028話『カブト開戦』
――この数日間は、昼間にギルドへ行き、簡単な依頼をこなしながら、夜はお店を閉めたローズさんに、剣の使い方を教わっていた。
その訓練は普通に剣を振る『型』を覚えるイメージではなく実践的、しかも体格差、体重差のある敵への対処を目的とした訓練だった。
「良いかしら、トキちゃん」
ローズさんはいつも通りのピチピチピンクの服を着て立っている。
ふざけた格好ではあるが、木刀を持つその肉体は磨かれており、かなりの剛力を感じさせる。
「レベルの低いモンスターの多くは、知能があまり高くないから、単調な攻撃が多いんだけど」
「ふむふむ」
「それでも、私達と同じくらいの背丈になると、倍以上の重量になることが多いのよ。真正面から受け止めるにはかなり筋力が必要になっちゃうわ」
そういうと、ローズさんは木刀をゆっくりと上段に構えた。
「というわけで、受け止めてみて」
俺も言われるがまま木刀を構える。
「いっくわよぉ」
2メートルを越える長身、ボディビルダーの様な体格、ハンターレベル70以上の実力。
目にも止まらぬ早さの一閃が来る! と構えていたのだが。
まさかのゆっくりとした振り下ろし、初手だし手加減してくれているのだろうか。俺は余裕をもって剣を横にして、木刀を受け止めることに成功した。
そしてそのまま潰れた。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいローズさん!」
慌てて叫ぶ声を無視して、更に木刀は力を増し押し潰してくる。
「はい、そんな風に受け止めちゃだめよ?」
ようやく力を緩めてくれた。
「相手は人間じゃないんだから、受け止めてもこんな風に力で押しきられちゃう事があるのよ」
確かにこの人、人間じゃねぇ!
「じゃぁ、次は別の方法で捌いてみて」
そういうと間髪入れずに、2度目の攻撃を仕掛けてくる。
まともに受けてはいけないってのは判った、それなら!
俺は大きく振りかぶって、ローズさんの木刀を横薙ぎに弾き飛ばした。
「うぉらっ!!」
そのつもりだったが、木刀はピクリとも動かずに、思いっきり攻撃して体制を崩した俺を押し潰してきた。
イメージでは、倒れてくる巨木に木刀を打ち込んだような、圧倒的な無意味さ。
「はい、それもダメね。ちゃんと体重差を考えて頂戴、次はもう少し早く行くわよ」
「ヒィ!ちょっ待っ……」
更に振り下ろされる木刀、恐怖感しかない!
体を横に捻り、木刀を避けた。
「怖かった?」
「怖いですよそりゃぁ」
ローズさんはニコニコしている。
「今のは半分正解よ。さっきの横薙ぎと併せて使えばいいのよ」
「併せて?」
「刀で相手の攻撃や体を、押し出すように払って、その反動を足して横に避けるのよ」
そういうことか、刀で払った際に向きが変わればよし、変わらなくても体ごと自分が避けやすいように飛べば良いわけだ。
「判りましたやってみます!」
「あとは、体に恐怖を叩き込むだけね」
「恐怖!?」
言うが早いが、早速木刀を振り下ろしてくる。
さっきより断然早い!
そうやってとにかく時間を使って、逃げても追いかけてきて、恐怖を叩き込まれることになった。
もちろんローズさんも暇ではない。
割と良い金額を支払って稽古をつけて貰ったのだから、こっちも必死だ。
有料地獄体験といったところか。
――あの恐怖に比べたら、単調なカブトの直進なんて怖くはない。
冷静に対処すれば、簡単にいなせる。
そうやって、剣を使い体ごと横に飛んだ俺は、そのまま剣を振り下ろした。ここまでを一連して動けると隙が少なく攻撃ができるのだ。
俺の剣は流れる動きで、通り抜けたカブトの背中に切りつけた。しかし、予想通り、堅い外殻に阻まれた。
「さて、どうするか」
ここで焦るのも良くない。例えば細い足ならどうか、目を狙えるだろうか、甲殻の継ぎ目はどうだろうか? 選択肢を用意し対処する。
踵を返したカブトが再度突進してくる。
同じ要領で、角を弾きながらかわすと、今度は継ぎ目に向かって振り下ろす
しかし動いてる敵の小さな弱点に当てるのは難しかった。
だが、動きは問題ない。
数日だけの特訓だったが、魔素のお陰か、習得する体感はものすごく早かった。まだ精度が足りないのは自分でも解るが、ちゃんとやれている。
「カブトいましたわね!」
「トキヒコさん大丈夫ですか?」
二人が駆けつけてくれたことで、ようやくパーティが揃った。
こんな堅い敵に肉弾戦は不利。
魔法使いが居ないと難しいと渋られたのも納得だ。
しかし、その魔法使いが居るなら、戦略は簡単!
「フィオナちゃん前線に立てそう?」
「はい、行けます」
「カリン、魔法よろしく」
「指図されなくても解ってますわよ」
俺が前でフィオナちゃんが後ろに立つ。
「行こう!」
「はい!」
性懲りもなく突進してくるカブトの攻撃を前で捌く。同時に継ぎ目を狙ってみるが、失敗。
だが問題はない、俺はあくまで囮役。フィオナちゃんの攻撃が当たりやすいように立ち回れば良い。
そして、カリンの詠唱が終われば、戦闘も終わる。
「行きます!」
フィオナちゃんの斧の一撃が、カブトの頭に直撃する。さすがクレイモアの一撃。甲殻にヒビが入る。
「行けそうだ、フィオナちゃん」
俺は体制を整え、次の突進に迎え撃つ姿勢をとった。
「トキヒコさん後ろです!」
声の意味より先に、背筋に寒いものを感じて横に飛んだ。
俺の居た場所に背後から角が振り下ろされる、間一髪!
「もう一匹居たのか!」
上空から降りて来ながらの攻撃は、さながら必殺の一撃といえるだろう。
二匹居るとなると、戦術は変わってくる。
「フィオナちゃん、そっちは頼む」
俺はカブトBの攻撃を避け、刀を振り下ろしてみる。
こちらも堅く、攻撃が弾かれてしまう。
「次は足だ!」
次の攻撃を避ける際、低く避けて細い足へと、剣を薙ぎ払う。
当たりどころも良かったのか、攻撃した足を切り落とすことができた。
突進の勢いで地面に転ぶカブト、狼狽えているのかすぐには立ち上がれないでいる。
一瞬でも余裕ができたら現状把握!
これも叩き込まれた。
フィオナちゃんは善戦しているようだ、斧は確実にカブトにダメージを与えている。
カリンのほうはもう詠唱を終えそうだ、目配せするとこちらの方に手を向けた。
俺は頷いて、カブトの注意をこちらに向けるため剣を構える。
「こい、カブト!」
こっちのカブトは片方の足を失っているため、素早い動きはできないはずだ。次の攻撃で更に足を狙えば、より魔法攻撃に有利になるだろう。
だが、カブトはおもむろに羽を広げて羽ばたき始めた!
「まずい」
このまま飛んでカリンに突進を許してしまうと、魔法を撃つことが出来ないだけでなく、カリン自身も危ない。
行かせるわけにはいかない!
俺は剣を投げ捨てると、素早く羽ばたく羽を掴んだ。
カブトがよろけて地面に落ちた隙に、すかさず反対側の羽も掴んで後ろに引っ張る。人間だったら羽交い締めといったところか。
「カリン、行け!」
後ろから羽を引かれ、足を失った動けないカブトに、カリンの魔法が炸裂する。
堅い筈の甲殻に易々と穴を開けられて、動かなくなった。
「フィオナちゃん!」
まだ戦闘は終わっていない。
もう一匹のカブトが、フィオナちゃんのお腹に向かって角を突き立てていた。フィオナちゃんの体が中を舞う。
しかし、そのまま体勢を整えると、斧を更に振り下ろした。
まさか渾身の一撃を耐え、反撃してくると思って居なかったのか、カブトはモロに攻撃をうけたようだ。
執拗に狙われた頭は割れて、こちらもついに動かなくなった。
「貴女、大丈夫でやがりますか?」
カリンは急いでフィオナちゃんの元に走り寄ったが、俺は剣を拾って辺りを警戒した。
まだ他に居るかもしれないのだから気は抜けない。
今回は問題がなさそうだったので、ようやくフィオナちゃんの元に行く。
「大丈夫です、怪我はありません」
確かに、ビキニアーマーの弱点だと思われる、露出部分に角を食らったにもかかわらず、怪我があるようにすら見えない。
「貴女、酔狂でそんな防具を着てると思いましたが?」
「あはは……色々ありまして……」
さて、俺はみんなの無事が確認できたところで、ノロシリングの緑の弾を空に上げる。
近くの回収部隊を呼ぶのだ。
「フィオナちゃん回復薬を飲んでおいて」
怪我はなくても、ダメージを受けているのは間違いない。
この世界の回復薬は、一気にダメージを消し去ってはくれない。戦闘中に飲んでも効果は薄いのが難点だ。
始めての戦闘にしては連携もできたし、よい動きもできた。基本的な判断も間違いはなかった。
しかし俺には不満があった。仲間を二人とも危険に晒してしまったのだ。
ここだけは今後の課題になりそうだ。
「トキヒコ、さっきは助かったわ」
「ありがとうカリン、危ない目にあわせるところだった」
カリンは俺の言葉になにかを感じたのか、少し置いてから。
「私も、あの子もストレンジャーになった時点で、危険は覚悟の上ですわ」
といって、笑顔を向けてくれた。
難しく考えすぎていたかもしれない、その笑顔に少し心が軽くなった。
それでも、考えればもっと上手く立ち回れるはずだ
俺の初戦はこうして終わったのだった。
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