070話『終わりで始まり』
夕食を終え、屋敷に戻った俺たちは。
疲れてはいるものの、興奮が覚めやらずに、自然と居間のテーブルに集まっていた。
以前ハウスベルグ家の執事、タッセルホフさんに淹れ方を教わったため、かなり美味しく紅茶をいただけている。
これならカリンに文句を言われる事もないだろう。当のカリンは無事の報告のためにジョロモの屋敷に帰っているため、俺の上達を披露する機会はなかったが。
「あれ、皆さん起きてらっしゃったんですか?」
二階からピノが降りてきた。
「みんな眠れないってさ、お茶淹れたけど飲むかい?」
「いただきまーす」
最後に部屋に残っていたピノも降りてきて、結局全員が揃ってしまった。
「あ、このお茶美味しいですね」
たわいもない話をしたり、しなかったり。
ーー
俺たちが休憩を取っているあいだに、通信が届いた。それは南門、東門ともにスタンピートの撃退の知らせだった。
防衛隊は、見張りを残して解散。
ギルドに報告の後に帰宅してもいいと言われた。報酬はまだ先になる、参加人数が多いのもあるが、乱戦を極めるため査定が難しいからだそうだ。
よって基本料金はどれだけ経験値が入ったかで検討される。
ウノはレベル25から31に上がった。
城門からの指示も経験値の他に賞金に値するだろう。
ピノは今回あまり倒すことで活躍できなかったが、途切れることなく、『ウォーターアーマー』を唱え続けていた感じだ。
レベルは23から28まで上がった。
バッシュは28、フィオナちゃんは30まで上がっていた。
俺はというと。
「42かぁ」
苦笑いを隠せない。
同じパーティ内であまり格差が大きすぎると、経験値の分配にも制約が出来てくる。
紅茶を飲みながらの静寂は「これからどうするか」という言葉を言い出せないでいるのだ。
ジリリリ、ジリリリ
静寂を破ったのは玄関の呼び鈴。もう時間は0時を回っているのだが……
「タブラだ、開けてくれないか」
ーー
さてこの緊張感どう表現したら良いのか。
先ほどとは違う静寂が場を支配する。
「さて、早速だがトキ君。今回使用した魔法について少し話を聞きたい」
「好奇心……ということでは無いんですよね」
「内容次第では、君を守らなければならなくなる、今回は目撃者が多すぎる。もちろん、好奇心が無いといえば嘘になるがね」
「じゃぁ、なにも知らない田舎者の俺が発見したことから話しますよ」
「懸命な判断だ」
「まず、フラウの悪戯についてなんだけど」
「服とか脱いだ時にイタッってなるやつですよね?」
ピノが不思議そうに聞いてくる。
「風の精霊がつねっていくんだって言われてるやつなんだけど、あれ実はちっちゃい雷なんだ」
「「えぇー!!」」
この時代ではこの反応が当たり前だよな。
知ってました……というわけにはいかないな。
「こないだ、部屋のランプを消した後に服を脱いでて、フラウの悪戯が起こったんだけど、その時にちいさな火花を見たんだよ」
「そんなものが見えたんですか?」
「ちいさな雷に見えると思うよ、今度やってみてくれ」
早速バッシュが服を脱ぐ。
「あ痛ッス」
「見えなかったね」
ピノが残念そうにいう。
「いや、真っ暗じゃないと見えないよ。本当にちいさな雷なんだ」
「で、それを倍がけして大きな雷にしたっていうのかな?」
「おおむねその通りです、緻密な計算が必要ですが……しかも今のところ2人で4万エン使って撃たないと、敵を倒せる強さにならないっていう欠陥品です」
「それに匹敵する可能性がある魔法だよ」
タブラは嬉しそうに感想を言ってくれた。
大丈夫だ、これは問題なさそうだ。
問題はもう一個の方……
「問題はもうひとつの魔法だ」
ですよね。
「これは説明が難しいんですが……」
水蒸気爆発を基本にしている魔法なのだが、これをどう噛み砕けば良いのか。
あまりに悩む俺に対して、タブラが助け船を出してくれた。
「君の魔法、聞いた限りでは古代兵器の『銃』に近いものだと思うのだが?」
「ですが、火薬は使ってませんよ」
その言葉にタブラの顔色が変わる。
「おっと、君は物知りだね。天使に閲覧されていない古文書にしか載っていない単語を知っているなんて」
マズい。この時代の禁句だったか!
「そういえば、以前私が君にその話をしたんだったな」
伝説と言われたストレンジャーなら知り得る情報、という事にしてくれたようだ。やはりこの件は迂闊に口に出せない。
「回りの者の中には、古代兵器だと勘違いした者もいるかもしれない、もし賞金目当てに報告されたら危ないだろうな」
「そんな、ヤツハシさんはみんなを助けたんですよ?」
フィオナちゃんが割ってはいる。
「しかし、その武器が自分達に向けられるかもしれないという恐怖を持つ可能性はある。手柄を取られたとやっかむ者が出てくるかもしれない。人間というものはそういうものだろう? 気を付けるに越したことはない」
確かに、人間はそんなもんだ。
「しかも、その魔法が古代兵器とは違う機構で、同じような効果を発揮するとしたら、天使にとってはかなりの脅威になるだろう」
そうか、まだ数少ない骨董品を振り回していた方が怖くない。
誰でもが簡単にあれを作れるなら、天使が頑なに排除した古代兵器がよみがえるのと同義だろう。
「種の部分は秘密にしておいた方がいいですね」
「うむ、その方がいいだろうな。あとは密告がないことを祈るか」
「最後は神頼みですね」
タブラは深く頷くと、話題を変えた。
「今回私がここに来たのはもうひとつ理由がある」
「これ以上不安要素が増えると、洞窟に引きこもりそうです」
「いや、今度は君にとっても良い話だよ」
タブラはにこやかに続ける。
「ここに来るのが遅くなったのは、ジョロモと話をしていたからなんだ」
「そういえば呪竜の騒動の時は、領主直々に調査の依頼を受けていたと言ってましたね」
初めて死を覚悟した、恐怖の一夜がフラッシュバックする。
「あの事件はまだ解決していなくてな」
「首謀者的にも不発で終わった感じになってますもんね」
「引き続き調査をしていて、この近くにアジトがあることを突き止めたのだが『黒衣の魔法使い』は警戒されていて潜り込めそうにないんだ」
「その流れ、俺に潜入捜査してこいって話ですか?」
「話が早くて助かるよ」
タブラはニヤリと笑った。
「ただし、潜入捜査は時間がかかるうえに、報酬も後払い、経験値も発生しない」
「やっかいごとの押し付けですか?」
苦笑しながら俺は答える。
俺は厄介事を押し付けられる体質なのか?
「成功報酬はギルドとは比べ物にならないよ、それに、依頼人を通して各所にコネクションができるのも大きい」
確かに、ここでジョロモに認められれば、カリンの夢の手助けにもなるだろう。
「さらに、今回潜入するのは地下アジトだ、もし君の魔法が天使に知れても、身を隠しながら依頼もこなせて一石二鳥じゃないか?」
いい、アイデアだ。しかしメンバーをおいて単独行動するのは……
「行ってきてくださいトキヒコさん」
「フィオナちゃん」
その顔はなにかを決意したかのような表情をしている。
「今回の戦闘で、私はトキヒコさんについていけなかったです、しかも、ランクまで離されちゃって……」
「大丈夫だよ、フィオナちゃんの事は俺が守るから」
「だめです!」
強い否定。いままで見たこと無いような表情。
「私もっ……みんなを守りたい! あなたを守りたい!」
少しずつ目頭に溜まる涙に、頭を殴られたような衝撃が走る。
「トキヒコさんは私にとって特別。あなたは私の夢を凄いスピードで叶えてくれた。嬉しかった……あなたの隣に居ればもっと沢山の夢が見れると思った……だけど、追い付けなくなっちゃった」
「俺の弓も、トキヒコの背中を守っていたはずなのに、射程距離を越えて先にいきすぎですよ」
ウノも抗議する。
「盾持ちより前に出ちゃだめッスよ」
「私も尊敬してます!」
「みんな……」
「だから、トキヒコさんは少し休んでてください。私たち一生懸命追い付きますから!」
涙を拭いたフィオナちゃんが、満面の笑みを作りながら言ってくれた。
「トキ君、良い仲間を持ったな」
「はい、本当に……」
本当にそう思う。
「わかりました、少し休ませてもらいます」
みんなが俺のために頑張ってくれるなら、俺もみんなのために頑張れる。
帰りを待ってくれるって事が、寂しさをどこかへ吹き飛ばしてくれた。
「潜入捜査だ、休める要素はないと思うが?」
「水を注さないでくださいよ」
「すまん」
タブラはしゅんとしてしまった。
「フッ……あははは!」
急にウノが笑いだした。
「ビックリした! どこがツボに入ったんだ?」
「いや、だって。その人青血の剣士様でしょ? 伝説で語られる人ですよ? 子供でも知ってる」
「まぁそんな呼ばれ方もしているな」
「そんな人にタメグチどころか、窘めるなんて……理解の範疇越えすぎて笑っちゃいますって」
「そんなもんかな」
俺には良くわからない。
「そんなもんッスよ。どう突っ込んで良いか分からなかったッス」
タブラはドンと胸を叩いて言う。
「遠慮無く突っ込んで来てくれたまえ!」
「え……遠慮しちゃうッス!!」
あはははは!
みんなで笑った。
この笑顔を守りたい。
そんな気持ちが溢れてくる。
そのために新しい道へと進むことに躊躇はない。
次に会った時に……肩を並べたときに。
胸を張っていられるように。
その夜は、沢山の明るい笑い声に包まれて更けていった。
第二章の終幕。
冒険を求めて、彼は進みつづける。
第三章では新たな仲間も加えて
強大な敵に立ち向かう。
引き続きの応援よろしくお願いします。




