025『主従関係』
誰も入れる筈がない。
確かにここに移り住んでから、一人だなぁと寂しく思うことはある。正直まだ分からないことの多いこの世界で、一人目覚めると心細さを感じる。
改めてタブラたちが、側にいてくれていた事だけで、救われていたんだと感じるのだ。
しかし、それとこれとは別だ。
二階の俺の部屋でガチャガチャと音がするという事実は、俺の寂しさを埋める案件ではなさそうだ。
足音を消して部屋の前まで来ると
結構なボリュームで音が鳴っている。
忍び込むとか隠れているという類いの音ではない。
用心しながらドアを開けてみると。
やはり誰もいない。
が、音の発生元は俺が使わないだろうと放っておいた荷物からだった。
ガサガサと音源を探すと、一枚の貝が出てきた。
特大蛤くらいの大きさの二枚貝の片割れ。
「カイフォンだ!」
そういえば呪龍戦闘の夜の別れ際、白い魔法使いから貰ったのだ。操作は分からなかったが、手に取ってみる。
「カリンさん?」
と貝に向かって話掛けると、けたたましい音が鳴りやんだ。
代わりにもっとけたたましい声が聞こえてきた。
「ちょっとテメエ! 出るのがマジで遅すぎましてよ!」
凄い剣幕だ。
「すみません、席を外してました」
「いいわ、そんなことより急いでるんでしたわ」
声はあの白い魔術師、カリンさんで間違いなさそうだ。
の筈なんだけど、語気が荒い、てか言葉遣いが荒い。
「今追われていて、匿って欲しいんですのよ、貴方今どこに居やがりますの?」
「家に居ますけど」
「番地、早く教えやがりなさい!」
俺は急いでタブラから貰った地図を探して、番地を読み上げた。
「宿じゃないのね、解ったわ。私を迎える準備をしておきなさいな」
と言ったっきり貝は何も言わなくなった。
「追われてるって言ってたけど大丈夫かな」
面倒なことに巻き込まれるのは困るが、数少ない知ってる顔が困ってるときにスルーするのもなぁ
そんなことを考えているうちに、玄関のドアが激しく叩かれた。
ドアを開けると滑り込むようにカリンが入ってくる。
即座に外に人影がないことを確認してから、鍵をかけた。
「これでひと安心ですわね」
「大丈夫ですか?」
ほっと、一息ついたあと、立ち上がって裾の埃を払う仕草をしてから、こちらに向き直って
「お騒がせしましたわね、助かりましたわ」
丁寧にお辞儀をするカリン。
「状況がわかんないんですけど」
「追々お話させていただきます、先ずはゆっくり落ち着きたいですわ」
取り敢えず一階右手の応接間に通して、急いでお茶を沸かしに台所へ行った。
戸棚にあるお茶らしいものを出しみたが、自分で買った訳ではないので、何がなんだかわからない。取り敢えず高そうなものを選んで、お湯に入れて煮出してみた。
応接間に入って行くと、我が物顔にソファーでくつろぐカリン。
「ありがとう、ところで貴方ずいぶん良い家に住んでますのね?」
チラチラと装飾品などを値踏みしながら、持ってきたお茶に手を伸ばす。
「友人から借りているだけですよ」
それは間違いないのだが、他人から見ると、今の状態は主人がカリンで、俺はただのお茶くみ係りに見えるだろう。
「貴方もお座りなさいな」
「はい」
立場がない。
カリンはティーカップを置くと。
「先ずは呪龍の件、助かりましたわ、改めてありがとう」
「体が勝手に動いただけですよ」
「あのあと、家に帰ったのですが、危険な戦闘に参加したことをお父様に咎められてしまい、大喧嘩になってしまったのですわ。暫く大人しくしてましたが、隙を見て逃げ出して来たのです」
ん? ってことは。
「追われてるってのは?」
「使用人のコクとハクですわ」
身内かい!
ただの家出じゃないか。
……よし、帰って貰おう。
「お父様も心配しているでしょうし、落ち着いたら帰られては如何ですか?」
なぜか丁寧が移ってしまう。
「嫌ですわ」
嫌ですか。
「それに、貴方に命を救われたお礼をまだしていなくってよ?」
急に神妙な面持ちで、ゆっくりと立ち上がるカリン。
もしかしてこの展開って……
命を助けてくれた代わりに、私の大事なものをあげるとか。そういう青年誌的なノリなのか?
ゆっくりと手袋を外し、上着を一枚脱ぐカリン
なんてこった、激熱展開かよ!
さっきまで帰って貰おうと思っていた気持ちはどこかに行き、今は期待に満ち溢れている。
そしてカリンは、艶かしい手付きで腕を俺の方に差し出して。
-光を束ね光を重ね
光を紡いで槍とせよ-
「シャインスピア」
攻撃魔法を放ってきた。
「ぎゃぁあぁあぁ!!」
光の矢が俺の頭の上をかすって、壁に突き刺さって消えた。
「私、光の魔法が得意なんですの。貴方のパーティに加えていただけませんこと?」
「い、いきなり魔法を撃つ人はお断りしています」
正論だろ?
「まだ私の力を見くびっておられるのですか?」
-白刃を紡げ
闇夜を切り裂く朝の輝き……
やばい!
これはあの呪龍に放った魔法じゃないか!
「わかったわかった!パーティに入ってください、お願いします」
正論より命が惜しい。
俺は自然と土下座をしていた。
カリンは笑顔になり腕を下ろす。
「快いお返事感謝致します」
完全に脅迫だったけどな。
「取り敢えず、今日は帰って貰って、明日からお願いします」
まるでバイトの面接のように、出口の方へ誘ったが立ち上がる様子すらない。
「私帰りたくありませんの、家出した初日におめおめ帰るなんて、プライドが許しませんわ!」
知ったこっちゃない。てか、家出は認めるんだな。
「それにトキヒコの家、なかなか過ごしやすそうではないこと? 私気に入ってしまいましたわ」
「それは何よりですが」
「私の滞在できそうなお部屋はありますの?」
無い! と言いたいところだが、手をこっちに向けてきた。
条件反射で体が硬直する。また魔法を撃たれては困る。
こちとらビキニアーマー常備のチームメイトと、冒険に行ってる夢のような状況なんだ。今の俺はとっても命が惜しい!
「ご案内します」
もう、召し使いにでもなろう。
取り敢えず部屋に向かって歩き出した。
「あら?手を引いてはくださらないの?」
こっちに手を向けてたのはそういうことね、魔法撃ってくるのかと思ってびびりまくってたわ。
「へい、お嬢様」
「カリンで良いわ、トキヒコ」
取り敢えずカリンを二階の奥の部屋へ案内した。
「この部屋まるで私の部屋みたいだわ」
と、気に入ってくれたようだ。
「ありがとうトキヒコ、これからよろしくお願いしますわよ」
「どうぞごゆっくり」
ついでに、部屋の扉を閉めて外に出る時にお叱りを頂いた。
「それと、さっきのお飲み物だけど、茶葉は良いけれど淹れ方が成ってないわ、もう少しお勉強しないと勿体なくってよ」
「へい、申し訳ありません」
若い男女が一つ屋根の下ってシチュエーションが、こんなにワクワクしないものなんだとは思わなかった。
フラフラしながら部屋に戻る。
いやもうなんか、お休みなさい。
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