004話『大神災のゆくえ』
焼き魚とアルミラージの鍋を食べたあと、今後の方針を決める事になった。ちなみに、アルミラージの肉は、少し油多めな鶏肉のような味だった。意外に悪くない。
食事を食べ終わるとタブラが話し始めた。
「今後の事なのだが、少し注意して欲しい事がある」
「それは聞いておきたいですね」
「簡単に言うとトキ君、キミはこの世界ではイレギュラーな存在だ。500年前の知識を持っている事が知れると、捕まってしまうだろう」
物騒な話だ。寝て、起きたら犯罪者か。
「誰にですか?」
「天使どもだよ」
天使? 俺が知っている天使とは違うのだろうか……しかし話を遮るのも何だし、細かい事は置いといて。
「捕まったら殺されますか?」
「殺されるだろうね」
「天使とはいえ、横暴極まりないですね」
「大神災以降、人間は天使に支配されているからね」
「うわぁ……人間の天下終わってた!」
「とっくの昔にな」
驚きの事実だ。
しかしタブラやラスティが居るということは、人間が絶滅した訳ではない様子。
「人間はどんな生活してるんですか?」
「ちゃんと街もあるし、沢山の人間が暮らしているよ。しかし天使は大神災以降、人間の科学力を恐れている。だから、魔法という便利な道具と引き換えに、過去の文明を徹底的に根絶やしにしたんだ」
魔法は天使からもたらされた技術なのか。
「魔法があればガスコンロも要らなさそうですね」
「それだけではない。古代文明を復元しようとする思想も取り締まられている。君のような者が居ると知られればきっと黙っては居ないだろうし、同時に天使への反勢力からも狙われてしまうだろうな」
四面楚歌じゃないか、どうしろっていうんだよ。
「そんなにガスコンロ欲しいですかねぇ」
「ところで、ガスとは何だ?」
「茶化しただけですよ。……ガスは知りませんか?」
「聞いたことがないな」
食いついてくるなぁ、きっと知識欲が強い人なんだな。
その証拠に、俺が生年月日を聞かれた時のように、前のめりになって次の言葉を待っている。先ほど、俺の時代の事はバレるなと、その口に言われたばかりなんだが。
「うーん……可燃性の気体です」
「ふむ? 燃える空気と言うことか? 興味あるな」
「突っ込みがないところを見ると、コンロはあるんですね」
「あるよ、炎の魔法だ」
「じゃあガスいりませんよ」
「まぁ、そうなんだが……」
話は途切れたが、まだ気になってるみたいだ。
わざわざこの時代に必要ないものは、完全に消え去って居るのだろう。
「それより、天使が人間を支配する経緯を知りたいですね」
話を戻しておこう、この時代の常識をもっと聞いておきたい。
「大神災以前の大戦で、天使と悪魔は地上で闘った」
「そりゃあ迷惑な話ですね」
「君は天使と悪魔が闘っていたらどっちに味方するかな?」
「そりゃ天使でしょう」
「だろうね、そうやって人間は天使の味方をして、古代兵器を使って悪魔と対峙した。悪魔は劣勢になり、撤退を余儀なくされたというわけだ」
古代兵器というのは、ミサイルや戦闘機なのだろうか?
「で、天使は人間の上に立ったときに、その兵器が自分達に向けられることを恐れたって事ですか」
「話が早いね、そう言うことさ」
「刀狩りですね」
「カタナガリ? 古代ではそう言うのか?」
「……概ねそんな感じです」
話も通じるものもあるし、500年で消えたものもあるようだ。変な事を言って身元がバレるのはまずいな。
「ところでトキ君は、身寄りは居ないの?」
ラスティがあっけらかんと聞いてくるが「馬鹿者!」と激しく叱咤するタブラ。
「500年間生きていられたのは奇跡だ。彼のご家族はいまの時代には居ないだろう」
「あ、そっか……ごめんなさい」
ラスティはしゅんとなって、顔を伏せてしまった。
「気にしないでラスティ、俺もその辺が分からないんです」
俺はずっと気になっていた事を口にした。
「家族は両親に、妹が一人いる普通の家庭でした。それは覚えているんですが、なんで俺一人が冷凍保存されてたのかは分からないんですよね」
確かに家族に会えないのは悲しいとは思うのだが、何かしらのフィルターがあるかのように、家族に関して感情が強く働かない。頭にもやがかかっているようだ。
「まだ気が動転しているのかもしれないな、それに軽度の記憶障害もあるだろう。ゆっくり思い出すかもしれないよ」
タブラが労るようにゆっくりフォローしてくれる。
「家族の事を悲しめないのは、逆に辛いですね……何故こんなことに」
俺は悔しさを感じていた、家族、大切だった筈なのに、感情が湧かないのは何故なんだ、両の手をぐっと握る。
そんな俺をふわっと包み込むものがあった。
「本当は悲しいよね? 悲しすぎて気持ちがちゃんと働いてないんだよきっと」
ラスティがそう言って抱き締めてくれた。柔らかくて暖かい、気持ちが落ち着く。とても慈愛に満ちた包容だ。
「そうかもしれない、落ち着いたらまた思い出してみるよ」
家族からも感じていたであろうこの慈しみ、いまはラスティからのリアルな感情で上書きされて行く。
はるか過ぎ去った時間を嘆いて、今を大事に出来ないなんて事がないように、神様が与えてくれた感覚なのかもしれない。
「ありがとう」ラスティにも、神様にもそう言うと。
まず、この世界で生きぬいて、家族の事を忘れないのが俺の生きる意味だろうと思うことにした。