060話『屋敷へ』
ガチャガチャ!!
寝起きにカイフォンのけたたましい音が鳴り響く。
昨晩は遅くまで魔法について勉強して計算していたので、起きるのが辛い。なんとかベッドを這い降りて、カイフォンがしまってある袋までたどり着いた。
この貝は……カリンか。
「はい、もしもし」
「もしもしとは何かしら?」
「俺にも分からんが、こういう時に使う慣用句だ」
「貴方の田舎独特の風習かしらね」
まぁいい得て妙だ。
「時にあなた最近何してましたの?」
「ああ、オアシスに行ってきたんだ」
「何度も連絡を取っているのに一向に貝から返事はないし、ともすれば街を出ていたですって!? 私を差し置いて?」
ああ、そういえば街から出たい願望が強いのはカリンが一番だよな。
「成り行きがあってね、しかも急ぎだったんだ」
確かに、天使の遺体を急いで運ばなければならなかったので、連絡をし忘れたのだった。
「関係ありませんわ。次に会ったときは覚えておきなさい」
火が付いたように怒っている。これじゃぁ話は進まないので話題を変えておこう。
「次に会ったときで思い出したんだが、カリンもスタンピートの防衛に参加するんだろ?」
カリンは急に静かになって話し出す。
「その事なのですが、お父様の許しがでなくて困ってるんですの」
それは俺も困る。カリンあっての連携プレイなんかも考えていたんだが。
「お父様ってのは、ジョロモさんだろ?」
「知って……いましたの」
「つい昨日な」
少しの沈黙が流れた、これは俺がこの事実を知ったことに対する、自分への態度を量るため、次の言葉を待っていると俺は認識した。
「俺が親父さんを説得しに行くよ」
「……何を言い出しますの?」
「言葉通りさ、俺たちの力を見せて、親父さんに納得して貰えば良いんだろ?」
格好良く決めたつもりだが。
「私よりランクが低い冒険者をいくら束ねたって、納得するはずありませんわ」
と、身も蓋もない事を言われてしまう。まぁそりゃそうなんだが。
一応娘の命の恩人なんだし、少しくらい話を聞いて貰えるんじゃないかとは思ってる。
「まぁ待ってろって、昼くらいには屋敷にいくんで、中に入れるように取りあってくれ」
「ちょっ、そんな難し……」
俺はこれ以上は話すことはないと、カイフォンをひっくり返してベッドに置いた。
よしそうと決まれば、作戦を練るぞ。
こちらの手札を確認して、親父さんに首をたてに振らせるだけだ。
カイフォンからは、抗議の声が未だに聞こえなくもないが。無視してダイニングへ降りていった。
「ちょうど起こしに行こうとしてたんですよ」
ピノが階段の下で迎えてくれた。
「おっ、じゃぁみんな集まってるな」
俺はピノの頭を撫でながら、食卓へ赴いた。
フィオナちゃんが作ってくれた朝食がならび、みんな思い思いに席についている所だった。
「みんな聞いてくれ、今日はジョロモの家に行く」
その時、時間が止まった。
俺のクロノスのスキルかと思ったが、バッシュの口許についていたパンの食べかすが、ポロリと落ちているところを見ると、時間が止まった訳じゃないようだ。
「何言い出すッスか朝から」
「まだ寝てるんです?」
ピノが俺の手のひらのしたから覗き込む。
「俺は起きてるぞ」
「あの、ヤツハシさん、急ですね話が」
フィオナちゃんもどう反応していいか分からないみたいだ。
「用事があってね、アポ取りは任せてある」
「どんな権限があるんですかトキヒコさんに」
話を聞くと、一国の主といっても良い相手に、今日いきなり会いに行くといって会えるものではないということだった。まぁ一般人が首相に会わせてくれと言っているようなもんだからな。
カリンがちゃんとアポ取りしてくれたら問題ないとは思うが……
「まぁ信じてついてきてくれ、俺たちの最後の仲間を迎えに行くんだ」
とだけ言って、無理矢理納得させた。
ジョロモの屋敷は街の中心にある。
中心というのは、賑わっている中心という意味ではなく、円形にできている地形の中心だ。
地図で言うと、ジョロモ山とギルドの間くらいか。
この辺になるとわりと人や建物も少ない。
しかし寂れているというわけではなく、庭が広くて、豪華な家がポツポツと間隔を空けて建っている感じだ。
「この辺は富裕層や階級の高い方が住んでいる街です」
「俺やピノもこの辺にくることはまず無いな」
「うぉー憧れるッス!」
「レルッス」
俺は別に憧れないがな。
こたつと四畳半があれば一番良い。
なんだあの広さは、寝室から風呂に行くのに10分くらい歩くつもりか? といつも思ってしまう。
そのなかでもひときわ大きな建物が見えてきた。
小高くなっており、振り返ると街並みが一望できる場所のようだ。
巨大な門の前につくと、門番が立っていた。
「ご用件は」
「領主、ジョロモ=モナンヘーゼル様に会いに来た」
「お約束のお名前を」
「八橋時彦だ」
少し間を置くと。
「領主様より伺っております、特別待遇でお通ししろとのご命令です」
お、やるなぁカリン。ちゃんと話を通してくれたんじゃないか。
「ついていてください」
そういうと門番の一人が門を開け、もう一人が歩きだした。俺たちもそれに続く。
「領主様のお屋敷に入ることになるなんて」
フィオナちゃんはガチガチに緊張している、生まれたときからこの街にいるのだし、何となく分かる。
俺も総理大臣と急に話せと言われても、緊張で言葉が出てこないだろう。
しかし、今日会いに来たのは総理大臣ではなく、友人の父親だ。
緊張はするが、ここは気合いで負けるわけにはいかねぇ。
門番は俺たちのほうは一度も振り向かず、石造りの建物の前まで来た。
「おいおい、こっちじゃないのか?」
そのまま門番は向きを変えて、屋敷の右側のほうに歩きだした。
「本日は正規の謁見ではございませんし、領主様より特別待遇を仰せつかっておりますので、こちらの入り口から入っていただきます」
そういって、見張り塔のように高くそびえた、円柱状の建物の前に着いた。
門番が鉄格子の柵をギリギリと手回しウインチで巻き上げ、屋敷の端の入り口が空いた。
「どうぞお入りください、領主様がお待ちです」
門番は無表情で道を譲った。
「さぁ、ご対面と行こうか」
俺たちは意気揚々と建物に入る。中はほとんど明かりがないのか、石壁に遮られた室内はかなり薄暗く感じる。明るい場所から急に暗い場所に入ったことで、目が慣れるまで少し時間がかかりそうだ。
全員が入るのを見計らって、門番は鉄格子を一気に下げた。
あれ、少し不安だったけど
こういう展開なのか?
ようやく目が慣れてくると「特別待遇」の意味が分かった。




