071話『閃光の拳闘士』
俺はタブラと共に、再びジョロモの邸宅を訪ねた。今度はちゃんと応接間に迎えてくれるらしい。
「これ、ジョロモさんの趣味なんでしょうかね」
通路には豪華な調度品がいくつも陳列されているが、ひとめで一貫性がないのがわかる。一つ一つを見ればそうではないのに、引きで見るとセンスの無さを感じざるをえない。
応接間に入るとジョロモが待ち構えており「君か……」と舌打ちを頂いたが気にならない。
「ジョロモ、今日は私の友人を連れてきたのだが……面識があるのか?」
「こないだ領主様に挨拶に来たんですよ」
「ならば話が早いな」
好感度は高くないけどね。
「タブラ殿、何の用かね?」
ジョロモは落ち着いた様子で話す。
「先日の依頼の件なのですが、潜入の方をこちらの八橋時彦に任せようと考えております」
ジョロモは一瞬苦い顔をしたが。
「そやつは、信頼に足る者なのか?」
と、聞いてくる。タブラが俺をつれてきた時点で予想できたのだろう。
「まだ若いですが、いま飛ぶ鳥を落とす勢いのホープです、期待には添えると思いますよ」
あまり誉められるとハードルが上がるんだが。
「以前、貴方との信頼関係を築けると発言しましたが、今回その良い機会だと考えてます」
俺の言葉に、鋭くジョロモは反応した。
「しかし、失敗するわけにはいかない案件だ、私としてはより確実に事を進めたいのだ。まだ信頼関係のない君では不安だな」
「貴方の方から信頼関係を築いても良いのですよ?」
見えるんじゃないかってくらい、俺とジョロモとの間に火花が散った。
「その橋渡しに私が来たのですよ」
タブラが仲裁に入るが、ジョロモは引かない。
「いくらタブラ殿の紹介でも……」
「わたくしの推薦でもつっぱねやがりますか?」
扉をバンと開けると、女性が入ってくる。
「カリンたん!」
「カリン……だよな?」
ウエディングドレスのような真っ白な衣装に、キラキラと輝く石が散りばめられたティアラ、大人っぽい顔立ちのメイクまでしている。
「トキヒコも、もっとガッとぶちかましなさいですわ、いっそぶん殴ってやればいいのですわ」
姿は見違えたが、中身はちゃんとカリンだ。
「ランク4のグラップラーに殴られたら、パパ死んじゃうよぉ」
「トキヒコは優しいから半殺しくらいでやめてくれますわ」
「お約束できます」
「約束するでない!」
「はっはっは、知り合いならば話が早い」
「タブラ殿、強引が過ぎますぞ……」
味方が居ない状況で、さすがにジョロモも観念したようだ。
「仕方ない、ヤツハシよ、お前に今回の任務を任せる事にする、尽力してくれ」
「わかりました、慎んでお受けします」
「いいな、ワシが頼んだのではない、お前がやらせろと頼んできたのだ」
「往生際が悪いですわ!」
スカートの裾を両手で持ち上げながら、キックしている。慣れたものだ。
「ところでカリン、その服装は何なんだ? 部屋着か?」
俺の問いに、カリンはため息をつきながら。
「こんな動きにくい部屋着があったものですか。今から中央広場でスタンピート終了の宣言を行うのですわ」
「そうか、領主の仕事だよな」
「貴方もいらっしゃいな、トキヒコ」
「は?」
俺は驚いたが、タブラも乗せてくる。
「いいじゃないか、君は影の功労者だ、貴族側の景色も見ておくといいよ」
「俺は公式の場は苦手で……」
「そうか、じゃぁいい機会だ慣れておくといい」
タブラ、押しが強い。
「わたくしも、となりにトキヒコが居てくれたら心強いですわ……」
少しつり目で気が強い印象のカリンに、いつもより魅力的な格好で上目使いされると……男は断れん!
「わかりましたよ、ついていきます」
戦闘を想定している訳ではなかったので皮の鎧は着ていなかったが、格好は平民のそれと変わらない格好だ。公式の場にでるような服装ではない。
「貴方は居るだけで良いんだから」
と言われてそのまま出席することになった。
ーー
会場はものすごい盛り上がりを見せていた。
壇上に設置された、銀色の金属で出来たメガホーンの前にジョロモが立つと、その盛り上がりは最高潮へと達した。
「ジョロモ=モナンヘーゼルである」
名乗りを境に、熱狂的な盛り上がりを見せていた良民は静まり返った、その言葉を聞き逃すまいという気持ちが見える。
「この度は、スタンピート防衛ご苦労であった、諸君らの尽力により被害は最小限に収まった事、私自ら礼を言おう」
ジョロモは一歩下がると、ざわめく民衆に向かって、深く頭を下げた。
ジョロモという領主は、名君なのかもしれない。民衆の目線で、奢ること無く接する姿には尊敬も感じる。
「ジョロモの街は民衆に優しい。税金が安いにも関わらず、制約が少ない自由な街なのだよ」
「調度品が豪華だったから搾り取ってると思ってましたが」
「あれはむしろ、商人達からの感謝の気持ちだ、彼自身に収集癖はないよ」
「名君じゃないですか、なんで呪竜をけしかけられるんです?」
「成功者は善人でも妬まれるものさ」
無駄話の間に、ジョロモは演説を終えた。
校長先生の話より短い。これも人気の秘訣だろうな。
「次に、門の防衛に参加したストレンジャーを代表して、カリン=モナンヘーゼルより一言あるそうだ」
会場は一番のどよめきを見せる。
領主の娘の存在は領民も周知だろうが、ストレンジャーをしているというのは今回はじめて聞いたのだろう。
着飾ったカリンが壇上に上がる。
「ジョロモ領主の娘、カリン=モナンヘーゼルですわ。今回はスタンピート防衛に参加した、ストレンジャーの代表として報告いたします」
きびきびとした声に、領主の器さえ感じる。
「今回、とても苦しい戦いになりました。魔物側の陣営への情報漏洩や、予期せぬ高ランクモンスターの出現、主戦力を外した攻防など、我が方に不利な要素ばかりで始まった戦いになりました」
確かに、こちら側は南門に主戦力を割いていたのに、魔物側の主戦力は東門に集中していたのだ。これもリッチの戦略なのだろうが、阻止できて本当に良かった。
「南門へは500を越える魔物が大挙し、こちら側にも大勢の死傷者がでてしまいました事を、ここに追悼の意を示します」
カリンが右手を胸に当て、目を瞑って軽く頭を下げると、民衆もつられて頭を下げている。
「南門も凄惨な戦場ではありましたが、敵の主力は少数精鋭で東門を狙ってきたのです。そこを私は守っておりました」
領主の娘の安否を不安視するどよめきが聴こえてくる。
「しかし、私は五体満足です。駐屯していたストレンジャーの健闘のお陰で、敵を街に入れること無く撃退することが出来ました。
敵はリッチ、サイクロプス3体という、スタンピートでは見ない敵ばかりでしたが、見事に全てを打ち破ったのです!」
またもやざわつく民衆。
カリンの話し方には不思議な抑揚があり、引き込まれるように領民達は聞き入っている。
「そんな中で、目覚ましい活躍をしたストレンジャーに、受勲、そして二つ名を捧げることにします。
その者はわたくしの所属するパーティのリーダーをやっており、現在特殊任務につくよう、領主から命が下っておるため名前は明かせませんが……」
ジョロモは俺が頼んできたという事にしたかったようで、苦虫を噛んだような顔をしている。
「その者は雷の魔法を使い、サイクロプス3体を同時に倒しました、その功績を称え『閃光の拳闘士』の名を授けます!」
怒号のような歓声のなか、カリンは壇を降りた。
入れ替わりでジョロモが再び壇に上ると、熱を帯びたまま観衆は静かになる。
「以上を持って、スタンピート終息宣言とする!」
と一言。
領主が壇を降り、姿が見えなくなっても、その歓声がなりやむことはなかった。




