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045話『バッシュの過去』

 老紳士は抵抗はしないものの、余裕のある表情だ。

 まだ反撃の余地があるのか、仲間でも居るのかも知れない。早めにここを立ち去るのが無難だろう。


「ウノ、ピノに回復薬を!」

 俺は革ベルトのホルダーから薬瓶を二本取り、一本をウノに投げた。

「それから、バッシュも飲んでおいてくれ」

 こっちにも投げたが、バッシュは両手を地面についたまま、受け取ろうとしなかった。

 薬瓶が地面に転がる。


「……守れなかった」


 半ば放心状態になりながら、ピノを見ている。


「大丈夫だよ、人は簡単には死なない」

 慰めのつもりで言ったのだが


 バッシュの顔色が変わった。


「死ぬんだよ! 人は簡単にッ!」


 あろうことか、俺は顔に一発貰ってぶっ飛んでしまう。


「軽々しく死なないなんて言うんじゃねぇ! 大事な人が死ぬ苦しみを味わった事あんのかよ!」


 仁王立ちで、血が出らんばかりに握り拳を固く握っている。

 俺は()()()()()()に動くことが出来なかった。


 ッスって言わないんだ……と。


 また俺は最大級の地雷を踏んでしまったようだ。


「バッシュくん、ヤツハシさんを許してあげて」

 気絶から回復したピノの声がする。

 とたんに、バッシュの握り拳から力が抜け、座り込んだ。

「良かった、本当に……」


 この地雷を踏む能力は何とかしたいものだなぁ。

「イテテ」

 俺は自前の回復ポーションを飲んだ。


 回復ポーションには四種類あって


 1時間に1点のHPを回復する『劣化ポーション』

 10分に1点のHPを回復する『通常ポーション』

 1分毎が『高級ポーション』

 10秒毎が『特級ポーション』だ。


 それぞれ最大10点の回復しかできないので、使い所に注意しないといけない。重複は可能だ。


 もちろん劣化ポーション10エンで

 特級ポーションは80エンと、なかなか高価だ。

 今回二人に渡したのは40エンの高級ポーションだ。


 と。回復しながら解説してみる。



 ピノが起きた事で、バッシュも少し落ち着いたようだ。

「すまない、軽はずみな言動だった」

「こちらこそ、頭に血が上っちゃって、会わせる顔がないッス」


 下を向いたまま、目を合わせようとしない。


「ねぇバッシュ君」

 フィオナちゃんが、そっと近づいて声をかける。

「貴方の事を知らないから、言ってしまう言葉もあるの。だったら知って貰えば良いんじゃないかな?」


「……そう、ッスね」


 うんうん、さすが地雷処理班フィオナちゃんだ。

 しかしここは敵地の真ん中なんだよ。

 昔話をしている場合じゃないんだ。


「僕は昔、クレイモア志望だったんス」


 話し始めちゃったよ。



―――

「もう少しでクエスト地点ね」


 明るく声を掛けてくるのは、僕の幼馴染み。

 誰にでも好かれる明るい女の子だ。

 栗毛にそばかすがある愛嬌のある笑顔に、みんなが癒される。


 同年代の男の子からは、毎日のように告白されていた。

 どれも突っぱねていたのに

「幼馴染みのよしみだよ」

 とか言って、僕のパーティーに入ってくれた。


「エリダ、ありがとうッス」

「何のお礼よ、そんなの終わってからにして」

 そう言いながら、僕だけのために笑顔をくれるエリダに、ご多分に漏れず好意を持っていた。


「このクエストのために大剣を買ったんッス! 黒鉄メッキの高級品っスよ」

 良いところを見せたいと、貯金をはたいて買ってきた。


「えーっ? 似合わないよー」

 めちゃくちゃ笑われた

「バッシュちっこいんだから、剣が身長と同じくらいあるじゃない」


 だが、剣は大きければ大きいほど攻撃力が強い。


「これで、敵をいっぱつで倒せば、エリダちゃんは危なくないッスよ!」

「うふふ、期待してます」



 クエストの内容は、サーバルキャットの討伐。

 なんだか、可愛い猫のような名前だが。

 この時代の「サーバル」は「サバッジ」が変化したもので、野蛮なとか残忍なという意味だということを、後で知ることになる。


 とはいえ、ランク的には問題ない。

 回復や強化の魔法が使えるエリダに、クレイモアの一撃があれば、サーバルキャット程度2~3匹は問題ない。


 だが、忘れてはいけない事を僕は忘れていた。

 この世界の討伐クエストは、たまに上位種が混ざることが有るのだ。

 コボルトだけなら殺れると思って準備していたのに、ホブコボルトに圧倒される事がある。

 まさにピノやウノが出会ってしまった状況そのものだ。


 僕たちが遭遇したものは……


「サーベルタイガー!」


 サーバルキャットの直系の上位種ではないが、縄張りが被ることがある。

 サーベルタイガーは体が大きく、持続力が無いため、サーバルキャットに自分の元まで追い詰めさせて、獲物を仕留めるという協力関係が出来ている事があるのだ。


「バッシュ、逃げましょ」

 エリダは怯えて、僕を引っ張る。

 鳶色の目から戦意はもう無くなっている。


「足止めするから、行くッス!」

 黒鉄メッキの傷一つない大剣を構えるが。

「だ、だめ後ろも!」


 振り向くと後ろにサーバルキャットが3体。

 これを抜けないと逃げることは出来ない。

 むしろ抜さえすれば、サーベルタイガーの持続力が切れるまで逃げるだけで良い!


「仕方ないッス、サーバルを抜けるッスよ」


 僕が構えるとこくりと頷き、魔法袋を取り出したエリダが強化魔法を掛ける。

「ライブヴァスターコング」


 肉体強化の魔法があるので、スキル無しでサーバルに一撃を放った。

 一匹がぶっ飛び、気絶した。

 他の二匹がこちらに向かって飛びかかって来たが、回避。


「行けるッス、もう少し!」


 すかさず次の攻撃でもう一匹に攻撃を当てた。残るは一匹だ。

 これなら、エリダが逃げるのを邪魔できない。

「開けたッス! エリダ行くッスよ」


「バッシュ……く……ん」


 力無く、エリダの声が聞こえる。


 自分の想像力に働くなと命令するも、現実は想像力以上に残酷だった。



 エリダの肩甲骨から肺に掛けて、サーベルタイガーの牙が突き刺さっている。

肺に溢れた血が、口から泡になって吹き出す。


「ゴボッ、ガッ! バッシ……逃げ……て」

 こんな状況なのに、エリダは自分に突き刺さっている牙を力強く掴んだ。

 僕の事をこの獣が追えないようにしてくれているのだ。


 僕は、その光景から後ずさりした。


 そんな僕を無視して、残ったサーバルキャットがエリダの腹に噛みつく。

抵抗する獲物より目の前の「肉」に食い付いた。


「うぐっ! い……行って!」


 弾かれたように、僕は立ち上がり、後ろを振り向かずに走った。

 武器ももう殴り捨ててとにかく走った。


 痛いだろう、怖いだろうに。

 エリダの叫び声は聞こえなかった。

 きっと聞こえたら足を止めてしまうからだ――


「僕は好きな人を見捨てたっス」


 回想だと思ったが、一言一句語りやがった。


「大切な人を亡くしたのね……」

 フィオナちゃんが聖女のような包容をする。

「バッシュさぁん、可哀想ですー」

 泣きながらピノも抱きつく。


「俺も仲間を置いて逃げたよ、彼らの気持ちを無駄にしないために」

 ウノも共感するところがあるのだろう。肩に手を置く。


「大事なのは攻撃力じゃないっす、大事な人を守れる力そのものなんス」


 バッシュの変わったパラディンスタイルはこんな過去から来るものだったのか……。確かに、不用意に「簡単に死なない」と言うべきではなかった。もちろん、バッシュを安心させたいと思った気持ちからだったが、反省しよう。


 みんな、目に涙を湛えている。

 きっと少なからず共感することがあるからだろう。



「おお、おいたわしや! なんという悲しい話ですか!」


 いやまて老紳士、お前が一番泣いてどうする!


 仲間が来るわけでもないし。

 こっそりするのも、戦うのも気が失せてしまった。

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