな」
教団員はどこまで天使に対して知識があるかはわからないが、俺の言葉に嘘はないと感じたようだ。
「まぁいい、お前の家族になるものは、天使に対して悪意を持つものだ。お前があまりに生ぬるいことを言っていれば、いずれあぶり出されるだろう」
そういうと、俺の背中を押して、他の教団員に任せた。
ーー
その後、俺たちは目隠しをされ馬車にのせられた。
数時間の旅ののち、馬車を降ろされ、足場の悪い下り坂をさらに下らされた。
この感覚、フラートリスを埋葬した地下のシェルターに近い感覚だ。
さらに30分ほど歩くと、ようやく椅子に座らされて、目隠しが外された。
石造りの立派な建物で、天井ちかくの窓には色ガラスが嵌め込まれている。
「教会か……」俺は見覚えのあるこの施設を見てそう呟いた。
「そうだ、ここは古代人が使っていた教会だ」
別の教団員がそれに答える。
「見ろ、あの像を、神を磔にして腹に槍を突き入れてる。堕天使教にぴったりだろう」
それはキリスト教の十字架だが、この人たちはそんなことを知らずにここで祈っているのだろう。
「さぁ、幹部のお出ましだぞ」
待ってましたと言わんばかりに、教団員はざわつき始める。
「ウルカ=イース様、こちらへ」
恭しく頭を垂れる、ガリガリの教団員が手を伸ばした先には、まだ10歳位の男の子が。明らかに他の教団員とは違う、立派な服を着せられて歩いてくる。
十字架の前に置かれた不遜な椅子に腰かけると、手を胸のあたりに上げて、横に払った。それを合図に、教団員は頭を上げて静まり返る。
ガリガリの教団員がそれを確認して喋りだした。
「諸君、この度は新しい仲間を迎え入れることが出来て誠に光栄である、とイース様は仰っておられる」
その声は甲高く、嫌な響きを放っている。
「我らは天使撲滅のため、志を共にする同志である! 我らはその力を蓄え、近い将来天使に仇なす存在として、世界に受け入れられるだろう、とイース様は仰っておられる!」
さっきから、イースと呼ばれる子供は何も喋っては居ない。
「心して励むのだ、お前達はもう家族なのだ」
そういうと、ガリガリ教団員は、イースの手を引き、立ち上がらせると、そのまま建物の裏に消えていった。
「いつ聞いてもガビル様の演説は堂々としておられる、それにイース様のご尊顔を拝めるなんて幸せだ」
教団員は幸せそうに、その言葉を噛み締めているようだ。
胸くそ悪い。俺はこういうの好きじゃないんだがな。
「イース様……まだお若いようですが?」
年齢で言えば、一緒に連れてこられた、母親を天使に殺されたと言っていた男の子とそう対して代わり無いだろう。
「ああ、小さい頃に教団に拾われたんだが、天使に村ごと焼かれた、唯一の生き残りらしい」
もう、家族と思っているのだろう。
すらすらと答えてくれた。
「しかし、イース様は一言も発しなかったが」
「仕方ない、その時のショックで声がでないという話だ。ガビル様が、イース様の気持ちを代弁してくれるんだ」
本当にそうなのかわかったもんじゃないが。トラウマを抱えた子供をお神輿に据える教団なんてろくなもんじゃないな。
「ありがとう、これからよろしく頼むよ」
「おう、家族だからな」
俺の一番近くにいた教団員は、笑顔でそう答えてくる。
とりあえず潜入には成功したが
この気持ちの悪い環境に俺が発狂するのが先か、任務を全うするのが先か、わかったもんじゃない。




