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037話『森の厄災』

 この森はジャングルのように、鬱蒼としているわけではない。高低差があり、小川や洞窟などがある自然豊かな森のようだ。ちなみに俺が寝ていた遺跡もこの森の中にあった。


 自然豊かということは、小動物や、あるいはそれを補食する肉食動物等が、弱肉強食を繰り広げているはずなのだが。


「鳥の鳴き声がしない」

 ウノは聞き耳をたてながら報告してくる。

「以前俺達がボアを討伐に来た時は、ちらほらだがいたと思うが」

 討伐クエストだとしても、調査の心得は忘れてはいけない。それが奇襲の前兆かもしれないからだ。


「俺達が前に来た時にも少ないなと思ったけど、まだいたんです」

 ウノは慎重に辺りを偵察する。


「辺りに生き物の気配が無いですよ」


 敵も隠れていないが、生き物も居ないとはどういう事だろう。


「そうだな、こういう時は川岸を歩こう」

 俺は提案した。


 森の中は、迷子になりやすい。

 川はその流れを把握しておけば、元の場所に戻りやすい。

 それに、川岸は植生が変わり背が低い草木が多くなるし、落ち葉の積もった土の上より痕跡が長く残りやすい。


「ボアの足跡がある、でももう一週間も前のものだ」

 ウノに見てもらうと、ぬかるんだ土の上を歩いた足跡からそこまで分かる。スカウト技能の賜物だ。


「猪は基本、同じ道を何度も通るよな?」

「はい、彼らは縄張りを大切にします。それが一週間無いということは。殺されたか、縄張りを捨てて逃げたかでしょう」


「つまり、よほどの脅威が訪れたと」

「そうでしょうね」


 俺達がボアを狩ったのは10日程前。

 俺達の報告で「新しいホブコボルト」が作った集団が居るかもしれないということで、初心者向けのボア討伐クエスト自体ストップされているらしい。

 つまりこの足跡のボアはストレンジャーから討伐されたものではないということだ。


 その後も川を遡りながら、緩やかで木々の多い山に向かっていった。


「八橋さん。これを見てください」


 とつぜんウノが呼び止めた。

「水を汲んだ跡がありますね」


 見ると確かに、細かな砂地に水を溢し、乾いた跡が確認できる。


「足跡は残っていませんが、定期的に水をくんでいる者が居るようです」


 俺の予想は、ここまでは当たっている。

「もうすぐ昼だな、こちら側の川岸から少し離れて、草むらに待機しよう」


 ウノだけはその意味に気付いたようで、さっと近くの大きめの木に登っていった。


「なんなんスか?」

「八橋さんウノさんと仲良くなるの早いですね!」

 俺のパーティメンバーはのんきなものだ。


「ウノはあまのじゃくなだけでいい子なんですよ」

 笑顔でフォローするピノ。こっちにも緊張感の少ない奴がいた。


「何かを待つんスか?」

「スカ?」


「俺達が遭遇した場所、ウノ達が遭遇した場所、そしてここの場所。あまり近い範囲じゃないその全部でコボルトに出会うなんてまず無い。ってことは、どこかを中心に巡回してるって考えられないか?」


「フムフムッス」

「ムッス?」

 ピノが語尾を真似ている。

 緊張をほぐそうとしているのか……ただ単に面白いのか。


「だが、この場所全部回るなら一日がかりだろ? だったら休憩もするし、巡回ルートも変わらないって事だよ」


「ああ、休憩の時に使いっ走りが水を汲みに来る場所なんスね」

「スネ」


「バッシュ君正解!」

 やばい、タブラに似てきたかもしゃべり方。


「巡回ルートを見つけて待ち伏せするんですね」

「はい、フィオナちゃんも正解です、というわけでみんな静かにしといて、しばらく待ってみよう」



 話には出さなかったが、コボルトの習性や性格は、出会った後にギルドや新書を読み漁って勉強した。


 ちなみに「新書」とは、大震災以降EF語で書かれた書物の事で、それ以前にあったものを「古書」と呼んでいる。


 勉強した結果、ホブコボルトはプライドが高く、自分から偵察などの下っ端がやる仕事はやらない。

 人間の宝飾品で着飾るのも、そのプライドから来ているものだ。

 そのホブが自ら偵察に赴くということは。彼ら以上の存在が、この山には居るということだろう。

 油断は禁物だ。




 朝から歩き通しだった体を休めながら、交代で川を見張っていると、小柄な何かが水汲み場へと走ってきた。


「ドンピシャ、コボルトが来ましたね」

 ウノが木の上から小声で報告する。


 位置が離れているせいか、メガネが必要な俺には見えないが、彼にははっきり見えているのだろう。


「ウノ、あいつの後をハインドで追えるか?」

「はい、得意ですよそういうの」


 ウノはそういうと隣の木に飛び移り、音もなく消えていった。


「コボルト、来たんですね」

 ピノが震えている、仲間を殺したかもしれない恐ろしい相手だ。目の前にすると流石に怖くなってきたか。

 フィオナちゃんが手を握ってあげている。


「あいつを取っ捕まえなくていいんスか?」

「あれは案内人だから、ほっといていいの」

 バッシュはいまいち飲み込めてないな。



 十分くらい待つと、ウノが帰ってきた。


「いま休憩してます、敵は14匹、ホブも一匹いました」

「ルートも確認できたかい?」

「はい、バッチリです」

「じゃぁ、今度は俺達が待ち伏せしてやろうじゃないか」


 ウノの場馴れには舌を巻く。

 ルートの確認をしたということは、この巡回メンバーが通る道を、過去の足跡で確認して来たのだろう。こちらから指示を出す以上の事をやってくれる。

 ここまでお膳立てがあるなら、この頭数はあまり問題にならないだろう。

 俺達はさっそく、コボルトの進行する先に罠を張ることにした。


「ピノちゃん、水魔法に足止め効果のある魔法あるかい?」


 まずは地面を水で混ぜて、一部を沼に変える魔法を使って、いくつか落とし穴を用意した。


「ウノはハインドで離れてて、乱戦状態に入ったら弓で敵の数を減らしてくれ」


 戦闘状態のなかで、隠れている人間をさがすのは至難の技だ。もちろん射られた本人はどこにいるか気付くだろうが。それ以外は気付けないだろう。


「僕は何をすればいいッスか?」

「私も、何か手伝えることは……」


「無い」


 うちのパーティメンバーは猪だ。

 戦闘が始まるまではやれることはない。

 しょげていても始まらないぞ、気合い入れててくれよ。


 かくして、戦闘準備が整った。

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