061話『交渉』
暗闇に目が慣れると、そこが牢屋のような作りだと分かる。入ってきた鉄格子の反対にも鉄格子。こちらは屋敷側から入る入り口がある。
屋敷側の部屋には松明が灯っており、数人の人間がこちらを見ていた。俺は松明に照らされた人物を、冷ややかに睨みながら言い放った。
「特別待遇ね……ここの領主は珍しい歓迎の仕方をしてくれるなぁ」
「無礼者、ジョロモ様にむかってなんたる……」
「よい。私が通したのだ、まだ客だぞ」
「御意」
付き人の怒りの言葉とそれを諫める人物。
影で顔は見えないが、こいつがジョロモに間違いないな。
「これが客の扱いかよ!」
ウノが怒っている、怯えるピノを手で守りながら。
「いいんだ、ウノ」
俺は一歩前に出て。
「残念です、ジョロモ様。私は貴方が才能ある商人だと聞いて期待しておりました」
その言葉にまたもや使用人らしき者が反応する。
「無礼であろう!」
「ジョドー! 下がっておれ」
「しかし、ジョロモ様を愚弄する発言を私は見過ごせません」
「だが、一言毎にお前を嗜めねばならんとなると話が進まぬ。下がっておれ」
「……かしこまりました」
ジョドーと呼ばれた使用人は、屋敷へ続く扉を開けて外に出た。
「貴様、私を試したな」
「なんの事やら」
自分の悪口を言われた時に腹が立つのは当たり前だが、自分より先にもっと高い熱量で腹を立てられると、逆に冷めるものだ。しかも、領主という立場上取り乱す訳にはいかない。
立場も思い出させ、頭も冷えてこそ冷静に話ができるだろう。
この構図を作り出す流れを見抜けるなら、頭の回転は早そうだ。
「だが、前言は撤回しないぜ」
「話し合う余地は無いと知ってもか?」
ジョロモが手を上げると、部屋の横に待機していた部下が槍を手に取った。
「こっちの手札を見ないままで良いのか? 丸腰でここまでくるとは思ってないだろ」
「手を止めさせるだけの手札なのかな?」
といいつつも、上げた手を下ろしはしない。
「じゃあ商売の達人であるジョロモ様に、商売の基本を話そう。今後有益な関係を作るかもしれない相手を牢屋に入れると、第一印象最悪だぜ?」
「まったくその通りだな」
「俺なら笑顔で迎えて、紅茶に毒を入れるな」
「まったくその通りだが、それは有益かもしれない相手への対応だ。貴様のように害しかもたらさぬ相手にはこの対応で十分だろう」
俺はため息をつきながら、ポケットからメダルを取り出す。
ハウスベルグ家の家紋が彫られているメダルだ。
「それは、ダルトンさんに貰ったタダで馬車に乗れるメダル?」
フィオナちゃんはキョトンとしているのに対し、ジョロモは明らかに狼狽している。
「お前は、それを何処で!」
「これはハウスベルグ家の関係者、しかもより深い間柄でないと持てないアイテムだ。モナンヘーゼル家はいま、ハウスベルグ家の客人を牢に閉じ込めているって話になるんだが?」
苦虫を噛み潰したような顔で、ジョロモは上げた右手を宙で払った。部下は構えた槍を置いた。
「……用件を聞こうじゃないか」
「ようやく話をする気になったな」
「紅茶は出ないがな」
「毒入りは要らん」
――「ライフフラグメント」
取り敢えず、お互いの顔が見えるように、ピノに魔法で明かりを作って貰った。
ジョロモは50代前後の年齢で、金髪をツーブロックのように横を刈り上げてあり、精悍さも感じられるダンディなおじさまだ。
「改めて、用件を聞こうか」
「まずはこんな質素な応接間だが、直々の対応お礼申し上げます」
わざとらしく頭を下げてみる。
「……カリンより聞いているが、お前がカリンのパーティリーダーらしいな」
「その通りです」
「カリンはスタンピート防衛戦に行くと言っておる。しかし、それはあまりに危険すぎる!」
ジョロモは血がでんばかりに、下唇の端を噛んでいる。
この父親、よっぽど愛情が深いのか、心配性なんだろうな。
「心配は分かります、ですが、貴方の目の届かない所でストレンジャーごっこをしていては同じことです」
「ならば、貴様のパーティでも同じであろう」
「同じだとしても、貴方自身が任せられると思う人間と共に居るか、どこの馬の骨とも分からないものと居るかでは、心中に違いがあるのでは?」
「しかし、それは……お前とて馬の骨であろう」
「今はと言っておきましょうか」
そういうと今度は両ポケットから、アイテムを取り出す。
「ひとつはさっきのこれです」
ハウスベルグ家のメダルをぶら下げる。
「これで、馬の骨の出所は分かって頂けたかと思います。そしてもうひとつがこれ」
そういって左手から出てきたものは鍵。
初めは何の鍵か分からなかったジョロモも、理解したとたんに、驚きの表情にかわる。
「そう、これは黒衣の魔法使い、タブラ=ラサ=タイムに、貴方が報酬で渡した屋敷の鍵」
「何故お前がそれを持っている!」
「託された……からですよ」
意味深に言葉を濁す。
「改めて聞きますが、貴方はまだ私たちをどこぞの馬の骨と罵りますか?」
ジョロモは深く悩んでいるようだ。
ここは待つ、畳み掛けて良いところではない。
「だとしてもだ、急に現れたお前たちを、信用することなど出来ない!」
最後の切り札と行こうか。
「では、貴方自身の商売のパートナーとして信頼を勝ち取るだけのカードがこちらにあるとしたら?」
「どう言うことだ」
ジョロモは伏せていた顔を上げて言う。
「またまたぁ、初めにハウスベルグの紋章を見せた時、頭によぎった筈ですよ」
ハウスベルグ家はもはや落ち目だと、誰もが思っていた。ほんの一ヶ月前までは。
しかし、その一ヶ月で革命的なシステムを使い、商売を好転させたのだ。同じ貴族、同じ商売人として、耳に入っていないわけがない。
「まさか、貴様がハウスベルグの復興の立役者とでも言うつもりか?」
「そのまさか、だったらどうします?」
商売としてだけでなく、街の発展としても大きな意味を持つ商談だ。
本来こんな牢獄で行われる事ではない。
話のスケールが大きすぎて、この展開に俺のパーティも誰一人ついてきていない。なんせ俺は今、総理大臣に対等に交渉を持ち掛けているのだから。
――バァン!!
その時、ジョロモのいる部屋の扉が勢いよく開いた。
「わたくしを差し置いて何の話をしてやがりますの!」
カリンだ、えらいタイミングで来ちゃったな。
「私のお客様を、お父様が牢にいれやがったとジョドーから聞いて、ぶっ飛んで参りましたわよ」
そういうと、ジョロモを睨む……いや、メンチを切っている。
「いや、これには深い訳があるんだよぉ、カリンたん」
たん?
「カリンタン?」
「おい、ピノ真似しちゃダメだ」
「お父様はいつもそう! どうせ私が外に出ないようにトキヒコを怖がらせて追い返そうとしたんでしょ!」
「そうだけど、そうじゃないんだよぉ、信じてカリンたん」
「おどれは、黙っとかんかい! ですわ」
そういうと、ジョロモの胸ぐらをつかんで、パチキをかます。
ゴン! っと鈍い音が聞こえる程の一撃。
痛みにのたうち回るジョロモを置いて、平気な風でカリンはこちらを振り向いた。
「すみません皆様、こんな場所に閉じ込めてしまって、今開けますわ」
そういうと、近くの兵士に指示をして、鉄格子を開けさせた。俺たちは促されるまま、入り口をくぐって解放された。
「オラァ! あんたはしばらくそこに入っとかんかいっ!」
未だに痛がっているジョロモをひっつかむと鉄格子のなかに放り込んだ。
「ひどいよカリンたーん!」
確かに酷い。
しかも鍵をかけてる上に。
「開けやがったら、シバきますわよ」
と兵士にメンチを切って、俺たちを本当の応接間に連れていった。
なんだろう、さっきまでバチバチ火花散らしていたシリアス展開はどこに行った?




