053話『カイフォン』
そこからは急ピッチで作業を開始。
まずはカイフォンを100組預かり、ナンバリングしていく。取り敢えずは0001~0100まで。
貝の殻は思ったより固かったが、《彫り師》スキルの習得の際に、買わされた彫り師セットでなんとかなった。手作業なので4日程掛かったし、肩や腰も痛くなったが、一般人で彫り師のスキルを取るものは意外に多くないのだ。
その間、俺に宛がわれた倉庫を改造して貰う。
ここはなるだけオアシスの中心にあるものを選んである。
基本的にはただの事務所で良いのだが、カイフォンが100個入る棚をつくって貰う。これが今回のキモになる部分だ。
「順調に進んでいるのですか?」
4日目にしてダルトンが視察に訪れた、きっとフラートリスの遺体を埋葬して来たのだろう。
俺もついていって、シェルターの中を探索したかったが、それはこの事業が完成してからでも問題ない。
その事業も、本来なら秘密にしておきたいところだが、俺のスポンサーでもあり、ダルトンは事業主なのだ。しっかりと概要を伝えなくてはならないだろう。
――――この町は、ハウスベルグ家がカイフォンのシェアを独占しているのだが、他の2つの貴族もそれぞれこの町に合った商売をしており、権力を握っている。
御三家と呼ばれる名家は、ハウスベルグと、ボールド家、バッカス家の三家で構成されている。
ボールド家は、この地に古くから住んでいる、ワイン農家が出世して大きくなった家だ。
乾燥の激しいこの地域で、生産することが出来るブドウを使って、ワインを製造して財産を稼いだ。
バッカス家と、ボールド家は昔から仲が良く、事業も合同で展開している。
バッカス家は主に酒場の経営をしている家柄で、ボールド家のワインを安価で提供する事で一躍財を成した。
この2つの貴族に、合同出資でお前達の街を作らないか? と声を掛けたのが、ハウスベルグ家の先代当主だったのだ。
これが大当たりした。
本来、この街の外でボールドのワインを飲むには輸出品しかないのだが、陸路で何日もかかってしまうため値が張るのだ。それを狙った山賊等が現れ、また更に上がる。防ぐために高ランクストレンジャーを雇えば上がる……。
と、輸出品は数倍の値段で取引されている。
それが、この街に来さえすれば、安価に飲み放題飲めるとなれば、賑わうのも当然だろう。
さらに、温暖な気候であるため、ハナレハサミ貝の養殖に使っている、オアシスの名前の由来でもある大きな湖では、年中水遊びが出来る。
リゾートホテル的なものまであり、若者の旅行先としても人気なのだ。
そんな成功を納めている街だが。当代のハウスベルグ家は事業がうまくいかずに、赤字をだし続けている状況だ。
ハウスベルグはカイフォンの他に馬車をたくさん持っており、この町に観光に訪れる客を乗せる、いわばタクシー業を行っているのだが、御者への給料等が払えずに、今は70台程度に減ってしまった。そうなると利益も落ち込みさらに苦しい状況になってきているのが現状だ。
それに輪を掛け、大手が衰退した隙を狙って、送迎馬車の対立店も出来たという。
このままでは完全にじり貧だろう。
ここでカイフォンでイニシアチブを取り戻す。
まずは馬車全てに、カイフォンの片割れを一枚づつ持たせる。そしてその片割れをここの倉庫に設置。作り上げた棚に一枚づつ入れていく。
客を乗せたらどこまで行くのか報告し、降ろしたら待機の報告をさせる。倉庫側はそれを地図に反映し、馬車の位置を把握する。倉庫側を交換手と呼ぶことにしよう。
俺の時代のタクシーの仕組みをそのまま取り入れるわけだ。
「しかし、管理は出来ても、結局は客待ちになるんじゃないのですか?」
ダルトンの意見は尤もだ。
「まぁ、待ってくれ。まだ二手先があるんだ」
次の一手で、残ったカイフォンを、バッカスが経営する店に一つずつ配布させる。店からこの倉庫に直接馬車を呼ぶことが出来るようにするためだ。交換手は即座に近くの馬車にカイフォンで指示をだし、待ち時間を短縮させる。
今までは路地に出て、待機所まで歩くか、偶然通りかかった馬車を捕まえるかしかなく、運が悪ければ家や宿まで歩いて帰らなければいけない事もあったそうだ。
便利とは毒だ、必ず人間を楽な方に落とす。
きっとこのシステムは、酔っぱらいばかりのこの町に合うだろう。
そして最後の一手。
それが「サブスク」だ。
カイフォンは一つ買うと2000エンする訳だが、一対をお互いに持っていないと会話が出来ない上に、それが遠くはなれていれば、貝の念波も届かなくなってしまうという代物だ。
ジョロモ程度の街であれば端から端まで届くが、オアシスのような大きな街では半径くらいしか届かないだろう。
この商品に、俺の時代でいう20万円相当を払うのはよっぽど余裕がないと無理だろう。
しかし、交換手が居れば話は別だ。
交換手が街の真ん中に居るなら、端からカイフォンを使っても、反対側の端まで繋いで貰えるからだ。
やり方は簡単。
太郎が花子にカイフォンを使う時は、太郎がまず交換手に電話する。
交換手は花子のカイフォンを鳴らし、花子が出たなら二つの貝を合わせて閉じれば相手に聞こえるしくみだ。
電話というものが初めて普及したときにあったシステムなんだが、これで一気に便利になる。太郎は手元に一枚のカイフォンを持っているだけで、たくさんの人と話せるようになるのだ。
これなら欲しい人間は増えるはずだ。
しかし、値段が……お高いんでょう?
いえいえ、これが今なら機種代込みで月々70エンなんですよ。
「えっ! そんなに安くお売りする事は出来ませんよ!」
ダルトンは驚いている。
通販番組だったら一番盛り上がるところだ。
「この、金額なら金持ちではなくても、ちょっと余裕があれば購入出来るだろ」
「だとしても、うちが赤字では仕方ないですよ」
やはり、まだこの考え方は浸透していないらしいな。
「でもよく考えてくれ、一年でいくらになる?」
「840エン……」
「三年だと?」
「2520エン」
「シェアが広がるだけでなく、永続的に料金が入ってくるんだ。長い目で見ればかなり大きいと思うぞ。それに、在庫はいつまでたっても0エンのままなんだぜ」
ダルトンは唸ったが、ようやく意味がわかったのだろう。快く方針にしたがってくれた。
「むしろ稼ぎ時だ! 忙しくなるぞ」
うまく行けば飛ぶように新規の顧客が増えるだろう。
俺の時代の人間であれば思い付くだろうが、この時代の人間には革命だ。
ハウスベルグ家がカイフォンで一強なのも幸いした。他の街ではこうはいかないだろう。
暫くはこれでうまい汁が吸えそうだ。
もう一つ思い付いて居たが、それはまた別の機会に取っておくとしよう。これはもう革命的に大きな利益を上げかねないものだから、今出すのは勿体無い。
こうして着々と段取りは進んでいくのだった。




