072話『新たな任務』
セオリーとしては、主役とも言える俺が引っ張り出されて、何か喋らされるかと思ったが。
「そんな薄汚い格好で表には出せませんわ」と一掃された。
まぁ、出ないなら出ないでほっとしている自分も居るんだが。
俺たちは一仕事を終えて、屋敷へと戻ってきた。
黒塗りの金縁、馬も二頭という贅沢な馬車が快適な道のりを軽快に走り抜いた。ガタガタするギルドの馬車とは大違いだ。
「はぁ、公式の場は苦手ですわ」と、カリンはぼやきながら自分の部屋に入っていった。
俺たちはまた応接間でお茶を頂いている。
この屋敷の執事の一人であるハクが、紅茶とクッキーらしいお菓子を置いて出て行く。
皆が一息ついたのを見計らって、ジョロモがティーカップを置いて話を切り出す。
「さて、君が頼んできた潜入調査の件なんだが」
しつこいなこのオッサン。
「色々考えたのだが、こちらからも一人潜入させるつもりだった者が居てな、同行させたいと思っている」
「徹底的に信用がありませんね」
「商売人は疑り深いのだよ」
「まぁ良いですけど。で、その方との引き合わせはいつにされますか?」
ジョロモはニヤリと笑い「もうこの部屋に居るよ」と自慢げに言った。キョロキョロと部屋を見渡すが、特に誰か居るようには見えない。
「彼女は現代には失われた職業である、忍者なのだ」
ジョロモは自慢げに高笑いする。
「忍者とは何だ?」
タブラも知らないようで、目を輝かせてキョロキョロしている。
「忍者……」だったら上か?
視線を上にあげると、高い天井に人影が。
「フフフ、勘が良いでござるな」
そう言葉を放つと、天井から手を離しくるりと回転しながら降りてきた。まさに忍者!
ドスン!
思った以上の音で着地した。ここはシュタッとスマートに着地して欲しかったが。
身長は130cmくらいの女の子が降り……落ちてきた。
目は大きく幼いイメージがある、小学生くらいのイメージだろうか。背は低いが、体はやけにガッチリしている。腕なんか俺よりも太いんではないだろうか?
「私は現代の忍者、トマトマ=ナムル見参でござる!」
名乗りを上げて、左手の人差し指を右手で包み込み、こちらも人差し指を立てる。テンプレのようなニンニンポーズだ。
「これが、忍者というものか!」
タブラはテンションを上げて、女の子を舐め回すように見ている。
「フフフ、人前に姿を表すときは、相手が死ぬときでござる」
その理論だと、俺たちこれから殺されるんだが?
そして、俺の知ってる忍者のイメージとは少し違う気がするんだが……何だかこう……力強い。
「ドワーフですよね?」
筋骨粒々の低身長といえば、これだろう。
「いかにも、拙者南方のドワーフの山から生まれた忍者でござる」
「忍者は静かに素早く動くものですよ」
「心外でござるな! 拙者ドワーフの中では最高の速さを誇る戦士でござるよ」
比べる場所が悪い! ドワーフに徒競走させても体格で、人間や他の種族の方が速いに決まってる。
まぁ、かといって、彼女のアイデンティティーを否定したい訳じゃないんだ。ここはとりあえず置いておこうか。
「よろしくお願いします、八橋時彦です」
「お、東方出身の御仁でござるか?」
「はい、だいぶ田舎の方だったので世間知らずで申し訳ない」
「いやいや、東方は忍者の発祥の地、拙者も一度行ってみたいと思っているでござるよ」
東方出身と知って、だいぶ機嫌がよくなったようだ。
とはいえ、ござると言われると、忍者感は増すなぁ。実際俺の居た時代にはすでに忍者なんて居なかったんだけど……。
「領主どの、秘密任務の件了解しました、いつから取りかかりますか?」
性急だが、プロの隠密というのはいつでも任務の準備ができているということなのだろう。頼りにできるかもしれない。
会話を遮るようにして「お待たせしましたわ」とカリンが部屋のドアを開けて入ってきた。
さっきのドレスを着替えてきたのだろう、麻生地のような荒い目のサルエルパンツにダボダボシャツでの登場だ。先程とはうって変わってラフな服装になったもんだ。
「かりんたん、部屋着で出てきちゃだめだよぉ無防備じゃないか」
ジョロモは急いでショールになるような物を手に取ると、カリンの肩から掛けながらこっちを睨む。見るなということなのか?
「楽なのですわ、この方が」
気にもとめないように、俺たちの座っているソファーに腰かけると、ジョロモの飲みかけの紅茶を一気に飲み干す。
「はぁ、緊張して喉が乾きましたわ」
確かに公式の場を取り仕切るというのは緊張するものだ。
この格好はその反動なのだろうか、自分の家なんだし俺はいいと思うのだが。
この世界は「裁縫師」が居て、縫製技術は高い。しかし「化学繊維」が無かったり、「ゴム」が高価だったりするため、俺の知っている服装とは少し違う。
どっちかといえばナチュラルな感じのイメージだろうか。
麻、綿、絹、を基本とした素材を使用している。
「領主どの、そんなことはどうでもよいでござる、早く任務を」
「おっとそうだったな……」
忍者ナムルに急かされて、渋々席に戻るジョロモは、改めて口を開いたーー
「最近「堕天使教」という宗教団体を母体とした、ゲリラ組織が力を付けてきている」
「私がここ数年調査している団体なのだが、最近は執拗にこのジョロモの街を攻撃してきているんだ」
ジョロモの言葉に、タブラが補足を入れる。
この二人は、わりと昔から知っていて、同じ脅威に対して対策して来たのだなと改めて感じる。
「呪竜もそうだが、今回のスタンピートも魔物だけで自然発生したものとは考えにくく、背後に堕天使教が居るのではないかと考えているのだ」
「何故自然発生ではないと?」
「魔物は基本的に本能に忠実だが、もう一つ忠実なものがある」
「それは?」
「自分よりも強いものだ」
それも本能ではあるが……リッチよりも強い者ってどんな相手なのだろうか。急に不安になってきたぞ。
「といっても、リッチ程の知恵のあるものなら、自分に利益のある話に乗ることもあるだろう」
「ということは、このジョロモを襲わせるメリットを提示した者がいると言うことですか」
「おおむねその通りだ」
さっきまで「かりんたん」とか言っていたとは思えないほど、キリッとした顔で話を続ける。
「そして、そういった団体が秘密裏に力を蓄えるために使う、最適の隠れ家がある」
「古代の遺跡か、ダンジョンですね」
「そうだ、ナムルには領内から情報を、タブラには領外の調査を頼んでおいたのだが……」
ちらっとジョロモがタブラを見る。
「残念ながら、数が多すぎて特定には至らなくてな」
タブラは残念と言いながらあまり残念そうでない口ぶりで話し、紅茶を嗜む。
「しかし、領内で耳にした噂が本当なら、その尻尾がつかめるのだ」
ジョロモはニヤリと笑って、ナムルに続きを促した。
「領内で、アンダーグラウンドにささやかれている噂なのですが、堕天使教が新規教団員を募集しているとの事なのでござる」
「でもまだ堕天使教が、ジョロモを執拗に狙う相手だと、決まったわけではないんでしょう?」
他にも大きな街があるのだ、なぜわざわざこんな小さな街を攻撃するか。それがはっきりしていない以上、無駄骨の可能性すらある。
だが、俺の問いかけにジョロモは少し眉をひそめたが、観念したように話し出す。
「堕天使教の行動理念は、天使への反逆だ」
「大層な考えですね」
俺たちは天使と戦ったが、かなり苦戦を強いられた。
あれで最下位の天使、しかも一人に対して6人で向かってギリギリだったのだ。それを全軍迎え撃つなど、人間にできるものだろうか?
「確かに、個体で戦っても勝てる相手ではないだろう、なので、まず彼らは天使に対抗する力を蓄えているのだ」
「ジョロモの街とどんな関係が?」
ジョロモは新たに自ら淹れ直した紅茶を啜ってから、こう答えた。
「私が天使に古代兵器を売る商人だからだ。堕天使教は古代兵器を解析し、甦らせようとしている節がある」
「その邪魔になる、もしくは天使に渡していない古代兵器を持っているのでは、と思われてるのでしょうか」
「まさにそうなのだろう」
俺の口も乾いてきた。
自分も古代兵器に関しては知識があるが、それを敵に知られるのはまずい。こんなリスクを抱えて、潜入調査に当たるのは危ないのではないだろうか?
しかし、その考えを見抜くようにタブラが発言する。
「実は、この八橋時彦は、古代兵器についても知識があります」
「ちょっ、それ言うんですか!」
「もし本当に堕天使教が古代兵器を甦らせようとしているなら、それがどの辺まで進捗しているかを、理解できる者が行かなければ分かりません」
そういうことか、確かに危険度は高いが、自分が適任なのかもしれない。
「それがこの者を推薦した一番の理由なのだな?」
ジョロモはタブラを見ながら問うと、タブラは軽く頷いた。
「君が君以外の者を信用する等、あまり考えられ無かったが……そういうことか」
「ふぅ」とため息を付くと、ジョロモはこちらへ向き直り。
「改めて、君にこの任務を引き受けて貰いたい」
と頭を下げた。
「お……俺が、お願いしたんですよね」
「君が適任だと私も思えたから頼んでいるのだ」
むむむ、手のひらを返したように頼まれると、変な気分だが。冗談の雰囲気ではない。
彼が領民を大事にしていると言うことは知っている。またあのようなスタンピートや呪竜が、彼らを危機に晒すのを良しとする人間ではないのだ。
「分かりました、全力であたらせていただきます」
俺は心を決めた。
俺は俺の大事な人たちを守るため、ジョロモは領民を守るために力を合わせる事が出来る。
いま出来ることをやる!




