056『臨時パーティ』
それから一ヶ月、オアシスの街にもだいぶ慣れてきた。
最近ではギルドで見つけた、他のパーティーに臨時で入って頑張っているのだ。
自分のパーティーではリーダーは俺なので、指示を出してうまく立ち回りをさせる事が大事になるが、臨時だとメインのメンバーの邪魔をしない動きをしなくてはならない。
別の者の指示に従うか、自分なりにパーティーの利益になる動きをしなくてはならないのだ。
しかも、グラップラーは攻撃力が高くない。ただ殴る蹴るでは殆ど役に立たないときている。
「リタはファイアーボール2倍、ドーンはガードだ!」
リタと呼ばれた魔法使いが詠唱を始める。
ドーンはパラディンだ。リタに近寄らせないように敵を誘導していく。
リーダーのヒロは双剣使い。一匹のトロールを剣舞で足止めしている。
俺はその隙に、ドーンが止めている別のトロール目掛けて、腰にぶら下げたランタンオイルの入った瓶を投げつけた。
次の攻撃で、更に加速する剣技がヒロから繰り出される。相手は防戦一方で動けない。
その間にリタが詠唱を終え、頷いた。
それを合図にドーンが《シールドバッシュ》を発動!
しかし、間一髪かわされてしまう。
「くそっ! すまねぇ!」
リタは詠唱し終えたものの、キャストをためらっている。
このままドーンの抱えているトロールに魔法を打つより、ヒロが足止めしているトロールに魔法を打った方が当たる確率は高いのだが……
俺はヒロのトロールに、二つの石を紐で繋げただけの原始的な武器、ボーラボーラを投げた。
足止めされているトロールは避けることが出来ない。ボーラボーラはトロールの足に当たるとそのまま絡み付き、トロールを転倒させた。
その状況を確認したリタは、ヒロのトロールに魔法をキャストした
「ファイアーボール!」
ヒロの剣技と、ボーラボーラの転倒でトロールは避けることが出来ない。
直撃を食らって、気絶してしまった。
逆にドーンが抱えているトロールはまだ、ピンピンしている。そのまま力一杯振り下ろされる棍棒。
「ぐっ! 重い……な!」
ドーンはガードしたが、少なからずダメージが蓄積した。
「リタさん、一倍ファイアーボール用意してください」
俺は次のターンの指示を出す。
ファイアーボールは2行詠唱だが、リタは《短縮》スキルを取っているため、1ターンで発動できる。しかし、ダメージが足りない。
なので、先程はヒロから2倍詠唱を指示されていた。
本来部外者の俺からの急な采配に、こちらを不安そうに見るリタ、俺は考えがある言わんばかりに頷くと、魔法を詠唱し始めてくれた。
俺は間髪いれずに、魔法を刻み込んだ魔法袋をとりだし
「ライター」
をキャストする。
ドーンが抱えていたトロールは、先程俺が投げたランタンオイルに引火して一瞬で火だるまになった。
ドーンは隙を逃さずシールドバッシュ、ヒロは《集中》でトドメの一撃を狙っている。
今度のシールドバッシュは見事トロルの頭を捉え、軽い脳震盪を起こさせた。
リタのファイアーボールが詠唱完了し、即キャスト!
「ファイアーボール」
2倍がけしていないにも関わらず、先程と変わらない大きさの火球がトロルを襲う。めまいを起こしているトロルには避けることは出来なかった。
完全に無防備な体にぶち当たるファイアーボールが、トロールの体力を極限まで削り取る。
それでも力を振り絞って、火だるまにした恨みか俺に棍棒を振り下ろしたが、こちらは余裕で回避した。
「《十字切り》だっ!」
《集中》をしていたケンがその隙をついてスキル発動。
双剣が炸裂し、トロルの胸に十字架のような傷を作ると、そのまま血を吐きトロルは動かなくなった。
「あっぶねぇなぁ」
ドーンがこっちに怒鳴ってくる。
このメンバーでトロールの攻撃をまともに受けて立っていれるのは、ドーンぐらいのものだろう。
「せめて俺が助けれるときに無茶しろよ」
ドーンは俺の肩をグーで軽く小突いてきた。
《みかわし》のスキルを使っていたので、当たらないだろうとは思っていたが、危なかったのは事実だ。
「せっかくランタンオイル使ったんで、どうしても火が点けたくってね」
俺はおどけて笑う。
「しかしだ、その火だるまを火種にして、ファイアーボールを打たせるとは考えたな」
ヒロが鞘に武器を納めながらこっちに来る。
リタもその発言に共感したのか、こっちにサムズアップを見せてきた。
ランタンの炎を種にして出した1度目より、2度目の方が種が強いため、2倍がけは要らないと思ったのだ。
案の定問題なくダメージは高かった。
「しかし運が悪いよな。トロールは水に強いってんだからな」
ドーンが今度はリタの方を労う、口は悪いが世話をよく焼いてくれる。
リタは残念そうに肩の上を飛ぶウィンディーネを撫でる。
得意の水魔法ではトロールに効果が薄いのだ。
ランク1なので、大きく差は無いものの、やはり種を気にせず魔法を撃てるかどうかは、一瞬の判断に影響する。
「最近ストレンジャーが帰り打ちに合うことが増えているそうだ、もしかしたらこの辺にもジョロモのスタンピートの余波が来ているのかもしれないな」
「余波、ですか?」
「ああ、君は田舎出身だったらしいね」
俺はここでも田舎者で通している。
「スタンピートはただ烏合の衆の行進ではなくて、その軍団を率いる高位のモンスターが居るんだが。戦術やコツのようなものを下のものに覚えさせて、より協力な軍隊を作ろうとするんだ」
「では、その中のものがこちらにも流れてきている可能性が?」
「そうだね、もしくはその戦術を又聞きしただけの奴らかもしれないが……」
「もともと戦闘能力の高い種族だ、ちょっと戦いのコツを理解するだけで数段戦いにくくなるんだよ! まさにトロルに棍棒だぜ!」
鬼に金棒かな。
「じゃあ、そろそろジョロモは……」
「ああ、本格的に警戒に入る頃だろうな」
もう少し準備したかったのだが、そろそろ潮時だろうな。
一行は取り敢えず報告のためにギルドに寄った。
ここで俺はこのパーティを抜けることになっている。
ギルドの大きな扉を開けると、何やら騒がしい。
ストレンジャー専用ドアから何人か転げ込んでくる。
「痛いんじゃそっと下ろさんかいっ!」
どうやらモンスターに手酷くやられた様子で、3人中2人は気絶しており、剣士が一人で騒いでいる。
「もうちょっと早く助けられたんやないか?」
黒服の男に剣士が詰め寄る。
「これが最善でございます」
「はぁ? これが最善やと? お前がバーンっとやってドーンと守れば、怪我もせえへんかったやろが」
「モンスターへの攻撃はわが社では請け負っておりません」
「あほ、そこはケースバイケースつうやつやろ!」
黒服は、ミケーネ商会の社員なのだろう。
パーティが危なくなった際に横から助けて逃走させてくれる、掛け捨ての保険みたいなものだ。
このパーティは敵に挑んで、任務失敗のうえ怪我もしている。そして、商会への依頼料も払わなくてはいけないのだろう。おいたわしや。
「私どもは契約通りの仕事をしたまでです」
何を怒鳴っても機械のように一点張りだ。
「気持ちは分かるが、ミケーネ商会に頼んでいなかったら今ごろ君たちはここに居ないよ」
いつのまにかヒロが、彼らの間に割って入っていた。
「ありゃりゃ、ほっとけば良いのに」
ドーンはあきれているが、俺が臨時を探しているとギルドで話しているときに、わざわざ自分から声を掛けてくれたのもヒロだ。
あの性格には助かっている。
「彼は彼なりにできることをしてくれただろう?」
「分かっとるワイ、くそっ白けたわ」
剣士は苛立ちながら背を向けると、パーティメンバーに回服薬をかけた。
戻ってきたヒロに「あんま首突っ込まないでくれよ、面倒事はごめんだぜ?」とドーンが釘を刺す。
「それじゃぁ、面倒事の俺はここで退散しようかな」
「いやいや、トキのことじゃないんだ!」
「慌てすぎだ、冗談だよ」
危険な任務をいくつかこなしただけだが、そういうときこそ信頼感が芽生えるもので、まだ数回しかクエストにでて居ないが、冗談を言い合える仲にはなったと言うことだ。
急にギルド内が騒がしくなる!
カウンターの向こうで血相を変えた職員が何やら上司に進言。
上司の顔色が変わると、大きな声で叫んだ。
「ジョロモに出ていたスタンピート注意報が、警報に変わりました! 付近のストレンジャーに、特別討伐クエストが発令されております」
ついに、来たのか!
俺はジョロモに居るであろう、ウノ、ピノ、バッシュ。
そしてギルドのみんなの事が心配になってきた……ローズさんは心配無いと思うが。フィオナちゃんにとっても故郷なのだ、そこでの虐殺なんてあってはならない!
「トキ、これからどうする」
少し間を置いて、ヒロが訪ねてくる。
「ジョロモで仲間と合流して、スタンピートから街を守ってきますよ」
「そうか」
残念そう、いや心配なのか。
「また一緒に組めることを願っているよ」
そういうと目の前に手を出してきた。俺も答えるようにその手を力強く握った。また会えるさ、と気持ちを込めて。
「オアシス戻ってきたら声掛けろよ!」
ドーンもその手を上から握ってきた。
その手を更に握って。
「また、一緒……行こ……う」
とリタが言った。
詠唱以外でも喋るんだ……。
ドーンが言うには気に入られているそうだ。
こりゃまた来るときはお土産手も持ってこなきゃな。




