044話『爆進の老紳士』
俺達がこそこそしていない間。
バッシュとピノは、三階から探索を始めていた。
「誰も居ないっスね」
確かに部屋の数だけ見ると、かなりの数があるのだが、こっそり侵入しても空き部屋ばかりだ。
もともと、この二人は潜入には向かない。魔法使いの子供と、プレートアーマーの戦士なのだから。
このために、一応プレートアーマーの隙間に布を詰めて、音が出るのを防いでるが、断然動きにくそうだ。
「誰も居ませんね」
次の部屋のドアを開けながら、ピノも小声で答える。
そうしていくうちに、明らかに扉が立派な部屋に当たった。
ここは領主の部屋ではないだろうか?
ゆっくりとドアノブを回すが、さすがに鍵が掛かっている。
「クロージョンスライム」
魔法を詠唱し、ドアノブの下に小さなスライムをくっつけると、みるみるうちに穴が開いた。
「便利っスね」
「えへへ、お役にたてて何よりです」
二人が静かにドアを開けると、そこは書斎のようだった。
左右に本が並べられ、奥に立派な木のテーブルと椅子がある、きっとダルトンの椅子だろう。
「誰もいないっスね」
「本を読むのにこの暗さでは無理ですよ」
「盲点っス」
彼らにしても、その本や書類を確認するのに明かりは必要だ。
「あ、ランプあるっスよ」
「見えないから付けましょう」
つくづく潜入調査には向かない二人だ。
俺達もたいがいだったが、上を行くにも行きすぎてる。
ランプを付けると、本の背表紙がしっかり浮かび上がった。
「ひとつひとつ読むのは大変っスね」
「とりあえず背表紙だけでも、カメ石に記録しちゃいますね」
どうやら新書ばかりのようだが、経済の本とか歴史の本がメインで、古書に当たる銃や科学の本は無さそうだった。
といっても彼らにはわからないので、とにかくカメ石でひと棚ごと記録するだけにした。
「この書類はなんなんでしょう?」
「手紙っぽいっスね」
「撮っときましょう」
取り敢えず内容確認は面倒だし、撮っておこう的なノリで調査を進める。
手早いに越したことはないが、今更だが潜入調査に、ランプを炊いちゃだめなんだって。
「誰かいるのですか?」
当然見つかる。
「あなた方は何なんですか?」
入ってきたのは、白髪髭の年配紳士。
「怪しい者ではないっス」
「充分怪しいのですが……泥棒ですか?」
壊された鍵を見ながらため息を付いている
「いえ、私はダルトンさんが、違法な実験をしてるんじゃないかと調べに来ただけです」
「言っちゃダメっスよ」
「あ、そっか!」
秘密もへったくれもない。
「事情は判りました、が。あなた方は勝手に屋敷に入ってきて、ドアまで壊している。素直に見逃せませんよ」
そういうと老紳士は素早い動きで部屋に飛び込んできた。
バッシュが盾を構えて応戦する。
同時にピノも、俺が渡しておいた魔法袋を使い、二人にウォーターアーマーをかけた。
「小賢しい真似を」
老紳士は素早くバッシュを見定めると、身体をひねり横に回転、勢いを付けた回し蹴りを繰り出した。
ワイルドボアですら耐えたバッシュだったが、素早い動きと正確な蹴りが、盾の重心をずらした場所にヒット。そのまま吹き飛んで、重厚な机を破壊した。
すぐさま立ち上がるバッシュだったが、ダメージはウォーターアーマーを霧散させ、身体にまで届いていた。
盾ごしにこの威力だ、まともに食らうわけにはいかない。
しかし、バッシュはまだ諦めて居ない。
もう一枚の盾を構えた。
「不思議なスタイルですね」
老紳士は余裕だ。
ピノは攻撃魔法を唱え始める。
ランクが上がって使えるようになった魔法だ。
ー水が滴り 凍っていくよ……
だが、三行詠唱の魔法だ。
短縮で2ターンで発動するが、それでももう1ターンは、バッシュが凌がねばならない。
「遅すぎる」
老紳士はターゲットをバッシュからピノに変え、一気に詰め寄った。
「行かせないっス!」
バッシュは《影走り》すら止める、《盾制御》がある。
体を張ってでも止めて見せる。
「若いぞ」
だが、老紳士は止まらなかった。
盾のその先をするりと抜け、次の瞬間にはピノの喉元を片手で掴んで持ち上げていた。
これではピノも詠唱することが出来ない。
「ぐっ苦し……」
「なんでっ!」
抜けれる筈がない、そう考えていた。
「ほっほ、実力差を見誤りましたな」
そう言うと、老紳士はピノを思いっきり、バッシュに向かって投げつけた。ピノは軽く宙に浮き、バッシュは盾を一枚捨てて受け止めた。
しかし、プレートアーマーに激突したピノは一瞬で限界までHPを削られ、気絶してしまった。
骨の数本は折れているかもしれない。
「さて、若者。大人しく投降するかね?」
老紳士は余裕で髭を撫でている。
決定的な実力差だ。
「ま……なかった……」
戦意喪失したのか、バッシュは下を向いて呟いているだけで、動こうとしない。
「守れなかった」
「君は若い、まだ強い敵と出会ったことも無いのだろう。敵の強さを見極めるのも大事な要素なのだぞ?」
そう言うと、老紳士はバッシュの守護を指差した。
「君の守護はまだランクが上がっていない、レベルは高くても9だろう。だったら私の《闇走り》を、止めることはかなわない。戦う前にそのくらいの情報は持っておいた方がいいぞ」
《闇走り》は《影走り》の上位互換だ。
《盾制御lv2》以上でなければ止められない。
「もっとも、ただの執事に負けてしまうとは、まだまだ修行が足りんようだが」
「余裕だな、じいさん」
入り口から俺が参上。
「ピノ!」
ウノは、ピノの様子を見て完全に頭に来ている。
「仲間が居ましたか」
老紳士はため息をつきながら、構え直した。
「どうやらじいさんもグラップラーの心得が有るようだな」
「いかにも、そしてそちらの方はアーチャーですか、こんな部屋の中では不利なのでは?」
「さぁ、どうだろうな」
ピノは弓を引き《集中》している。
グラップラーは動きが早い、避けられる可能性が高い。
だからこそピノは急所狙いではなく、当てることに《集中》しているようだ、頭に血が登っていても、判断は的確だ。
俺は一気に距離を詰め、右ストレートを繰り出した。
老紳士は軽くそれをいなすと、下段に足払いをしてきた。
何という早さ!
俺は一回転せんばかりに吹っ飛ぶと、受け身を取って地面に倒れた。
すぐに起き上がって攻撃には参加出来なさそうだ。
その間も老紳士は油断無く、ウノが放った矢を避けた。
これだけの実力差があるとは。
地面に倒れている俺は後回しにして、老紳士はウノをターゲットにしたようだ。ウノは急いで矢を継ぎ、放った。
老紳士はその矢を手で掴んで止めた!
「《矢掴み》だと!?」
グラップラーのスキル《矢掴み》まで習得していた。
これはアーチャーが敵にいる場合に、グラップラーが魔法使い等に放たれた矢を掴むスキルだ。
老紳士は矢を捨てると、ウノ目掛けて距離を詰めた。
後衛であるウノに接近戦は致命打になるだろう。
「まずい!」
老紳士がウノに迫らんとするその時。
黒い壁が間に割り込んできた。
「バッシュ!」
《盾制御》で、老紳士を止めた。
「アクティブスキルの《矢掴み》を使ったあとに《闇走り》は使えないっスよね」
満身創痍だが、ニヤリと、笑って見せるバッシュ。
「だが、今回だけだ、次の攻撃は防げませんぞ」
そう言い放った刹那、老紳士の顔色が変わり、片ヒザをつく。
先ほど転ばされたとは言え、俺が何もしない訳がないだろう。
俺は寝転んだまま、この瞬間を待っていた。
老紳士が油断し、動き終わったその時を。
老紳士の膝には、短い矢が刺さっていた。
セスタスを改造して、バネ式のミニクロスボウを取り付けていた。
俺は余裕を持って立ち上がる。
狙いどおりだ。
腹や腕など、当てやすいが痛みを我慢すれば動ける部位ではなく、動きそのものを阻害する部位を狙って攻撃するのが、戦闘では効果的だ。
「まだやるかい?」
満身創痍のバッシュはさておき、こちらはほぼ無傷が二人いる。
「どうしたものやら」
悩んでいるところをみるとまだやる気なのか。
次の攻撃は、老紳士も何かしらのスキルを使って、一人づつ仕留めに掛かるだろう。
ここを凌げば何とかなるが、ならなければ……
片足になったとしても、互角かそれ以上の実力の持ち主だ、お互い動くに動けない。
「大丈夫ですか!」
そこにフィオナちゃんが来た。
ナイスタイミング。これで、形勢は逆転だ。
「はは、流石に厳しいようですな」
老紳士は尻餅をつき、その場に座り込んだ。
ようやく諦めてくれたか。
バッシュに縄で拘束させて、一息つくことが出来た。




