031話『戦いの準備』
剣士をやめてグラップラーになることを決めた俺は、ローズさんに剣を買い取って貰い、代わりにセスタスという手甲を購入した。
ブーツは革製だが、中に鉄板の入った安全靴を履いた。
うちのパーティは基本は前衛二人だ、だったらフィオナちゃんには攻撃極振りしてもらって、俺がサポート極振りにしておけば、新しいメンバーが来ても対応しやすいだろう。
出来れば探索系のサポートメンバーや、回復のできる魔法使いが欲しいところだが……
「確かギルドでメンバーを募集出来たはずだな」
俺は早速ギルドへ向かう事にした。
正面玄関は、先程の武器屋よりも大きな扉だが、軽い力で開けることが出来た。こっちは油ではなく魔力で軽く開くらしい。
ギルドの奥の方に大きな掲示板がある。
こちらは魔法仕掛け等ではなく、コルクボードに押しピンで紙が留めてあるだけだった。
ギルドを通すと仲介料が掛かるため、簡単な依頼は勝手に貼って、誰かが勝手に受けることが出来る。
ギルドもボード依頼専用の紙を1エンで売ってくれる。使用料代わりだ。
内容は様々で、非公式な高額依頼だったり、依頼料が払えないものだったり、個人的なお願いまで様々だ。
カウンターで受ける一般のものは、期限が決まっていて、危険度が判っていて、どのくらいの規模なのか、ギルドが責任を持って紹介できるものに限られている。
時には人間相手の殺しの依頼まであるというから驚きだ。
そりゃぁ公で請け負う仕事ではないだろうが、そこまで堂々としているのもいかがなものかと思う。
さて、その中で用紙の枠の青いやつが、メンバー募集の紙だ。
新しいダンジョンに挑むからシーフ募集、とか。
西の町に移動するための合同キャラバン募集、とか。
バンドメンバー募集とか。
いや、バンドはここで合ってんのか?
しかし、俺のレベル帯での募集を探すと、殆ど数がない。
「どれも臨時ばかりですね」
後ろから急に声をかけられた。
「フジさんですか。臨時で、しかもレベルが合いませんね」
メガネをキラリと光らせて、わざわざカウンターから出てきて声をかけるなんて、仕事熱心なのか、なにか裏があるのか。
「そろそろパーティメンバーを増やしたい頃だと思いまして」
「そのとおりです」
「この街はそんなに大きくないので、新しいストレンジャーはあまり増えませんよ」
「そうなんですか?」
「はい、ぶっちゃけ小さな街です」
外周を歩いて三日もかかるこの街が「小さい」とは考えなかった。
この街はジョロモの「個人経営」の街だ。
人工は約2万人、ストレンジャーは出たり入ったりしていて、常時2000人程度はいる。
俺の時代での話になるが、俺が暮らしていた街は人口がたしか12万人くらいで、毎年1200人ずつ新しい命が生まれる。
つまりジョロモの街であれば、毎年200人くらいの人が増えるわけだが、全員がストレンジャーを希望するわけではないだろう。
半数だと仮定しても、一年間で100人程度の新規参入の枠しかないのだ。
しかも。
「命を預ける相手ですので、だいたいは皆様顔見知りの方とパーティを組まれますね」
「でしょうね」
つまり普通なら、気長な話なのだ。
「はい。そんななか、本日この街にいらしたストレンジャーがおります、しかも八橋様と同ランク帯でございます」
渡りに船だよ、さすが仕事の出来る女フジさん!
「話を聞かせてください」
出来れば魔法系がいい、場合によってはスカウトでも構わないんだが。
「ご希望には添えそうにありませんが」
「心を読まないでください」
「珍しいタイプのストレンジャーでございます、臨機応変なグラップラーがリーダーの八橋様のパーティであれば生きると思いまして」
グラップラーになったのってほんの30分前なんですけど……
珍しいタイプといわれて、雲行きが怪しくなったな。
「厄介事や奇人変人は困りますよ」
「人柄は良さそうですよ」
否定はしないのか。
かといって、出会う確率も高くないし、うまく行かなければメンバーを解消することも出来る。
「会ってみますよ」
「助かります」
「やっぱ、困ってたんじゃないですか」
俺の言葉は耳にはいっていないかのように、踵を返してカウンターの裏に戻ってゆく。
「では、パーティ登録しておきました」
仕事が早すぎるぜフジさん!
羽飾りをフジさんに渡すと、パーティメンバー情報が表示された。確かに一人増えている。カリンもまだパーティに居ることになってるから4人だ。
「えっと、登録情報ではバッシュさんという方ですか」
「クルセイダータイプのストレンジャーですね」
クルセイダー、盾を使って敵の足止めをしながら、剣で攻撃するタイプのハンター。いわゆるタンクだ。
「ただ、珍しいのが、盾二枚持ちなんですよね」
盾2枚って……
「どうやって攻撃するんですか?」
「どうやって攻撃するんでしょうね」
結局厄介事じゃないか!
「うおぉおぉ! パーティ組んでくれたんスか?」
俺の後ろで歓声が上がる。
「バッシュ=ドンゴロス様、こちらがパーティリーダーの八橋様です」
既成事実を作りに来たぞ。
振り返ると、バッシュと呼ばれた彼は、満面の笑みで突っ込んできた。
俺はセスタスを使って彼の肩を受け流して、横に飛び退いた。剣でやってた動きの応用だ。体が勝手に動いたぞ。
一方笑顔タックルを避けられたバッシュは、体制を崩してギルドのカウンターの下に激しく衝突した。
「ハグは苦手っスか?」
平気そうで何よりだが、あれは攻撃だと思ったがハグだったのか。
「苦手です。特に男性とは」
「ッスか。紹介が遅れました、バッシュ=ドンゴロスッス」
「スッス?」
何事もなかったかのように立ち上がると、にっこり笑って握手を求めてくる。
背は低いが体はがっしりとして、ちゃんと鍛えている。髪の毛は赤毛の短髪で、やんちゃな男の子のイメージだ。
「パーティリーダーの八橋時彦です。よろしく」
がっしりと分厚い手を握りかえすと、嬉しさを抑えきれないのか、満面の笑みで返された。
こんな顔されちゃ、なかなかパーティ解消もしにくいじゃないか。
「バッシュさんはお急ぎでクエストご希望ですか?」
「路銀に思ったよりお金がかかってしまって、殆ど無一文なんスよ」
「宿泊費も飯代もない感じですか?」
「今晩は野宿で、ご飯は我慢するッス」
「ではこれを使ってください」
俺はこのあいだ、カリンの従者から貰った迷惑料から、ハーピーの鉤爪を二つほど取り出した。2~3日分の生活費にはなるだろう。
「いいんスか? ありがたく頂戴するッス」
少し準備したいこともあるし。
新しいパーティメンバーが加われば、編成や作戦も練り直す必要がある。取り敢えずメンバーのスペックは知っておいた方が良いだろう。
「色々と聞いておきたいことがありますので、良ければ食事でもご一緒しませんか?」
「バッシュでいいッスよ、水臭いッス! 宿泊費もいただいた上に食事も奢ってくれるなんて、太っ腹ッスねリーダーは!」
飯は奢るとは言ってないんだが……まぁいい。
俺たちは手近な夕食を取れる店にはいった。
バッシュは最近保存食しか食べていなかったらしく、ようやく待ち望んだちゃんとした食事ということで、好きなだけなんでも頼ませた。
「この街の食べもんすんげー旨いッス!」
満面の笑みで気持ちいいくらい食べるバッシュを見ていたら、後輩に飯を奢る先輩の気分だろうか、悪い気がしない。
食事も落ち着いたところで、バッシュのストレンジャーとしての情報を聞いておく事にした。
バッシュは盾系のスキルを習得してるそうだ。
同時に複数の敵を足止めするスキルや、前線を抜けようとする敵に対して、妨害するスキルを取っている。
とにかく後衛に敵を届かせない組み合わせだろう。
そして、
「シールドバッシュ、このスキルは相手の頭を盾でぶん殴るッス」
「それは攻撃スキルになるのかな?」
「ダメージは大きくないッスけど、相手に目眩を起こさせる事ができるッスよ。意識が朦朧としている間は、魔法や剣も当たりやすくなるッスよ」
魔法は外すと財布に痛いだけではなく、詠唱のし直しもタイムロスになってしまう。それが一気にピンチになる事もある。
アシストによって成功率を上げるのは定石だろうな。
「でも、バッシュの名前とスキルが一緒ってのはややこしいなぁ」
「スキルの名前は自分で決めれるんスよ」
「じゃぁ、シールドバッシュってのは俗称なのか」
「僕が使うときの技名は『盾殴り』っスね」
「必殺技につける名前じゃないな」
「なんでもいいんスよ、スキルの発動のイメージと名称の発声があれば、体が勝手に動くようになるッス、わかりやすい方がいいんス」
「そんなもんなんだ」
新しい関係が増えると、それだけ情報も集まるもんだな。
支払いを済ませると三日後に顔合わせをする約束をして別れた。
次の日から色々と作戦を練り直した。
準備したい事も色々あるんだよなぁ
「地図に書いてあるのはここか」
ギルドで聞いてきた、『彫り師』のいるお店に来たのだ。
中に入ると、雑貨店のようなお店。マジックアイテムも含めて、生活の備品も揃えたいし、一石二鳥かもしれない。
「お、兄ちゃん、初心者ストレンジャーかい?」
「判りますか」
「そりゃ、そんな全身革鎧だったら誰でもそう思うだろ」
だよね。
「彫り師の方にお仕事をお願いしたいんですが」
「初心者にしてはお目が高いじゃないか」
簡単な魔法は消費EPが安いし、種も用意しやすい。
だが、相手にダメージを与えるほどの魔法となると難しい。
しかも俺の守護はクロノスだから、守護のランクを上げても高位の炎や水の魔法は使えないのだ。簡単な種だけで出せる魔法なら使えるんだが。
「爆発系の魔法で簡単なものって何ですか?」
「火の魔法で小さな爆発を起こすものはあるよ、大きな音が出るから近くの仲間に連絡をしたりする魔法だ」
「なんて名前ですか?」
「バクチクだな」
なんとなくイメージが沸いた。
「その魔法、守護無しだとどのくらいの火種が必要ですか?」
「ランタンとか松明があれば出るよ」
やはり程度の低い魔法は身の回りのものでなんとかなる。
これなら条件は殆どクリアできるだろう。
「じゃぁバクチクの魔法をいくつか作って貰えませんか?」
「マジで言ってんの?」
急に店主は訝しい顔をした。
「バクチクの魔法は1行詠唱だから、10リンの2倍で発動できるけど、彫りの手数料に1エンかかるよ、良いのかい?」
そりゃ変な依頼だろうな。
バクチクの魔法だったら10リンで発動できるのに、それを120リンで発動できるようにして欲しいと言うのだから。
しかもその魔法が攻撃魔法ではなく、殆ど音が出るだけの補助魔法と来れば尚更だろう。
店主は頭をかしげながらも、作ってくれた。
あとは……
店主が作用にはいったところで、店の品物を見て回ることにした。
発動にランタンがいるのは判ったが、それを昼間からぶら下げて回るのもどうかと思うし。急な戦闘に対して火をつける暇はなさそうだしな。
何かしら使えるアイテムは無いだろうかと。
俺は店の奥の板が気になった。
「おじさん、このアイテムは何に使うものなんですか?」
「そりゃぁ、フローティングボードだな、上に荷物なんかを載せて運ぶ板だよ、わりとどこにでもある普通の道具だよ」
つまり車輪のない台車か。
「どのくらいの重さまで行けます?」
「男ひとり乗るくらいだったらいけるが、二人となると無理かな」
じゃぁ100kgくらいって感じか。
「EP消費ってどのくらいです?」
「小一時間使っても100リンくらいだと思うぜ」
良く見ると取っ手のところにバネがついてて、ホッチキスの芯のようにバネで押さえておき、使用された順に押し込んでいくのだろう。
「じゃぁこれ4つください。あと、金属製のパイプと、小瓶をいくつかと、ランタンの油をください」
「なんだい、変なものを欲しがる客だなぁ、その辺にあるから選びな」
大きさのよいパイプや小瓶を選んで、ランタンオイルを受けとると
買った台車に載せて家に戻った。
彫りのお願いをするのはいいが、数がかさむとお金もかかりそうだ。
いっそのこと彫り師のスキルを取るのもアリだな。
これで、必要なものは揃ったし
あとはスキルの習得をすれば、準備は終了か。
いままで出来なかったことをやれる環境になってるんだ。やれるだけの事はやってみたい。
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