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052話『飲み込む』

 俺は早速ダルトンを部屋に呼んで貰った。


 せっかくなのでタッセルには美味しい紅茶を淹れて貰うことにした。ここは大事なところだ、駆け引きは余裕がある方が強い!


 さて、わざわざ客人の部屋に呼ばれたこの屋敷の主人だが、俺の座っているソファーの反対側に座った。

 タイミング良く、タッセルが紅茶を淹れて戻ってきた。


 高級な紅茶の香りが漂うと、飲まなくても少しリラックスさせてくれる。


「さて、ダルトンさん」

 俺はソファーに浅く座り、背もたれに体重を預けた。

 やはり良い椅子だ、クッションに体が思った以上にめり込んでしまう。

 ばたばたしながら慌てて、体をもとに戻すと。


「さてダルトンさん」

 仕切り直した。


「はい」

「ハウスベルグ家の状況について、耳にしております」

「はは、私に才覚がなく、家を傾けてしまった。お恥ずかしいばかりです」


 ダルトンは苦笑いの奥に、まだ悔しさを残した言い方をした。諦めているなら頭から潰せるが、プライドが残っているなら少し面倒だ。


「そうだね、君には才覚がない」


 俺はここをきっぱりと言った。

 ダルトンの拳に力が入るのが分かった。

 プライドにヒビが入る悔しさの表れだろう。


「君には商人としても、盟主としても力が足りていない!」

「そんな事……!」


 お前に言われなくても解ってる、だろ?

 昨日今日出てきたばかりの人間に言われる筋合いもないよな。


「だがしかし、それは二つをいっぺんにやろうとするからです」


 ダルトンはその言葉の意味を解りかねている様子だ。


「私がこのハウスベルグ家を建て直す、商人としての力をカバーする。ダルトンは君の家の汚名を晴らし、信頼の回復に努める。これなら片手落ちになってしまうこともないと思うんだが?」


 突然の提案だっただろう。噛み砕いて飲み込むまで、俺は次の言葉を言わないことにした。

 代わりに、タッセルが淹れてくれた紅茶に手を伸ばす。

 この香り、前にカリンが家に転がり込んだときに、俺が淹れた紅茶の銘柄だろう。スッキリとした酸味のあるお茶だった。

 うん、後で淹れ方をタッセルに聞こう。


 俺がそんな事を考えている間に、ダルトンは人生の転機になるであろう提案を噛み砕いたようだ。


「それは、私とハウスベルグ家を助けてくれるということなのか?」


「その通りです、もちろん裏もあります」

 懸念するだろう事柄は先に言っておく方が良い。


「条件という奴だな、聞かせてくれないか」


「難しいことではありません、無駄遣いせずに、こつこつ資金を貯めておいて欲しいのです」


「どういう意味だ?」

 はしょりすぎたか。


「私の商売で稼いだお金は、私の物です。その中からハウスベルグ家再建の資金を捻出します、もちろんその後の維持も賄いましょう。しかし、出来るだけその他のお金に手を付けずに、貴殿方でその資金を管理して欲しいという提案です」


 ギルドを通す銀行は、その出所や、所持金額がハッキリしすぎている。もっと自由に動かせるお金を作りたいのが本心だ。


 お金がないと魔法も使えない。

 これがこの世界のルールだとしたら。


 お金さえあるなら、魔法使いでも、スキルが無くても、ライターの呪文を100倍掛けして町ごと火の海にだって出来るのだ。

 それがこの世界の逆ルールだ。


 そして、金を稼ぐという点においては、商魂逞しいこの世界の住人も、まだ思い付いていないやり方を俺は知っている。


「ダルトンには事業で成功して貰う、表向きはそれでいい」


「私たちにデメリットの無い話なんだが……」

 商売においてこんなに恐ろしい話はないだろう。判断に困っている、しかし、もうひと押しだ。


「デメリットは無いが、俺には君たち以上のメリットがある。それが理由だ」



 ダルトンは深く頷き、そのまま顔をあげなかったが、暫くすると額に汗をベッタリかきながら。


「乗ろう。何をすれば良い」

 と言った。


 悩む理由は、彼自身の身を案じたものではないだろう、彼を取り巻くタッセルや女中、カーマインの運命をも、ここで変えてしまう決断だったからだ。

 先ほど才覚がないといったが、人間性としては主人になる器ではあると確信している。



「そうだな、余り物のハナレハサミ貝をありったけ。そして、改装できる倉庫を一つ用意してくれ」


「だが、この街の貝の需要はもう飽和しているぞ」


 ハナレハサミ貝、これは一組で2000エンもする。

 街で暮らしている人間にとって、この金額はなかなか手がでない。当然貴族や、商人など裕福な層にしか需要がない。

 その需要もこの街では既に尽きてしまって、外の町へ輸出する事で、需要を確保してきたのだ。


「提案を変えれば、まだ需要が伸びる方法はある」


「そんな方法が? 是非教えていただきたい」


「サブスクだよ」


 耳慣れない言葉に首をかしげるダルトンを放置し、俺のなかには確かなビジョンが完成していたのだった。

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