049話『羽が散る時』
「説明して貰おうかな」
俺はダルトンに言い放つ。
口から血を吹き出し、今にも息絶えそうな天使に、覆い被さるようにして抱き抱えるダルトンは、仕方なさそうに覚悟を決めた。
「……俺は、ずっと天使を研究してきた」
「ダルトン様!」
慌てて秘書が口を挟む。
「いいんだ、この際何もかも」
ダルトンは、フラートリスの顔を見ながら、彼と天使との関係を語り始めた。
ーーー
ダルトンが子供の頃に、彼の父親が死んだ。
天使に殺されてしまったのだ。
父親は一代でハウスベルグ家を貴族にまでのしあげた名主だった。父はもともと研究者で、ハナレハサミ貝の生態から、カイフォンを発明したという偉業がある。
ただし、人を好きすぎるあまり、天使に対立し、戦い、殺されてしまったのだ。
ダルトンはその二の舞になるのが怖かった。
しかし、ハナレハサミ貝の養殖も、需要が飽和して頭打ちになってきたため、上手く行かなくなってしまった。
こうなったのも、すべて天使のせいだと、父親とはまた違った角度で、天使へ敵対心を抱いたのだ。
結局蛙の子は蛙。
研究者の子は研究者だった。
ダルトンは残った私財もなげうって研究に没頭する。
そんなおり、一人の美しい女性と出会った。
フラートリスだ。
彼は直ぐに声をかけ、二人は仲良くなった。
特にダルトンの「天使」の話で二人は盛り上がった。
天使についてなど、語ろうものなら粛清されかねないと、誰もが眉間にシワを寄せて、煙たがられていたダルトンには、この上ない理解者だった。
フラートリスは不思議な女性で
隔月一回に一週間程度しか、この町に居なかった。
そのタイミングに品物を納めに来ている。
それ以外は教えて貰えなかったが、ミステリアスな雰囲気に、逆に惹かれていった。
今月も意気揚々と、フラートリスとの待ち合わせ場所までダルトンが赴くと、彼女がいない。
あわてて辺りを探し回ると、街の路地で彼女を見つけた。
誘拐紛いの、強引なナンパを軽く捻った後だったのだろう。
彼女は全身を血まみれにして、血の海に立っていたのだ。
そのなかでも白く輝く羽根に、心を奪われると同時に、恐怖を覚えた。
「天使、だったのか!」
フラートリスという女性。
彼女は天使の中でも最下位に値する天使だ。
家系は「羽拾い」と下げずまれていた。
彼女の家は、抜け変わる天使の羽を拾い、下界の人間達に定期的に与えるしくみの一つだった。
彼女達はスラムに住み、EHの大通りなどの角に溜まった羽を拾っては、届け出て少量の金銭を貰って、その日暮らしをしていた。
その中でも運良くフラートリスは容姿もよかったため、中級天使の宮仕えになっていた。
といっても、部屋を掃除して、抜け落ちた羽を集めて集配所へ届けるだけで、屈辱的な日々だったことは変わりなかったのだが。
そのうち集配所に空きができた。
中級天使の羽を持ってくる「上客」でもあったフラートリスに、下界への運搬作業の仕事が与えられることになったのだ。
二ヶ月に一回、地上に降りて、羽を人間に渡す。
最初は簡単な仕事だと思った。
わりと良い給料を貰えた。
しかし、中級天使の屋敷に帰ると、急にクビにされてしまった、「穢れもの」という言葉をのしでつけられて。
天使は、人間の世界に降りることを穢れると言う。
大天使や力天使レベルの者が、粛正で降りるときは、みな褒め称えると言うのに、階級の無いものは、下げずまれるのだ。
そうして、フラートリスは穢れものとしてまたスラム暮らしに戻った。
しかし、運搬の仕事は続けていた。
一度穢れてしまえば、何度でも同じだといわんばかりに、暗闇に落ちていったのだ。
ーーー
「こうして二人は出会った」
ダルトンは虚ろな目で天井を見続けるフラートリスの頭を撫でながら語る。
天使の世界も、結局人間と同じで腐っているのか。
いや、少し違うな。
天使の世界は「昔の人間」と同じなんだ。
500年前は人間も似たようなものだった。
苦境を強いられているからこそ、現代の人間は絆が強く感じられる、助け合いが身に付いている。
「甘い……わね」
息も絶え絶えに、フラートリスが呟く。
「私は、貴方を……ゴボッ!……利用しようと、していただけ……なのよ」
「しゃべらないでくれ、頼む」
「どうせ……死ぬわ。私は……あの生活から抜け出したかっただけ……。人間の、ダルトンの、反天使思想を、報告し……貴方の首を持ち帰れば、羽拾いから抜けだせ、ゴボッ!」
「そうだとしても、私は君の事を好きになって良かった、そうでなくては私はあの時終わっていた」
父の築いた地位と財産を食い潰し、身近な人間達にも白い目でみられて、彼にも居場所がなかったのだろう。
「お互い……利用していただけ、なのよ。私の事は忘れて。貴方の実験材料にでもして」
そういうと、フラートリスは力無くその手を地面に落とした。
そしてそれは二度と上がることはなかった。




